後宮の幻華 -死にかけ皇帝と胡乱な数日間ー

丹羽 史京賀

文字の大きさ
15 / 17

決着

しおりを挟む
「なぜ? ……陛下が?」

 その光景は、彼女にとって悪夢だったに違いない。
 たった今、自分が何を喋っていたのか……。
 暴言の数々に、さすがに正妃も恐れをなしたようだった。

「や、やだ。違う。凱。何処にいるの? 凱!?」

 春霞から目を逸らさず、正妃は愛しい男に縋りつこうとするが、青波は彼女に寄り添うことは出来なかった。
 予め決めていた合図は、春霞が目を覚ますことだ。
 今まで、彼女の傍にいたのは、凱という男を模して作った青波の人形で「護神法」の応用。

 ――なのだ。

 術を解除した青波は、待機していた隣室からすぐに動いて、今まで凱がいた場所にやって来た。

 一応、非礼は詫びなければならない。

「申し訳ありません。お妃様」
「な、何よ、お前? ここには、凱がいたはずよ!?」
「ええ。そのように見えるように、私が細工をしておりました」
「…………は?」
「残念ながら、その方はこちらにはいらっしゃいません。貴方様のお腹の御子の父親は、沙葉の左将軍の御子息。溌 凱様なのではないかと陛下が仰いまして。……私もその可能性を否定できず、貴方を試してしまいました」

 青波が妃に尋問を受けた日の翌日。

 腹立たしいくらい、すんなり肉体に戻った春霞は、景和に神符をはがすよう指示を出し、青波は「護神法」で鳥を使い、春霞に会うことに成功した。

 異様に慎重だった春霞が術とはいえ、青波と直接会うことを決めたのは、それだけ切迫した事態だったということだ。

 そこで春霞から、聞いてもいないのに、身の潔白を切々と訴えられ、正妃の想い人なら知っていると告げられた。  

(お妃さまを問い質すのなら、関わってしまった手前、傍観はできないよな)

 知らぬふりができない青波は、自ら協力を申し出たのだ。

 春霞の策は非情に感じたが、それだけ、権謀術策渦巻く世界で生き抜くのに必死だったのかと、悲しくもなった。

 そうだ。

(……陛下しゅんかは悪くない)

 けど、騙まし討ちのようで、後ろめたかった。
 証拠に、正妃はこの期に及んで、まるで状況を理解していなかった。

「わたくしの女官達は、何処に行ったの?」
「残念だけど、汀妃。貴方が離れた所で待たせていた女官は、ここから避難してもらった」
「避難ですって?」
「汀妃。貴方はやりすぎたんだ。誰ももう貴方を庇ってはくれない。まあ、足繁く温浴場に通い、そこで郷里の男と逢引している程度なら、私も微笑ましく見守ることも出来たんだけど」
「わたくしは、そんなこと……」
「言い逃れはできないよ。証拠ならいくらでもあるんだ。あえて、この場で披露はしたくないけどね」
「じゃあ、貴方は……? 陛下は、最初から全てご存知で、わたくしを泳がせていたのですか?」
「まあ、さすがに私も貴方が身籠っていることまでは、知らなかったけど」
「な、なんと悪趣味な!」

 もっともな叫びに、青波は深く頷いてしまった。
 青波が正妃側についたのが気に入らないらしい春霞は、唇を尖らせて言い返す。

「分かっているよ。その趣味の悪さで、命を狙われたり、今まさに、大切な人に幻滅されているってことはね。でも、私だって子供が出来たからって、殺されたら堪らないよ」
「し、しかし、わたくしは毒なんて……」
「毒だなんて、私は言ってないんだけど?」
「ち、ちがっ……! わたくしは!」

 正妃はとっさに、白を切ろうとしたが、無駄だった。

「沙葉原産の毒薬だから、足がつかないって思った?」

 春霞は淡々と追い詰める。
 多分、こういうところが、人の癇に障るのだ。

「だが、人選は慎重にすべきだった。貴方付きの女官は私が尋ねたら、すぐに白状した。貴方の指図で薬師を動かし、私に毒を盛ってる……と。本当はその時、すべてを暴いて貴方を問い詰めても良かったんだけど。死にそうなふりをして正解だった。敵と味方の区別もついたし、貴方の殺意の動機も分かった。青波のおかげだ。助かったよ」
「はあ? 違います! 私は」

 突然、話題の中心に据えられて、青波は困惑した。

(何で、ここで私を引っ張り出すかな……)

 決して、青波は賢いわけではない。
 正妃の懐妊だって、たまたま、あの時、青波が気づいただけで、密偵を多く放っている春霞なら、時間を置かずに、すぐ見抜けてるはずだ。

「はっ、。お前……。そういうこと?」

 春霞が青波に向ける熱い視線に気づいて、正妃は狂ったように、嗤った。

「馬鹿みたい! 陛下は最初から、隠していた妃を手元に迎え入れるために、大病を装い、わたくしを嵌めたってことでしょう」
「だから、それ違います。私はそんな大層な方では……」
「お黙り! 下品な娘がわたくしに直接、話しかけないで!」

 そして、正妃は血走った目をして、青波の方に身体を傾けた。

「貴方たちの思い通りになんて、なるものですか!」
「え?」

 彼女の殺気が全力で自分に向かっていることに、青波はようやく気づいたが、もはや遅かった。

「…………青波!!」

 春霞の叫声が轟く。
 すべては、一瞬の出来事だった。
 突如、髪に挿していた簪を抜き取って、彼女は青波に襲いかかったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん
恋愛
春華国の後宮は男子禁制だが例外が存在する。その例外である未成年の第五皇子・暁明はお忍びで街を散策していたところ、旅人の雪慧に助けられる。雪慧は後宮の下女となり暁明と交流を深めていくこととなる。やがて親密な関係となった雪慧は暁明の妃となるものの、宮廷内で蠢く陰謀、傾国の美女の到来、そして皇太子と皇帝の相次ぐ死を経て勃発する皇位継承争いに巻き込まれていくこととなる。そして、春華国を代々裏で操ってきた女狐と対峙しーー。 ※改訂作業完了。完結済み。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

処理中です...