罪ノ贄

黒砂糖

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プロローグ

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 人間の死体を処分するのは、頭で考えるより楽ではない。
どれだけあらかじめ計画を立てていたとしても、実際にかかる労力まで正確に把握することは難しい。それをすべて女一人で実行するとなれば、尚更だ。
  
「――はっ……はっ……はぁっ……」
   
 夜更けの林道に停まる軽自動車のヘッドライトが、前方の闇を申し訳程度に照らしている。
その軽自動車の後部座席に今、所有者であるらしい二十代前半の若い女が、上半身を突っ込んでいる。
 両腕で抱きつくようにして、やっとのことで後部座席から車外へと出されたのは、毛布で包まれた死体だった。
  どすんっ――支えきれずについ、女は死体を地面に落としてしまう。自分と何ら体格の変わらない死体を運ぶのは、容易なことではない。
  女は死体の片側を全身を使って抱え直し、そのままずるずると雑木林の中に引き摺っていく。
  十二月も半ばだというのに関わらず、女は全身に汗をかいていた。額にへばりついている前髪が鬱陶しくて仕方がないが、両手が塞がっているため払い除けることもできない。
  月明かりを頼りに開けた空間までくると、女は死体をその中央辺りで下ろした。大仕事を終えた気分だったが、ここで休むわけにはいかない。夜が明ける前にはすべてを終わらなければならない――事は急を要する。
  女は早足で車へと引き返すと、トランクからガソリンの携行缶を取り出した。女が歩く度、中に入っているガソリンからたぷたぷと音がする。
  死体の脇に携行缶を置くと、女は思い出したように、汗でべとべとになった前髪をかきあげた。相当の重労働だ。日頃の運動不足が悔まれる。
  ガソリンの携行缶のキャップを掴んで、捻った――手汗で滑り、うまくいかない。仕方なく上着の袖を使い、キャップを開けた。
  女は躊躇うことなく、ガソリンを横たえた死体の上に撒いた。空になった携行缶を地面に置き、上着のポケットからマッチの箱を取り出した。
  マッチ棒の先を、箱の側面で何度も擦るが、なかなか火が点かない。焦って力を入れ過ぎ、マッチ棒が真ん中からぽきりと折れてしまった。女は苛立たしげに舌打ちをして、新しいマッチ棒を箱から出す。
  今度は、一回で火が点いた。消えてしまわないうちに、女はマッチ棒を足元の死体へ放る。
  眼前で火が勢いを増し、周囲の闇を一瞬にして追い払う。
  
――突然、悲鳴があがった。
  
 女は驚き、反射的に身を退いた。
 火に包まれた毛布の中で、死体が激しくもがいている――どうやら、まだ息があったようだ。
 女の見ている前で、毛布に包まれた人物は芋虫のように地面を転がり回り、全身を生きながら火で焼かれる苦痛に叫び続ける――。
やがて、その動きも止んだ。
あとには黒い煙と、焦げた肉の匂いが夜気に漂うばかりとなった。

 ――ふっ。
  
 生前の面影を失い、黒焦げになった死体をじっと見つめていた女は、やがて赤い唇の間から僅かに歯を覗かせ、一人笑みを零した。
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