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番外編『あなたにだけは、嘘をつきたくなかった』
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ラクリエル王国とアルヴァルト王国。
長く国交を保ちながらも、互いの距離を慎重に測り続けてきた2国。
そのあいだに、ひとつの恋があった。
――ラクリエル国王と、アルヴァルトの王女。
国も、立場も、すべてを越えて惹かれ合ったふたりは強く結ばれた。
だが、両国の重臣たちはその結びつきを認めなかった。
王女は祖国を離れ、静かに男児を産み、まもなくその命を閉じる。
その子の名は、セシル。
王妃となった国王の正妻――つまり兄の母によって、
彼は“もうひとりの子”として愛され、王弟として育てられた。
だが、彼の内には“2つの国の血”と、ある色が宿っていた。
それが何を意味するかを、彼は誰よりもよく知っていた。
そして今夜。
セシルはたった1人――クラリスにだけ、自分の真実を明かそうとしていた。
---
王宮の離宮。
冷え込んだ晩冬の空気が、窓ガラスをかすかに曇らせていた。
クラリスの部屋には火が入り、紅茶の香りが満ちていた。
そこへ、セシルが静かに扉を開けて入ってきた。
「クラリス。今夜、少しだけ時間をもらえるか」
「めずらしいわね。あなたがそんな風に訪ねてくるなんて」
「今夜だけは、“セシル”として話がしたい」
その言葉に、クラリスは少し眉を動かしたが、すぐに席を勧めた。
セシルは深く息を吐き、静かに語り始めた。
「僕の父はラクリエル王。これは君も知っているね」
「ええ。あなたが“王弟”であるのは公の事実よ」
「けれど、僕の母については?」
「……知らないわ。表向きは“公爵家の庶子”として育てられた。
それ以上を詮索することは、野暮でしょう?」
「母はアルヴァルトの王女だった。
父と心から愛し合い、しかし引き裂かれた関係だった。
僕はその間に生まれた子だ。けれど、母は僕が物心つく前に亡くなった」
「……じゃあ、あなたは王妃の子ではないのね」
「正確には違う。けれど王妃――兄の母は、僕を実の子のように育ててくれた。
彼女の愛がなければ、僕はここまで来られなかったと思う」
クラリスは目を細めた。
「あなたは、愛されて育ったのね」
「幸運だった。
ただ、僕には……“始祖の色”が出てしまった」
「瞳? 髪?」
「両方だ。銀に藍を帯びた瞳、そして母譲りの白銀の髪。
どちらの国でも、“王の証”とされる色。
それゆえに、存在そのものが火種になる」
セシルは胸元から、ひとつの魔導具を取り出した。
それは母が遺したもの――
その小さな魔力石に、指を添える。
ふわりと光が満ち、彼の髪は銀へと、瞳は深い藍へと染まる。
まるで月光をそのまま纏ったような、清冽で静謐な姿がそこに現れた。
クラリスはしばらく無言だった。
「その姿、今まで……?」
「始祖の色が出たのは5 歳の頃。
父は、母の遺したこの魔導具を用い、僕の外見を隠すことを決めた。
兄や王妃は、そのときの僕を知っている。だが――
以来、この姿を見せたのは、誰にも、ただの1度もない」
「……じゃあ、私が初めて?」
「そう。
20年以上ぶりに、自分の本当の姿で、誰かの前に立った。
君にだけは、隠したくなかった」
静かな言葉が、部屋に染み込むように広がる。
クラリスはゆっくりと彼のもとへ歩み寄り、間近でその瞳を見つめた。
「ずるいわね。そんな顔を隠しておいて、いきなり見せるなんて」
「……やっぱり、驚いたかい」
「驚いたわ。でも、嫌とは言っていない。
ただ――あまりに綺麗すぎて、落ち着かないの。
明日からは、仮面を戻しておいてちょうだい」
セシルは微笑み、魔導具に触れた。
また元の、黒髪と深い黒の瞳の姿が戻る。
「仮面でも、素顔でも。あなたはあなたよ。
けれど、その姿を私だけに見せてくれたこと。
それだけで、私は“特別”でいられる」
その言葉に、セシルは黙って頷いた。
「ありがとう。
君にだけは、嘘をつきたくなかった」
窓の外では、風が一枚の雲を追い払い、月が静かに顔を出す。
彼の白銀の記憶も、彼女の静かな肯定も、
今夜だけは――隠さずに、在りのままに、そこにあった。
---
― 完 ―
長く国交を保ちながらも、互いの距離を慎重に測り続けてきた2国。
そのあいだに、ひとつの恋があった。
――ラクリエル国王と、アルヴァルトの王女。
国も、立場も、すべてを越えて惹かれ合ったふたりは強く結ばれた。
だが、両国の重臣たちはその結びつきを認めなかった。
王女は祖国を離れ、静かに男児を産み、まもなくその命を閉じる。
その子の名は、セシル。
王妃となった国王の正妻――つまり兄の母によって、
彼は“もうひとりの子”として愛され、王弟として育てられた。
だが、彼の内には“2つの国の血”と、ある色が宿っていた。
それが何を意味するかを、彼は誰よりもよく知っていた。
そして今夜。
セシルはたった1人――クラリスにだけ、自分の真実を明かそうとしていた。
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王宮の離宮。
冷え込んだ晩冬の空気が、窓ガラスをかすかに曇らせていた。
クラリスの部屋には火が入り、紅茶の香りが満ちていた。
そこへ、セシルが静かに扉を開けて入ってきた。
「クラリス。今夜、少しだけ時間をもらえるか」
「めずらしいわね。あなたがそんな風に訪ねてくるなんて」
「今夜だけは、“セシル”として話がしたい」
その言葉に、クラリスは少し眉を動かしたが、すぐに席を勧めた。
セシルは深く息を吐き、静かに語り始めた。
「僕の父はラクリエル王。これは君も知っているね」
「ええ。あなたが“王弟”であるのは公の事実よ」
「けれど、僕の母については?」
「……知らないわ。表向きは“公爵家の庶子”として育てられた。
それ以上を詮索することは、野暮でしょう?」
「母はアルヴァルトの王女だった。
父と心から愛し合い、しかし引き裂かれた関係だった。
僕はその間に生まれた子だ。けれど、母は僕が物心つく前に亡くなった」
「……じゃあ、あなたは王妃の子ではないのね」
「正確には違う。けれど王妃――兄の母は、僕を実の子のように育ててくれた。
彼女の愛がなければ、僕はここまで来られなかったと思う」
クラリスは目を細めた。
「あなたは、愛されて育ったのね」
「幸運だった。
ただ、僕には……“始祖の色”が出てしまった」
「瞳? 髪?」
「両方だ。銀に藍を帯びた瞳、そして母譲りの白銀の髪。
どちらの国でも、“王の証”とされる色。
それゆえに、存在そのものが火種になる」
セシルは胸元から、ひとつの魔導具を取り出した。
それは母が遺したもの――
その小さな魔力石に、指を添える。
ふわりと光が満ち、彼の髪は銀へと、瞳は深い藍へと染まる。
まるで月光をそのまま纏ったような、清冽で静謐な姿がそこに現れた。
クラリスはしばらく無言だった。
「その姿、今まで……?」
「始祖の色が出たのは5 歳の頃。
父は、母の遺したこの魔導具を用い、僕の外見を隠すことを決めた。
兄や王妃は、そのときの僕を知っている。だが――
以来、この姿を見せたのは、誰にも、ただの1度もない」
「……じゃあ、私が初めて?」
「そう。
20年以上ぶりに、自分の本当の姿で、誰かの前に立った。
君にだけは、隠したくなかった」
静かな言葉が、部屋に染み込むように広がる。
クラリスはゆっくりと彼のもとへ歩み寄り、間近でその瞳を見つめた。
「ずるいわね。そんな顔を隠しておいて、いきなり見せるなんて」
「……やっぱり、驚いたかい」
「驚いたわ。でも、嫌とは言っていない。
ただ――あまりに綺麗すぎて、落ち着かないの。
明日からは、仮面を戻しておいてちょうだい」
セシルは微笑み、魔導具に触れた。
また元の、黒髪と深い黒の瞳の姿が戻る。
「仮面でも、素顔でも。あなたはあなたよ。
けれど、その姿を私だけに見せてくれたこと。
それだけで、私は“特別”でいられる」
その言葉に、セシルは黙って頷いた。
「ありがとう。
君にだけは、嘘をつきたくなかった」
窓の外では、風が一枚の雲を追い払い、月が静かに顔を出す。
彼の白銀の記憶も、彼女の静かな肯定も、
今夜だけは――隠さずに、在りのままに、そこにあった。
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