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第14話 旅立ちの予感
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冷たい風が、世界の輪郭をなぞる。
カーテンの裾がゆっくりと揺れ、そこからこぼれた光が、淡く床を照らしている。
都榛が眠る寝室の扉を、悠はそっと閉めた。
机の上には、パスポートの申請用紙。
白い紙の上には、まだ何も書かれていない。
――このままでは、いずれ都榛が知ってしまう。
両親のことも、手紙のことも。
すべてが、都榛の耳に届く前に。
胸の奥は砂嵐が起こったみたいに、ざらざらと大粒の砂がしきりに降り注いでいた。
逃げるのではない。この幸せを守るためだ。
そう何度も自分に言い聞かせながら、悠はペンを取る。
気が付けば朝が来ていて、震える指先が紙の端をかすめた。
「……都榛の、生まれた場所に行きたい」
朝食の席で、何気ないふうを装ってそう言った。
都榛は、トーストを咥えたまま目を瞬かせる。
「急にどうした?」
「前に言ってたよね、いつか行きたいって」
「うん……でも、急だな」
その目がまっすぐにこちらを見ている。
悠はその視線を受け止めきれず、カップを口元に運んだ。
冷めきった紅茶の味が、妙に苦い。
罪の匂いを誤魔化すために、悠はゆっくりと笑った。
「なんとなく、急に行きたくなって……」
視線を逸らすと、都榛は柔らかく微笑んだ。
「じゃあ、行こう。二人で」
その声が優しすぎて、胸の奥がひりついた。
◇
それから数日、悠は日本行きの準備に没頭した。
パスポートを取り、荷物を詰め、部屋を解約して。
何かに没頭していないと、呼吸がうまくできなかった。
都榛は仕事の合間に手伝ってくれたが、どこか楽しげで、その明るさが、悠には眩しすぎた。
テレビの音。
キャスターの笑う声が部屋に溶けている。
悠はスーツケースを閉じながら、都榛の背中越しに画面を見ていた。
ちょうどニュースの時間。
真っ青なテロップが、空気を震わせる。
『……三島家の当主夫妻が、遺体で発見されました――』
その瞬間、目の前でポップコーンみたいに何かが弾けた。
視界は殴られたみたいに暗く、世界から色が一気に褪せてしまう。
都榛がゆっくりと振り向く。
「……今、なんて……?」
アナウンサーの言葉が続く。
屋敷での騒乱、跡目を巡る争い、そして葬儀の様子。
どれも見たことのある場所が、まるで知らない場所のように描写されていく。
「悠……父さんたちが……」
都榛の声はかすかに震えていた。
悠は息を吸おうとして、うまくできなかった。
痛い。
胸の奥に、何か硬いものが詰まる。
喉の奥でざらりと音がして、まるで花弁が咲き始めたような痛みが走った。
「……そう、なんだ」
言葉が空気に溶ける前に、都榛はゆっくりと頷いた。
「後悔はしていない……こうなることくらい」
都榛が手を握りしめている。
悠は頷くことができなかった。
―――責めてくれたら楽だったのに。
そんなことばかり脳裏を過る。
目を閉じると、赤い花が脳裏にちらつく。
それは罪の色であり、血のような色だった。
カーテンの裾がゆっくりと揺れ、そこからこぼれた光が、淡く床を照らしている。
都榛が眠る寝室の扉を、悠はそっと閉めた。
机の上には、パスポートの申請用紙。
白い紙の上には、まだ何も書かれていない。
――このままでは、いずれ都榛が知ってしまう。
両親のことも、手紙のことも。
すべてが、都榛の耳に届く前に。
胸の奥は砂嵐が起こったみたいに、ざらざらと大粒の砂がしきりに降り注いでいた。
逃げるのではない。この幸せを守るためだ。
そう何度も自分に言い聞かせながら、悠はペンを取る。
気が付けば朝が来ていて、震える指先が紙の端をかすめた。
「……都榛の、生まれた場所に行きたい」
朝食の席で、何気ないふうを装ってそう言った。
都榛は、トーストを咥えたまま目を瞬かせる。
「急にどうした?」
「前に言ってたよね、いつか行きたいって」
「うん……でも、急だな」
その目がまっすぐにこちらを見ている。
悠はその視線を受け止めきれず、カップを口元に運んだ。
冷めきった紅茶の味が、妙に苦い。
罪の匂いを誤魔化すために、悠はゆっくりと笑った。
「なんとなく、急に行きたくなって……」
視線を逸らすと、都榛は柔らかく微笑んだ。
「じゃあ、行こう。二人で」
その声が優しすぎて、胸の奥がひりついた。
◇
それから数日、悠は日本行きの準備に没頭した。
パスポートを取り、荷物を詰め、部屋を解約して。
何かに没頭していないと、呼吸がうまくできなかった。
都榛は仕事の合間に手伝ってくれたが、どこか楽しげで、その明るさが、悠には眩しすぎた。
テレビの音。
キャスターの笑う声が部屋に溶けている。
悠はスーツケースを閉じながら、都榛の背中越しに画面を見ていた。
ちょうどニュースの時間。
真っ青なテロップが、空気を震わせる。
『……三島家の当主夫妻が、遺体で発見されました――』
その瞬間、目の前でポップコーンみたいに何かが弾けた。
視界は殴られたみたいに暗く、世界から色が一気に褪せてしまう。
都榛がゆっくりと振り向く。
「……今、なんて……?」
アナウンサーの言葉が続く。
屋敷での騒乱、跡目を巡る争い、そして葬儀の様子。
どれも見たことのある場所が、まるで知らない場所のように描写されていく。
「悠……父さんたちが……」
都榛の声はかすかに震えていた。
悠は息を吸おうとして、うまくできなかった。
痛い。
胸の奥に、何か硬いものが詰まる。
喉の奥でざらりと音がして、まるで花弁が咲き始めたような痛みが走った。
「……そう、なんだ」
言葉が空気に溶ける前に、都榛はゆっくりと頷いた。
「後悔はしていない……こうなることくらい」
都榛が手を握りしめている。
悠は頷くことができなかった。
―――責めてくれたら楽だったのに。
そんなことばかり脳裏を過る。
目を閉じると、赤い花が脳裏にちらつく。
それは罪の色であり、血のような色だった。
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