公爵令嬢、過保護な父と毒舌な弟に結婚を妨害されています~誰かこの家の男どもを止めてください~【完】

午前3時の雨音

文字の大きさ
8 / 39

第8話『恋の調査は父の義務』

しおりを挟む
「――娘のことに関しては、私は容赦しない」

その言葉は、父セシルが書斎で吐いた静かな宣戦布告だった。
低く、重く、そして何より本気の声。
隣に座る弟レオンは、すでに分厚い資料束を前にページを捲っていた。

「既に調査は進めています。対象は、ギルド所属補佐官――リセル・エルヴァン」

名前を口にしただけで、父の眉がわずかに動いた。

「所属記録は“魔導技術ギルド本部”。半年ほど前に登録。推薦状は魔導院院長名義。
出身地はアルヴェルト王国とされていますが――」

「“されています”?」

「はい、正確な証明書類が提出されていません。
一般的にはありえませんが、“優秀な人材”という理由で、そのまま受け入れられているようです」

「それは優遇ではない。免責だ。裏がある」

父の声はますます低くなる。
レオンは次の資料をめくりながら、淡々と続ける。

「学術論文も複数提出されています。いずれも内容は高水準で、魔導図式の書き換えに成功した例も。
一部では“次期魔導院長候補”とも囁かれているようです」

「経歴は完璧、実績も申し分なし……だが、出自が不明。逆に目立つな」

「はい。正体を偽っている可能性は高いと見ています」

父は椅子に深くもたれかかり、天井を睨んだ。

「娘が惹かれるには充分な“実力と謎”だな」

「……姉上の“笑い方”が変わったことにも、注意が必要です」

「……あ?」

レオンは資料を脇に置き、少し真剣な表情になる。

「以前の姉上の笑顔は、誰かの期待に応えるための“演技”でした。
それが、最近は……たとえば話題を振ったとき、ふとした沈黙のとき、ほんの少し口角が上がるのです」

「……それは、恋だ」

「認めたくありませんが、同感です」

父が低くうなり、拳で机を軽く叩いた。

「レオン。王都の記録管理局、そしてギルドの構造部門に知人がいる。
すべて当たれ。“リセル・エルヴァン”という存在の起点を見つけ出す」

「承知しました」

ふたりの目が、鋭く光る。

リアーナの“微笑”一つで、彼らはすでに戦闘態勢に入っていた。


---

一方その頃。

リアーナは、屋敷の自室でひとり、深いため息をついていた。

(……また、今日も会ってしまいました)

数日前の図書院、そして昨日の魔導技術ギルド――
偶然というにはあまりに繰り返された出会いに、心がふわふわと浮き上がる。

(きっと、こんな感情は初めて)

これまで、誰かに好意を持たれたことはあっても、こちらから強く惹かれたことはなかった。
求婚状を山のように受け取り、淡々と“選ぶ立場”として扱われてきた。

でも、リセルと話しているとき――私は誰でもない、ただの“リアーナ”でいられる。

彼は身分を聞こうとしない。家柄を褒めるでも、外見を称賛するでもない。
ただ、一人の対等な相手として、静かに向き合ってくれていた。

(それが……こんなに、心地いいなんて)

彼が“誰なのか”は、きっと重要なのだろう。
でも私は、それよりも――彼がどう“私”を見てくれているかが知りたかった。


---

その日の夜。
リアーナは机に向かい、手紙を書いていた。

便箋はシンプルな淡い水色。香料も使わず、ただインクの匂いが静かに漂う。

> リセル様

不躾かもしれませんが、もう一度お話しできる機会をいただけませんか?

今度は、貴方が何者なのかではなく、“あなたが何を大切に思っているか”を、聞きたくて。



インクが乾くのを待つ間、彼女は指先で封筒をなぞる。
鼓動が、普段よりも少し早くなっていた。

(……自分から会いたいと伝えるなんて、わたくしらしくありませんわね)

でも、それでもいい。
この気持ちに名前をつけるなら――

「……たぶん、“恋”ですわね」

ほんの少し、口元がゆるんだ。


---

一方、王都のとある書庫の地下室では、セシルとレオンが“情報屋”の言葉に耳を傾けていた。

「……確かに登録はあるが、どうも変じゃな。
出身地も履歴も、上手すぎる。“作られた経歴”の匂いがするのう」

「偽造ですか?」

「いや、もっと巧妙じゃ。まるで――“ある人物の痕跡だけを消して、偽名で活動させている”かのような」

「それでは、身元不明者が王都で堂々と活動しているということに」

「それだけじゃない。……どうやら、“北の大国”から来たある人物が、行方不明になっておっての」

老爺の声は、静かに響いた。

「アルヴェルト王国の第二王子。名は……リセル=オルヴィス=アルヴェルト」

セシルとレオンが同時に息を飲んだ。

「まさか――」

「どうかのう。
ただの偶然か? それとも、そいつが“お前の娘に本気で恋をした”のか。
――真実は、間もなく動き出すぞ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました

水上
恋愛
【全18話完結】 「君は中身まで腐っている」と婚約破棄されたエリアナ。 そんな彼女は成り行きで辺境へ嫁ぐことに。 自身の知識と技術で辺境を改革するエリアナ。 そんな彼女を、白い結婚のはずなのに「膝枕は合理的だ」と甘やかす夫。 一方、エリアナを追放した王都では、彼女の不在の影響が出始めて……。

ガハハと笑う公爵令嬢は、王太子の自由を縛らない ~水戸黄門ムーブでざまぁします~

ふわふわ
恋愛
「公爵令嬢? 柄じゃねえな!」 前世の記憶が蘇った瞬間、 ウィンタースイート公爵令嬢ガラリアは“貴族らしく生きる”ことをやめた。 怒鳴る、笑う、現場に出る。 孤児院、病院、工事現場―― 権力ではなく足で歩き、不正を正す水戸黄門ムーブが彼女の日常。 その振る舞いを理由に、婚約者からはあっさり婚約破棄。 しかしガラリアは気にしない。 「オーケー、俺もそう思う」 ところがその自由さに目を留めたのは、 理解できないまま理解しようとする王太子ディーンだった。 「あなたの自由を縛るつもりはありません」 型破りな公爵令嬢と、束縛しない王太子。 静かなざまぁと、現場主義の信頼が積み重なる、 “笑っているのに強い”逆転恋愛譚。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

落ちこぼれ村娘、拾った王子に溺愛される。

いっぺいちゃん
恋愛
辺境の村で育った元気娘 ミレイ。 ある日、森で倒れていた金髪の青年を助けるが、 実は彼は国一の人気者 完璧王子レオン だった。 だがレオンは外に出ると人格がゆるみ、 王宮で見せる完璧さは作ったキャラだった。 ミレイにだけ本音を見せるようになり、 彼は彼女に依存気味に溺愛してくる。 しかしレオンの完璧さには、 王宫の闇に関わる秘密があって—— ミレイはレオンの仮面を剥がしながら、 彼を救う本当の王子に導いていく。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。 ※この作品は「小説家になろう」でも同時投稿しています。

いつか彼女を手に入れる日まで〜after story〜

月山 歩
恋愛
幼い頃から相思相愛の婚約者がいる私は、医師で侯爵の父が、令嬢に毒を盛ったと疑われて、捕らえられたことから、婚約者と結婚できないかもしれない危機に直面する。私はどうなってしまうの? 「いつかあなたを手に入れる日まで」のその後のお話です。単独でもわかる内容になっていますが、できればそちらから読んでいただけると、より理解していただけると思います。

無能な私を捨ててください!と婚約破棄を迫ったら溺愛?

萩月
恋愛
公爵令嬢のルルナには悩みがあった。それは、魔力至上主義のこの国で、成人を過ぎても一切の魔力が開花していない「無能令嬢」であること。 完璧超人の第一王子・アリスティアの婚約者として相応しくないと絶望した彼女は、彼を汚点から守るため、ある決意をする。 「そうだ、最低最悪の悪役令嬢になって、彼に愛想を尽かされて婚約破棄されよう!」

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

処理中です...