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第6章

第8話

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 レインの転移魔法によって、衣装部屋と書かれた一つの扉の前に立った。

「さあ、行きましょうか。と、その前にミーツさんの魔導人形には別の場所に転移させますので、少々お待ちください」

 彼はそう言ったのち、ゼロと一緒に消えて、彼だけすぐに戻ってきた。

「お待たせいたしました。私がミーツさんをコーディネート致します」

 彼は扉を開けると、中にはまたも通路があって、沢山の扉が並んでいた。
 そのうちの一つ一つの扉に冒険者風や市民風と名札が付いており、そのうちの一つの冒険者風を開けると、中はとてつもなく広く、奥行きがどこまであるのか見えない。

 俺から見ても見窄らしくて汚れたような服が手前にあったものの、もちろん彼はそんな物に手を付けないだろうと思っていたら、最初に手に取ったのがまさに、その見窄らしい汚れた服だった。 そんな汚れた服を手に取ったまま、一度振り返ってこちらで待ってて下さいと言って、奥の方に歩いて行き、数着の服と下着を持って戻って来た。

「さあ、これらをご試着して下さい。
 ミーツさんならなんでも似合うと思いますが、普段から身に付けているお召し物よりは冒険者っぽく見えると思いますよ。
 もちろん、これら全ての物に、鑑定のスキルを使われてもステータスが偽装して見える素材が使われてます。
 この一見見窄らしい服も、さまざまな性能を持った優れものなのですが、見た目が少々悪い所為で、限られた場でしか着ることがない服です。ですが、見た目に反してそこらの鎧よりも頑丈で、身体能力向上などの付与の他、様々な性能が付いていますので、ミーツさんなら気にいるかもと思って持って来ました。
 それと、ミーツさんは膨大な魔力の持ち主でもありますので、魔眼持ちの種族や道具を使われても魔力の多さがバレることがない物を持ってまいりました」

 なるほどと思いながらも、彼に渡された服と下着を着ようと試着室なる所が見当たらなく、渡されたその場でコートを脱いだら、慌てた様子で俺の手を握って試着室を案内された。

「ミ、ミーツさん。この場で脱がないで下さい! 今回ミーツさんを紹介するにあたって、いつも観ていた妹たちはもちろんのことですが、今日は母上もいますので、なるべく肌の露出は控えて貰えると今後のミーツさんのためになると思います」

 彼はそう言いながらも、試着室はアレですと入ってきた扉付近を指差した。
 扉付近には壁側にズラッと拳と同じくらいの大きさのカプセルが並んでいて、このカプセルが試着室なのかと思いながらも、触ったらカプセルが風船のように大きく膨らんで、人一人が入ることが出来る空間が開いた。

 この中は狭いだろうと思いつつも中に入ってみたら、見た目に反して意外と中は広く、正面と両側面に試着室らしい大きな全身鏡があって、早速手に持った複数の服のどれを着ようかとマントを脱いだところで、手に持っている服が勝手に動いて宙に浮き、鏡の前に全裸でいる俺が立体映像として複数人分浮いて現れ、浮いた服に合わさった。

「へえ、これならどの服が合うか、いちいち着替えなくても分かるな」
「ミーツさんどうですか?お決まりになられましたでしょうか。迷われたら私が中に入って決めましょうか」

 映像を見ながら独り言を言ったら、声が外に漏れ聞こえたのか、彼が外から話しかけてきた。確かに、俺の趣味の服は見当たらなく、ここは人に任せてみるのもいいかも知れないと考えて、試着室に彼を迎え入れると、全裸の俺を見て視線を逸らし、バスローブを肩から掛けられた。

「ミーツさんは少々恥じらいを持って下さい。
ミーツさんに好意を抱いてます私には刺激が強いですので」

 薄々勘付いていたが、彼は男色家であるようだ。小雨と言い合いをしていた時は、俺を庇ってわざと俺と婚約したいようなことを言っていたのは本心なのかも知れない。
 だがしかし、彼に直接聞いた訳ではないから、ここで断定するのも早計かと思いながらも、俺はノーマルであるから彼の前では特に露出を避けようと思った。

「そうですね、すみません。レイン様の前では気をつけます」
「いえ!私の前だけじゃなくていつも気を付けて下さい!
 それでですね、ミーツさんに似合ってて、街でも違和感なく暮らすのはこれなんてどうでしょう。本来なら時間さえあれば、オーダーメイドで城に在中している仕立て魔導人形に頼むのですが、現在少々立て込んでいますので、今度頼むとしましょう」

 彼が選んだのはカンフー服だった。
 確かに、俺はよく動くから動きが阻害される服は好まない。ゼロに貰った鎧は動きこそは動き易い鎧だったものの、見た目が仰々しいから、普段着として向かないし、あのようなダンジョン以外では着ようとも思わなかったから、ここで普通の服を貰えるのは正直ありがたいと思っていた。
 ダンク姐さんたちと冒険者として、出発した時に姐さんが着ていた服装に似ている。

「正直に言えば私の趣味ではありませんが、タダで服を貰えるのですからありがたく頂戴いたします」
「え?タダじゃないですよ?」
「え?タダじゃないの?あ、すみません、素で返答してしまいました」
「ぷっ、ふははは、いや冗談ですよ。
 もうその敬語は止めて下さい。あの国での一件以来もミーツさんを見ていたんで、敬語で話されると遠く感じます」
「ふう、そうですね。それならレイン様と話す時だけ敬語で話すのを止めるよ。
 これでいいかい?それならレイン様も俺と話す時は敬語で話すのをやめようか」
「いえ、私の言葉使いはデフォなんですよ。
誰に対してもこの言葉使いなので気にしないで下さい」
「デ、デフォ?えーと、どういう意味だっけ?なんか聞いたことある気がするけど」
「ふははは、ミーツさんってやっぱり面白いですね。デフォルト、色んな意味がありますが、今は私の言葉使いはこれ以上砕けないと思っていただいていいですよ」

 そういうことかと何となく理解して、彼が選んでくれた下着と服を着てみたら、服は少し小さいと思っていたのに着たら生地の面積が広がって、肌に吸い付くようにピッタリと着れた。

「うん。やはり映像でと私の見立て通り似合いますね。これなら私の神の目以外では鑑定されません。それに加えて、魔力を込めれば破れても再生します。
 ささ、妹たちが首を長くして待っているのでしょうし行きましょう」
「あ、でも残った服がまだそのままだから仕舞わないと…」
「それなら心配無用です。試着室に残された衣服は試着室から退出すると元の場所に戻るすように作られてますから、放っておいて大丈夫ですよ。それに、予備に持って行ってもらって大丈夫です」

 幾つかの服は貰っていいとのことでI.Bに収納して、彼に手を引っ張られて試着室を出たら、カプセルは空気の抜けた風船のように萎んで俺が要らないと思った服はカプセルに残し、服の数だけ光が飛んで行った。

 それからはまた彼による転移魔法で誰も居ない一室に転移し、彼が扉を開けたらドレス姿の十代前半ほどの銀髪の女の子と、三歳程の幼女がニコニコと笑顔で椅子に座って待っており、同じくドレス姿の同じ色の銀髪の女性が口元に広げた扇子を持って、俺を見定めるように下から頭の先まで見定めている。

「ミーツさん、こちらが私の母上で、妹たちのミゾレにアラレです。それで母上、こちらが映像でご存じの通りで、私が好意を寄せているミーツさんです。
 あと、この場には居ませんが、第二王妃である義母とその娘である姉上と弟たちがいます。
 今日のところは予定が入っておりまして、紹介できず申し訳ございません。
 弟たちはミーツさんと会えるのを楽しみにしておりましたので、後日またご紹介致します」
「はじめまして、ミゾレと申します。本物のおじ様と会うことが出来て感激です」
「わ~い、おじ様おじ様~、わたくち、おじしゃまのお嫁しゃんになるう」
「ダメです!ミーツさんは私のなんですから!
いくら可愛い妹でも譲る気はないですからね」
「そうです!アラレばかりズルイです!
 わたくしもミーツ様のこと、お慕いしておりますのに、兄さまはいつでもお会いに出来るのですから、伴侶の座はわたくしに下さい」
「これ、アラレ、いつも映像で拝見しているとはいえ、初めてお会いする殿方なのですから、礼儀よくしなさい。
 それに、レインが紹介してもご自分でお名乗りなさい。幼くとも生まれた瞬間から皇族なのですから、ご自分で自己紹介できるようにおなりなさい。
 それに、レインもミーツさんはまだ貴方のものではないでしょう。ミゾレもはしたないですよ。コホン、わたくしの子らが失礼しました。
 わたくしはレインらの母であります『リファレン』と申します。貴方の活躍については拝見させていただいたことがありますが、今日は衣服を着ていらすのですね」

 レインの下の妹であるアラレは彼に紹介されたと共に俺に抱き付き、それを彼と母親に怒られ、ミゾレも俺のことを慕っていることに照れるなか、リファレンにいつも服を着てないようなことを言われ、どの時に見られたのだろうかと変な汗が出た。

「母上、ミーツさんはいつも裸というわけではないですよ。母上が見たのは偶々、全身緑色に塗った時だっただけで、それ以外はお風呂以外、あまり裸にはなってません」
「俺が風呂に入っていた時さえも観られていたのか」
「あ!いえ、私はなるべく観ないようにしてましたよ。ただ、妹たちと私の母上違いの弟たちが観ていたので、それを止めようと自然に目に映っただけです」

 俺のどのような時でも観られていたのかと思うと、恥ずかしいという気持ちもあるものの、そこは完全に観ないようにして欲しかったと思って落ち込む。

「ミーツさんはこのヤマトに辿り着いたからには、もうプライベートの監視はさせないと約束しますわ。わたくしの息子と娘たちが失礼を致しました。
 わたくしがプライベートも監視されてましたと知ったら、恥ずかしくて死んでしまいます」
「母上!私も好き好んで監視していた訳ではありません。ただ、想像魔法の神スキルの所持者が現れたことによって、突然世界が終わることもあると書物塔のあの方が仰っていたことがあったから」
「あの仮面の変人ですわね。小雨様が生まれる前から居るといわれる書物塔の主。確かにあの方の言うことなら仕方ないですわ」

 仮面というキーワードを聴いて、あの時のお面の男を思い出すも、まさかなっと思って平静を保ちつつも、こっそりと隣にいる彼に俺が知っている人かを聞いた。

「ミーツさんは知らない人だと思いますよ。
 いつからいるか分からなく、この皇宮の敷地内にある書物塔に古くから住む主で、私ども皇族のよき相談役でもあります。あとでご紹介致しますよ。あの方からも貴方が着いたら連れてくるように連絡が来てますので」

 まだこの皇宮にいない家族もいるようだが、現時点で紹介される家族は先程会った彼の父親と祖父と曾祖母に、目の前にいる彼女たちだけであるようだ。他にも母違いの姉と弟に第二妃がいるようだが、今は都合が悪く会うことが出来なく、彼のいうことを真に受ければ、ミゾレとアラレのような好意の持った目で見られると思ったら、会えなくて良かったのかもと思う。

 第一妃のリファレンのように、第二妃からも恥ずかしくなることを言われたら、想像魔法で転移によって逃げたくなるかも知れない。

 俺から抱き着いたまま離れないアラレを、ミゾレとリファレンが無理矢理引き剥がしたことで、泣いてしまったアラレを彼が抱きかかえ、俺に想像魔法で俺の人形を出して欲しいとお願いして来た。
 ここまで慕われているのかと恥ずかしくもあるものの、少し嬉しくもあって、想像魔法で等身大の俺のマネキンを出して、小さいフィギュアでも三つ出した。

「これ違う。おじしゃまじゃない。
おじしゃまは、こんなじゃないでしゅもの」
「ミーツさん、少し美化させてしまいましたね。
全身鏡をお出ししますから、ご自身の姿を見てもう一度お願いします。このご不要となった人形は私が貰いますので」
「お兄様!その美化された人形でも、わたくしは欲しいです!」
「お黙りなさい!ミーツさん、うちの子たちが見苦しい姿を晒して申し訳ございません。
 もうお人形は結構ですので、退出をして下さいまし。ミゾレとアラレの作法についてはまだまだ教育中ですので、ご無礼はご容赦下さい」
「あ、いえ、リファレン様の子供たちが無礼とか少しも思ってませんから、そんな謝らないで下さい」

 人形については結構だと言って頭を下げる彼女をよそに、全身鏡を出した彼は、さあ出して下さいと言わんばかりに、期待に満ちた顔で見つめてくる。
 仕方なく、先程想像魔法で出したマネキンとフィギュアはI.Bに収納して、自身の姿を見つめながら、自身の全身の人形を想像魔法にて再度創り出す。ついでに再度、フィギュアも三つ同じ物を創り出した。

「ふおおお、おじしゃまだあ」
「先程まで泣いてましたのに、ミーツさんの等身大の人形を見るや否や笑顔になりましたね」
「あの、あの!おじさまのこのお人形は貰えるのでしょうか?」
「ミゾレ、大きい方は私の部屋に飾ります。
小さい方なら持って行っていいですよ」
「兄しゃまズルイでしゅ!わたくちもおじしゃまの大きい方のお人形が欲しいでしゅ!」
「アラレには不要でしょう。かえって、大きい方が転倒したときに怪我をする可能性があります」
「兄様!それなら、わたくしに下さいませ。
 兄様はいつでもお会いできるのですから、わたくしに下さいまし!」

 俺の等身大の人形を巡って兄妹同士で言い争いが始まったことで、黙っていたリファレンがいい加減にしなさい!っと声を張り上げた。

「レインは今回のお人形はミゾレにお譲りなさい。貴方は貴方のスキルで複製できるでしょうし、それに貴方は職人にも作らせることが出来るでしょう。アラレはレインの言う通り、危ないですから小さなお人形で我慢しなさい。
 ミーツさん、家族の大変な恥ずかしい所をお見せして大変失礼致しました。後のことはわたくしが収めますから、レインはミーツさんを次に行く所へご案内しなさい」
「分かりました。それではミーツさん、書物塔の主をご紹介いたしますので、参りましょう」

 彼の家族を紹介されて、たいして時間が経ってないはずなのに、ドッと疲れた気がした。
 彼に手を引かれて前の部屋に戻り、彼の転移魔法により中庭らしき場所に転移した。

「塔の周辺は転移魔法で入ることが出来ない仕様になっておりますので、ここからは馬車で移動します」

 此処はどれだけ広いのだろうかと思いつつも、明らかに魔導人形っぽい御者が引く馬車が現れ、先に彼が乗り込んで、手を差し伸べる彼の手を握って乗り込んで椅子に座ったら、腰にシートベルトが自動的に締まって馬車が発進しだす。

 馬車の窓から外を眺めていると、中庭から外に出て馬車が一台ギリギリ通れるだけの切りだった崖の道を走っており、近くに雲が見えることから、どれだけ標高が高いのだろうかと思いながらも、外を眺めていた。

「ミーツさん、この浮遊城は物以外は邪(よこしま)な心を持った者以外は決して落下することはありませんので大丈夫ですよ」

 彼の浮遊城との言葉に、外を眺めていた顔でつい彼を二度見してしまったものの、浮遊城?と疑問系で聞き返す。

「はい。この皇族が住む浮遊城は呼んで字の如く、浮遊する島であります浮島に建てられてます城でございます。
 この城の説明については書物塔にございます本に載っていますので、ご覧になって下さい。
 ミーツさんのヤマト入国歓迎パーティを書物塔での用事が終わり次第行いますので、書物塔での紹介と書物の観覧が終わりましたら、分かるように書物塔の外に魔導人形を待機させて置きますので、終わり次第魔導人形と共に戻って来て下さい。私も入ることが出来ればご一緒に帰ります」

 彼の話を聴いているうちに馬車は止まり、雲に覆われた巨大な塔が窓から見え、どれほど高いのか見えないでいる。

 馬車から降りるときは俺が先に降りて、彼の手を受け取り降り立つと、塔の出入口が何処にあるのか見当たらなく、数歩歩いたところで彼に呼び止められて、彼が塔に手を当てて、お願いしますと言ったら塔の壁の一部が開いた。

「申し訳ございませんが、入口は開くことは出来ても本日、私は塔への入塔が阻まれてしまったようで入塔が出来ないようです。
 ですので、先程話しました魔導人形を待機させて置きます」

 彼はそう言ったのち、開いた入口を触って反発ある様子を見せた。
 俺が入口に手を差し入れたら、そのままスッと中に入って吸い込まれるように入っていき、身体ごと吸い込まれた。

「ようやく来たか。久しぶりだな。聞きたいことが沢山あるだろうが、今は答える気がない。
幾つかの書物を用意してあるから、それを読んで知識を身につけ、今よりももっと強くなれ、そうしたら時が来れば話してやろう」

 塔の中に入るといきなり仮面を被った男が出迎えて、顔を見るなりそう言ってきたことから、やはり仮面の男は、あのときの男のようだ。 ならば何故、レインは俺の知っている人ではないと言ったのだろうかと悩むも、彼ならばその理由について知っているだろうと思って聞こうとしたら、先に彼からその理由について話出した。

「俺とお前が会っている間の監視は遮断しておいたから、誰も俺とお前の会話は知られていない。 先ずは、この城のある浮遊城についての書物を貸し出してやるから読んで置きなさい。
 それと、本来なら冒険者登録はし直すことを推奨するが、お前はギルド本部のギルド長の元に行け。その面会用のアイテムも渡して置く。
 理由としては、お前は膨大な魔物を狩っているのにも関わらず、まだBランクであるのも問題だし、転生者なら兎も角、転移者はチートな能力を魔法陣によって付与されるケースが多いことから、ヤマト内で活動する冒険者やギルドの職員に馬鹿にされやすいのだ。
 ただし、お前は特別だがな。
 特別だからこそ、今のギルド証とは別に作るべきなのだが。その辺りはギルド本部でこれを渡せば勝手にしてくれるだろう」

 俺の考えていたことが彼には分かっていたようで、数冊の本と青のクリスタルを投げて寄越したものの、俺の元に届く直前でフワリと減速して宙に浮いたまま止まった。

 彼が投げたときは、完全に分厚い本だった物が、俺の元にきた本はペラペラの冊子に変化して、冊子の表紙には『冒険者ランク』『超越者について』『一部の転移者と他の転移者転生者及びこの世界の住人のステータス表示の違い』『ヤマトの超高難易度ダンジョン』『ヤマトの街について』と書かれていて、最後に青いクリスタルを手に取った。

「此処まで来る間、見て分かったと思うが、ここは浮遊城が建てられている天界の一部だ。
 雲より高い所であり、この皇族が住む土地を天界と呼ぶ。ここより下の世界はヤマトの土地でも上界で、ヤマトよりも下の大陸のことを下界と呼ぶ。
 人によっては上陸下陸と呼ぶ者も珍しくない。 本来、天界に来られる者は、住まいを許された皇族と限られた一部の使用人に、厳選された騎士たち、招待された者たちくらいしか入城出来ない。
 その他で入城しようと思えば、一ヶ月以上休みなく登らなくてはいけない無限階段と呼ばれる塔を上り切るなどの試練を行わなければここまで来ることが出来ないが、悪意のある者はどれだけ階段を駆けあがろうとも無限に到達することが出来ない仕様になっている。
 この皇族が住まう浮遊城はそういう所だ。
 と、大体のこの土地に関する説明をしたが、何か質問はあるか?」

 彼にそう聞かれ、俺は貴方は何者で、何故あの時に俺のステータスを弄ることができたかの質問をした。

「それはまだ言えないが、そう遠くない内にこの世界は滅ぶ。もってあと約十年、早ければ数年で滅ぶ。それは想像魔法の使い手とかではなく、邪悪な神によってのことなのだが、詳しいことは今は言えないってだけだ。
 今は兎に角、鍛錬を行い、ダンジョンを踏破し、強敵な魔物を倒して少しでも強くなって見せろ。その本に載っている超高難易度ダンジョン全てを踏破したら、そのときに全てを話そう。 若返りのスキルをNo.0から貰っておけ。
 あれは神スキル以外のスキル、ほぼ全てを所有しているから、あとでレインの神スキルの一つにある複製魔法で複製してもらいなさい。
 話は以上だ。ここで話したことは他言無用だぞ。あと、そうそう忘れかけるところだった。
 かのダンジョンの海底で手に入れた石板全て憶えたか?」
「いや、まだ火炎玉の石板しか憶えてない」
「それなら、この塔内で全ての石板の内容を憶えるがいい。場所は…そうだな、地下を使うとしよう。あの石板は役に立つ魔法やスキルばかりであるからな」

 彼は石板の内容を知っているのだろうか、仮面ごしなのに何故かニヤケているのが分かる。
 そして、地下を使うと言いながらも、動く気配を感じられず、渡された冊子をI.Bに収納したあと、彼に近づこうとしたとき、彼が指パッチンをして音を鳴らした。
 音が塔全体に響き渡り、耳鳴りがしてきたと思えば足元の床が消えて暗闇に吸い込まれるように落ちた。

「ふっ、このままでは落ちた衝撃で大怪我を負うぞ」

 暗闇の中でも落下スピードが速いのが分かる中、彼が暗闇の中からそう話しかけてくる。
 想像魔法で宙に浮く想像をして緩やかに落下速度を落とし、全身を覆うように球体のシールドを張って地面に当たると割れるような想像をしながら魔法を使う。
 想像魔法によりゆっくりと落下して体感的に数十分ほど経ったころ、張ったシールドが割れて地面に足を付いた。

「ここなら神の目のスキルを持つレインでも、見られることはないだろう。
 手に入れた石板を出して、石板の内容を習得するといい。想像魔法の存在をカモフラージュするために憶えるんだ。石板の一つ一つには人一人の生涯を掛けた研究結果が記されているから、必ず役に立つだろう」

 彼が暗闇の中でそうゼロと同じようなことを言うと、辺り一面明るくなって目前に草原が見え、その草原の中に大昔に使われていたのだろう所々壁が崩れている要塞のような建物が見える。

「彼処のことは気にしないでいい。彼処は墓のような物であるからな。この場で石板を全て出して憶えなさい。今後必ず役に立つばかりのスキルだからな」

 彼はそう言ったあと転移魔法を使って消えた。
 遠くに見える要塞が気になるものの、墓と聞けば行くのは止めた方がよさそうだと思い、彼の言う通り、あの海底で手に入れた石板をI.Bから取り出してズラリと並べ、そのうちの一つに触れると、あの時に憶えた火炎玉みたいなスキルが、脳内に刻み込まれるように駆け巡り、頭が破裂しそうになったものの、今回憶えたのは雷の極意で火炎玉と同じ感じの魔法のようだ。雷の極意を憶えたからか、火炎玉のスキルが、火炎の極意にスキル名が変化した。

 それからは一つ一つ休憩を取りながら石板に触れてスキルを習得して行く。
 次第に石板を触れても頭が破裂しそうな頭痛がしなくなり、休憩なしでも連続で石板に触れるくらいになって、全ての石板に触れてスキルを取得してやっと終わったと、その場で大の字で寝っ転がった。

「ようやく終わったか。それらの石板はもう不用だろう。これらはこちらで保管しておく。
 元々この石板は太古の時代に多くの大賢者たちが残していった物だが、今の時代、これらを習得出来る者なぞ極々一部の者たちになってしまった。
 今の子らに習得させようと魔力を流させたら、たちまち脳内が破裂するか、廃人になってしまうことだろう。最後に俺からスキルをくれてやる」

 大の字で寝っ転がっていた時、仮面の彼は現れて石板についてそう説明した。最後にスキルをくれたものの、それは『同調』というスキルなのだが、響きからして

「え、そんな危険な物俺に憶えさせるって、俺が廃人になってた可能性があったんじゃないか?」
「その可能性はあったが、想像魔法の使い手はそれくらいのリスクは負わなければならない。
それに、膨大な魔力を持つ者であれば、死ぬことは先ずあり得ないだろう」

 彼は俺の石板のスキル習得がさも当然かのように言い放った。

「とりあえずの所、お前にはさまざまな知識と強さを手に入れて貰う必要がある。
 やがて必ずやってくる終末の時、その時にお前に全てのことを話せるほどの強さを手に入れていたら話そうと思う。それまでは研鑽を積み、腕を磨いて強くなれ。最後に俺からスキルをくれてやる。これは此処を出た後にでもレインにでも使ってみるといい」

最後にスキルをくれたものの、それは『同調』というスキルなのだが、響きからして他人に使用するものであることが分かるが、それをレインに使用していいものか悩みどころである。

 彼はそう言ったのち、手を俺に向けて光を放った。眩しくて目を閉じて、閉じた瞼の内側でも感じる光が収まったころ目を開けたら、書物塔の外に出ており、彼はその場にいなかった。 
 その代わりに一人のメイドが立っていた。

「ミーツ様でございますね。皇族の皆さまによるミーツ様の歓迎パーティーを数時間後に催しますので、レイン殿下の命によりご案内を仰せつかりました。ご案内致しますので、こちらの魔導車にお乗り下さいませ」
「あ、ああ、ありがとう。でも、魔導人形を待機させて置くって聞いているんだけど」

 俺の質問に微笑むだけで答えないメイドは、魔導車という名の人力車の前で四つん這いになった。

「私を踏み台にしてお乗り下さい」
「いやいやいや、有り得ないから!」

 そう言いながら四つん這いのままの彼女を踏み台になんて、普通の人間なら絶対出来ないことであるため、全力で拒否をして俺は直接人力車の座席にジャンプして飛び乗った。

「そういう乗り方もできますね」

 彼女は立ち上がって俺と同じように飛び上がって横に座り込む。
 座ったら前面にタッチパネルが現れて、そのタッチパネルを彼女が操作し、本来なら人が引く箇所に半透明の大男が現れてゆっくりと動き走り始めた。タッチパネルは彼女側の肘掛けに移動して前方に遮る物が無くなった。

「私の魔力量ではこの速度が精一杯ですので、そこはご了承下さいませ」
「いや、別に良いけど、MPでもいいなら俺が注ぎ込むけど、必要ないかな?」
「申し訳ございませんが、それはレイン殿下の許可なくやってしまいますと、私が廃棄処分とされてしまいますから、遅くても我慢して下さい。 最後まで持つように魔力は頂いていますので、気持ちだけありがたく頂戴いたします」

 彼女は淡々とそう話し、汗一つかくことなく彼女側のタッチパネルを見つめて沈黙になった。 少し人間味がない彼女は何処となくソルトを思い出させるが、そんなことを人間である彼女に言うものなら失礼極まりないことで、この天界で働くメイド全員を敵に回しそうだと思って、魔導人形みたいだねという言葉を我慢した。

 ただひたすら、とても遅い透明のゴーレムが引く人力車と、沈黙の時間が流れるのに我慢が出来ず、彼女が触れているタッチパネルを扱おうとしたら、彼女の身体に触れないと扱えない位置にあるため、彼女の肩に触れて直接、勝手ながら彼女にMPを送り込んだ。

「え、ミーツ様。途轍もない魔力が私に流れてくるのですが、ミーツ様の魔力でしょうか」
「うん。なんだか大変そうだから手伝おうと思ってさ」

 無表情で驚く彼女にそう答えた。

「不甲斐ない私のために申し訳ございません。
しかし、このままでは私の魔力タンクが壊れ、オーバーヒートして壊れる恐れがあります。
 この余り余る魔力をゴーレムに移しますので、少々揺れますが、ご了承下さい。
 それとミーツ様、この天界を含む上界ではMPのことを主に魔力、魔力のことを魔素と呼ぶことが多いですので、一般的に魔力と言いましたら、MPのことだとお思い下さいまし」


 彼女は魔力の説明をしてくれたところで、ゴーレムが全速力で走り出した。
 この人力車の構造上、これほど早く走る仕様の構造になっていないようで、激しく揺れる座席は、次第に軋み、屋根が破れ落ち、所々の釘らしきピンが緩み外れて行った。

「ミーツ様申し訳ございません。このままではあと数秒で車体が崩壊します。ですが、私の身体に掴まって下さい。車体の崩壊後に私がミーツ様をお運びしますので」

 彼女はそう言って、俺をお姫様抱っこして立ち上がった。それから十秒経って本当に車体は崩れ、走るゴーレムは崩れた車体と共に消えた。 メイドは俺を抱っこしたまま崩れた車体から飛び上がり、無事地面に着地後、メイドに抱っこされたまま走り出す。

「えーと、降ろしてもらえないかな。
 流石に若い女の子に抱っこされるのは抵抗あるからさ」
「ミーツ様は私のような末端の魔導人形にもご心配されるのですね。ですが、私はメイド型魔導人形であります。魔力タンクは小さいですが、これくらいの力仕事は簡単にこなせます」

 彼女は人間だと思っていただけに、魔導人形だと言うのに驚いた。そういえば、廃棄処分とかって言っていたのを思い出した。
 表情は無表情なのに見た感じの肌の質感や時折、呼吸をしているような音、抱っこされているから聴こえる心音。
 とてもじゃないが魔導人形のように見えなくて、至近距離で彼女の顔を見つめた。

「ミーツ様、魔導人形とはいえ、そう見つめられますと私は殿下に叱られ、廃棄処分になるかも知れませんので、お控え下さい」
「ああ、済まない。魔導人形とはいえ、見つめ過ぎたね。でも、本当に降ろしてくれないかな。多分自分で走った方が速いし、こんな姿を誰かに見られたら俺が恥ずかしいよ。
 廃棄処分なんて彼はしないだろうし、そうなったら俺が庇うよ」
「それはミーツ様のご命令だと受け取ってもよろしいでしょうか?」
「命令でしか言うこと聞かないんだったら命令でいいよ」
「了解致しました」

 近くで見ても普通の人間のようにしか見えない魔導人形である彼女にそう命令をしたら、急停止して俺を支えている手すらも離した。
 それにより彼女から放り出された形になって、咄嗟のことで受け身を取るも、手の平を地面に滑らしたことで擦りむいて軽く怪我をした。

「そこのメイド魔導人形は、私のミーツさんに何してくれているんですか?そんな使えない人形は廃棄処分しかないですね」

 受け身を取ったあと目の前にレインが現れ、何処からか見ていたのか、魔導人形にそう告げた。 彼の表情を見る感じではかなり怒った様子だが、冷静な口調でそう彼女に告げると、彼女は了解しました。
 とだけ言って頭を下げて、崖から飛び降りようとし出して、落ちてギリギリのところで彼女の手を掴まえた。

「ミーツさん、ソレは廃棄ですので助けることないですよ。丁度そこからなら下の魔導人形廃棄処分工場の近くに落ちるはずなので」

 そう平然と言う彼の顔を見たら、彼は彼女に対して何の感情も持ち合わせてないかのような表情をしているのが恐ろしくなった。

「彼女が廃棄の理由が俺が怪我したってのなら、俺はなんとも思ってないから廃棄処分は取り消すべきだ!いくら魔導人形だからといって、なんの落ち度もない彼女を廃棄処分を言い渡すなんてレイン様は正気か!」
「ミーツさん、魔導人形と人間は全くの別物ですよ。それでもミーツさんがソレを助けたいのでしたら、今回の廃棄処分は無かったことにしましょう」

 そう彼が言うと、俺が掴んでいる魔導人形の彼女が今回の廃棄処分の撤回を了承しました。  
 そう言って、彼女の手が俺の手を握り返して、振り子のように自身の身体を揺らして勢いをつけて上にあがって来た。

「ミーツ様、本日は怪我をさせてしまいましたことについて、深くお詫びします」

 上にあがってきてからの彼女は深々と頭を下げて謝り、俺が頭を上げるよう言っても、俺よりも命令権がある彼の許可なく頭を上げることが許されないとのとこで、彼の方を向いて見つめた。

「ふう、もう良いですよ。ミーツさんの言う通り頭を上げることを許します。今回はミーツさんの顔に免じて許します」

 彼がそう言ったあと彼女は、頭を上げてから固まったかのように微動だにしなくなった。

「貴女は所々に散らばった魔導車の残骸の掃除をしてなさい。終わり次第、所定の配属された作業に戻ってよろしい。ミーツさん、移動用の乗り物はこちらで別にご用意しますので、それに乗って参りましょう」

 彼にそう言われた魔導人形は壊れた人力車の残骸を拾っては、マジックバックであろうメイド服のポケットに仕舞って行く。
 二人きりになった彼と俺は、彼が用意すると言った乗り物とは何処から現れるのだろうと見渡すも、何処にも見当たらなくて首を傾げたら、彼はクスリと笑って指パッチンをしたら、空から翼が生えた黄金に輝く象が降りて来た。

 象の上には小船のような物が乗っており、降りてきた象に近づくと、象が鼻を伸ばして俺の身体に絡み、自身の身体の上に乗せてくれた。
 象の上の小船は、ゆったりと座れる椅子が二席あって、俺に続き彼も象の鼻によって上がってきてそのまま椅子に座った。

「ここから会場までそう遠くないですが、歩くのも面倒ですし、此処からはこれで参りましょう。 会場に着きましたら、私とミーツさんは別々に分かれて着替えますので、着替えに関して期待していて下さい。
 ミーツさんの感覚では、今の私との再会は数時間振りくらいにしか感じないでしょうが、このヤマト入国までの年月と書物塔での滞在期間はかなり時間が経過しているんですよ。
 先ず、ミーツさんがダンジョンの落とし穴の罠に落ちていた間の日数は、約半年経ってます。それに加えて、原初の魔導人形を見つけ、今では使われてませんでした修練者の間を通ってヤマト入りするまでもまた一年経ってます。
 それと、ミーツさんが書物塔に籠っていた日数も十日ほど経ってます。
 ですから、いつでもミーツさんが出てきた時に対応ができますメイドの魔導人形を待機させていたんですよ。つまり、私がこの国でミーツさんと再会したまでの期間は約二年と少し振りってことなんです」

 彼の言葉に驚いた。確かにクリスタル国を出て色々あって、それだけでもかなりの月日が過ぎていても不思議ではないが、かのダンジョンだけで一年半も経っていたことが信じられない気持ちになったものの、彼が嘘を吐くわけないと思って、自分自身に無理矢理納得させた。

 彼はニコリと笑って俺の様子を楽しんでいるようで、俺がクリスタル国を出てからの俺の冒険を楽しそうに話すのを聴きながら、空飛ぶ象に乗って会場まで向かって行く。ついでに彼の呼び方も呼び捨てにしないといけない流れになって、今後は公式の場以外では呼び捨てにするという少々大袈裟な誓約書を書かされた。



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