5 / 7
5
しおりを挟む
冷たい空気の中で目を開けると、まだ夜だった。カーテンが穏やかに揺れている。閉め忘れた窓の向こうは、もうすぐ始まる夜の終わりを音もなく待っていて、自動販売機が発する光が通りの向こうにぼんやり見える。眠気を大きく吐き出して、スマホを確認すると。既読になっていた。
眠れていますか。送信すると、すぐに既読になった。松並は、今、何処に。スマホの画面の上においた指が、うまく滑らない。何度も打ち直して、ようやく書けたメッセージを消して。電話をかけた。どれくらい待ったのだろう。長いと思っているけれど、本当は短いのかもしれない。一旦切って、ベッドに横たわりまた目を閉じる。いつ松並から連絡が来てもいいように、耳元にスマホを置いて。
眠れてないんだな、やっぱり。佐藤のあの感じ、苦手だ。向こうも得体のしれない男を警戒していたのだろうけれど。いや、でも。松並さんはあの人が良かったわけだし。外野にはわからない二人だけのことがあるのだろうし。
同じ部屋で同じベッドで過ごしていたのに。眠ってばかりで、何も知らなかったな。悪いかなと思って何も訊かなかったけれど。何も訊かないでも、もっと色んな話をしておけば良かった。バームクーヘンが好きなのかくらい、おそらく聞いても構わなかっただろう。それくらい何もせずにいた。
寝返りをうって、毛布を抱き寄せうずくまり、また向きを変える。まぶたに淡い光が透ける。それは暗闇に目が慣れたせいではなくて。観念して目を開けると、プールの底のような薄い水色に部屋が染まり出している。仕方なく起き上がり、台所で水を飲むついでに玄関を覗くと、まだドアロックがかかっていた。
やらなくてはいけないことは山程あるはずなのに、何もすることがなくて手持ち無沙汰で。なんだか、とても。
なんだか締められている気がして、ボタンを一個外した。きちんとした服を着るのは久しぶりだ。行ったからってどうしようもないのはわかっているのだが、取り敢えず最寄駅に向かう。何もしないでベッドの上にいても、どうせ眠れないし。下りの始発って、もう出てると思うけれど。そもそも松並が帰ってくるという確約は、何処にもないのに。道の向こうから松並がやってくるのを、ぼんやりと期待しながら、日が昇る明るい方へ向かって歩く。
交差点を通過する路面電車には、ほとんど人の姿が見えない。信号が変わって歩き始めると、ポケットの中から呼び出された。急いで渡りきって、慌てて電話に出ようとするが、慣れた動作のはずなのにおぼつかない。
「……おはようございます。お休みのところすみません」
「あ、いや、今日は。起きてました」
なんだか眠れなくて。澤野の言葉に、松並は言葉にならないような息が混ざった声を吐く。
「ごめんなさい。昨日はご迷惑おかけして」
「いいんですよ、別に。今、何処ですか。地下鉄の駅の近くにいるんですけど」
「僕ももうすぐ帰るんで、気にしないで下さい」
気にしないで、と言う声が。初めて松並に会った日のようだった。
「……松並さん、ファミレスで朝ご飯食べませんか。この間のお礼におごります。僕もまだ眠れないんで」
眠れていますか。送信すると、すぐに既読になった。松並は、今、何処に。スマホの画面の上においた指が、うまく滑らない。何度も打ち直して、ようやく書けたメッセージを消して。電話をかけた。どれくらい待ったのだろう。長いと思っているけれど、本当は短いのかもしれない。一旦切って、ベッドに横たわりまた目を閉じる。いつ松並から連絡が来てもいいように、耳元にスマホを置いて。
眠れてないんだな、やっぱり。佐藤のあの感じ、苦手だ。向こうも得体のしれない男を警戒していたのだろうけれど。いや、でも。松並さんはあの人が良かったわけだし。外野にはわからない二人だけのことがあるのだろうし。
同じ部屋で同じベッドで過ごしていたのに。眠ってばかりで、何も知らなかったな。悪いかなと思って何も訊かなかったけれど。何も訊かないでも、もっと色んな話をしておけば良かった。バームクーヘンが好きなのかくらい、おそらく聞いても構わなかっただろう。それくらい何もせずにいた。
寝返りをうって、毛布を抱き寄せうずくまり、また向きを変える。まぶたに淡い光が透ける。それは暗闇に目が慣れたせいではなくて。観念して目を開けると、プールの底のような薄い水色に部屋が染まり出している。仕方なく起き上がり、台所で水を飲むついでに玄関を覗くと、まだドアロックがかかっていた。
やらなくてはいけないことは山程あるはずなのに、何もすることがなくて手持ち無沙汰で。なんだか、とても。
なんだか締められている気がして、ボタンを一個外した。きちんとした服を着るのは久しぶりだ。行ったからってどうしようもないのはわかっているのだが、取り敢えず最寄駅に向かう。何もしないでベッドの上にいても、どうせ眠れないし。下りの始発って、もう出てると思うけれど。そもそも松並が帰ってくるという確約は、何処にもないのに。道の向こうから松並がやってくるのを、ぼんやりと期待しながら、日が昇る明るい方へ向かって歩く。
交差点を通過する路面電車には、ほとんど人の姿が見えない。信号が変わって歩き始めると、ポケットの中から呼び出された。急いで渡りきって、慌てて電話に出ようとするが、慣れた動作のはずなのにおぼつかない。
「……おはようございます。お休みのところすみません」
「あ、いや、今日は。起きてました」
なんだか眠れなくて。澤野の言葉に、松並は言葉にならないような息が混ざった声を吐く。
「ごめんなさい。昨日はご迷惑おかけして」
「いいんですよ、別に。今、何処ですか。地下鉄の駅の近くにいるんですけど」
「僕ももうすぐ帰るんで、気にしないで下さい」
気にしないで、と言う声が。初めて松並に会った日のようだった。
「……松並さん、ファミレスで朝ご飯食べませんか。この間のお礼におごります。僕もまだ眠れないんで」
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ
MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
続編執筆中
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる