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手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない

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 中学の同級生に宮坂みやさかあおいという女の子がいる。
 学内でも飛び抜けた美少女で、艶やかな長い黒髪やパッチリとした大きな目や、すでに中学生レベルでは収まらないほど周囲を魅了して止まない豊かな双丘など……、挙げればきりがないほどの可愛いが詰まっている。
 社長令嬢という属性付きで、だからって自身の美貌や肩書を鼻にかけることもなく、気立ても良いときたものだ。
 学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
 なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
 よほどの自信がなければ告白するだなんて恐れ多いと考えずにはいられない。多少の男女交際経験があったとしても、思春期真っただ中の中学生男子が高嶺の花に手を伸ばそうとするにはハードルが高すぎた。

「宮坂さん、俺と付き合ってください!」
「ごめんなさい」

 これも若さゆえか。高嶺の花に挑む男子はゼロではなかった。
 けれど、自信に満ち溢れた数少ない猛者は、彼女の一言によってことごとく砕け散った。
 過剰な自信家ばかりじゃない。中には学内屈指の人気を誇る男子もいたのだが、彼女には悩む素振りすらなく断られたのだとか。
 それでも、その結果に全校生徒のほとんどが納得してしまう。それほどに、宮坂葵に釣り合う男は学校どころか、この辺りでは存在しないだろうと思われていた。

「まるでどっかのアイドルみたいだな。もしかしたら葵がトイレに行くだけでびっくりするかもしれない。ある意味人間扱いされてねえな」
「トシくん、何か言った?」
「ただの独り言」

 葵は「ふぅん」と言って漫画雑誌に視線を戻した。
 放課後。場所は俺の家、というか俺の部屋。
 学校が終わって真っ直ぐ帰宅したので、葵は制服姿のままだった。
 学校では高嶺の花と見られている完璧美少女は、現在俺の部屋でだらしなく寝転がりながら漫画を読んでいた。
 俺の横で無防備な姿をさらしている宮坂葵。この光景を学校の男子に知られれば袋叩きにされるかもしれない。それほど学校ではまずお目にかかれないほどレアな姿だ。

「葵が漫画読むなんて珍しいな」
「これも後輩へ指導するために必要な勉強なんだよ。親しみやすい先輩に私はなりたいの」

 どんな勉強法だよ。漫画を読んで勉強になるなら流行りそうなもんだけども。
 ごろごろー。ごろごろー。ごろごろごろー。
 まさに怠惰そのものの姿だった。葵をアイドルだと考えている連中が見たら卒倒するかもしれない。
 転がる拍子にスカートがめくり上がる。白い太ももが露わになっても気にもしない。
 こんなあられもない姿を見せてしまうのは、俺と葵が幼馴染だからというのがあるだろう。
 幼い頃はいっしょにお風呂に入った仲である。裸を見たし、触れてもきた。昔のこととはいえ、そういう経験があるとだらしのない格好を見せるくらいなんてことないのかもしれない。
 つまり、俺の前では子供気分が抜け切らないのだろう。まったく、体はしっかり成長しているってのに、心はまだまだお子様である。

「ねえねえトシくん」
「うおっ!?」

 いきなり背中から抱きしめられた。俺は葵と違って真面目に宿題をやっていたので密着されるまで気づかなかった。
 背中に柔らかい双丘が当たって気持ちいい……じゃねえっ!

「い、いきなり何すんだよ葵!」
「ごめんね邪魔しちゃって。トシくんがあまりにも無防備だから驚かせたくなっちゃった」

 えへへと笑いながらペロリと舌を出す葵。本気で謝る気がないようだな。
 構ってほしいんだろうけど、そろそろ自分の体が同年代の女子よりも成長しているんだって気づいてほしいものだ。みだりに異性に触ってはいけません!
 周囲の男子が思春期を迎えて美少女にドギマギするように、いつかは葵も思春期らしく異性を意識するようになるだろう。今はまだ男女の違いって何? って感じで、子供っぽさが抜けてはいないけれど。

「ちゃんと反省しろよな。じゃないとこうしてやる。こちょこちょー」
「きゃー♪」

 葵の脇腹をくすぐってやる。すると彼女は楽しそうにはしゃいでいた。
 こうしていると本当に子供みたいだ。同年代よりも幼くすら見える。
 でも、きっともうすぐこんな風にじゃれ合うこともなくなるだろう。そう思いながらも、今は無邪気に葵の体に触れられる役得を噛みしめた。

 音楽室に美しいピアノの旋律が響いていた。

「宮坂さんのピアノ……とても素敵よね」
「心が洗われるようだわ」
「先日ピアノコンクールで優勝したんだって。やっぱり本物は違うのね」

 はぁ~、と女子集団から熱い吐息が聞こえてきた。
 ……いやいや、葵の演奏にうっとりしてる場合じゃないでしょうよ。男子連中もぽけーっと口を半開きにして見惚れてるし。
 今は合唱コンクールに向けて練習の最中だ。
 ピアノを習っている葵が伴奏者になったはいいものの、一番がんばらなきゃならない歌唱が上手くいかなかった。
 みんな葵に夢中だ。指揮者の男子が注意を引こうと指揮棒を振るが、あまり効果は見られない。

「みんなー。ピアノを借りられる時間は限られているんだから。ちゃんと集中しようね」

 優しく注意する葵の言葉に、クラスメイトが「はーい」と素直に声を合わせる。指揮者の子が涙目……と思いきや、彼も羨望の眼差しで葵を見つめていた。
 一人だけお姉さんみたいだな。クラスをまとめるカリスマ性に、甘えん坊の一面を知っている俺だけは苦笑いしていた。


  ※ ※ ※


「葵ってピアノ弾いてる時だけは大人っぽいよな」
「ピアノ弾いてる時だけって何よー。だけって、トシくんひどいっ」

 葵は泣き真似をする。およよよよ、って演技下手だなオイ。
 みんなの前ではお姉さん。でも二人きりになるとこんなものである。
 下校中の今は俺にくっついてくる。幼馴染と二人きりならリラックスするのか、距離感を忘れてしまうようだ。

「もうすぐ合唱コンクールだな」
「そうだよ。トシくんもがんばらなきゃだね。たまに音程外してるよ」

 さらりと音痴を指摘されて恥ずかしい……。葵に音楽で勝てるはずがないので、ここは素直に聞くしかない。

「そうだ! これから私の家で練習しようよ。個人レッスンしてあげる!」
「なんか補習みたいで嫌だなぁ」
「文句言わないの。お姉ちゃんが特別授業してあげるんだから。トシくんは素直に私の言うことを聞けばいいの」

 いきなりお姉さんぶる葵だった。誕生日が俺より二か月早いってだけだけどね。たまにそのことを思い出してはこうしてマウントを取ってくる。
 まあ嬉しそうにしてるからいいけど。鼻歌を歌いながら、葵はぐいぐいと俺を引っ張った。
 葵に家へと連れ込まれた。なんて言うとこれからいかがわしい行為が始まりそうな予感。

「はいトシくん。もっと口を大きく開くんだよ」

 もちろんそんなわけはなく、健全に歌の練習をした。
 葵のやる気は充分で、俺への指導に熱が入っていた。姿勢が綺麗じゃないってだけで怒られたほどだ。

「おおっ。トシくんの口おっきぃねー。私の指なら……四本はいけそうかな?」

 葵が俺の口に指を突っ込んでくる。どれだけ口が開くか測っているんだろうけど、ちょっと指入れすぎじゃないか? 完全に口の中に入っちゃってるって。
 女の子の指が俺の口内を這い回る。そう表現できるほど、葵は俺の口の中を指でなぞっていた。
 歯茎や頬の裏側など、俺の唾液がつくのも構わず触っていた。何が面白いのか、葵の表情は好奇心に満ちていた。

「ひ、ひはほふはふはー!」
「あははっ。何言ってるかわかんないよー」

 舌を指で摘ままれた。悪戯が成功した葵は楽しそうに笑っている。
 学校の男子ならご褒美と思うかもしれない。いや、さすがにそれはないか。なんか玩具にされた感じで複雑な気分。
 ……でも、普通は触られない部分を触られて、けっこう敏感に反応してしまった。何が反応したかは、葵に言うにはまだ早い。
 葵は悪戯が面白くて気づいていないだろうけど、こっちはかなりドキドキしてしまった。舌を悪戯されてこんな気持ちになるってのも恥ずかしい話だ。

「ごめんごめん。だってトシくんってば無防備なんだもん」

 葵に言われたくない。帰宅してすぐに楽だからって理由で薄着になっている。幼馴染とはいえ、俺も男なんだぞ。

「……次やったらやり返すからな」

 それを指摘してやらないのは意趣返し、ではなく役得だからだったりする。
 スタイルの良い美少女が無防備にも肌面積の多い格好でいてくれるのだ。幼馴染だから許されることであって、葵がちゃんと異性を意識するようになればこんな格好を見せてくれなくなるだろう。
 今だけ……今だけだ。まだ大人になりきらないこの時だからこそ無邪気にイチャイチャしていられる。
 イチャイチャだなんて、そう思っているのは俺だけなんだろうけどな。

「別にいいよ。今やり返してくれても」
「え?」
「ほら。トシくんのお好きにどうぞ」

 そう言って、彼女は俺に見せつけるように赤い舌を伸ばした。
 綺麗な舌が俺を誘うかのようにうねっている。ただ舌を動かしているだけなのに、やたらと卑猥に感じてしまうのは俺の心が汚れているからだろうか?
 さっき葵がしたみたいに、指で摘まんでいいよということだろう。やり返していいってのは同じことをしていいよってことだろう。

「……」

 だけど、俺はできなかった。
 葵の舌がとてつもなく卑猥に見えてしまって、触れるどころか直視すらできなくなってしまった。
 だってもし触れてしまったら、たぶん悪戯では済まないようなことをしてしまいそうだったから。

「むぅ~……」
「うわっ!?」

 葵の方を見られなくてうつむいていた。そんな俺の視界に頬を膨らませた葵が飛び込んでくる。
 驚いて仰け反る。葵は上目づかいで、不服だとアピールしていた。

「あ、あれ? 葵、怒ってるのか?」
「べっつにー。ほら、いつまでも遊んでる暇はないよ。早く練習の続きしよ」

 遊んでいたのは葵の方だったけどな。そうツッコめない雰囲気が、なぜか今の彼女にはあった。
 伴奏をするためにピアノの元へと戻る葵。その後ろ姿が、何か呟いたように聞こえたのは気のせいだったかもしれない。

「……トシくんの、ヘタレ」

 合唱コンクールは無事に終わった。
 結果は、見事金賞に選ばれた。葵を中心にみんなが一丸となって練習に取り組んだからだろう。

「やったね。金賞が取れたのは宮坂さんのおかげだよ」
「宮坂さんの伴奏が良かったからだ!」
「さすが宮坂さん! すごいよ宮坂さん!」

 葵はこれでもかとチヤホヤされていた。「みんなががんばったからだよ」と言うのも謙遜に受け取られたらしく、さらに葵を褒める熱が高まった。
 葵を囲む人の輪は分厚くて、ちょっと入っていけそうにはなかった。
 もし幼馴染じゃなかったら親しくなれなかっただろうな……。こうやって遠巻きにするだけで、話しかけることすらなかったかもしれない。
 こういう光景を目の当たりにする度に、そう思わずにはいられなかった。

「む」

 人の輪の隙間から、葵と目が合う。
 たまたまじゃなくて、しっかりと見つめられていた。なんとなく頷いてみれば、彼女は嬉しそうに目を細めた。
 ……こういう無条件の信頼ってやつも、幼馴染だからなんだろうな。


  ※ ※ ※


「──もし良かったらさ、俺の彼女にならない?」

 またもや葵は告白されていた。
 しかも相手は高校生だ。長身で顔に自信がある様子。年上ってのもあるからだろうか、やたらと不敵に笑っていた。
 下校中。いきなり「君、ピアノの子だよね? 合唱コンクールすごかったよ」と声をかけられた。同級生男子にはない馴れ馴れしさが、初対面の高校生の彼にはあった。
 彼は会話もそこそこに告白に踏み切っていた。一応俺もいるんだけどね。眼中にないようですね……。

「ごめんなさい」

 葵はにべもなく断った。話は終わったとばかりに俺の手を引いてこの場から離れようとする。

「ちょっ、待てよ!」

 彼は慌てて葵の行く手を阻む。さっきまでの余裕のある表情はどこかへ吹っ飛んでしまったようだ。

「え? もしかして俺の聞き間違い? だって俺だよ? この俺だよ? それとも緊張していたのかな? ははっ、断るなんてあり得ないだろ」

 彼は混乱していた。これまで女の子が自分の思い通りにならなかったことがないって感じだ。ある意味感心させられる。

「ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げて、葵はもう一度丁寧にお断りをした。
 ひくっと、彼の頬が歪んだ。
 なんだか不穏な雰囲気。そう思った瞬間、彼は葵へと手を伸ばしていた。

「女のくせに生意気言いやがって! いいからこっちに来いよ!」

 乱暴する気満々の手。化けの皮が剥がれた彼の魔の手から守るために、素早く葵の前に立った。

「女子に手を上げるって何考えて──ぶはっ!」
「トシくんっ!?」

 葵の悲痛な声が響いた。
 伸ばされた手首を掴んで止めたところまでは良かったが、すぐさま逆の手が俺の顔面を捉えた。グーで……。え、いきなり殴るって短気すぎない!?
 咄嗟に首をひねってダメージを逃がしたけど、唇を切ってしまった。血の味が口内に広がる。
 人を殴ることに躊躇ねえな……。たぶん俺が間に入らなかったら、抵抗した葵が殴られていたのかもしれない。

「お前何? 葵ちゃんの彼氏気取り? ハッ、釣り合わねえから」

 俺を鼻で笑う男。ちょっと年上なだけなのに、ここまでゲスの顔ができるもんなんだな。
 あと「葵ちゃん」って馴れ馴れしく呼んでんじゃねえよ!

「それとも本当に彼氏か? まあこんな学校のレベルじゃたかが知れてるよなぁ。こんな程度の男が彼氏って……くくっ、本当に良い男ってのを知らないんだな。だったら俺が教えてやるよ。その体なら満足できそうだしなぁ」

 こいつ……。葵に下卑た視線を向けやがった。怒りで頭が沸騰する。
 俺が怒りに任せて何かをするよりも早く、葵が動いていた。
 パシンッ! と、乾いた音が響いた。
 葵が男の頬を張ったのだ。さすがに葵が手を上げるとは思っていなかったらしく、彼は呆けた間抜け面をさらしていた。

「トシくんはあなたなんかに馬鹿にされる人じゃないの。トシくんは最高に素敵な男なの。もう男の中の男なの! それ以上勝手なことを口にするつもりなら、私はあなたを許さない……っ!」
「うっ……」

 葵の本気の目に、男はたじろいだ。暴力を振るう奴をビビらせる雰囲気が彼女にはあった。
 こんな時だというのに、俺は葵の言葉に嬉しくなっていた。怒っている彼女以上に、俺の心が温かく、熱くなっていく。

「う、うるせえっ! 俺の言う通りにならねえ女の顔なんざグシャグシャにしてやらあっ!」

 激高した男が拳を振り上げる。

「葵を傷つけるんじゃねえぇぇぇぇーーっ!!」

 激高した男よりも怒り、俺は瞬時に背負い投げで暴力男を投げ飛ばした。
 地面に叩きつけ、すぐに固め技を極めた。

「ぐえ……テメッ……」
「約束しろ……二度と葵の前に現れるんじゃねえぞ!」

 無意識に力が入る。男は呻き声を上げた。

「ぎぃっ!? わ、わかった……ぎゃあっ! わ、わかりましたっ! わかりましたから勘弁してください!!」

 手を放すと恐怖に引きつった顔をしながら男は逃げ出した。

「「「この野郎ただで帰れると思うな! 追えーーっ!!」」」
「ひえぇーー!!」

 それをいつの間にか葵が集めた男子集団が追いかけた。追われてるのが自分じゃなくても恐怖する光景だった。自業自得だけれども。

「大丈夫トシくん?」
「ああ、大丈夫だ。むしろ俺が近くにいたのに怖い思いさせてごめんな」

 葵は首を振る。その目には涙が浮かんでおり、やっぱり怖い目に遭わせてしまったと反省する。
 彼女の指が俺の唇に添えられる。それで唇を切っていたのだったと思い出した。

「痛かったよね……」
「葵が無事なら名誉の負傷ってやつだよ」
「ふふっ。こんな時まで優しいこと言うんだね。変わらないなぁ……」

 葵は無邪気に笑っていた。そこに艶が混じっていたことに、俺は唇を奪われるまで気づかなかった。

「……え?」

 しばらく呆けてしまう。今何があったかを脳が理解して、急激に顔が沸騰した。
 葵は自分の唇をぺろりと舐めて、小悪魔的に笑った。

「応急処置だよ。ほら、傷口を舐めるといいって言うよね」
「……」

 子供らしい発想だった。勘違いしそうになってた自分が恥ずかしくなる……。

「トシくんを徹底的に惚れさせるんだもんね。もっと、もっともっともっと……。私なしじゃいられなくなるくらいまで……トシくんが私をめちゃくちゃにしてくれるまで……。それまでは、ちゃんと我慢しなくちゃ……」

 羞恥心に悶えている俺は、葵が顔を真っ赤にしながら呟いた言葉を聞いていなかった。
 いつまでも子供だと思っていた葵が、もうとっくに大人の女になっていたことを、俺はもう少し先になってから知ることになるのであった。
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