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第9話 悠の箱庭_2
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その日から、都榛は時々ハウスを訪ねるようになった。
楽しいこと、辛いこと――何かあるたびにやってきた。
怒られたと泣く都榛を慰めながら、悠は想像する。
“父親”とはどんな存在なのだろう。
勉強も、運動も一番とは言えない。
都榛は最初からなんでも持っている人間ではないのだ。
読み聞かせてくれた本には、たくさん書き込みがしてあった。
でも、大人が望む完璧でなくたって、努力できることは美徳ではないだろうかと悠は思う。
夜の鐘が鳴ると、都榛は屋敷へ戻る。
温かな灯のともる部屋を、悠はガラス越しに見つめた。
悠はこの外に出たことがない。
ここが世界のすべてだった。
遠くを見つめる悠は言った。
「食事の時間だろう。早く戻った方が良い」
悠もそろそろ点滴の時間だ。
都榛が自分を普通の人間として扱ってくれるから、自分が花として生きていることを言うのは少し憚られる。
だから、太い注射針と透明の液体が入ったパックを持ったあの人がやってくる前に都榛には部屋に戻ってほしかった。
悠は痛々しいほど注射痕のある腕を隠すように袖を引く。
所詮は人と花。
都榛がここに来るのも、自分の敷地にある庭園の出来栄えを確認しに来ているようなもの、なんて。自分を嘲るようになったのはいつだろうか。
そんな悠を知ってか知らずか、都榛は困ったように頭をかいて、ふうと小さく息を吐いた。
「内緒だよ」と言って都榛が声を潜める。
「実は、何を食べてもほとんど味が分からないんだ」
悠は息を呑む。
「今朝のパンも、段ボールみたいで……でもね、ある花を食べると味がする」
都榛の視線の先には、悠の生み出した青い花があった。
迷った末に、悠はそれを差し出した。
花瓶に一輪だけ、まだ回収されていないものだ。
「もらってもいいの?」
「うん。味がしないものを食べてもつまらないでしょ」
「そんなこと言ってくれるの、悠だけだよ」
都榛が花を食む。
劣等感の塊だったそれが都榛の手に収まるだけで尊いもののように思えた。
花を切り取られるだけだった悠の世界に、初めて意味が生まれた。
――都榛に食べられるために咲く。
これから先、都榛のためだけに花を生み出そうと心に誓った。
この日のことを悠が忘れることはないだろう。
「また明日」
都榛は明るくて暖かいだろう部屋に帰っていった。
この日以来、悠は生まれたばかりの花を都榛に渡せるよう、回収される前に少しだけ隠すようにしている。
夜更け過ぎ、いつも通り点滴を終えた悠はいつまでも都榛の部屋の方を見つめていた。
隣の、ベッドのある部屋には戻らずに、花壇の上に寝そべって。
寒くて凍えてしまいそうな夜だったが、都榛が明日も来てくれると思うと自然と心が温かくなった。
「うぅ……つ、はぁ…っ、」
背中に走る鋭い痛み。カサカサと嫌な音を立てるそこでは、きっとあの青い花が生み出されているのだろう。
でも今日はそこまで嫌にならない。
あれが都榛の手の中に納まった時とても幸せだと思った。
悠は昔、多量の栄養剤を与えられ、暗い部屋で一週間も苦痛に耐えてブーケを作らされたことがあった。
栄養剤を買うにも金はかかる。
食事は与えられず、ろうそくの明かりもない部屋で一人黙って痛みに耐えていた。
花が咲いては切り取られ、形が悪いものは捨てられて。
ようやくできたブーケは結婚式が終わると同時にゴミ箱に収められた。
大事にしてほしかったわけではない。
ただ、どうしてこんなどうしようもない気持ちになるのだろうかと思ったくらいだ。
別にこのくらいの痛み、腹をナイフで抉られた時くらいなのだから、大したことではない。
でもどうせ痛いなら都榛が喜んでくれる今の方が何百倍も心地良い。
悠は新たに咲いた花を大事そうに抱きしめて眠った。
「悠!遅くなった」
その日都榛は、随分と遅い時間にやってきた。
大きな布と、大量の本を抱えて。他にも何やら色々持ってきたが、それは後から説明する。
「今日は来ないかと思った」
歩いたら数分の場所でも、ガラス越しに見る都榛の部屋は遠い。
別に毎日顔を出せるわけではないから、今日は来ない日なのだと思っていた。
「今日の分の宿題に手こずって」
そういう都榛は持ってきた布を悠に被せた。
そして一緒に中に入る。
ぷは、と悠が分厚い布の中から顔を出すと都榛が笑う。
「今日は朝までここにいる」
「え?」
「だから布団と本を持ってきた」
「朝まで?」
「そう、いつも悠は俺が帰るとき悲しそうな顔するから」
都榛は持ってきたランタンに火を点ける。
それを布団の中に入れると、まるで二人だけの部屋みたいになった。
「だから、朝まで一緒にいようと思って」
都榛は時々すごいことをする。
この狭い部屋の中が全ての悠には思いつかないようなことをたくさん教えてくれる。
「こうすると温かいだろ?」
「うん……」
都榛に冷たいままの手を握られる。
ランタンに照らされたせいか顔が熱かった。
揺らめく炎が都榛の顔に大きな影と光を作っている。
長いまつ毛が頬にまで影を落としていて、自分なんかとは全然違う健康的な身体、潤った唇。
「ここを教えてほしい。この計算でやってみたけど分からなくって……、悠……、悠?」
「……悪い、ここか?」
「違うよ、こっち」
悠が覗き込んだと同時に都榛も教科書を覗き込むから、額がぶつかって良い匂いがした。
香水などではない上品な香り。
何という名前だったのか思い出せない深紅の宝石。
あれをはめ込んだみたいに綺麗な瞳に悠が映りこむ。
「好き合う人たちはこうするんだって」
都榛が瞼を下ろすと、悠は自分が見えなくなって、代わりに唇が触れた。
心臓が大きく鼓動したまま次の鐘を打たないから苦しい。
でも温かくて、甘くて、よく分からなかった。
「……っ」
「ごめん、急に」
肩を竦めた都榛が「嫌だった?」と言うから悠は慌てて首を振った。
「違う、そうじゃなくて驚い、て……」
都榛が顔を覗き込んでくるから、また唇が触れてしまう気がして悠は後ずさる。
嫌とかそういうことではなかったが、これ以上触れたらどうにかなってしまいそうだった。
ガシャンと音を立てて、倒れたランタンの火が消える。
布団の中は真っ暗になのに、それでも悠の瞳に映った都榛の顔は真っ赤に見えた。
ランタンの日が燃え移ったように顔が熱いのは、自分だけじゃないんだと思って安心した。
「次はちゃんと確認とるから、だめ、だったら言ってほしい」
都榛は少し照れたように頬をかいて笑った。
悠はそんな姿に見惚れながらも、次もあるのかと、既に早鐘を打つ胸をシャツの上からぎゅっと握りしめた。
「おやすみ」
二人は冷たい床の上、横になる。
あんなことを言った都榛はあっという間に眠ってしまって、悠は一人長い夜を過ごしていた。
いつもなら遠くに感じる都榛の部屋を眺めながら、気まぐれに咲く花を摘んで花瓶に入れる。
そんなどうでも良い時間でさえも最近では愛おしいと感じるようになったのに。
今は、悠をそんな気持ちにさせてくれる都榛が隣にいて、その温かさを感じることができる。
手を伸ばせば触れられて、寝息まで聞こえてくる。
悠が都榛を感じながら眠りにつこうとした時、胸のあたりにあの鋭い痛みを感じた。
「あ……ぅ」
咄嗟に口元を抑える。
自分のうめき声で都榛を起こしてしまうのが怖かった。
目覚めた都榛が、自分の身体に生えた花を食んでいるとばれるのが怖かった。
気持ち悪いと言われたらどうしよう。
都榛はそんなこと言わないかもしれないが、ここに都榛が寄り付かなくなることは、自分が使い物にならなくなって焼却炉に放り込まれるよりも怖い。
「……はぁ…っ…っつ」
冷汗が、額から頬を伝って流れていく。
我慢していればやがて痛みは引いていく。朝になるころには都榛が食む花がいくつか準備できて丁度良い。
花を摘んでおいた、なんて言って朝食代わりに花を差し出したらきっと喜んでくれる。
都榛が喜ぶと悠も嬉しい。
頭の中は空想の都榛ばかりでいっぱいになって、今そこで眠っていたはずの都榛が目覚めていることに気が付かなかった。
「悠、それ……」
「とば、り…」
口元を抑える悠の手の甲には新しい花が芽吹いていた。
慌てて後ろ手に隠す。
「痛いの?」
「痛く、ない」
「そうは見えないけど」
都榛は軽々と悠の背後を取って、悠の隠した両手を掴んだ。
花が生まれたばかりのそこをまじまじと見つめられこれ以上の辱めはないと思った。
上の服を全て剥ぎ取られ、見世物のように花を生み出させられたあの時よりずっと嫌だ。
「花……」
「気持ち悪いだろ。騙してて悪い。俺は人間じゃない。悪いこともたくさんした。もう都榛とはしゃべらないし、思い出すこともしない、だから……」
出ていってほしいと悠が口にする前に、都榛の手が背に回された。
「ごめん、何も知らなくて」
悠の頬を何か冷たい水が濡らしている。
それが涙だということを悠はまだ知らない。
あふれ出た汚い水が都榛の服を汚してしまうと本気で思っていた。
「違う、俺は」
「違わない。悠は人間だよ。こんなにも温かい」
都榛が悠の手を掴んで自分の胸に当てる。
それから同じように悠の胸にも手を当てた。
ドクンドクンと脈打つそこは都榛と同じで、他でもない悠自身が都榛と同じ人間なのだと思いたかった。
「都榛……っ」
また唇を合わせた。
次はちゃんと許可を取ると言っていたのに、何も聞かれなかった。
「ごめん、我慢できなかった」
「ううん、嬉しいと思った」
人間じゃなくていい。花で良い。
都榛が望んでくれるのなら、花を生み出す身体のままでも都榛の傍にいたいと思った。
「また来てくれるか」
「何回でも来るよ」
いつか真実が都榛の耳に入るまで。
しかし悠の願った平穏は、そう長くは続かなかった。
楽しいこと、辛いこと――何かあるたびにやってきた。
怒られたと泣く都榛を慰めながら、悠は想像する。
“父親”とはどんな存在なのだろう。
勉強も、運動も一番とは言えない。
都榛は最初からなんでも持っている人間ではないのだ。
読み聞かせてくれた本には、たくさん書き込みがしてあった。
でも、大人が望む完璧でなくたって、努力できることは美徳ではないだろうかと悠は思う。
夜の鐘が鳴ると、都榛は屋敷へ戻る。
温かな灯のともる部屋を、悠はガラス越しに見つめた。
悠はこの外に出たことがない。
ここが世界のすべてだった。
遠くを見つめる悠は言った。
「食事の時間だろう。早く戻った方が良い」
悠もそろそろ点滴の時間だ。
都榛が自分を普通の人間として扱ってくれるから、自分が花として生きていることを言うのは少し憚られる。
だから、太い注射針と透明の液体が入ったパックを持ったあの人がやってくる前に都榛には部屋に戻ってほしかった。
悠は痛々しいほど注射痕のある腕を隠すように袖を引く。
所詮は人と花。
都榛がここに来るのも、自分の敷地にある庭園の出来栄えを確認しに来ているようなもの、なんて。自分を嘲るようになったのはいつだろうか。
そんな悠を知ってか知らずか、都榛は困ったように頭をかいて、ふうと小さく息を吐いた。
「内緒だよ」と言って都榛が声を潜める。
「実は、何を食べてもほとんど味が分からないんだ」
悠は息を呑む。
「今朝のパンも、段ボールみたいで……でもね、ある花を食べると味がする」
都榛の視線の先には、悠の生み出した青い花があった。
迷った末に、悠はそれを差し出した。
花瓶に一輪だけ、まだ回収されていないものだ。
「もらってもいいの?」
「うん。味がしないものを食べてもつまらないでしょ」
「そんなこと言ってくれるの、悠だけだよ」
都榛が花を食む。
劣等感の塊だったそれが都榛の手に収まるだけで尊いもののように思えた。
花を切り取られるだけだった悠の世界に、初めて意味が生まれた。
――都榛に食べられるために咲く。
これから先、都榛のためだけに花を生み出そうと心に誓った。
この日のことを悠が忘れることはないだろう。
「また明日」
都榛は明るくて暖かいだろう部屋に帰っていった。
この日以来、悠は生まれたばかりの花を都榛に渡せるよう、回収される前に少しだけ隠すようにしている。
夜更け過ぎ、いつも通り点滴を終えた悠はいつまでも都榛の部屋の方を見つめていた。
隣の、ベッドのある部屋には戻らずに、花壇の上に寝そべって。
寒くて凍えてしまいそうな夜だったが、都榛が明日も来てくれると思うと自然と心が温かくなった。
「うぅ……つ、はぁ…っ、」
背中に走る鋭い痛み。カサカサと嫌な音を立てるそこでは、きっとあの青い花が生み出されているのだろう。
でも今日はそこまで嫌にならない。
あれが都榛の手の中に納まった時とても幸せだと思った。
悠は昔、多量の栄養剤を与えられ、暗い部屋で一週間も苦痛に耐えてブーケを作らされたことがあった。
栄養剤を買うにも金はかかる。
食事は与えられず、ろうそくの明かりもない部屋で一人黙って痛みに耐えていた。
花が咲いては切り取られ、形が悪いものは捨てられて。
ようやくできたブーケは結婚式が終わると同時にゴミ箱に収められた。
大事にしてほしかったわけではない。
ただ、どうしてこんなどうしようもない気持ちになるのだろうかと思ったくらいだ。
別にこのくらいの痛み、腹をナイフで抉られた時くらいなのだから、大したことではない。
でもどうせ痛いなら都榛が喜んでくれる今の方が何百倍も心地良い。
悠は新たに咲いた花を大事そうに抱きしめて眠った。
「悠!遅くなった」
その日都榛は、随分と遅い時間にやってきた。
大きな布と、大量の本を抱えて。他にも何やら色々持ってきたが、それは後から説明する。
「今日は来ないかと思った」
歩いたら数分の場所でも、ガラス越しに見る都榛の部屋は遠い。
別に毎日顔を出せるわけではないから、今日は来ない日なのだと思っていた。
「今日の分の宿題に手こずって」
そういう都榛は持ってきた布を悠に被せた。
そして一緒に中に入る。
ぷは、と悠が分厚い布の中から顔を出すと都榛が笑う。
「今日は朝までここにいる」
「え?」
「だから布団と本を持ってきた」
「朝まで?」
「そう、いつも悠は俺が帰るとき悲しそうな顔するから」
都榛は持ってきたランタンに火を点ける。
それを布団の中に入れると、まるで二人だけの部屋みたいになった。
「だから、朝まで一緒にいようと思って」
都榛は時々すごいことをする。
この狭い部屋の中が全ての悠には思いつかないようなことをたくさん教えてくれる。
「こうすると温かいだろ?」
「うん……」
都榛に冷たいままの手を握られる。
ランタンに照らされたせいか顔が熱かった。
揺らめく炎が都榛の顔に大きな影と光を作っている。
長いまつ毛が頬にまで影を落としていて、自分なんかとは全然違う健康的な身体、潤った唇。
「ここを教えてほしい。この計算でやってみたけど分からなくって……、悠……、悠?」
「……悪い、ここか?」
「違うよ、こっち」
悠が覗き込んだと同時に都榛も教科書を覗き込むから、額がぶつかって良い匂いがした。
香水などではない上品な香り。
何という名前だったのか思い出せない深紅の宝石。
あれをはめ込んだみたいに綺麗な瞳に悠が映りこむ。
「好き合う人たちはこうするんだって」
都榛が瞼を下ろすと、悠は自分が見えなくなって、代わりに唇が触れた。
心臓が大きく鼓動したまま次の鐘を打たないから苦しい。
でも温かくて、甘くて、よく分からなかった。
「……っ」
「ごめん、急に」
肩を竦めた都榛が「嫌だった?」と言うから悠は慌てて首を振った。
「違う、そうじゃなくて驚い、て……」
都榛が顔を覗き込んでくるから、また唇が触れてしまう気がして悠は後ずさる。
嫌とかそういうことではなかったが、これ以上触れたらどうにかなってしまいそうだった。
ガシャンと音を立てて、倒れたランタンの火が消える。
布団の中は真っ暗になのに、それでも悠の瞳に映った都榛の顔は真っ赤に見えた。
ランタンの日が燃え移ったように顔が熱いのは、自分だけじゃないんだと思って安心した。
「次はちゃんと確認とるから、だめ、だったら言ってほしい」
都榛は少し照れたように頬をかいて笑った。
悠はそんな姿に見惚れながらも、次もあるのかと、既に早鐘を打つ胸をシャツの上からぎゅっと握りしめた。
「おやすみ」
二人は冷たい床の上、横になる。
あんなことを言った都榛はあっという間に眠ってしまって、悠は一人長い夜を過ごしていた。
いつもなら遠くに感じる都榛の部屋を眺めながら、気まぐれに咲く花を摘んで花瓶に入れる。
そんなどうでも良い時間でさえも最近では愛おしいと感じるようになったのに。
今は、悠をそんな気持ちにさせてくれる都榛が隣にいて、その温かさを感じることができる。
手を伸ばせば触れられて、寝息まで聞こえてくる。
悠が都榛を感じながら眠りにつこうとした時、胸のあたりにあの鋭い痛みを感じた。
「あ……ぅ」
咄嗟に口元を抑える。
自分のうめき声で都榛を起こしてしまうのが怖かった。
目覚めた都榛が、自分の身体に生えた花を食んでいるとばれるのが怖かった。
気持ち悪いと言われたらどうしよう。
都榛はそんなこと言わないかもしれないが、ここに都榛が寄り付かなくなることは、自分が使い物にならなくなって焼却炉に放り込まれるよりも怖い。
「……はぁ…っ…っつ」
冷汗が、額から頬を伝って流れていく。
我慢していればやがて痛みは引いていく。朝になるころには都榛が食む花がいくつか準備できて丁度良い。
花を摘んでおいた、なんて言って朝食代わりに花を差し出したらきっと喜んでくれる。
都榛が喜ぶと悠も嬉しい。
頭の中は空想の都榛ばかりでいっぱいになって、今そこで眠っていたはずの都榛が目覚めていることに気が付かなかった。
「悠、それ……」
「とば、り…」
口元を抑える悠の手の甲には新しい花が芽吹いていた。
慌てて後ろ手に隠す。
「痛いの?」
「痛く、ない」
「そうは見えないけど」
都榛は軽々と悠の背後を取って、悠の隠した両手を掴んだ。
花が生まれたばかりのそこをまじまじと見つめられこれ以上の辱めはないと思った。
上の服を全て剥ぎ取られ、見世物のように花を生み出させられたあの時よりずっと嫌だ。
「花……」
「気持ち悪いだろ。騙してて悪い。俺は人間じゃない。悪いこともたくさんした。もう都榛とはしゃべらないし、思い出すこともしない、だから……」
出ていってほしいと悠が口にする前に、都榛の手が背に回された。
「ごめん、何も知らなくて」
悠の頬を何か冷たい水が濡らしている。
それが涙だということを悠はまだ知らない。
あふれ出た汚い水が都榛の服を汚してしまうと本気で思っていた。
「違う、俺は」
「違わない。悠は人間だよ。こんなにも温かい」
都榛が悠の手を掴んで自分の胸に当てる。
それから同じように悠の胸にも手を当てた。
ドクンドクンと脈打つそこは都榛と同じで、他でもない悠自身が都榛と同じ人間なのだと思いたかった。
「都榛……っ」
また唇を合わせた。
次はちゃんと許可を取ると言っていたのに、何も聞かれなかった。
「ごめん、我慢できなかった」
「ううん、嬉しいと思った」
人間じゃなくていい。花で良い。
都榛が望んでくれるのなら、花を生み出す身体のままでも都榛の傍にいたいと思った。
「また来てくれるか」
「何回でも来るよ」
いつか真実が都榛の耳に入るまで。
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