後宮の幻華 -死にかけ皇帝と胡乱な数日間ー

丹羽 史京賀

文字の大きさ
16 / 17

後日

しおりを挟む
◆◆◆

 …………さっ、帰ろう。

 正妃に殺されそうになった翌々日。

 役割は果たしたとばかりに、青波は朝一番で、そそくさと家に帰ろうとしていた。

 どさくさに紛れて、当初の目的であった「天冩刀」を取り戻すことには成功した。

(一応、やるべきことはやった……よね)

 だから……。
 これ以上、未練になる前に、素早く皇城を出る必要があるのだ。

(急がなきゃ)
 
 長居すればするほど、ロクなことはない。

(ほら、陛下しゅんかとか、あの学司とか、陛下しゅんかとか……)

 ともかく、手薄となっている城門から後宮の外に出よう。
 術さえ使えれば、皇城を出ることくらい、容易いはずだ。

(そう、今の私は術が使えるんだから)

 …………けど。
 その過信こそ、いつも青波の身を滅ぼすのだ。

 余計な人脈と恩情が、になってしまった。

 明淑に、効率的な仕事方法を引き継ぎしてしまったのがいけなかったのだ。

 青波の企みに感づいた明淑は、とっくに金で買収されていたらしく、瞬く間に、青波は尚寝殿の女官長から、朱微殿の女官長に引き渡され、そして、第三妃の住処に連れて行かれることになってしまった。

 なんでも、第三妃の室は、全体に青と白を使った珍しい造りをしているので「瑠璃るり殿」などと呼ばれているらしい。
 青波を先導した後宮の最年長らしき女官がやけに丁寧に教えてくれた。

(て、これじゃあ、正面突破で逃げるのは無理……だよね)

 皇城にそぐわない色合いの目が滑りそうな広い一間。
 調度品の一つもない、淡泊な部屋の中に、豪奢な金色の椅子が一脚だけ置かれている。
 そこに、脇息に頬杖をついた春霞が置物のように座って、青波を待ち構えていた。
 しかも「人払いしているから、安心して」という、かえって身の危険を感じる言葉まで繰り出してきて……。

(人がいないのなら逃げられるかなって、そういう訳にもいかないんだろうな)

 青波が呆れたまま黙っていると、待ちきれない春霞が口火を切ってきた。

「おはよう、青波! 相変わらず、早起きなんだね。私は眠いかな。もう少しゆっくりしても良いんじゃない?」
「……でしたら、陛下こそ、もう少し休まれては?」
「はっ? 私が休んでいるうちに、変態学司が貴方を追いかけようとしていたんだよ。貴方、嫌でしょう? だから、こうして速やかに私が」
「いや、しかし、あの人なら……」

 何とか撒けそうな気もするが……。
 しかし、それを口にする前に、怒りの声が飛んできた。

「本気で言ってるの? 私よりアイツが良いって?」
「どうして、そうなるのです?」
「酷いよねえ。せっかく準備をして、貴方を待っていたというのに……この邪険な対応」

(……準備って?)

 確かに、今日の春霞は冕旒冠をかぶり、鮮やかな赤い裳裾に、白い絹と思しき単衣を着ていた。
 大きな帯には、金色の龍が刺繍されている。
 何処からどう見ても、皇帝以外有り得ない正装姿だった。

(まずいな。この人、皇帝だった)

 今まで寝間着の彼としか遭遇していなかったから、つい気安い態度を取ってしまった。

「大変失礼いたしました。これより、態度を改めますので、なにとぞ……」

 青波は、慌てて跪拝しようとしたが、すぐさま止められてしまった。

「やめてよ。私は別に咎めているわけじゃないんだから。ほら、顔をあげて。早く」
「……は、はい」

 渋々、顔を上げると、春霞は不貞腐れた表情で顎を撫でている。
 言葉に詰まって、再び青波が黙っていると、こちらの思考を読んだのだろう。
 試すように尋ねてきた。

「瑠璃宮に連れてこられて、貴方はもっと動揺するかと思っていたんだ。第三妃は何処にいるんだってさ、嫉妬の一つでもしてくれるんじゃないかって、期待したんだけどな。……まったく、普通で、つまらない」
「しかし、こんな生活感のない処に、お妃様はいないでしょう」

 冷めた口調で答えると、春霞は大仰に肩を落とした。

「ちぇっ。やっぱり、分かっていたんだね。青波は」
「それは……。正妃様が私を最初に「幻華」とお疑いになった時に。いくらなんでも、後宮内にお妃様を隠す場所なんてありませんよ。幻華は存在しないと考えるのが妥当かと?」
「一応、存在はしているんだよ」
「ま、まさか、誰か身代わりを立てて?」
「いいや」
「じゃあ?」
「私、意外に女装が似合うんだ」
「………………」

 真顔で告げられたので、青波は返す言葉がなかった。
 多分、春霞なら似合うはずだ。
 見たくもないけれど……。

「それで、その……正妃様は、どうされたんです?」
「気になるのが、それ?」
「当然、気になりますよ」
「ふーん。青波は、とっとと一人で出て行こうとしていたから、私のことも含めて、まったく興味はないのかと思ったんだけど?」
「そんなことないですよ。私ごときがこれ以上首を突っ込むことがどうなのかと、思っただけで……。お妃さまが取り押さえられたところまでは覚えていますが、その後は、その……構っていられなかったので」
「へえ」
「別に、教えて下さらないのなら、いいですけど」

 ぴしゃりと言い放つと、予想通り、春霞は重苦しい溜息の後に「わかった」と呟き、嫌々答えた。

「…………彼女には、死んでもらった。一応ね」
「はあ!?」 
「もう、だから、だって、言ったでしょう?」

 青波の驚きに、春霞も声を荒げて答えた。

「仕方ないでしょう。あの場には、立会人として重臣達も招いていたんだ。死罪でなければ、示しがつかないよ」
「しかし……。それは色々と問題が」
「沙葉との関係? そんなことより、まず、青波を狙った罪で、彼女には三回くらい死んでもらっても良かったんだけどね」
「…………陛下」
「私はふざけてないよ。あくまで、正常だ。けど、青波はそれじゃあ納得しないような気がしたからね。だから、汀妃にはをしてもらったんだ」
……ですか?」
「そう、。実質、。表向きは病死になるかな。そうすれば、こちらも沙葉に貸しができるからね。この件に関しては重臣達とも、珍しく意見が一致している。まあ、処分以上のことは、私には分からないけど。逆に沙葉に戻ったら、汀妃は殺されてしまうかもしれないから、子供の父親と一緒に、他国に亡命するかもしれないな」
「し……しかし……」
「何? まだ何かあるの?」

 これは、話してしまって良いものなのか……。

(さすがに私の口からは無理だよな)

 ………………汀妃は、なんて。

 青波からしたら、彼女のやることなすこと、愛情の裏返しにしか見えなかったのだが……。

(……陛下しゅんかは、気づいていたのだろうか?)

 いや……。

(気づくはずもない……か)

 これでこの話は終わりとばかりに、子犬のような目を向けて青波に媚びているのだから。

「そんなことより。青波はもっと気にかけなきゃいけないことがあるんじゃないかな?」
「……私、早く家に戻りたいのですが?」
「そうじゃなくて」
「はあ」
に対して、何かないのかな?」
「……………………あー…………。その、傷は癒えましたでしょうか?」

 これ以上、知らぬふりを続けても時間の無駄だ。
 渋々、青波は尋ねた。

 ――あの晩。

 錯乱した妃に、あやうく簪で刺されそうだった青波を、春霞が庇ったのだ。
 幸い、急所は外れていたが、毒が仕込んであった為、出血が止まらず、本格的に春霞の命は危なくなってしまった。
 いくら、六年前に施した青波の術の効果があっても、こんな状態では危険だ。

 ――だから。

 青波は、再び同じ過ちを犯してしまったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん
恋愛
春華国の後宮は男子禁制だが例外が存在する。その例外である未成年の第五皇子・暁明はお忍びで街を散策していたところ、旅人の雪慧に助けられる。雪慧は後宮の下女となり暁明と交流を深めていくこととなる。やがて親密な関係となった雪慧は暁明の妃となるものの、宮廷内で蠢く陰謀、傾国の美女の到来、そして皇太子と皇帝の相次ぐ死を経て勃発する皇位継承争いに巻き込まれていくこととなる。そして、春華国を代々裏で操ってきた女狐と対峙しーー。 ※改訂作業完了。完結済み。

処理中です...