27 / 41
大統領の息子リアム
しおりを挟む20xx年パリスーー
ここは、パリス大統領官邸が立ち並ぶドルノア街である。
ここへは多くの貴族が訪れ、それぞれ交流を深めていく。
しかし、今や世界的に熱狂的な人気があるリアムを一目見にやってくる者たちも少なくはない。この日も多くの令嬢が訪れていた。
「ねえ、聞きまして?リアム様はこの前は日本のテレビまで出演されたとか」
「ええ!ネットでも流暢な日本語だったと賞賛の嵐でいらしたそうですわ!
なんとかして仲良くなりたいものね」
と、話していると、大統領官邸に入っていくリアムの姿が見えた。
「あっ!リアム様よ!歩いている姿も素敵ね。いつも優しい笑みで紳士的なんてあの後ろについているメイドが羨ましいわ」
「あら、じゃ私たちもメイドに変更なさる?」
うふふふふと、令嬢たちの笑い声がイギリスの夕方の空に響き渡る。
その後もきゃっきゃっと騒ぎながら話は続いていた。
ーーパリス大統領官邸
リアムが入ってくると、従業員たちは足を止め頭を下げる。
リアムの表情も優しい顔から一変し、機嫌の悪い表情に戻った。後ろにいたメイドもリアムの表情の変化に、緊張感に包まれる。
「今日の予定は?」
無愛想に2階への階段を登りながら後ろのメイドに問いかける。
「もうこの後、予定は入っていません」
部屋へ入ると、乱雑に上着をソファへ投げ捨てた。
それを見て、慌ててメイドが投げ捨てられた上着を拾い上げる。拾い上げると、少しだけ嬉しそうな顔をした。
このメイドは、以前りんごを庇おうとしたメイドで、名前はエリーゼという。
前回のりんごを庇った失態でリアムの逆鱗に触れたが、すんでのところで許してもらえた。
チラッとリアムの様子を伺う。
それと同時に、紅茶の準備をした。
私たち従業員の中でもリアム様は本当に恐れられているけれど…
本当は怖い人じゃない
きっと、疲れているから不機嫌なのよね
根は優しい人って知っているもの…。
そして、ふと先日の出来事を思い出す。
そういえば、あの朝の人、いったい誰だったのかしら?
リアム様に見つかった時はどうなることかと思ったけど…
それに警備員もいたはずだと言うのに、どうやってくぐり抜けてあそこまで来たのかしら…。
リアム様の熱烈なファン?
ありえるわ、今や世界的に人気だもの
全世界の女の子たちがリアム様をねらっているのよ
全世界の…
そう思ったところで、突然チクリと胸が痛んだ。
そう…。
いつかはリアム様だってだれか別の御令嬢と結婚して家庭をもつ。
一介のメイドの私なんてあの方の眼中にもない
エリーゼの紅茶のポットを持つ手が震える。脳裏に何度も何度も頭をかすめた言葉が浮かんだ。
ーーこんなに近くにいるのに…
エリーゼがそう考えていると、突然リアムの声が聞こえてきた。
「溢れてるんだけど」
「きゃっ!!」
「ーーー」
エリーゼは、突然の声に驚いてコップを落とした。その際に破片や液体が床に盛大に飛び散る。見ると、リアムの服にも飛び散っていた。
エリーゼの顔色がみるみるうちに真っ青になっていく。
「も…申し訳ありません…っ!」
慌てて、リアムの足元の破片に手を伸ばす。怖くて顔を見れなかった。自分でも体が震えているのがわかった。リアムが静かに口を開く。
「いい度胸だね。この僕の前でぼーっとするなんて」
冷たい声だった。エリーゼの頭が真っ白になる。
「そういえば前回も不審者を匿ってたっけ?本当に尊敬するんだけど。そうそうに出来ることじゃないよ」
「ごめ…んなさ…」
「顔、上げて?」
その言葉に冷や汗が背中を伝う。震えながら恐る恐る顔を上げるエリーゼ。目には水滴が溜まっていた。
顔を上げると、冷たく笑うリアムの顔がありエリーゼを見下ろしていた。
ーーしばらくしてリアムが膝をつきエリーゼと同じ目線になる。
真っ青な顔のエリーゼを見つめ、リアムが口を開く。
「最近、新しい拷問器具を手に入れたんだよね。バレないように地下においてあるんだけど
ーー今いる人形は、かなり出血がひどくて。今じゃ全然喋らなくなっちゃった」
リアムが楽しそうに笑いながら、エリーゼの手を取り、まっすぐ目を見据えた。
「お前は一体どこまで耐えられるんだろうね?」
冗談で言っていないことは顔から見ても明らかだった。
自然と溜まっていた水滴が両目からこぼれ落ちる。
ーー恐怖
ーーと、脳裏に浮かんだところでコンコン、と扉のノックの音がする。
突然の邪魔が入ったことに、先程までの楽しそうな笑みは消え、リアムの機嫌が一瞬で悪くなった。
「何か用?忙しいんだけど」
扉を開けてリアムが返事をした。あまりにも不機嫌な返しに、ビビっているようで辿々しい声が聞こえてきた。
「リアム様…ミア王女様がいらっしゃっています」
「ミア?ーーあの知性のかけらもないじゃじゃ馬が?」
「は…はい。突然いらっしゃって…下の応接室にお通ししております」
「ーーちっ!王女のくせに連絡もできないなんて本当に笑える」
エリーゼの掛けた上着を乱雑に外し、服を手に取る。固まっているエリーゼにリアムが冷たく言い放つ。
「命拾いしたね。運だけはいいなんて。
今回は見逃してやるけど、次は容赦しないから。
覚えてなよ」
ギロっと震えているエリーゼを睨みつけた。思わず伝言を言いに来た使用人もビクッと首をすぼめるほどであった。
怯えている2人を見て、すぐにリアムがふい、と身を翻す。
「ーー着替える。
さっさとどっかいってくれない?」
エリーゼはただ涙を流していた。伝言を言いに来た使用人が慌ててエリーゼを立たせる。
「し…失礼しました…っ!」
と、急いでドアを閉めた。
泣いているエリーゼを落ち着かせようと従業員用の部屋へ行く。
「どうしたんだ?!エリーゼ」
エリーゼと使用人が部屋へ入ると、アッシュの髪の男が駆け寄ってきた。
「まさか、あいつに何かされたのか?!」
使用人がその言葉を慌てて注意する。
「おい!ばか!あの方に聞こえたらどうする!」
「聞こえても全く構わないね!最初から俺はあいつが嫌いなんだ。知ってるだろ、コネリー」
コネリーと呼ばれた使用人が冷や汗を拭う。そして、ため息をついた。
「そうだったな。アイザック、お前はバカだった。
ーーエリーゼは多分リアム様に紅茶を溢したんだろう。彼の服が汚れてた。
しかし、寿命が縮むかと思ったよ。相変わらず、気迫がすごい」
「私が悪かったの…」
ようやく落ち着いたのか、エリーゼが力なく微笑んだ。
「君は悪くない。悪いのは全てあの調子に乗ったドクズのーー」
「わわ!!お前もうだまれ!」
慌ててコネリーが手でアイザックの口を押さえ、あたりを急いで見渡す。そして、ため息をつきながらエリーゼに言う。
「ところで、なぜそんな事をされてまで君はやめないの?リアム様が怖くないの?」
「そうだ!辞めちまえばいいんだ!こんなとこ!」
「静かにしーーー」
「辞めないわ。最後まで使えるって決めてるの」
コネリーがアイザックの口を抑えようとしてるときに、真剣な表情でエリーゼがいう。すぐにアイザックがコネリーの手を払い、口を開いた。
「それはなんで?」
「昔、路頭に迷っている私を拾ってくれた恩があるの。だからーー」
「それでも!恩よりもあいつにやられた数の方が多いじゃないか!考え直せ」
というと、他の使用人が入ってきた。
アイザックの名前を呼ぶ。突然のミア王女の登場に混乱しているようだった。
「くっ!ーー早めに戻るから、みててくれ、コネリー」
アイザックが部屋を出ていくと、コネリーとエリーゼのみが部屋に残る。
突然、コネリーがポツリと言った。
「そんなに、離れられないほどリアム様が好きなの?」
ハッとするエリーゼ。驚いたようにコネリーの顔を見た。
「あのバカは騙せても僕は騙せないよ。リアム様と一緒にいる時の君の表情は恐れているけど、いつも優しい顔だから」
「…気づいてたの…」
エリーゼが静かに下を向いた。その様子に耐えられずコネリーが話す。
「言っておく。いくら君がリアム様を思ってもあの方が君を見ることは一生ないと思ったほうがいい。表では、優しくても本心は身分が下の者を極端に毛嫌いしているからね」
「…知ってるわ」
「それに、君が以前不法侵入者を庇った時もあの方は君をどうしようとした?ライト様が止められてなかったら今ここにいなかったかもしれない。それほどまでに君はあの方の眼中にもないんだよ。」
「……ええ」
なんとも言わないエリーゼに意を決したようにコネリーが言った。
「はっきり言う。あの方は化け物だ。心も氷のように冷たい。でも、今や世界的に熱狂的な人気がでてる。
だから今後、他の令嬢と交際するかもしれない。そんな時に君はそばで笑っていられるの?これから惨めな思いしかしなくなるんだよ?
もうこの際いっそ諦めた方がーーー」
「それ以上言わないで!!」
突然のエリーゼの大声にコネリーはかけているメガネがずれるほど驚いた。
「私だってバカじゃないもの!自分が不釣り合いなことぐらいわかってるわ!あの方の眼中にもないことも!
ーーでも!!!」
エリーゼの瞳が大きく揺れる。葛藤しているのがひしひしと伝わってきた。
「でも…っ、諦め切れないの!何度も何度も諦めようとしたわ!でも、ダメだったっ!
何をしてても、必ずリアム様の顔が浮かぶの…っ
たしかに、冷酷だと思うことはあるわ!でも根は優しい人なの!
離れられるはずなんてないじゃない…っ
だってこんなにーーーっ!」
想っているんだもの…っ
最後まで言う前に涙で視界がぼやけてくる。声がうわずり、思うように話せなかった。コネリーが心配してこちらへ寄ってきたのがわかったが、それに気にかける余裕がないほど嗚咽でいっぱいであった。
その様子を見てコネリーは思う。
普段は冷静なエリーゼがこんなにも…。
本当に好きだからこそこんなに苦しんでるんだ。
あの冷酷な極悪人のことですら優しいって言うなんて、たまげたけどよほど愛してるんだね
でも今回ばかりは相手が悪いよ
今リアム様はイギリス王室までも狙っている。今いらっしゃっているミア王女もリアム様にぞっこんなんだ。だからこうして連絡も忘れて会いにきている。
どう考えたって、王室の王女に一介のメイドの君が敵うわけがないじゃないか。
あのドクズは、身分と地位にしか興味ないんだから
ーーそれに
君もリアム様と同じように周りに気づいていない。
本当に板挟みの僕は苦労するよ。
アイザックの熱愛ぶりに気づかないエリーゼも余程だけどね
仕方ない。
エリーゼはこんな状態だし、アイザックはアイザックだし。
僕が陰で支えないとーー
くい、とメガネを指で上げるコネリー。
はぁ。僕って本当に優しいな
ーーなのに何でモテないんだろ
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります
はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。
「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」
そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。
これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕!
毎日二話更新できるよう頑張ります!
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる