ローザタニア王国物語

月城美伶

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Jardin secret ~秘密の花園~

第22話

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 「お兄様っ!」
「シャルロットっ!!」

ウィリアム様とヴィンセント、そして後を追ってきたワトソン署長が会談室を出てマリアに馬車を止めているお城の裏の方へと案内されようとしている時です。マリー皇后との孤児院の慰問を終えられたシャルロット様が青ざめたお顔で、駆け足でウィリアム様の胸に飛び込んできました。

「お兄様…っ!!今からグララスへ行かれるって…本当っ!?」
「あぁ…」
「お願い…私も一緒に連れて行って!!」
「シャル?」

ヴィンセントがワトソン署長に外す様に目線をチラッと送って促すと、すぐに反応されたワトソン署長は一礼をして足早に先にお城の裏につながる廊下を渡っていきました。シャルロット様は全く周りが見えていない様子の様で、ワトソン署長が居たことも気を利かして席を外されたことも気が付かずにウィリアム様の方を一心に見つめております。

「カルロ様が…グララスで起きている吸血鬼事件の犯人だって疑われているって…!そんなの絶対ありえないわっ!大切な友人が犯人として疑われているのに…こんなところでじっとしていられないわ…助けに行かないと…っ!!」

ウィリアム様の腕を縋るように掴んでシャルロット様は必死の様子でお願いをされております。しかしウィリアム様は一瞬戸惑って何も言えない様子を見せましたが、すぐにシャルロット様の手をそっと取り優しく微笑むとポンポンっと頭を撫でました。

「お前のその気持ちは私が預かって行こう」
「お兄様…!」
「シャル…お前を連れて言ってやりたい気持ちはもちろんある。だがしかし…カルロ伯爵が犯人ではないとしたら近くに犯人が居るかも知れない。そんな危ない所にお前を連れていけないよ」
「…お兄様…」
「大丈夫、まだカルロ伯爵が犯人だと決まったわけではない…ただ事情聴取されているだけだ。我々も事件解決の協力の為にグララスへ向かうだけだ」
「…本当?」
「あぁ。だからお前はここでしっかり私の代わりに公務を行ってくれ。そして私たちが帰ってきたら飛びきりの愛らしい笑顔で迎えてくれないか、シャル…」
「お兄様…」
「約束できるか?」
「分かったわ…。お兄様の代わりになるか分からないけれど…頑張るわ。お兄様も…お気をつけて行ってらして…」
「あぁ…」
「もしカルロ様が犯人じゃないのなら…そのお力添えになって差し上げて?」
「もちろんだ」
「お兄様…お願いよ…?」

ウィリアム様は優しくシャルロット様を見つめてその頬にそっと手をやり、微笑まれました。
不安そうにウィリアム様のお顔を見つめ返していたシャルロット様はその優しい微笑みに胸を打たれたのか、険しかったお顔が少しほぐれてきました。
シャルロット様は甘えるようにウィリアム様の胸にキュッとお顔を埋めました。ウィリアム様もそんなシャルロット様を優しくそして力強く抱きしめられます。

「あぁ…じゃあ行ってくるよ。シャル…。姫君からのご加護を私たちにくれないか?」
「…お気をつけて行ってきて…」

シャルロット様はウィリアム様の頬に優しく唇を付けられました。ウィリアム様はニコッと微笑まれ嬉しいよ、一言おっしゃられるとお返しにシャルロット様の頬にもキスを返されました。そしてシャルロット様はウィリアム様の後ろに控えていたヴィンセントの前にもゆっくりとした足取りでやって来ると、少し背伸びをして胸に手をつきヴィンセントの頬にもキスをされました。

「ヴィーも…気を付けて行ってきてね…」
「…ありがとうございます、姫様…」

ヴィンセントはスッと何事も無かったかのようにお辞儀をすると、そのままウィリアム様に目配せして行きましょうと促します。

「じゃあ…」

一言そう仰ってウィリアム様はマリアの案内でヴィンセントを伴って歩いて行かれました。
遠くなっていく後姿を見えなくなるまでシャルロット様は心配そうなお顔でずっと見つめておりました。

「シャルロット様…そろそろランチ会談のお時間です…」
「…分かったわ」

少し離れたところで控えていたセシルはススス…とシャルロット様の近くに寄ってきて小さい声でシャルロット様にお伝えすると、シャルロット様は一度目を瞑り、ふぅ…と一息大きく深呼吸をされると頷かれて直ぐに踵を返されました。少しキリっとした表情でシャルロット様はセシルを伴ってランチ会談が行われるお城の本館の方へと戻って行かれたのでした。

・・・・・・・・

 「…ホント相変わらず甘いですよねぇ」
「そうか?」
「胸焼けするくらい甘々の超撃甘ですよ」

少しスピードの速い馬車に揺られながら、真っ直ぐに前を見据えて座っていらっしゃるウィリアム様の前で思いっきり脚を組んでさらに腕まで組んだ様子でヴィンセントは呆れたようにふぅ…と大きな息を鼻から吐きだしました。

「ん?あんな捨てられた子犬みたいな顔見せられたら仕方ないだろう?」
「…ったく貴方方兄妹は仕方ないですね」
「押してダメなら引いてみろ、だよ。お前はいつもグイグイ押すから引くことを知らないシャルと衝突するんだよ」
「…お互い似たもの同志なんでね」
「分かっているクセに、お前はシャルのことになるとクールじゃなくなるよな」
「…姫様には私のペースを崩されっぱなしで困ったもんです」
「まぁお前にはいつも世話になっているよ」
「…ったく。何度も申しあげますが私は国王補佐長官兼執務官長で貴方方ご兄妹の世話係ではありませんので…」
「まぁ似たようなもんだろ?」
「…」

いつものようにジロッと冷たい視線をウィリアム様に投げかけるとヴィンセントは再び溜息をついて窓の外に視線をやりました。
ダークブラウンのシックなローザタニアの馬車はお城の裏口からこっそりと出て、窓の外の風景は深くて広大な森を通り抜けております。深い緑色をした木々が流れていくのをぼんやりと見つめていたヴィンセントはボソッと独り言のように話しはじめました。

「…グララスにあるカルロ伯爵の屋敷の森もなかなかの広さでしたね」
「そうだな。そう言えばあの男と初めて会った時にうっかりシャルがあの森に迷い込んでしまったな」
「迷路みたいな森だとおっしゃっておりましたね」
「あぁ。入ったら右も左も分からなくなるくらいの感覚に襲われたよ。…犯人は何故そんな森の中に遺体を隠さなかったのだろうか。そちらの方が見つかりにくいと思うんだがな」
「さぁ…犯人の考えなんて分かりませんよ。ですがわざわざそんなところに遺体を置くということは隠そうとする気持ちはなかったのかカルロ伯爵に罪をなすりつけようとしているのか…ですかね」
「…犯人はカルロ伯爵あの男ではないと…?」
「それは分かりません。今のはあくまで推測です」
「まぁ犯人を暴くのは警察の仕事であって我々の役目ではないな…」
「えぇ。…陛下、こちらをご覧ください」
「なんだ?」

ヴィンセントはスッとウィリアム様の前にどこからか取り出した数枚のまとめられた資料を差しだしました。

「なんだ?これは」
「セバスチャンにお願いして調べてもらったカルロ伯爵に関する資料です」
「…セバスチャンに?」
「えぇ」

貰った資料をぱらぱらとめくっていると、ウィリアム様の手が止まり顔が強張り出しました。そして資料をさらに読み込みだします。

「モンテフェルロト家は…200年前に当時の当主が行方不明になり断絶している…?これはいったい…どういうことだ?」
「…2000以上ある現在のナルキッスの貴族の名簿を虱潰しに調べたそうですがその中にはモンテフェルロト家は含まれておりませんでした。そこで過去の名簿を遡ってみましたところ…200年前にそのような記述があったとのことです」
「ではあの男は…モンテフェルロト家の名前を名乗っている成りすましか?」
「その可能性もございます。陛下、その行方不明となった当時のモンテフェルロト家の当主の名前はカルロ・ジャン・モンテフェルロトとあります」
「同じ名前…?」
「えぇ…。もう少し詳しく調べてみようと思ったんですが…当時の資料をどれだけ探してもこれ以上詳しく書いてある資料が無くて…今分かっているのはここまでだそうです」
「以前200年前にグララスで行方不明になった吸血鬼事件に関わりがあるかも知れない貴族とはもしかして…カルロ伯爵の事か?」
「分かりません。ですがこの資料と照らし合わせると…そうである可能性が高いのではないかと」
「…何だか一気にきな臭くなって来たな。しかしマリアはあの男がナルキッスの貴族の証である水仙の模様入りの懐中時計を見せてもらったと言っていたぞ?」
「そんなものなんとでも偽造できますし、蚤の市などで入手したかも知れません」
「…そう言う可能性もありえるな」
「あの男が何者なのか、そしてこの事件の犯人なのか…」
「しかし我々と話がしたいとは…あの男は何を求めているのだろうか」
「さぁ…さっぱり分かりません。まるで霞のように読めない男です」
「そうだな…。ん?これは…吸血鬼事件の資料か?」

ウィリアム様が資料をさらに捲り続けていくと、数枚に及ぶまた別の資料が出てきました。それを読んでいるウィリアム様の表情がだんだんと曇りつつあります。

「…200年前の吸血鬼事件もたくさんの犠牲者が出たんだな。警察が把握しているだけで、1年で10人ほど…か」
「他にも行方不明となった方もおりますしね。そのとある伯爵が行方不明となった事件では、当時の教会の神父も行方不明となっております」
「修道院のシスターもその前に被害に遭っているな…分かっているだけで三名…か」
「被害は主に若い女性、その次に身寄りのない子供…か。皆首から血を抜き取られたことによる出血死とショック死か…なんとも惨たらしい」
「今回の事件も全く同じ手口ですね」
「模倣犯の仕業…なのか?」
「分かりません…。陛下、我々にできることは重要参考人であるカルロ伯爵の話を聞くという捜査の協力のみです」
「あぁ…いったい彼は私たちに何を望んでいるんだろうか…。彼の真意が全く分からないな」

お二人を乗せた馬車は、森を通り抜けて華やかな城下街も素早く通り抜け、街の外へ向かう門を通り抜けました。後ろの方から聞こえていた市街の賑わう声がだんだんと遠くなっていきます。
2台ほど行商の馬車と小さい馬車とすれ違っただけで、馬車はまたしても緑広がる広大な人通りの無い静かな森の傍を駆け抜けて、グララスへと急いで向かって行くのでした―――…。
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