元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ

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第二部

91.スタートダッシュは自己紹介から

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 入学式が始まった。
 小学校や中学の入学式よりも人が多くて圧迫感がある。さすがにこの歳にもなると式という行事にも慣れたものである。
 さて、小中と前世通りの学校だったわけなのだが、高校は前世の時よりも偏差値の高い学校へと進学できた。
 なのでここでの顔ぶれは本当に知らないのだ。違う学校にも拘わらず、前世通り佐藤とまたクラスメートになれたのはちょっとだけ意外だったりもする。まあ受験勉強はいっしょにがんばったしな。同じ高校に通えて心強い。
 それにしても入学式は緊張よりも退屈が勝る。緊張するのはこの後だろう。
 これから始まる高校生活は俺の知らないものになるだろう。まあ今までも俺の知らない流れだったけれどね。
 チラリと目線を向ける。その先にいるのはクリスだ。
 まさかクリスといっしょの学校になるだなんて……。正直また会えるかなんてわからなかったくらいなのに、クリスが日本に来て学校に通うだなんて考えもしなかった。
 彼女の雰囲気はそのままに、成長して美人度が増していた。最後に会ったのは小学生の時だもんな。大きくなって当然か。
 俺の視線に気づいたクリスと目が合う。にこやかに手を振られて、とりあえず笑顔で返した。
 日本語もすごく上手になっていた。流暢にしゃべっていたから却って違和感を感じるのが遅れてしまったほどだ。
 知らない人は多いけれど、知っている人も確かにいる。それはクリスだけではなく、そう、たとえば今壇上に上がってあいさつをしている人とか……。

「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。在校生を代表して歓迎の言葉を述べさせていただきます」

 それは落ち着いた男子の声だった。生徒会長として祝辞を述べる三年生の男子だ。
 聞き取りやすいように大きく口を開けてはきはきとあいさつをしているのは俺も知っている人物だった。ていうか野沢のざわくんだった。

「……」

 野沢のざわ拓海たくみ。俺が尊敬している野沢先輩の弟さんである。
 いや、彼がこの高校にいるってことは知っていたんだけどね。でもまさか生徒会長になっているだなんて思ってもみなかった。
 野沢くんって俺に対してなんか冷たいからなぁ。中学の時でもほとんど話はしなかった。彼が高校に上がるとほとんど見かけなくなったので、あいさつでさえ最後にいつしたのかちょっと思い出せないほどだ。一応これでも近所なんだけどな。
 久しぶりに見る野沢くんは堂々としていた。眼鏡をかけ始めたのは高校に上がってからなのかな。確か中学まではかけていなかったはずだ。
 彼も彼で見ない間に大人になっちゃって……。なんていうか優等生って感じである。生徒会長しているくらいだから優秀なのは間違いないんだろうけれども。
 あいさつを終えて壇上から降りる野沢くんと目が合った。しかしそれは一瞬で、目が合ったのが俺の勘違いだったみたいに自然と離れて行った。
 ……やっぱり俺に冷たい気がする。元々仲良しでもなかったけどさ。
 入学式は滞りなく終わりを迎えた。体育館から出て教室へと向かう。
 廊下に出ると葵がすぐ横に並んで話しかけてくる。

「ねえねえトシくん。野沢くんすごかったね。ちゃんと生徒会長してたんだ」
「俺はびっくりしたよ。まさか野沢くんが生徒会長しているだなんて思ってもなかったからさ」
「そうなの? 私は聞いてたから、てっきりトシくんも知ってるんだって思ってた」

 葵も野沢くんと近所ではあるからばったり会うこともあるんだろう。俺は全然会っていないが。……避けられているわけじゃないよね?

「アオイ! アオイよね! あなたも同じ学校だったのね!」
「あ、やっぱりクリスちゃんだったんだ。私のこと憶えてくれてるなんて嬉しいな」

 近寄ってきたクリスが俺の隣にいる葵に気づいた。目を輝かせて葵の手を取って喜んでいる。
 二人は一度きりしか会っていないなんて思わせないくらいの仲良しっぷりだった。クリスの人懐っこさと葵の優しく受け入れてくれる性格が合っているのだろう。
 みんなが教室に戻ろうとする廊下で、きゃいきゃいとはしゃいでいる女子二人はもちろん注目される。それもかなりの美少女さんだからね。片方俺の彼女だけど。

「ちょっと葵。こんなところで騒いでちゃダメでしょ」
「トウコ! トウコよね! わたしすぐにわかっちゃった!」

 金髪と銀髪の美少女が並ぶとなんだかきらびやか。そこに黒髪の美少女もいるものだから色合いも含めて目の保養です。

「クリス……よね? ものすごく日本語が上手くなったわね」
「たくさん勉強したもの。日本の学校に通う予定があったからがんばっていたの」

 葵といっしょに「へぇー」と声を漏らす。クリスはしゃべるのが好きなようで、口がなかなか止まらない。

「わかったから。今は教室に戻りなさい。また話を聞いてあげるから」

 さすがは瞳子である。興奮しているクリスを止めてしまった。こういう時ははっきりものを言える瞳子は強かった。

「葵も今は教室に戻りなさい。まったく真奈美は何をやっているのよ」

 小川さんは葵の保護者じゃないからね。小川さんのことだから物怖じせずにもう友達を作っているのかもしれない。
 それぞれの教室に別れていく。先生が来るまで少し時間があるようだった。

「高木」
「どうしたの美穂ちゃん?」
「あの人は何?」

 美穂ちゃんが指を差したのはクリスだった。やっぱりみんな外国人に興味があるのか、彼女を囲んで話しかけている。

「クリスティーナ・ルーカス。イギリス人の女の子だよ」
「そういうことを聞きたいんじゃない。高木とどういう関係なのか聞いているの」

 静かな口調で圧迫感を与えられる。無表情なのにちょっと怖いですよ?

「クリスとはちょっとしか会ったことがないけど友達だよ。小学校の時に二回だけしか会ってはないけどね。小四の夏休みの時と、小六の時に葵のピアノコンクールを応援に行った二回だけかな」
「そのわりにはけっこう好かれているみたいだったけど?」
「ああいう性格なんだってば。俺以外にも、俺の従妹とか葵や瞳子に対してもあんな感じだし」
「ふぅん……」

 じっとりとした目を向けられてしまう。美穂ちゃんは何か思うところがあるらしい。

「あたしさ……、正直今でも高木が宮坂と木之下の二人と付き合っているのを納得できたわけじゃないからね」

 美穂ちゃんの視線が突き刺さる。俺は目を逸らさなかった。

「誰に納得されなくてもいいよ。誰かに納得されたくて付き合っているわけでもないし。ただ、今は葵と瞳子を大切にしたいってのが俺の一番やりたいことなだけだから」
「……」

 美穂ちゃんは押し黙った。先に目を逸らしたのは彼女だった。

「……二人が悲しむようなことだけはしないで」
「そんなの当たり前だ」

 絞り出したかのような彼女の言葉に、俺はしっかりとした頷きを持って返す。

「そろそろ先生が来そうやから席に戻らなあかんで。高木くん、後でそのクリスさんのこと紹介してな」

 佐藤の言う通り、すぐに担任の先生が教室に入ってきた。クリスに集まっていた生徒達も慌てて自分の席へと戻る。

「えー、一年A組の担任になった鮫島さめじまだ。これから一年間よろしく」

 そう言って鮫島先生は軽く頭を下げる。ちょっと強面で四十代前後くらいと思われる年齢の男性教諭である。生活指導とかが似合いそうだなと考えてしまったのは内緒だ。

「今日は連絡事項や配布物などいろいろあるんだが、まずは自己紹介してもらおうと思う。みんなもクラスメートがどんな奴か早く知った方がいいだろう。俺は知りたい。まだみんなの顔と名前が一致していないんだ。これじゃあ名前を呼ぶ時に困ってしまうからな」

 鮫島先生が冗談混じりに言うと小さく笑いが起こった。顔のわりにはとっつきやすい雰囲気のある先生だ。

「席順は出席番号順だから、男子の一番の奴から自己紹介してもらおうか。立ち上がって自分を思う存分アピールしてくれ。ああ、でもこの後も予定があるから一人一分以内な」

 そんなわけで男子の出席番号一番から自己紹介が始まった。
 出席番号は男女別である。なので現在の席順は教卓から見て右側に男子、左側に女子が集中している。
 一人が自己紹介を終える度に拍手される。鮫島先生がしているのでみんなそれに倣っていた。

「僕は佐藤さとう一郎いちろうです。関西弁しゃべるんやけど関西人ちゃいます。でも美味しいたこ焼きは作れます」

 この辺じゃあ関西弁は聞き慣れないからか佐藤の自己紹介はウケが良かった。長過ぎず短過ぎず、佐藤のほんわかした雰囲気もあって反応は悪くないだろう。
 さ行に入ったから、た行の俺の番が近いな。頭の中で何を言おうかと繰り返し確認する。
 佐藤が席に座ると、次の男子が勢いよく立ち上がった。

「俺の名前は下柳しもやなぎけん! 中学ではサッカー部だったんで高校でもサッカー部に入ろうと思っています! もちろん運動は得意です! 清潔さには自信があるんでこれからよろしくお願いします!」

 大きな声で下柳くんはあいさつを終えた。体育会系か? 清潔さに自信があるって何だよ? 髪型はしっかりセットしている感じではある。清潔さってそこだろうか。
 そして「よろしくお願いします」の辺りで女子に向かって頭を下げていた。なんともわかりやすい奴である。
 まあ高校生男子ともなれば女子に興味津々だからな。性に目覚めたばかりの中学では恥ずかしくてアタックできなくても、高校生になったのを機に行動を起こしたくなるものだ。ソースは前世の俺。実を結ぶことはなかったのだが……。
 この後も順調に自己紹介は進む。今のところテンションが高かったのは下柳くんくらいなもので、他は大人しめな感じの子が多かった。まだ最初というのもあって緊張しているのだろう。
 ……俺も緊張しているから気持ちはわかる。初対面の顔ぶれが数十人もいるのだ。仕方がないと言い聞かせてやるしかない。
 ついに俺の番が回ってきた。息を吐きながら立ち上がる。

「えっと、高木たかぎ俊成としなりです――」
「おっ、高木俊成っていえば去年柔道で全国大会出たんだろ?」

 自己紹介の途中で鮫島先生に割り込まれてしまった。なんか前のめりになっているのは気のせいか。
 先生を無視して自己紹介を続けるわけにもいかないので頷きを返す。

「ええまあ……。先生のおっしゃる通り中学では柔道部に所属して三年の時に全国大会に出場しています」

 全国大会というワードが強烈だったのか、教室にどよめきが広がった。
 とはいえ、全国では一回戦負けだったけどね。その俺に勝った奴が優勝したのだから、悔しかったけど誇らしさがあった。

「うちの柔道部は弱くてな。お前が部に入ってくれれば刺激になるぞ」
「いえ、部活をやるかはまだ考えていないので。これからいろいろと見させてもらおうと思っています」
「なんだそうなのか? まあいい、気が向いたらいつでも歓迎だ。じゃあ次」

 俺の後ろの男子が返事をしたので腰を下ろす。
 ……あれ? 俺ちゃんと自己紹介してないんじゃないか?
 これじゃあ柔道やってた奴という印象しかないぞ。何しやがるんだあの先生はっ。
 俺の恨みがましい視線は目に入らないようで、男子の自己紹介は全員終えてしまった。次は女子の番だ。

赤城あかぎ美穂みほ。よろしくお願いします」

 美穂ちゃんはすっと席を立つと簡潔な自己紹介を述べた。そのまますっと着席する。

「あー……赤城? それだけでいいのか? もっと自分をアピールしていいんだぞ?」
「大丈夫です」
「そ、そうか……」

 強面先生もたじたじである。美穂ちゃんが長々と自己PRしているなんて確かに想像できないけど。彼女はどうやって面接を切り抜けたのだろうか。ちょっとした謎である。

「まっこれも個性か。だからってマネするとみんな無個性になるからなー。それを踏まえて次頼むぞ」

 鮫島先生はあっさりとPR不足の美穂ちゃんを流してくれた。見た目よりも柔軟な先生なのかもしれないな。
 女子も順調に自己紹介を済ませていく。見た目の印象だけなら大人しめなタイプが多いクラスだ。

「こほんっ、僕の名前は望月もちづき梨菜りなです。皆さんのような素敵な学友ができて嬉しいです。得意なことはお料理やお裁縫で、苦手なものはお化け……かな」

 そう言って恥じらいつつもぺろりと舌を出す望月さんに男子達が色めき立ったのがわかった。下柳くんなんてモロ声に出してるし。
 望月さんは肩にかかる程度の明るめの茶髪の女の子だった。中学校を出たばかりといった、まだあどけなさが残る感じのかわいらしさを振りまいている。
 俺が一番気になったのは一人称が「僕」ってところかな。本当にいたんだ僕っ娘。
 望月さんの自己PRは他の人に比べて長めだった。とはいえ時間をオーバーするわけでもなく、ギリギリ一人分の時間として収まるものだった。一分ぴったりだったんじゃないかな。

「目標はたくさんお友達を作ることです。みんな気軽に話しかけてね」

 ここが締めというように彼女はニコッと笑顔を見せた。その笑顔はなかなかにかわいらしく、男子連中の興奮した空気が伝わってくるほどだ。
 かわいらしい笑顔だと思う。でも葵と瞳子の笑顔の方が百万倍かわいいけどな。なーんて言うと親バカならぬ彼氏バカになってしまうか。
 そして、女子の自己紹介もあと一人を残すだけとなった。
 綺麗な立ち姿を見せるのはイギリス人の女の子である。

「クリスティーナ・ルーカス……です」

 少しだけ緊張を見せる彼女に鮫島先生がフォローを加える。

「えー、ルーカスさんはバリバリの外国人だが、日本語は問題なくしゃべれるとのことだ。ただ日本での生活には慣れていないのでそこんとこはみんなで手助けしてやってほしい」

 周囲の視線が興味津々といったものになっている。島国の日本では外国人はよく目立つから仕方がない。

「あの!」

 クリスが声を出すと、教室中が静寂となる。
 心の中で「がんばれ!」と応援する。
 クリスはその場で深呼吸をすると、自己紹介の続きを口にした。

「……わたしは日本が好きです。なぜなら幼い頃、日本に来た時に楽しい思い出を作れたからです。日本は楽しくて素晴らしい。だからこそわたしは日本で学びたいと思いました。この場所での体験を、より良いものにしていきます。クラスメートのみんな、これから仲良くしていきましょうね」

 クリスが一息ついたタイミングで、教室中が拍手に包まれる。
 今までの自己紹介で一番大きく、優しい拍手だった。
 クリスははにかみながら着席した。この雰囲気は彼女にとって幸先の良いスタートと言っていいだろう。
 いろいろと不安があったものの、このクラスなら良い高校生活のスタートを切れそうだ。クラスメートから拍手されて照れているクリスを見て、そう思った。
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