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ただの侍女ですが何か?

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「エクシア、あなたはもう必要ないわ」

 お屋敷での食事中。不機嫌そうな顔で聖女ミリオーネ様は言った。

「クレスト皇国の第二王子、ルシオ様を知ってる? 彼、私に結婚を申し込んできたの!! しかも、最高級のドレスやアクセサリーを用意して!! 私の好みに応えられないあなたとは違うわ」

 ミリオーネ様は聖女として選ばれた人間。国に一人いるかいないかといった貴重な存在だ。
 聖女は国を浄化し、平穏をもたらす。
 だからこそ国は聖女をもてなし、聖女も国の為に力を注ぐ。

「私は聖女よ? 聖女は国を浄化する為、常に平常な心を保たなければいけない。だから常に最高の環境で最上級のもてなしが必要なの!! なのにあなたは……数々の願いを叶えてくれなかった」

 なのに彼女は非常にワガママだった。元々癖がある人物だったとは聞くが、浄化の為という理由で無理難題を押しつけてくるのだ。

 料理は常に最高級。
 部屋はホコリの一つも許さないし、気まぐれでアクセサリーや食べ物を要求してはすぐに手に入れろと催促してくる。
 なんなら魔物のいる危険な場所にも命令であれば向かわされた。
 
 出来るのが当たり前、出来なければ怒られる。

 聖女様の侍女である私もそうだ。
 無茶振りに無茶振りを重ねては、いつも私に嫌味を言い続けていた。
 それでも、私は彼女にとって必要だと思い込んでいた。

 だけど、

「だからねエクシア。私の要望に応えられない人はいらないの。どっかいって」

 聖女の侍女である私、エクシアは解雇された。



「はぁ、なんであんな人に仕えたんだろう」

 馬車に揺られながら、今までの事を後悔する。

 始めは国を支える聖女様に仕えられる!! とイキイキしていた。
 なのに当の聖女様は私に無茶な要求をし続け、私を苦しめ続けた。
 表では純粋清楚なイメージで通っていたのに、裏ではこんなワガママな人だなんて知らなかったよ。
 
 それでも私は彼女の役に立っていると思っていた。
 身の回りの世話とかを一番私がしていたから。
 無茶な要求も、出来る限り叶えたつもりだったし。
 ……まぁ、周りがどんどん辞めた結果、私に全て押し付けられただけだが。

 けど、そんな私の思いは的外れだったみたい。

「もう私は必要ないかー……自由になったし好きに生きてみようかな」

 馬車が向かう先は、隣国であるメリル。
 前に一度、聖女様との視察で来た時に国の雰囲気が良かったのを覚えている。
 今までの場所では聖女様からクビにされた無能侍女という悪評が付いて、とてもじゃないが働けない。
 なので仕事先を探すためにも、外に出る必要があった。



「うーん!! 活気が有っていいなぁ」

 長い馬車の旅で凝り固まった身体を伸ばす。
 しかし、久しぶりに来たけどいい所だ。
 メリルでも特に物の流通が多いクレオールという場所に来た。
 何処を見ても人に溢れており、賑わいがある。

 ここなら私でも働き口が見つかるかもしれない。
 
「嬢ちゃん、お疲れ様」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
「また旅するときは是非俺を頼ってくれ!! あんたの料理、最高に美味しかった!!」
「は、はぁ……」

 感謝の言葉と共に馬車の御者さんは去っていく。
 旅の途中、ありあわせの材料で作っただけなのに……やけに喜んでくれた。
 まぁ、褒められるのは悪い気がしないけどね。

「ぎゃあああああああ!!」
「っ!?」

 近くで悲鳴が聞こえた。
 何事かと私は気になり、人混みの中をかきわけて悲鳴の元へと向かう。

「あぁ、はぁ、はぁ……」

 スパイス等のいい香りがする料理店。
 そこには大鍋に入ったスープが崩れ落ち、大柄な男性が大やけどをしている姿があった。

「誰か冷やすものを!! 大丈夫ですか!?」
「あぁ、すまねぇな嬢ちゃん……」

 大量のスープの重さと熱さを同時に受け、痛みに耐え苦しむ姿。
 私は付近の人から水を貰うとすぐに男性へとかける。
 
「彼が入れる場所に冷たい水を溜めてください。全身を冷やします」
「ありがとうな……ちくしょう、このクソ忙しい時にミスするなんて……」

 苦い表情でうつむく男性。
 店の中を見渡せば、彼を心配する客らしき人が大勢いた。
 恐らく、まだ料理を食べていない人もいるだろう。

 よし、

「大丈夫です、私に任せてください」
「え?」

 どこまで出来るかわからないけど、彼を助けよう。
 まだまだ客に料理を出したい。
 お節介焼きな私は、彼の思いを察して動き出した。

「水、張れました!!」
「彼をそこに運んで!! すみません、ここを掃除しますので!!」
「え、あ、はい……」

 まずはこぼしたスープの清掃。
 ありったけの布をかき集め、地面のスープを吸いだし、客の見えないところに使い終わったものを順に捨てていく。

「スープ以外に足りない料理はありますか!?」
「えっと、ステーキとか……」
「ステーキという事は香辛料が……うん、わかった」
「味見しただけでわかるんですか!?」
「だいたいです。いつもと少し違うかもしれませんがごめんなさい!!」

 掃除が終わり、店の人と共に料理を再開。
 スープもさっき味見して把握した。
 後は今までの経験を生かして、味を出来る限り近づけていくだけ。

「できました!!」
「っ!? リュウさんと全く同じ味だ……」
「嘘だろ!? あの味を一瞬で!?」
「感想は後でたっぷり聞くので、運ぶのお願いします!!」
「わ、わかりました!!」
 
 料理が再び運ばれていく。
 正直、客がなんて言っているのか、店の中できびきび動いている私には聞こえなかった。
 だけど客足が落ちないところを察するに、及第点くらいの味は出せたのだろう。

 それから店を閉めるまで、私は料理を作っては店の対応をし続けた。



「エクシアさんありがとうー!! おかげで助かったよー!!」
「いえいえー!! 何とかなってよかったです!!」

 それから一週間。
 私はクレオールで色んな人を助けていた。
 元々そういう性分ではあるけど、出来る範囲で助けたいと私は思ってしまう。

 だけどこの街、トラブルが多いなぁ。
 始めの店主含めて、やたらと怪我をする人に遭遇する。

 ちなみに最初に助けた店の男性からは凄く感謝されて、俺の店で働かないか!! と物凄く迫って来た。
 まだまだ色んな所を見たいから、やんわりと断ったけどね。

「ふぅ……」

 おかげ様で色んな人から感謝され、ごちそうにもなった。
 貯金もあまり崩さずに日々を過ごせているのはなんだか不思議だ。
 と、通りを歩いていたら、

「君がエクシアかい?」
「? はい、そうですが……!?」

 振り返ると、そこには身なりの整った綺麗な男性が。
 絶対、貴族の方だ……!!
 振り返るまでの軽い言い方を後悔し、恐る恐る彼の話を聞く。

「初めまして、ボクはエスポート伯爵家のレイスだ。早速だけど、キミを雇いたいと思っていてね……」



「キミの噂はよく耳に入ってくるよ。みんなを助けてくれて本当にありがとう」
「いえいえ、そんな……」

 何故かお屋敷に招待され、応接室で二人きり。
 状況に混乱している私に対し、レイス様はニコニコしながら話を進める。

「まさかあのエクシアがクレオールにいるなんてね……聖女様はどうしたのやら」
 
 え? 前から私の事を知っていたの?
 何でだろ……ただの侍女なのに。

「ボクとしては優秀な君を侍女として雇いたいんだ。勿論、それなりの給金は出すけど……」
「っ!?」
 
 スッ、と机に置かれた紙。
 そこに記載された金額に私は……

「是非やらせてください!!」
「ふふっ、ありがとう」

 だって聖女様のお世話をしていた時より三倍も違うんだよ? 
 こんなの断れる訳がない。

「と、その前に」
「?」
「少しだけテストしてもいいかな? 勿論、雇う事は決定だけど」 
「テスト……はい?」
「何、簡単な事だよ。ボクをもてなして欲しいだけ」
「ふむ……わかりました」
「ありがとう」
「少しだけ、お時間を頂いても?」
「ご自由に。いつまでも待つよ」

 ペコリと頭を下げ、応接室を後にする。
 もてなす、か。
 今まで散々聖女様のお世話をしてきたから慣れてはいる。
 だけど私はレイス様の事を何も知らない。まずは彼について知らなければ。

 少しの自由時間を使い、私はこの屋敷に仕える人達に話を聞きに行った。

 そして一人の侍女の元に辿り着く。

「レイス様はアップルパイが大好物なんです」
「アップルパイ?」
「はい、特にレイオール特産品のリンゴで作られた物を特に好んでいたのですが……」
「何かあったの?」
「そのリンゴが生える木の周りに魔物が住み着いてしまって……誰も取れなくなったんです」

 ここのアップルパイは昔、一度だけ食べたことがある。
 控えめで上品な甘さで、私もまた食べたい! と思わせる一品だった。
 あれはここのリンゴを使っていたからなのか。
 
 魔物には美味しい物へ集まる特性がある。
 あのリンゴは相当な一級品なのだろう。

「すみません!! お力になれなくて……」
「ううん、そのリンゴ自体は生えているんだよね?」
「え、はい……ですが」
「それだけ聞けたら十分だよ。ありがとう」 
「え、一体何を……!?」

 レイス様を待たせるわけに行かない。
 私は屋敷内を駆け出し、リンゴの木がある場所に向かった。



「お待たせしました」
「ほぅ……ボクの大好物を用意するなんて、流石だね」
「ありがとうございます」

 数時間後、レイス様が待つ部屋にアップルパイが届けられた。
 焼きたてで、パイから湯気がとまらない。
 恐らく今が一番おいしいと思う。

「久しぶりだなぁ……いただきます」

 フォークで一口サイズに切り分けられ、口元へと運ばれる。

「っ!? 美味しい……」
「よかったです……」

 口に入れた瞬間、目を大きく開けたまま食べる手を止めた。

「この味はウチのリンゴでしか出せない筈……よく再現したね」
「頑張ったかいがありました」

 味は前に食べたことが再現できる。
 で、肝心の材料だが……

「ん? その腕……」

 流石に代用品でごまかすのは不可能だと思ったから、少しだけ無理をした。

「いや、これは……」
「見せて」

 レイス様は立ち上がり、気になった私の左腕を掴む。
 そこには血でにじんだ包帯が巻かれていた。
 バレないよう後ろに隠していたのに。

「この傷……どうしたんだい」
「その……」
「まさかこのリンゴ……!?」
「えーと、あはは……」
「なんて無茶なことを……!!」

 実は魔物がいるリンゴの木に行っていました。
 聖女様からの無茶振りで魔物の巣窟に潜入したことがあり、その経験でなんとかなると思っていたのだが。リンゴを取った瞬間、一匹の魔物に気づかれてしまい、腕の傷を犠牲に命からがら逃げてきたのだった。
 
「ボクはもてなしてほしいと言っただけだよ。傷ついてほしいとは言っていない」
「……すみません」
「まさか、聖女様の所でも」
「はい……何度も死ぬかと思いました」
「……そうか」

 険しい表情をしながら、腕の傷を優しく撫でるレイス様。
 その姿には私を心配する思いを感じた。

「エクシア、ボクはキミを本当に価値のある人だと思っている」
「……はい」
「確かに、キミの技術は素晴らしい。だけど、それだけじゃない」
「……え」
「キミ自身が持つ思いやりの心にも、価値があるんだよ」

 私の……心?

「キミに助けられた人は皆、笑顔になった。それは間違いなく、キミの思いやりの心が伝わったからなんだよ」
「レイス様……」

 そんな風に言われた事なんてなかった。
 今まで聖女様に尽くしても、感謝の一つすら貰えない。どれだけ頑張っても、どれだけ無茶な事をしても。
 だけど

「そんな素晴らしい心を持つ人が、こんな事で散ってほしくない」

 レイス様は私を認めて、私を心配してくれる。
 それがどれだけ嬉しい事か。どれだけ報われたと思える事か。

「だから約束してくれ。キミ自身を大事にすることを」
「……はい、わかりました」

 私は一生この人に仕えよう。 
 そう決めた瞬間だった。



「エクシアさーん。もしレイス様からご褒美を貰うなら、何がいいですか?」
「えっと、なんで急に?」
「だってエクシアさん、レイス様の事大好きじゃないですか。雰囲気でわかります」
「ちょ……はぁ、そうだけど」

 あれから一ヶ月。
 侍女としての仕事に慣れ、周りとも良好な関係を築けている。
 ……妙に恋愛絡みでからかわれるようにもなったけど。

「認めましたね!! じゃあじゃあご褒美を……」
「……なでなで」
「ん?」
「レイス様に、なでなでされたい……」 

 だって、私の腕を優しく撫でてくれた事が忘れられなくて。
 あの手で私の頭を撫でてくれたら……なんて思う時がたまにある。

「おぉー、それは可愛らしいお願い……って!?」
「レイス様!?」
「ボクがどうかしたのかな?」

 後ろを振り返れば、ニコニコした表情で立つレイス様の姿が。

「す、すみません!! すぐに仕事に戻りますので!!」
「いや、そのままでいいよ」
「へ? 一体何を……!?」

 何をするのかと思いきや、レイス様はいきなり私の頭を撫で始めた。
 
「へ、あの……」
「これくらい、いつでも言っていいのに」
「む、無理ですよ……」

 あの時と同じ、優しい撫で方。
 子供を相手にするような感じだが、今の私には心地いい。
 だって、大好きなレイス様の手だもん。

「照れてるね……」
「っ!! あ、ありがとうございます失礼します!!」

 近くにいた侍女を無理やり引っ張り、その場から離れる。
 照れてるね、なんて言わないでくださいよ。
 すっごく恥ずかしいじゃないですか。
 
 レイス様に言うのはすごく失礼だけど……ばか

「ふふっ」

 だけど、去り際に見たレイス様の笑顔はとても素敵だと思った。
 この屋敷に来てから、私は快適で幸せな毎日を過ごせている。
 それはここの人達が優しいのもだし、何より侍女である私をこんなにも気遣ってくれるレイス様の存在が大きい。

 本当にありがとう、レイス様。

 ……そういえば聖女様は今どうなっているんだろう


 
「なんで誰も私の願いを叶えてくれないの!! 全然浄化できないじゃない!!」
「も、申し訳ございません!!」
「ミリオーネ、もう少し落ち着いて……」
「クレオも私に逆らう気!? 私は聖女よ!! なのに何で私の周りにはこんなポンコツしかいないのかしら!!」
「はぁ……」

 ワガママな聖女に振り回され、第二王子ですら手が付けられなくなっていた。
 おまけに肝心の浄化もロクに出来なくなり、国はどんどん闇に呑まれていた。

「これならエクシアがいた頃の方がまだマシじゃない!!」
「あぁ……エクシアさんを何が何でも引き留めるべきだった……」

 みんな後悔していた。エクシアが辞めさせられたときに、意地でも国に置いておくべきだった。
 だけど今更遅かった。

「もぉー!! 早く戻って来なさいよー!!」

 勿論だが、エクシアは聖女様の周りがここまで酷い事になっているとは知らない。
 彼女が全てを知るのは、この国が完全に闇に飲み込まれ崩壊してからだった。
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