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二度目の世界
十年前の家族とこれからの私
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食堂には私以外の家族が揃って朝食をとっていた。
長いテーブルの上座にお父様、それからお母様、シャルルお兄様、そして四歳になるマリー。姉のセシルは、もう嫁いでいてここにはいない。
お父様は何かの報告書らしきものを読みながら黙々と食事をしているけれど、お母様たちは賑やかにおしゃべりをしている。
マリーが宙に何かを描くと、フォークがカタカタと卓上で踊りだす。……あれは闇属性の物体操作魔法だろう。幼い彼女は、玩具で遊ぶような無邪気さと自然さで魔法を使いこなす。
お母様は、「早く食べなさい」と叱りつつも我が子の優秀さに目を細め、お兄様は「さすがはブットヴィル家の娘だ」と手放しで褒めている。
「おはようございます、お父様、お母様。そしてお兄様に……」
私が食堂にやってきたと知った瞬間、ぴたりと全ての会話が止まる。
不自然な沈黙の中で、私は朝の挨拶をするが、それも途中で止まってしまった。
バシャリ、と近くのデキャンタの水が私の顔にかかったからだ。
マリーの仕業だ。妹はニヤニヤしながら指をクルクルと回している。
呆れた子ね。
私は髪から雫を落としながら、冷ややかな視線を妹に向ける。
「食事中に魔法を使うなんて、お行儀が悪いわね。マリー」
いかにも失望したようにそう言ってみると、マリーは火がついたように泣き出した。
「醜い嫉妬だな、カサンドル!」
シャルルお兄様が、マリーの頭を撫でながら私を睨む。
お母様は胸を押さえて、はらはらと涙を零した。
「ああ、怒っているのね、カサンドル。お母様がお前をまともに産まなかったからと責めているのね。本当にごめんなさい。でもお母様だって好きで出来損ないに産んだ訳ではないの。そんなお祖母様のように睨まないで、お願いよ。お祖母様の怒った顔にそっくりで、お母様は震えてしまうわ……」
「謝れ、出来損ない!」
お母様の嘆きにお兄様はますます激昂して叫んだ。
その時。
「騒がしいぞ、黙れ」
お父様の声が重々しく響いた。お兄様は黙り、お母様とマリーはピタリと泣き止んだ。
書類を置いたお父様の、深い緑色の双眸が私を射貫く。
「カサンドル。お前は部屋で食事をとるように」
やはり、そう言うのね。
私は密かに肩を落とし、お兄様たちは胸を撫でおろしたようだ。
これが私の家族の様子だ。私が殿下の婚約者に決まるまでずっと、似たようなやり取りをしていたのだ。
婚約者になった時は、お兄様は私をちやほやし、マリーも私にまとわりついた。お母様はあちこちのお茶会で自慢していたようだけど、家では泣きながら私のマナーに駄目出しをし続けていた。
お父様は、ただ「良くやった」の一言だけで、後は変わらず私を視界には入れなかった。
……やはり、交渉する相手は一人しかいないわね。
私は食事の後、お父様のもとに赴いた。
幸い今日は王宮に出仕する日ではないらしいお父様は、書斎にいた。
「……なんの用だ」
不機嫌さを隠しもしないで、お父様は私を睨んだ。
私は軽く挨拶すると、その目を真正面から受け止めた。
束の間、親子の間で火花が散った気がする。
お父様はわずかに眉を寄せた。今までの私だったら視線を逸らすか媚びた笑みを浮かべていたはず。だけどもうそんな態度は取らない。
「お願いがあります、お父様。私を領地に行かせて下さい」
「理由は?」
「私には魔力がありません。儀式など待たなくとも明白です。ですので、貴族の娘としての王道ではなく、別の道を探りたいと思います」
「何故領地を選ぶ?」
「他の地では私の存在が明らかになった時に色々と支障が出るでしょう。領地ならば侯爵家の力で隠すことは造作もないはずです。そして領地には隣接してシルワの魔の森とやらがございます。確か叔父様がそちらの研究をされているかと存じますので、その手伝いをしたいと考えます」
そう。シルワの森は蛮族の住む忌み地。前の私なら絶対に近づかなかったけれど、あの森の奥にはドラゴンたちの繁殖地があるのだ。
ドラゴンの生態調査をやってみたい。そして十年後、あの幼体が王都に迷い込む可能性を潰したい。
「我が弟アンリは、魔の森だけでなくその奥の魔獣が棲息する地帯も研究している。お前のような出来損ないの小娘に何が出来る?」
「正直、わかりかねます。でも、このまま座して侯爵家のお荷物になるくらいならば、万が一の可能性に賭けたいのです」
「生意気なことを……」
お父様の機嫌はますます悪くなるけれど、私はあえてここで笑ってやる。
お母様が嘆くように、私は父方の祖母であるデルフィーヌ様に良く似ている。その顔で不敵に笑ってみた時、お父様はどんな反応を示すだろう。
お祖母様はもう亡くなっているけれど、なかなか胆力のある方だったと聞く。気が強く、前侯爵であるお祖父様を振り回してらっしゃったとか。
だから私は賭けに出た。
果たして。
「……向こうに行ったならば、たとえお前が命を落としても侯爵家は関わらぬ。何らかの成果が出ない限り、この屋敷の敷居を跨がせることはない。それでも行くか?」
勝った。
私は晴れやかに笑い、頭を下げた。
「有難うございます、お父様。かくなるは出来うる限り早く向かいたいと思います。さすがに冬が来てからの移動には自信がありませんので……」
「構わん。行け」
お父様の声を背に、書斎を出た。
やったわ。やはりお父様は情に訴えるより冷静に要求を伝えるのが正解だったわ。
前回の失敗は、お父様に愛情を求めてしまったことも挙げられる。
今度は上手くやれそうだ。
長いテーブルの上座にお父様、それからお母様、シャルルお兄様、そして四歳になるマリー。姉のセシルは、もう嫁いでいてここにはいない。
お父様は何かの報告書らしきものを読みながら黙々と食事をしているけれど、お母様たちは賑やかにおしゃべりをしている。
マリーが宙に何かを描くと、フォークがカタカタと卓上で踊りだす。……あれは闇属性の物体操作魔法だろう。幼い彼女は、玩具で遊ぶような無邪気さと自然さで魔法を使いこなす。
お母様は、「早く食べなさい」と叱りつつも我が子の優秀さに目を細め、お兄様は「さすがはブットヴィル家の娘だ」と手放しで褒めている。
「おはようございます、お父様、お母様。そしてお兄様に……」
私が食堂にやってきたと知った瞬間、ぴたりと全ての会話が止まる。
不自然な沈黙の中で、私は朝の挨拶をするが、それも途中で止まってしまった。
バシャリ、と近くのデキャンタの水が私の顔にかかったからだ。
マリーの仕業だ。妹はニヤニヤしながら指をクルクルと回している。
呆れた子ね。
私は髪から雫を落としながら、冷ややかな視線を妹に向ける。
「食事中に魔法を使うなんて、お行儀が悪いわね。マリー」
いかにも失望したようにそう言ってみると、マリーは火がついたように泣き出した。
「醜い嫉妬だな、カサンドル!」
シャルルお兄様が、マリーの頭を撫でながら私を睨む。
お母様は胸を押さえて、はらはらと涙を零した。
「ああ、怒っているのね、カサンドル。お母様がお前をまともに産まなかったからと責めているのね。本当にごめんなさい。でもお母様だって好きで出来損ないに産んだ訳ではないの。そんなお祖母様のように睨まないで、お願いよ。お祖母様の怒った顔にそっくりで、お母様は震えてしまうわ……」
「謝れ、出来損ない!」
お母様の嘆きにお兄様はますます激昂して叫んだ。
その時。
「騒がしいぞ、黙れ」
お父様の声が重々しく響いた。お兄様は黙り、お母様とマリーはピタリと泣き止んだ。
書類を置いたお父様の、深い緑色の双眸が私を射貫く。
「カサンドル。お前は部屋で食事をとるように」
やはり、そう言うのね。
私は密かに肩を落とし、お兄様たちは胸を撫でおろしたようだ。
これが私の家族の様子だ。私が殿下の婚約者に決まるまでずっと、似たようなやり取りをしていたのだ。
婚約者になった時は、お兄様は私をちやほやし、マリーも私にまとわりついた。お母様はあちこちのお茶会で自慢していたようだけど、家では泣きながら私のマナーに駄目出しをし続けていた。
お父様は、ただ「良くやった」の一言だけで、後は変わらず私を視界には入れなかった。
……やはり、交渉する相手は一人しかいないわね。
私は食事の後、お父様のもとに赴いた。
幸い今日は王宮に出仕する日ではないらしいお父様は、書斎にいた。
「……なんの用だ」
不機嫌さを隠しもしないで、お父様は私を睨んだ。
私は軽く挨拶すると、その目を真正面から受け止めた。
束の間、親子の間で火花が散った気がする。
お父様はわずかに眉を寄せた。今までの私だったら視線を逸らすか媚びた笑みを浮かべていたはず。だけどもうそんな態度は取らない。
「お願いがあります、お父様。私を領地に行かせて下さい」
「理由は?」
「私には魔力がありません。儀式など待たなくとも明白です。ですので、貴族の娘としての王道ではなく、別の道を探りたいと思います」
「何故領地を選ぶ?」
「他の地では私の存在が明らかになった時に色々と支障が出るでしょう。領地ならば侯爵家の力で隠すことは造作もないはずです。そして領地には隣接してシルワの魔の森とやらがございます。確か叔父様がそちらの研究をされているかと存じますので、その手伝いをしたいと考えます」
そう。シルワの森は蛮族の住む忌み地。前の私なら絶対に近づかなかったけれど、あの森の奥にはドラゴンたちの繁殖地があるのだ。
ドラゴンの生態調査をやってみたい。そして十年後、あの幼体が王都に迷い込む可能性を潰したい。
「我が弟アンリは、魔の森だけでなくその奥の魔獣が棲息する地帯も研究している。お前のような出来損ないの小娘に何が出来る?」
「正直、わかりかねます。でも、このまま座して侯爵家のお荷物になるくらいならば、万が一の可能性に賭けたいのです」
「生意気なことを……」
お父様の機嫌はますます悪くなるけれど、私はあえてここで笑ってやる。
お母様が嘆くように、私は父方の祖母であるデルフィーヌ様に良く似ている。その顔で不敵に笑ってみた時、お父様はどんな反応を示すだろう。
お祖母様はもう亡くなっているけれど、なかなか胆力のある方だったと聞く。気が強く、前侯爵であるお祖父様を振り回してらっしゃったとか。
だから私は賭けに出た。
果たして。
「……向こうに行ったならば、たとえお前が命を落としても侯爵家は関わらぬ。何らかの成果が出ない限り、この屋敷の敷居を跨がせることはない。それでも行くか?」
勝った。
私は晴れやかに笑い、頭を下げた。
「有難うございます、お父様。かくなるは出来うる限り早く向かいたいと思います。さすがに冬が来てからの移動には自信がありませんので……」
「構わん。行け」
お父様の声を背に、書斎を出た。
やったわ。やはりお父様は情に訴えるより冷静に要求を伝えるのが正解だったわ。
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今度は上手くやれそうだ。
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