異世界勇者だったわたしの冒険─敗北した召喚勇者は転生して再び歩き出す─

コモド

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記憶3

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 手練てだれの剣士の絶妙な技で切られた時、体を構成する細胞が分断されたことに気付かず、しばらく何事も無かったように生き続ける、というエピソードを何かで読んだことがある。

 あの魔王の放ったレーザーのような魔法は手練れの技。

 なら俺の体は……。

 永遠のようにも感じた魔王の攻撃が止んだ。

 時間は10秒も経ってない。

 美術館で気になる絵を同行者に指し示す。

 その程度の動きだった。

 たったそれだけで絶望のふちに叩き込まれた。

 化物……。

 次の攻撃による「死」を確信した。

 しかし追撃はなかった。

 ヤツはただ立ってこちらを見ているだけ。

「ゴフッ!」

 体の中から込み上げてくるものが抑えきれず、口から血が溢れ出した。

 体が、細胞が、気付いた。

「っーーーぐっーーっがっ……ぁぁぁがぁぁ」

 切られた肺からは空気を送り出すことができず、
 声を上げているつもりでも叫び声が音にならない!

 意識を……保っていられない!
 自分が……消えていく……。

「マサトォォォォ!」

 今にも消えてしまいそうな意識を誰かの声が繋ぎ止めた。
 閉じかけのまぶたに力を込めて目を開くと、ニアが走ってこちらに来るのがぼんやりと見える。

「マサト! 先生! マサトを!」

 ニアが後ろを振り返り、先生に治療を促す。
 しかし先生は眉間にしわを寄せて首を横に振った。

「マサト! マサト! マサトォォォォ!」

 もう意識がなくなる。
 袈裟懸けさがけに両断された俺の体は断面が大きすぎて、流れ出した血が水溜まりのように地面をヒタヒタにしていた。

 不思議と痛みは感じない。

 そんなに泣くなよ。
 そう思い、俺は最後の力を振り絞って、仲間にこの場から早く逃げるように促した。

「おま……は……にげ……ゴフッ!」

 もう俺はわずかな音を出すのが精一杯になっていた。
 その音も込み上げてくる血液に遮られる。

 俺に残された片腕を伸ばし、最後にニアの頬を撫でるつもりだったが、その腕も手首から先がなくなっていて、噴き出す血をニアの長く綺麗な髪につけてしまった。
 金色の髪についた赤い汚れが、ぼやけた目でもはっきりわかる。

 ニアが涙でぐしゃぐしゃの顔をさらにゆがめた。

 さすがのニアも泣いてる顔は不細工だな。
 そんなとりとめのないことが脳裏に浮かび、頬の筋肉が緩む。
 人生最後に見たものが好きな女の顔で良かったなんて思いながら、そのまま目を閉じようとした時だった。

 唇を噛み締め、ニアが何かを決意したように表情を変えた。

「先生! マサトをもたせて! 1分でいい! 命をつないで!」

「なにか考えがあるんですね。わかりました」

 先生が治癒の魔法を俺にかけ続ける。
 魔力の放出量がすごい。
 1分間で全部の魔力を精霊に食わせる気だ。

「マサト聞こえる!? 返事が出来ないならまばたきして!」

 確かにもう返事をするのは無理だった。
 自由の利かないまぶたでなんとかまばたきをすると、うなづいたニアが言葉を続ける。

「マサト! よく聞いて! 王都を目指すの! そこで......待ってる! 何年でも......何十年でもっ!」

 途中から涙を止められなくなったニアの顔は、またぐしゃぐしゃになっている。

「あなたがどんな姿でも……必ず……見つけるから!」

 どういう意味かはわからないけど、まばたきで返事をした。
 それを確認したニアは腰から短剣を取りだし、首から下げていた青い魔石のようなものを、ペンダントごと引きちぎった。

 そして俺に理解できない言葉で呪文を唱え、青い魔石に魔力を流し始めた。
 すると青い魔石はドロリとした液体になり、ニアの手から腕に一筋垂れる。
 握った手の中に青い液体を貯めたままニアがこう告げた。

「ごめん……」

 次の瞬間ニアは俺の胸にバシンと手を当て、その手ごと短剣で俺の胸を刺した。

「マサト……あいし」


 次に目を開けた時、俺はわたしになっていた。
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