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第二章 宇宙に届く機械
第22話 手がかり
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「ぬりかべ先輩! 今、よろしいですか?」
私は地平線上に明るく輝くぎょしゃ座の一等星、カペラを睨みつけながらスマホに向かって叫ぶ。
『……野奈津希、いよいよその呼び方を隠さなくなったな、まあいい、何だ?』
「カペラが地平線に姿を見せた時間で場所って特定できます?」
『やぶからぼうになんだ? 訳が判らんぞ』
「だから、ある星が地面から顔を出した時間のずれを計算すれば、相手の場所って判りますよね?」
勢い込んでそうたたみかける私に、電話の向こうのぬりかべ先輩は一瞬だけ沈黙し、今度は逆に質問を矢継ぎ早に投げてきた。
『カペラ……なるほど。秒単位の正確な出現時間の差、既知の観測地Aの緯度、経度、標高、未知の観測地Xの標高、それぞれの観測地点で恒星の出現した方位、とりあえずそれだけ判れば大雑把な位置くらいは計算できるが、どうだ?』
「え、それだけって……それ、全部必要なんですか?」
私は自分のとっさの思いつきに文字通り舞い上がっていたので、水を差されて一気に落下した。
「いえ、あの、そんなに色々は判りません。うー、そっかー、やっぱ無理かぁ……」
走からのメッセージを目にした瞬間、私の脳裏には何年か前、テレビの新年特番でやっていた初日の出リレーの情景が電撃のように浮かんだのだ。
確か、本土最東端の北海道、納沙布岬から、最西端の沖縄県の何とか岬まで、日の出の時間には確か三十分近い差があった。
星も太陽も遠い近いの差はあれ同じようなもの。時間差で簡単に場所が判ると考えた私が甘かった。
「すいません……では結構です。どうもお騒がせして……」
『待て!』
ぬりかべ先輩が電話の向こうで突然大声を出し、私はキーンと耳鳴りがするのをこらえながら文句をつける。
「いきなり大声を出さないで下さいよ。耳が壊れたらどうすんです?」
『いいから、今、どこにいる?』
「え? ああ、墓場展望台ですけど……」
『なんでそんな所に? まあいい、そこを動くな。五分で行く』
「あ、ちょ——」
返事を返す間もなく、電話は一方的に切られた。
ぴったり五分後、屋上の鉄扉が勢いよく押し開けられ、片手に三脚、片手に傷だらけのアルミケースを抱えたぬりかべ先輩が現れた。すぐ後ろからなぜか由里子も駆け込んでくる。
「待たせたな、天野奈津希」
そのまま手慣れた様子で三脚を広げ、使い込まれたアルミケースから取り出した赤道儀をセットすると、由里子が抱えていた極太の真っ黒い遠鏡を受け取り、何の迷いもなくささっと組み付ける。
「先輩? 何でそんなに手慣れているんですか?」
「天文系の部活に所属してない、イコール、天文に興味がないという訳ではないだろう?」
「あー、そりゃまあ確かにそうですが……、これ?」
「そう、俺の私物だ」
「えー!」
ボタン一つで目標の恒星を観測出来る本格的な自動導入式の赤道儀に、直径三十センチ近い大口径のシュミットカセグレン。およそ望遠鏡っぽくない黒っぽいカラーリングといい、いかにもお高い舶来品の雰囲気がプンプンする。
「俺は天文写真もやるからな」
私は驚きのあまり言葉も出せない。
「なんだ、全然知らなかったのか?」
いたずらっぽい表情でニヤリと笑うぬりかべ先輩。
「確かにナツは気付いてなかったわね。天文地学部がこの前の文化祭で展示した星雲や星団の写真は半分以上真壁先輩の作品よ」
「うっそ?」
「ナツに嘘ついて私に何の得があるの?」
由里子が呆れた顔で言う。まあ確かにそれはそうなんだけど。
「いやあ、ちょっとすぐには信じられなくて……ていうか、二人とも前から知り合いだったの?」
「そうよ」
「まあな」
真壁先輩は由里子と顔を見合わせて再びニヤリと笑う。
「とりあえず説明は後回しだ。ぎょしゃ座のベータ星、メンカリナンがすぐに見えてくるはずだ」
「ええ? カペラじゃないんですか?」
「違う。もう地平線から離れてしまった星を今さら観測してなんの役に立つんだ?」
ぬりかべ先輩はまるで子供に言い聞かせるような口調で私を諭し、慌ただしく望遠鏡を覗き込んでピントを合わせ始める。
「えー、でも?」
「いいからちょっとそこで見ていろ」
見ていろと言われても、そもそも私には目の前で何が行われているのかすらさっぱりわからない。
由里子は由里子で、いつも時計代わりにぶら下げているテンキーのついたごついストップウォッチを胸元からさっと取り出し、呆けている私をきっぱり無視して時間を読み上げ始める。
「十八時四十四分、三十秒、三十五秒、四十秒、四十五秒……」
「今!」
「はい、十八時四十四分四十九秒です」
「なるほど。ところで天野奈津希、君がさっき電話で話していた謎の観測地点Xについてだが、カペラが出現したという時間は正確に判るか?」
「あ、ええと」
相変わらず訳がわからないまま、私はスマホにメッセージアプリの画面を改めて表示し、先輩に見せる。
「さすがに秒単位まではわかんないですけど……」
「いや、とりあえずそこまではいい。相手が目撃してからメッセージを送るまでにもいくらかはタイムラグがあるだろうしな」
と、自分のスマホにメッセージの受信時間をポチポチと打ち込みながら、
「それより、先方のロケーションはどうなんだ? 北東の地平線に何か障害物はあるか?」
「あ、それならわかりますよ。五階の自分の部屋から海が、水平線が見えるって言ってました」
「ほう……」
その瞬間、ぬりかべ先輩の目がキラリと光る。
「なるほど、なんとか必要最低限の情報は揃うみたいだな」
と、途端に嬉しそうな口調になる。
「ところで、さっき君がカペラを視認した高度はどのあたりだ?」
「あー、高さ、そうですね、今ぎょしゃ座のベータ星が見えているより少し上、かな?」
「では、ちょうどの高さになったら言ってくれ。岸本君」
「あ、はいはい、ナツ、ちょうどになったら声出して」
「はーい、っと、今、かな」
「十九時一分ちょうどです」
「よし」
「ねえ、先輩。私にも判るように教えてください。今、一体何がどうなったんですか?」
「そうだな……」
そう言って右手で顎をしごきながら、ぬりかべ先輩はまるで獲物を追い詰めた猟犬のような鋭い目つきでふっと笑った。
私は地平線上に明るく輝くぎょしゃ座の一等星、カペラを睨みつけながらスマホに向かって叫ぶ。
『……野奈津希、いよいよその呼び方を隠さなくなったな、まあいい、何だ?』
「カペラが地平線に姿を見せた時間で場所って特定できます?」
『やぶからぼうになんだ? 訳が判らんぞ』
「だから、ある星が地面から顔を出した時間のずれを計算すれば、相手の場所って判りますよね?」
勢い込んでそうたたみかける私に、電話の向こうのぬりかべ先輩は一瞬だけ沈黙し、今度は逆に質問を矢継ぎ早に投げてきた。
『カペラ……なるほど。秒単位の正確な出現時間の差、既知の観測地Aの緯度、経度、標高、未知の観測地Xの標高、それぞれの観測地点で恒星の出現した方位、とりあえずそれだけ判れば大雑把な位置くらいは計算できるが、どうだ?』
「え、それだけって……それ、全部必要なんですか?」
私は自分のとっさの思いつきに文字通り舞い上がっていたので、水を差されて一気に落下した。
「いえ、あの、そんなに色々は判りません。うー、そっかー、やっぱ無理かぁ……」
走からのメッセージを目にした瞬間、私の脳裏には何年か前、テレビの新年特番でやっていた初日の出リレーの情景が電撃のように浮かんだのだ。
確か、本土最東端の北海道、納沙布岬から、最西端の沖縄県の何とか岬まで、日の出の時間には確か三十分近い差があった。
星も太陽も遠い近いの差はあれ同じようなもの。時間差で簡単に場所が判ると考えた私が甘かった。
「すいません……では結構です。どうもお騒がせして……」
『待て!』
ぬりかべ先輩が電話の向こうで突然大声を出し、私はキーンと耳鳴りがするのをこらえながら文句をつける。
「いきなり大声を出さないで下さいよ。耳が壊れたらどうすんです?」
『いいから、今、どこにいる?』
「え? ああ、墓場展望台ですけど……」
『なんでそんな所に? まあいい、そこを動くな。五分で行く』
「あ、ちょ——」
返事を返す間もなく、電話は一方的に切られた。
ぴったり五分後、屋上の鉄扉が勢いよく押し開けられ、片手に三脚、片手に傷だらけのアルミケースを抱えたぬりかべ先輩が現れた。すぐ後ろからなぜか由里子も駆け込んでくる。
「待たせたな、天野奈津希」
そのまま手慣れた様子で三脚を広げ、使い込まれたアルミケースから取り出した赤道儀をセットすると、由里子が抱えていた極太の真っ黒い遠鏡を受け取り、何の迷いもなくささっと組み付ける。
「先輩? 何でそんなに手慣れているんですか?」
「天文系の部活に所属してない、イコール、天文に興味がないという訳ではないだろう?」
「あー、そりゃまあ確かにそうですが……、これ?」
「そう、俺の私物だ」
「えー!」
ボタン一つで目標の恒星を観測出来る本格的な自動導入式の赤道儀に、直径三十センチ近い大口径のシュミットカセグレン。およそ望遠鏡っぽくない黒っぽいカラーリングといい、いかにもお高い舶来品の雰囲気がプンプンする。
「俺は天文写真もやるからな」
私は驚きのあまり言葉も出せない。
「なんだ、全然知らなかったのか?」
いたずらっぽい表情でニヤリと笑うぬりかべ先輩。
「確かにナツは気付いてなかったわね。天文地学部がこの前の文化祭で展示した星雲や星団の写真は半分以上真壁先輩の作品よ」
「うっそ?」
「ナツに嘘ついて私に何の得があるの?」
由里子が呆れた顔で言う。まあ確かにそれはそうなんだけど。
「いやあ、ちょっとすぐには信じられなくて……ていうか、二人とも前から知り合いだったの?」
「そうよ」
「まあな」
真壁先輩は由里子と顔を見合わせて再びニヤリと笑う。
「とりあえず説明は後回しだ。ぎょしゃ座のベータ星、メンカリナンがすぐに見えてくるはずだ」
「ええ? カペラじゃないんですか?」
「違う。もう地平線から離れてしまった星を今さら観測してなんの役に立つんだ?」
ぬりかべ先輩はまるで子供に言い聞かせるような口調で私を諭し、慌ただしく望遠鏡を覗き込んでピントを合わせ始める。
「えー、でも?」
「いいからちょっとそこで見ていろ」
見ていろと言われても、そもそも私には目の前で何が行われているのかすらさっぱりわからない。
由里子は由里子で、いつも時計代わりにぶら下げているテンキーのついたごついストップウォッチを胸元からさっと取り出し、呆けている私をきっぱり無視して時間を読み上げ始める。
「十八時四十四分、三十秒、三十五秒、四十秒、四十五秒……」
「今!」
「はい、十八時四十四分四十九秒です」
「なるほど。ところで天野奈津希、君がさっき電話で話していた謎の観測地点Xについてだが、カペラが出現したという時間は正確に判るか?」
「あ、ええと」
相変わらず訳がわからないまま、私はスマホにメッセージアプリの画面を改めて表示し、先輩に見せる。
「さすがに秒単位まではわかんないですけど……」
「いや、とりあえずそこまではいい。相手が目撃してからメッセージを送るまでにもいくらかはタイムラグがあるだろうしな」
と、自分のスマホにメッセージの受信時間をポチポチと打ち込みながら、
「それより、先方のロケーションはどうなんだ? 北東の地平線に何か障害物はあるか?」
「あ、それならわかりますよ。五階の自分の部屋から海が、水平線が見えるって言ってました」
「ほう……」
その瞬間、ぬりかべ先輩の目がキラリと光る。
「なるほど、なんとか必要最低限の情報は揃うみたいだな」
と、途端に嬉しそうな口調になる。
「ところで、さっき君がカペラを視認した高度はどのあたりだ?」
「あー、高さ、そうですね、今ぎょしゃ座のベータ星が見えているより少し上、かな?」
「では、ちょうどの高さになったら言ってくれ。岸本君」
「あ、はいはい、ナツ、ちょうどになったら声出して」
「はーい、っと、今、かな」
「十九時一分ちょうどです」
「よし」
「ねえ、先輩。私にも判るように教えてください。今、一体何がどうなったんですか?」
「そうだな……」
そう言って右手で顎をしごきながら、ぬりかべ先輩はまるで獲物を追い詰めた猟犬のような鋭い目つきでふっと笑った。
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