9 / 39
第9話『正体と告白、そして選択』
しおりを挟む
「――リアーナ、彼の正体が判明した」
朝。執務室に集められた私は、父のその言葉に心臓を強く打たれた。
母はすでに席に着いており、レオンも傍らに立っている。
机上には封書、記録写し、王宮からの使令文書まで並べられていた。
「“リセル・エルヴァン”という名は偽名。
本名、リセル=オルヴィス=アルヴェルト。
北方の強国アルヴェルト王国の第二王子にして、実質的な次期国王候補――だった人物だ」
「だった……?」
父は頷いた。
「正式に次期王位を授けられたわけではないが、王と宰相の信任は厚く、国中の期待も高かった。
だが、1年前に突然姿を消した。王位継承争いのさなかだったそうだ。
……当然、現在は“行方不明”扱い。国家的な捜索対象になっている」
私は、まるで心が凍りつくような感覚に襲われた。
(リセル様が……そんな立場の人だったなんて)
あの人の静かな佇まいと、その重すぎる肩書が、うまく結びつかない。
「なぜ、そんな人物がこの国にいて……しかも身分を偽って?
そもそも、なぜリアーナに近づいた?」
弟レオンが眉をひそめる。
「答えはまだ見つかっていない。
だが、我々がそれを“確認する”前に――お前の気持ちを、聞いておきたい」
父の言葉に、私は顔を上げた。
「……わたくしは、彼に惹かれています」
誰よりもはっきりと。まるで、自分自身を試すように言い切った。
「たとえ“王子”だと知っていても……?」
「いえ。“知らなかったから”惹かれたのではありません。
彼が肩書きでわたくしを見ることも、特別扱いすることもなかった。
そしてわたくしも、彼に惹かれたのは、彼の“あり方”だったからです」
空気が凍る。
「彼は嘘をついていた。でも、それは“逃げるための嘘”ではなく、“生きるための選択”だったと……わたくしは、信じています」
「……リアーナ」
母クラリスの静かな声が、凪のように場を包む。
「後悔しない覚悟は、あるの?」
私は一瞬、目を閉じた。
リセルの瞳。
肩を落とした姿。
それでも変わらず、まっすぐにこちらを見てくれたあの穏やかさ。
「はい。……わたくしは、あの人にもう一度会って、自分の言葉で想いを伝えたい」
父は静かに頷いた。
「ならば、行け。……そして、聞け。
彼が“何者であるか”ではなく、“お前に何を望んでいるのか”を」
私は席を立ち、礼をして、足早に執務室を後にした。
---
ギルドの一角、魔導実験室。
白衣の背中が、静かに資料を眺めている。
「……リセル様」
その名を呼んだとき、彼は少しだけ目を閉じた。
「……やはり、来てくれたのですね」
「あなた、本当に――アルヴェルトの王子様だったのですね」
「はい。……でも、それは、私がずっと逃げたくて仕方がなかった“名前”です」
「なぜ、逃げたの?」
「王族としての役割は、義務であり期待であり、ただの“形式”だった。
誰も“わたし”を見ようとせず、みな“未来の国王”として扱う。
……息が詰まって、耐えられなくなった」
私の胸が痛んだ。
彼の声は、決して弱々しくはない。けれど、深い疲労と孤独を含んでいた。
「この国に来て、初めて対等な目線で接してくれる人々に出会えました。
そして――あなたにも」
私は一歩、彼に近づいた。
「では、教えてください。
あなたは今、“王子”としてこの国にいるのですか? それとも、“リセル”として?」
彼は、私の目を見つめ返す。
「……“リセル”として、です。
そして、もし許されるなら、“リアーナの隣に立つ者”として、ここにいたい」
息が止まるかと思った。
けれど、その想いを真正面から受け止めるだけの覚悟は、もうできていた。
「わたくしは、“あなた”を選びます。肩書きではなく、仮面でもなく、“あなた”自身を」
彼の目が、僅かに潤んだ。
「本当に、いいのですか? あなたは、公爵令嬢で……」
「だからこそ、選ぶのです。“誰かに決められた未来”ではなく、
“わたくしが望む未来”を」
その言葉に、彼の手が震えながら私の手を取った。
---
その夜。
王宮からの使者が、公爵邸の門を叩いた。
朝。執務室に集められた私は、父のその言葉に心臓を強く打たれた。
母はすでに席に着いており、レオンも傍らに立っている。
机上には封書、記録写し、王宮からの使令文書まで並べられていた。
「“リセル・エルヴァン”という名は偽名。
本名、リセル=オルヴィス=アルヴェルト。
北方の強国アルヴェルト王国の第二王子にして、実質的な次期国王候補――だった人物だ」
「だった……?」
父は頷いた。
「正式に次期王位を授けられたわけではないが、王と宰相の信任は厚く、国中の期待も高かった。
だが、1年前に突然姿を消した。王位継承争いのさなかだったそうだ。
……当然、現在は“行方不明”扱い。国家的な捜索対象になっている」
私は、まるで心が凍りつくような感覚に襲われた。
(リセル様が……そんな立場の人だったなんて)
あの人の静かな佇まいと、その重すぎる肩書が、うまく結びつかない。
「なぜ、そんな人物がこの国にいて……しかも身分を偽って?
そもそも、なぜリアーナに近づいた?」
弟レオンが眉をひそめる。
「答えはまだ見つかっていない。
だが、我々がそれを“確認する”前に――お前の気持ちを、聞いておきたい」
父の言葉に、私は顔を上げた。
「……わたくしは、彼に惹かれています」
誰よりもはっきりと。まるで、自分自身を試すように言い切った。
「たとえ“王子”だと知っていても……?」
「いえ。“知らなかったから”惹かれたのではありません。
彼が肩書きでわたくしを見ることも、特別扱いすることもなかった。
そしてわたくしも、彼に惹かれたのは、彼の“あり方”だったからです」
空気が凍る。
「彼は嘘をついていた。でも、それは“逃げるための嘘”ではなく、“生きるための選択”だったと……わたくしは、信じています」
「……リアーナ」
母クラリスの静かな声が、凪のように場を包む。
「後悔しない覚悟は、あるの?」
私は一瞬、目を閉じた。
リセルの瞳。
肩を落とした姿。
それでも変わらず、まっすぐにこちらを見てくれたあの穏やかさ。
「はい。……わたくしは、あの人にもう一度会って、自分の言葉で想いを伝えたい」
父は静かに頷いた。
「ならば、行け。……そして、聞け。
彼が“何者であるか”ではなく、“お前に何を望んでいるのか”を」
私は席を立ち、礼をして、足早に執務室を後にした。
---
ギルドの一角、魔導実験室。
白衣の背中が、静かに資料を眺めている。
「……リセル様」
その名を呼んだとき、彼は少しだけ目を閉じた。
「……やはり、来てくれたのですね」
「あなた、本当に――アルヴェルトの王子様だったのですね」
「はい。……でも、それは、私がずっと逃げたくて仕方がなかった“名前”です」
「なぜ、逃げたの?」
「王族としての役割は、義務であり期待であり、ただの“形式”だった。
誰も“わたし”を見ようとせず、みな“未来の国王”として扱う。
……息が詰まって、耐えられなくなった」
私の胸が痛んだ。
彼の声は、決して弱々しくはない。けれど、深い疲労と孤独を含んでいた。
「この国に来て、初めて対等な目線で接してくれる人々に出会えました。
そして――あなたにも」
私は一歩、彼に近づいた。
「では、教えてください。
あなたは今、“王子”としてこの国にいるのですか? それとも、“リセル”として?」
彼は、私の目を見つめ返す。
「……“リセル”として、です。
そして、もし許されるなら、“リアーナの隣に立つ者”として、ここにいたい」
息が止まるかと思った。
けれど、その想いを真正面から受け止めるだけの覚悟は、もうできていた。
「わたくしは、“あなた”を選びます。肩書きではなく、仮面でもなく、“あなた”自身を」
彼の目が、僅かに潤んだ。
「本当に、いいのですか? あなたは、公爵令嬢で……」
「だからこそ、選ぶのです。“誰かに決められた未来”ではなく、
“わたくしが望む未来”を」
その言葉に、彼の手が震えながら私の手を取った。
---
その夜。
王宮からの使者が、公爵邸の門を叩いた。
10
あなたにおすすめの小説
王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました
水上
恋愛
【全18話完結】
「君は中身まで腐っている」と婚約破棄されたエリアナ。
そんな彼女は成り行きで辺境へ嫁ぐことに。
自身の知識と技術で辺境を改革するエリアナ。
そんな彼女を、白い結婚のはずなのに「膝枕は合理的だ」と甘やかす夫。
一方、エリアナを追放した王都では、彼女の不在の影響が出始めて……。
ガハハと笑う公爵令嬢は、王太子の自由を縛らない ~水戸黄門ムーブでざまぁします~
ふわふわ
恋愛
「公爵令嬢? 柄じゃねえな!」
前世の記憶が蘇った瞬間、
ウィンタースイート公爵令嬢ガラリアは“貴族らしく生きる”ことをやめた。
怒鳴る、笑う、現場に出る。
孤児院、病院、工事現場――
権力ではなく足で歩き、不正を正す水戸黄門ムーブが彼女の日常。
その振る舞いを理由に、婚約者からはあっさり婚約破棄。
しかしガラリアは気にしない。
「オーケー、俺もそう思う」
ところがその自由さに目を留めたのは、
理解できないまま理解しようとする王太子ディーンだった。
「あなたの自由を縛るつもりはありません」
型破りな公爵令嬢と、束縛しない王太子。
静かなざまぁと、現場主義の信頼が積み重なる、
“笑っているのに強い”逆転恋愛譚。
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
落ちこぼれ村娘、拾った王子に溺愛される。
いっぺいちゃん
恋愛
辺境の村で育った元気娘 ミレイ。
ある日、森で倒れていた金髪の青年を助けるが、
実は彼は国一の人気者 完璧王子レオン だった。
だがレオンは外に出ると人格がゆるみ、
王宮で見せる完璧さは作ったキャラだった。
ミレイにだけ本音を見せるようになり、
彼は彼女に依存気味に溺愛してくる。
しかしレオンの完璧さには、
王宫の闇に関わる秘密があって——
ミレイはレオンの仮面を剥がしながら、
彼を救う本当の王子に導いていく。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
※この作品は「小説家になろう」でも同時投稿しています。
いつか彼女を手に入れる日まで〜after story〜
月山 歩
恋愛
幼い頃から相思相愛の婚約者がいる私は、医師で侯爵の父が、令嬢に毒を盛ったと疑われて、捕らえられたことから、婚約者と結婚できないかもしれない危機に直面する。私はどうなってしまうの?
「いつかあなたを手に入れる日まで」のその後のお話です。単独でもわかる内容になっていますが、できればそちらから読んでいただけると、より理解していただけると思います。
無能な私を捨ててください!と婚約破棄を迫ったら溺愛?
萩月
恋愛
公爵令嬢のルルナには悩みがあった。それは、魔力至上主義のこの国で、成人を過ぎても一切の魔力が開花していない「無能令嬢」であること。
完璧超人の第一王子・アリスティアの婚約者として相応しくないと絶望した彼女は、彼を汚点から守るため、ある決意をする。
「そうだ、最低最悪の悪役令嬢になって、彼に愛想を尽かされて婚約破棄されよう!」
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる