元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ

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第一部

49.二人のお雛様

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 雛祭りは女の子の伝統的な行事である。俺は一人っ子だし、ずっと独り身で子供もいなかったためにあってないような行事だった。
 かろうじて従妹の麗華の家に雛人形があったのを見たことがある程度だろうか。まあ麗華本人も雛祭りは雛あられを食べられるくらいにしか思っていなかったみたいだけども。
 まあそんな感じで前世の俺は雛祭りという行事に関心がなかったのだ。男の子にとってはさほど面白味のあるイベントではない。

「これでよしっと。骨組み終わりました」
「速いわねー。さすが俊成くんね」
「じゃあお雛様飾ってもいいの?」
「布をかけるからもうちょっと待ってね」

 現在俺は宮坂家の雛人形を飾るのを手伝っていた。七段の立派なやつだ。それを俺と葵ちゃんとおばさんの三人で組み立てているのだ。
 毎年手伝っているので今年も当たり前のように手伝いにきていた。葵ちゃんのお父さんは仕事が忙しいことを理由になかなか手伝ってくれないらしい。そう葵ちゃんのお母さんが愚痴ってたけど、たぶん俺が手伝わなかったら普通にやってくれるのだろうと思う。父親だし本当は自分で飾ってあげたいのではないだろうか。そう考えると俺の方が仕事を取っていると言える。
 俺は俺で手伝うと葵ちゃんが喜ぶのでやりがいとか感じていたりする。毎年やってたら段々と慣れてくるもので、雛段の骨組みも組み立てるスピードが上がっていた。
 前世ではまったくと言っていいくらい縁がなかった雛祭り。葵ちゃんと瞳子ちゃんに出会ってから俺には関係ないと思っていた行事にも関わるようになっていた。
 赤い布を付け終わるとニコニコ笑顔の葵ちゃんと目が合った。その手には女雛の姿がある。

「トシくんトシくん」
「どうしたの葵ちゃん?」
「肩車して」
「はい?」

 いや、雛人形を飾りたいのはわかる。でも今まではちゃんと何かしらの台を用意してそれに乗って高い位置の人形を飾っていたはずだ。
 それがなぜにいきなり肩車を要求されているのだろうか。というか葵ちゃんスカートだし。
 俺は困り顔を葵ちゃんのお母さんに向けた。ここは母親にたしなめてもらうのを期待してみる。

「あら? 俊成くん葵を肩車できないの? 意外と力がないのねぇ」
「なぁっ!?」

 しかし期待していた援護射撃はなかった。それどころか俺の男としての部分に疑わし気な目を向けてきていた。
 ここで退いては男の沽券に関わる。俺は自らの男の尊厳を守るために葵ちゃんの前で膝を屈した。

「もちろんできますとも! ……わかった。肩車するから乗っていいよ」
「うん!」

 葵ちゃんは俺を見下ろしながら満面の笑顔で頷いた。おばさんは口元を手で隠して肩を震わせていた。
 俺は葵ちゃんに背を向ける。葵ちゃんは「よいしょ」と言いながら屈んでいる俺の頭の横に足を通した。

「立つからね。いい?」
「いいよー」

 立ち上がって葵ちゃんを肩車する体制になった。もうちょっと重みを覚悟していたのだが、さほど感じることなく肩車できた。
 俺の顔がスカートで隠れていた葵ちゃんの太ももに挟まれている。スベスベのモチモチの感触が頬を通して脳を刺激する。
 まだまだ細い体だ。それでも確実に女性としての柔らかさがあった。

「あっと……。トシくんごめんね」

 少しバランスを崩したらしい葵ちゃんがぎゅっと太ももに力を入れた。柔らかいのに挟まれて目の前が真っ白になる。

「トシくんもうちょっと近づいてもらっていい?」
「……はっ!? わ、わかったっ」

 葵ちゃんの声で意識を取り戻す。危ない危ない、なんだかいけない気持ちになるところだった。
 これはあれだな。俺自身も子供で感覚が敏感だから余計に葵ちゃんの感触が効いてしまうんだろう。だから人の反応として俺は正常だ。何も間違っちゃいない。だから心の奥底にいる俺よ、そんな蔑む目で見ないでくれ!
 葵ちゃんは俺に肩車されながら最上段に男雛と女雛、それと金屏風やぼんぼりといった飾りを置いていく。葵ちゃんのお母さんはちょっと離れた位置から綺麗に飾れるようにと指示を出していた。
 続いて三人官女や五人囃子、右大臣と左大臣の段も飾っていく。肩車が終るまで俺は緊張しっぱなしだった。もちろん葵ちゃんが落っこちないかと心配していただけだ。他に緊張するところなんてないよね。

「できた!」

 全部飾り終わって葵ちゃんが飛び上がりそうなほど喜んだ。振動してせっかく飾ったお雛様が動いたら大変なので彼女を抱きとめる。
 それにしても毎年のことながら雛人形を見ると葵ちゃんのテンションが上がるな。やっぱり女の子にとって雛人形は特別なものなのかもしれない。

「かわいいよねー。このままずっと飾ってたいな」
「うふふ、そうね。でも雛人形をしまうのが遅くなると婚期が遅れるって言うわよ」
「コンキって?」
「結婚するのが遅くなっちゃうってことよ」
「え」

 葵ちゃんが固まった。ギギギと錆びた機械のような動きで俺の方に顔を向ける。それからぶんぶんと頭を振った。

「ダメ! 結婚できないんだったらもう片付ける!」
「いやいやいや! 出したばっかりだし。それにまだ三月もきてないよ」
「で、でもトシくん……」

 葵ちゃんは涙目だった。彼女には悪いけどそんな表情がかわいいと思ってしまった。

「じゃあ雛祭りが終わったらいっしょに片付けようか。ね?」
「……うん」

 素直に頷く葵ちゃんを抱きしめそうになってしまった。ニヤニヤしておられるお母様がいるのでなんとか踏みとどまったけどな。


  ※ ※ ※


 雛祭りのお祝いをするということで俺と葵ちゃんは瞳子ちゃんの家に集まっていた。
 瞳子ちゃんの家も雛段を飾っていた。こちらは全部おじさんがやってくれたとのこと。葵ちゃんが俺に手伝ってもらったと口にすると、瞳子ちゃんはとても羨ましそうにしていた。お父さんもがんばってくれたんだよ?

「ちらし寿司はね、うちわで扇がなきゃいけないのよ」

 瞳子ちゃんのお母さんがちらし寿司を作るということで俺達も手伝うことにした。その際に瞳子ちゃんからどや顔でそんなことを言われたのだ。かわいい。
 ちらし寿司といっしょにハマグリのお吸い物も作る。瞳子ちゃんのお母さんはハマグリを眺めながらこんなことを口にした。

「ハマグリは二枚の貝殻がぴったり合うのがいいのデスヨ。それには仲の良い夫婦という意味があるのデス。日本には縁起の良い食べ物がたくさんアリマスネー」
「ほ、本当!?」
「ママ、そういうことは先に言ってよね!」
「あっ、瞳子ちゃんずるい!」
「ずるくないわよ! 早い者勝ちなんだから」

 葵ちゃんと瞳子ちゃんによるハマグリ争奪戦が始まってしまった。瞳子ちゃんのお母さんは楽し気にそれを眺めていた。こうなるってわかってましたよね?
 騒がしくしながらも料理は一段落ついた。ゆっくりするかと思いきや、おばさんがパンパンと手を叩いて注目を集める。

「瞳子と葵は向こうで着替えマショウカ。トシナリはそこで大人しく待っているのデスヨ」
「今から着替えるんですか?」
「ふっふっふー。楽しみに待ってなサイネー」

 瞳子ちゃんのお母さんは意味深な笑いをしながら二人をつれて部屋を出て行ってしまった。
 料理で汚したわけでもなさそうなのにどうしたんだろうか? あの笑い、何かを企んでいるようなんだけども。
 女の子が着替えるというのだからそれなりに時間がかかるだろう。近くに料理本があったので暇潰しに読ませてもらうことにした。

「お待たせしマシター」

 声に振り向けば瞳子ちゃんのお母さんが部屋に入ってきたところだった。二人の姿は見えない。それに首をかしげていると、瞳子ちゃんのお母さんが「入っていいデスヨ」と言った。

「……!」

 息を飲む。
 そこには葵ちゃんと瞳子ちゃんがいた。それは間違いない。
 ただ、二人の格好は着物だった。ただの着物ではなく五衣唐衣裳だ。つまりは十二単である。まさに二人はお雛様となっていたのだ。

「トシくん……ど、どう?」

 葵ちゃんがはにかんだ。少しだけ照れがあるようだ。

「と、俊成……似合うかしら?」

 瞳子ちゃんが赤くなった顔を隠そうとうつむき加減になっている。それでも俺の言葉を期待しているようで、チラチラと目が動いている。
 まさかのリアルお雛様。頭の飾りまではさすがに用意できなかったみたいだけど、充分に二人はお姫様に見えた。

「うん。二人ともとってもすごく似合ってるよ」

 この感動を言葉として表せないのがもどかしい。結局俺が口にできたのは誰にでも言えるような簡素な感想だった。
 それでも、こんな俺の言葉にも葵ちゃんと瞳子ちゃんは心の底から嬉しそうな笑顔になってくれる。胸のあたりがきゅっと締めつけられた気がした。

「フゥ。こんな笑顔が見られたのならワタシも作った甲斐がありマシタ」
「えっ!? 手作りなんですか?」
「もちろんデス。二人に合わせたので、こう見えても軽くて動きやすいようにがんばりマシタ」

 瞳子ちゃんのお母さんはやり切ったという顔でサムズアップした。この人にこんなスキルがあったとは……グッジョブ!
 お雛様になった葵ちゃんと瞳子ちゃんか。これは写真に撮っておきたいものだ。もちろん永久保存である。

「じゃあ次はトシナリも着替えマショウカ」
「え、俺も?」
「もちろんデス。お雛様は男と女がいてこそなのデスカラ」

 俺は瞳子ちゃんのお母さんにつれられ着替えさせられてしまった。着替えさせてあげるという瞳子ちゃんのお母さんに逆らえず、というか着替え方もわからなかったので手を借りるはめになってしまった。恥ずかしい……。
 男雛のような束帯衣裳に身を包む。重ね着をしているのに思ったよりも軽い。それでいてしっかりとした作りだ。瞳子ちゃんのお母さんの仕事ぶりはすごかった。
 葵ちゃんと瞳子ちゃんが待つ部屋へと向かう。なんだか格好だけで偉くなった気分。
 気分が良くなると羞恥心もなくなってきた。ずんずんと進んで躊躇いなくドアを開けた。

「着替えてきたよ。どうかな?」

 恥ずかしさも消えてしまったので見せつけるように胸を張る。俺の姿を捉えた葵ちゃんと瞳子ちゃんはしばし固まった。

「トシくんかっこいい!」

 葵ちゃんが駆け寄ってきて笑顔でそう言った。正面からそんな風に言われるとさすがに照れてしまう。

「……」
「瞳子ちゃん?」

 瞳子ちゃんはまだ固まったままだった。声をかけるとはっとした顔になる。

「俊成……その……似合ってるわよ」
「うん。ありがとうね」

 なぜか瞳子ちゃんの方が恥ずかしそうにしていた。おかげで俺も恥ずかしさがぶり返ってきた。うぅ……顔が熱いぞ。

「写真撮りマスヨ。並んでクダサーイ」

 瞳子ちゃんのお母さんがカメラを構える。葵ちゃんと瞳子ちゃんは俺を挟んで体を寄せてきた。
 二人は眩しいほどにかわいい笑顔だ。俺はなんだか照れてしまって、それでも二人の笑顔を意識して笑ってみせた。
 シャッター音とフラッシュ。記録に残った俺の顔は、なんともしまらない照れ笑いをしていた。
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