大陸戦争記

信濃

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本編

プロローグ

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 大陸歴853年(西暦2030年)
 4月9日

 ルーリア連邦首都ヤラティ

 4月初旬、高緯度に位置するヤラティは寒く、しかし冬の間に降った雪も溶け出して来た頃。この日は空は薄暗く季節違いの雪が深々と降り積もっていた。
 街を行き交う人は多い。だがその顔は皆明るいとは言い難かった。近年ルーリア連邦は不況に喘いでいる、それも並みの不況ではない。かつての社会主義国家時代、それが崩壊した後のどん底の時代と同等、もしくはそれ以上の不況。理由は様々だ、外国企業による自国産業の駆逐、上昇する物価、上がらない賃金、回復しない景気、増大する社会保障費、それに伴う増税etc.。
 初めは地方に課すことで都市部の負担を増やさないようにしていたそれも、もはや限界と判断され、徐々に都市部をも圧迫、耐えきれなくなった企業、銀行は潰れ更に景気は後退。悪夢のような循環である。
 メディアによる国民の煽動、情勢不安による反社会勢力の台頭、それに漬け込んだ警察、特殊警察、軍の勢力拡大。もはや無法状態も良いところである。
 それに今日はやけに騒がしい、官庁街に鳴り響くディーゼルエンジン、慌ただしい軍靴の音、上空を飛ぶヘリのローター音。首都と地方を結ぶ国道、高速道路に展開された検閲部隊。大規模部隊輸送のためであろう一般道に交通整備のため配備された歩兵。
 恐らくクーデターでも起こったのだろう。にも関わらず街を歩く一般人からの反応は薄い。
 もはや誰でも良いのだ、この状況を是正できれば、きっと今の状況よりはマシになるのだからと。それが軍だろうが右翼勢力だろうが、かつての共産勢力だろうが。
 この日、ルーリアの民主主義の火は絶えた。

「貴様ら、何をやっているのか分かっているのだろうな?」

「えぇ、分かっていますとも」

 椅子に座りデスクに手を置いた男、ルーリア連邦大統領コルチナ・グラシチョフその人は目の前のハンドガンを持った青年士官に目を据えつつそう低く問う。そう、青年士官である。国を護るべき軍人は、けれどもその責務とは正反対に国家の首席たる大統領に銃口を向ける 。
 10数分前、首都駐屯の第1機甲師団及び第101空挺旅団の人員が大統領府を強襲、電光石火の早業で大統領が緊急避難路に逃げ込むよりも速くその身柄を押さえたのである。

「首謀者は誰だ?」

「お答えかねます」

 なるほど流石は大統領だと士官は心の中でそう感心する。眼前に付き出されたハンドガンに加え、士官の後方から2名、大統領の左右から1名ずつ兵卒がアサルトライフルの銃口を大統領に向けている。その状況下であっても臆することも無く士官を熊のような目で見据える。1国の長ともなれば高い精神力も求められよう。だがこの状況下でそれを保てるとは大したことだ。あるいは虚勢か。

「中尉、銃を下ろしたまえ」

 開いたドアから一人の男が入り、士官に銃を下ろすよう、その命令しなれた低い声で言う。

「ラゥラフチェフスキー大将…」

 大統領は唸る。目の前の男、ミハエル・ラゥラフチェフスキー大将は首都ヤラティ周辺の防備を管轄とする中央軍管区の司令だ。こいつが首謀者かと眉を上げ、睨み付ける。

「貴様が首謀者か?」

「私は実行役の一人に過ぎませんよ」

「では誰だ?地位で言えば貴官以上なぞそうそう居ないだろう」

「見れば分かりますとも」

 こいつも首謀者では無い?では一体誰が?と思考を巡らせたその時、もう一人の男が部屋に入ってくる。

「首謀者は私です。大統領」

 その言葉に大統領は息を飲む。いや、この言葉は正確ではない。この言葉を発した人物に、である。

「ベアフ…貴様が…」

 ヴォルコフ・ベアフ、副大統領である。このクーデターの首謀者は現職の副大統領だと言うのである。

「閣下、もはや貴方がたはもはや少数派なのです」

「なにを…」

何を言っている、そう言ったはずなのに声が掠れる。

「奥方と娘様の身柄も押さえさせてもらいました」

大統領は唖然とする。それを意に介すこともなく副大統領は続ける。

「権限の委譲を。大人しくしてもらえれば命の保証は致します」
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