異世界勇者だったわたしの冒険─敗北した召喚勇者は転生して再び歩き出す─

コモド

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勇者だから

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 わたしは飛びつきたい心を抑えて、ゆっくりとママに近寄った。地面に尻もちをついているママにそっと手を伸ばすと、ママはわたしの手をギュっと握ってくれた。

 そのままママを立ち上がらせようと後ろに引っ張ったけど、握力と腕力が足りず、掴んだ手がするりと抜けて、わたしも後ろに倒れ込んでしまった。

 ママが尻餅をついたわたしをきょとんとした顔で見ている。

 ママがこらえきれず、口元に手を当てて笑いだした。

「フフフッ」
「アハハ!」

 ママが笑うとわたしもつられて笑ってしまった。

「フフ……頼もしい勇者様ね」

 喋りづらそうにママが冗談を口にした。
 わたしはママの声が枯れたままのに気付くと、すぐに立ち上がり、土で汚れたお尻をパシパシとはたきながら素早くママの方に走る。

「ママ。のど……治すね」

 わたしはそう言うと、ママの首にゆっくりと手を伸ばした。

 お互いに示し合わせたわけじゃないのに、その時わたしたちの間には暗黙の了解が確かに存在した。

 わたしはママの拒絶を恐れない。

 ママはわたしに対して無防備になることを恐れない。

 ママはわたしが手を当てやすいようにあごを上げて目を閉じ、その生殺与奪せいさつよだつをわたしにゆだねた。
 わたしは無防備になったママの首に手を当てがい、治癒の魔法を発動する。
 柔らかい光が手の周りを包み、その光は手を当てたママの首に広がった。

 外傷じゃないので、どれぐらい魔法をかけたらいいのかわからなかったけど、かけすぎて体調を壊す副作用もないので、いつもより多目に魔力を出す。

 頃合いを見て魔力を止めると、すぅっと光が消え治療が終った。

 わたしは母親に拒絶される可能性を微塵みじんも感じていない、普通の少女の姿をママにしめし。

 ママは子供から危害を加えられることなど思いつきもしない、あたりまえの母の姿をわたしに見せた。

 武道のかたを演じるように、しめやかに行われた一連の動作は、わたしたちが家族に戻るために必要な儀式のように思えた。

 そうありたいと思う「いつものわたしたち」の姿を互いに示し、わたしたちが家族であることを暗黙のうちに認め合った。

 今ならわたしはすべてをママに話すことができる。

「ママ。声はどう?」

 わたしの言葉で治療の終わりを知ったママが、声を出して確認する。

「あー、あー。いいわ……治ってる。レアは治療術師にもなれるわね」

 ママがにこやかに微笑み、わたしの中の異常性を何でもない事のように話した。

 ママは口には出さないけど、覚悟を示した。
 その決意にわたしも応えないと……。
 わたしは眉をキッと寄せ、口を開いた。

「ママ……わたしは――」

 わたしがそう言いかけた時、ママが突如それをさえぎった。

「レア。いいの。そんなのは後回しにしましょ」

 そん……なの……?

 そう言ったママのイタズラっぽい笑顔を見ていると、今まで肩肘張かたひじはっていたのが馬鹿らしくなった。
 わたしの中で何かが柔らかく溶けていく気がした。

 確かに今は一刻も早く村の状況を確かめないといけない。

 村の方から来たママが会話をさえぎるんだ。たぶん村はわたしの予想した通り、魔物が暴れているに違いない。

「村に魔物がでたの?」

 そう尋ねるとママはコクっとうなずいた。

「エレナちゃんが知らせに来てくれたの。村に魔物が出たからって。最初に『レアはどこ?』て聞かれた時は意味がわからなかったけど、今ならわかるわ」

 わたしはその様子を想像して少し苦笑いを浮かべた。
 だけど、エレナちゃんがそんなにうろたえていたなら、村の状況はわたしの想像より悪いのかもしれない。

 早く行かないと!

「ママ、急ごう!」

 村を救えるのはわたししかいない。
 わたしは村を救いたい!

 やりたいこととやるべきことが一致するのをハッキリと感じた。
 早く行って村を救おう。

 わたしは……勇者だから!

 そう心に決めると、ママの手をとって走り出した。




 
 尖兵2匹を軽々と倒せたし、マサトの頃と同じように魔物なんて恐れる必要はない。
 村をおそう魔物もきっと尖兵か歩兵程度で、わたしが行けば何とかなるはずだ。

 この時わたしはまだそう思っていた。
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