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Jardin secret ~秘密の花園~
第23話
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森を走りぬけること約1時間、ウィリアム様とヴィンセントを乗せた馬車はグララスの町へと到着いたしました。先に向かっていたワトソン署長の乗っていた馬車に先導され、お二人は街の中心からだいぶ人里離れたところにあるカルロ伯爵の屋敷に到着しました。
屋敷の周りに植えられているたくさんのバラの香りが辺りを漂い、その香りを嗅いだヴィンセントは顔をしかめてその甘ったるい香りに嫌悪感を示しておりました。
まだ雨が降りしきる中、薄らとどこからともなく霧が出始めてどこか異様な雰囲気に辺りは包まれております。
「ウィリアム陛下、遠い所を御足労いただき誠にありがとうございます」
「いや、大したことはない。さぁ、行こうか」
「は…」
ウィリアム様が馬車から降りられると、警備をしていたグララスの警察官たちが入口の車止めに一列に並んでお出迎えのご挨拶を揃えました。その間をウィリアム様とヴィンセントは通り抜け、ワトソン署長に案内されてカルロ伯爵の屋敷の中へと入って行きます。
古めかしい薄暗い廊下を通り抜け、どんどんと屋敷の奥へと案内されて進んでいきます。一番奥にある繊細な模様が施された扉の前でワトソン署長は足を止めると、少し緊張しているのか冷や汗をかきながらウィリアム様の方に振り返りました。
「陛下…こちらの部屋にカルロ伯爵がおります」
ワトソン署長はコンコンコン…と素早くドアをノックし、素早く扉を開きました。するとその中にはふかふかの絨毯が一面に敷かれ、さらに豪華な装飾の施された金細工に縁どられた大きな窓や、真っ赤なバラが飾ってある大きな暖炉、そして部屋の真ん中には深い緑のビロード調の生地のクッションが引かれたソファーとそれに合わせた深めの色合いの木目調のティーテーブルが置かれ、古めかしい廊下とは打って変って豪華な作りの応接間が広がっておりました。
そして奥には、窓に手をつき外を眺めているカルロ伯爵がおり、お三方が部屋に入ってくるのに気付かれるとにっこりと微笑んで迎え入れました。
「これはこれはウィリアム陛下…遠路はるばるご足労いただき誠にありがとうございます」
「陛下を呼び出すなんて…良い御身分ですね、カルロ伯爵…」
「ヴィンセント殿もお越しいただきましてありがとうございます。どうしてもお二人にお会いしたかったんです」
「…出来れば美女に耳元で囁かれたい言葉ですね」
「あはははは…まぁそう仰らずに。さて署長殿、少し席を外していただけませんか?」
乾いた笑いでカルロ伯爵はヴィンセントの一言を一蹴すると、後ろに控えていたワトソン署長をチラッと見てまたまたニッコリと微笑みながら優しい口調で話しかけました。
「…伯爵殿それは致しかねますが―――…」
「…署長殿、少し…」
ワトソン署長がカルロ伯爵の言葉に反発して出てこようとしましたが、ウィリアム様はスッと手を出してそれを遮ってワトソン署長に席を外す様に促します。
さすがにワトソン署長もウィリアム様には逆らえるはずもないので、仕方ありませんなぁっ!と捨て台詞を吐き苦虫を潰したような顔をして部屋を出て行かれました。
ワトソン署長の足音が遠くなって完全に聞こえなくなったのを確認すると、カルロ伯爵は再びウィリアム様とヴィンセントの方に妖しい笑みを口元に浮かべて向き直りました。
「さてカルロ伯爵…。我々がここに来ることが事情聴取に応じる条件…でしたよね?」
「正確にはお話をすること…ですかね、ヴィンセント殿」
「…どちらでもいいですよそんなの。何の話があるというのですか?まぁちょっと私も伯爵、貴方にお聞きしたいこともあったのでちょうど良い機会ですが」
眉間に深い皺を寄せて睨みつけるかのようにヴィンセントは伯爵に敵意を隠さずに矢継ぎ早に申し立てます。伯爵はフフフ…と少し笑うと暖炉の上に飾ってある赤いバラを一輪花瓶から抜き取り、顔の近くに持ってくるとその甘い香りをスゥ…っと大きく息を吸いながら嗅ぎました。ふぅ…っと大きく息を吐いて満足げなお顔をされると、少し赤く高揚した頬でウィリアム様を見つめ妖しく微笑みます。
「おやそうですか…。気が合いますね」
「合いたくないですね」
「あははは…まぁそう睨まないでください。せっかくのいい男が台無しですよ」
「…御託はいらないんですよ。さっさと本題に入ってもらえませんか?我々は早くローザタニアに帰りたいんですよ」
「…えぇ、それがいい。危ないことに巻き込まれる前に早くご帰還いただくのが一番です」
「仰っていることとされていることが矛盾されておりますよ、伯爵殿」
「そうですね。でも…貴方方とは少しちゃんとお話ししておきたかったんです」
「…じゃあさっさと本題に入ってください」
「その前に…せっかくですしお茶でもいかがですか?」
伯爵がそう言い終わるやいなや、お茶のセットがされたワゴンを引いてきた栗毛色の少年がいつの間にか部屋の中に入ってきておりました。そして慣れていないのか緊張しているのか、おぼつかない手つきでお茶をセッティングしております。
「…甘い香りがする…」
フワッと湯気と共にお茶の香りが部屋に広がりました。ウィリアム様は鼻腔をくすぐる紅茶の、今まで嗅いだことの無い甘い香りに気が付かれたのかふと独り言のようにポソッと呟かれると、カルロ伯爵は嬉しそうにウィリアム様ににこやかに微笑まれました。
「おや陛下、気付いていただいて何よりです。こちらは私のオリジナルブレンドティーで、朝摘みのダージリンにこの庭のバラの花をブレンドしているんです」
「バラの…」
「えぇ…こちらのSainte Vierge《ヴィエルジュ》…またの名をSanglant Rose《・ロゼ》と言うバラです」
伯爵は手に持っているバラを二人に見せるように差し出しました。ヴィンセントはジッとバラの花を見つめておりましたが、そのままスーッと視線を上に持って行きカルロ伯爵のお顔を鋭い目つきのまま見つめております。
「…この香りは伯爵殿、貴方の香水の香りと似ておりますね」
「えぇ、私の香水にもこの花の成分を混ぜております。爽やかなのにどこか重厚で官能的で…とても良い香りでしょう?」
「えぇ、実に官能的な香りですね。そりゃあこのバラの香りには少し麻薬の成分に似た催淫効果がある…と言うデータが出ておりますからねぇ」
「おや…ご存知でしたか」
「以前ウチの姫様がここの森に迷い込んだ際、頭にくっ付けていた葉っぱと貴方の手に持っているそのバラの葉っぱ、同じですよね。珍しい形をしているからちょっと調べてもらったんですけどね。なるほど、この香りでたくさんの女性を誑かしてきたんですか?」
「香りはあくまでもオプションにしかすぎません。女性を口説くには…美貌、知性と教養、そして品と…まずは己を磨くことが一番でしょう?」
「…まぁそうですね。ですが…ウチの雛鳥にはまだ刺激が強すぎると思うのでこれ以上近づかないでいただけますかね」
「…おや」
「姫様の首筋のキスマーク…付けたの貴方でしょ、伯爵」
「!」
「私がお付けしたという明確な証拠は?…昨晩シャルロット様に愛をぶつけたのは貴方ではありませんか?ヴィンセント殿」
「!?」
カルロ伯爵とヴィンセントのいきなりの発言にウィリアム様は声も出ないような悲鳴をあげて目を真ん丸にして驚かれ、まずはカルロ伯爵のお顔を、そしてその次はヴィンセントの顔を交互に見ております。しかしそんなウィリアム様を無視して、カルロ伯爵とヴィンセントは静かな火花を散らすかのように見つめ合っております。
「生憎、私は女性にキスマークを付けて喜ぶような幼稚な趣味はないんです」
「あはは…そうでしたか」
「えぇ。まぁ姫様必死で隠そうとされててなんか面白かったですけどね。珍しく太目のチョーカーなんてされているし。それに…指輪なんかも渡しているなんて気が早いですね」
「もうご存知でしたか」
「姫様の変化の気付くのが私の仕事です」
「立派な臣下ですね」
「…姫様の教育係ではないんですけどね、何故か皆私に姫様のこと聞いて来たり言ってきたりするから仕方なしですよ」
「あんなにもシャルロット様のことを一番に気に掛けていらっしゃるんですから当然でしょう」
「めんどくさい仕事ですよ本当に」
「でも嫌いじゃないのでしょう?」
「…まぁ嫌いじゃないけれどそんなこと貴方には関係ないです」
「あははは…やはり手厳しい方だ」
「…って話がだいぶ逸れました。伯爵殿、貴方の目的はいったい何ですか?もし貴方が危険な人物だと分かったらこれ以上ウチの姫様に近づくのを止めていただかなくてはならない」
「…単刀直入に申し上げますと、私はシャルロット様が欲しい」
「…っ!」
ウィリアム様とヴィンセントは息を飲んで凄むような形でカルロ伯爵を見つめます。少し狼狽しているお二人の様子を見て、カルロ伯爵はフフフ…と微笑まれ手に持っていたバラの香りを再び嗅ぎはじめました。
「シャルロット様の無垢な美しさ…そして穢れなき気高い魂…。そんなシャルロット様を…傍に置いて一番近くでお守りしたい…」
「…伯爵、貴方はいったい何を…」
「シャルロット様のような気高く高貴なエネルギーは…きっと吸血鬼にとって極上の獲物となるでしょう。何としてでもお守りしなければならない」
「…吸血鬼は貴方じゃないのか、伯爵殿…」
伯爵はふぅ…と一つ息を吐くと、ジッとお二人を金色に光るアッシュグレーの瞳で見つめ返します。
ヴィンセントは冷静に努めようとしておりましたが苛立っているのか鋭い刃物のような瞳でカルロ伯爵を睨みつけ、そしていつでも攻撃できるように剣の鞘に手を当てて間合いを確かめます。ウィリアム様も同じくいつでも動けるように少し腰を落として身構えだしました。
伯爵はお二人を微笑みながらじっと見つめております。その態度にイラっと来たのか痺れを切らしたヴィンセントが何か言いだそうとしたところ、ウィリアム様は腕を出してヴィンセントを遮り少し前に出てカルロ伯爵と対峙しました。
「…カルロ伯爵…貴方はいったい何者なんだ…?」
「…」
「『カルロ・ジャン・モンテフェルロト』…200年前にグララスに実在した、行方不明となった伯爵と同じ名前を名乗る貴方は…一体誰なんだ?」
「おや…」
「200年前にも起こった謎の吸血鬼事件…そして今もグララスで起こっている吸血鬼事件…。当時犯人として疑われ行方不明になった伯爵の名を語る人物がいる…。偶然とは思えない」
「もうそこまで調べていらっしゃるんですね」
「貴方はいったい誰なんだ…?吸血鬼なのか…?それとも人間で…『カルロ・ジャン・モンテフェルロト』の名を語る詐欺師…殺人犯…?」
ジッとお二人を見ているカルロ伯爵はフフフ…と口元に笑みを浮かべだして微笑むと手に持っているバラをまた自分の口元に近づけて今度は大きく息を吸い込みました。するとキラキラとした光がバラの花から飛び出してきて伯爵の口元に集まったかと思うと、先ほどまで赤々と咲き誇っていたバラがみるみると萎れて枯れて行き、どす黒い色へと変化していきました。
「…っ!」
「これは…いったい…」
「貴方方のご想像通りですよ」
「…」
「今私は…このバラの花のエネルギーをいただいたんです。吸血鬼はバラの花の香りを嗅いでエネルギーを補給できるんですよ」
「…吸…血鬼…」
カルロ伯爵は枯れて黒くなってしまったバラをグシャッと手で潰しました。そしてアッシュグレーだった瞳がゆっくりと金色に光りだすと真っ直ぐにウィリアム様とヴィンセントに向けて妖しくにっこりと微笑みました。
「私の名前はカルロ・ジャン・モンテフェルロト。200年前グララスの地で起きた吸血鬼事件の犯人として疑われた後行方不明となった伯爵こそがこの私です―――…」
「やはり貴方は…200年前行方不明になったカルロ・ジャン・モンテフェルロト伯爵本人…」
「えぇ…」
「そして…吸血鬼…」
想定してであろう答えであったとしてもやはり驚いて少し後退りしたウィリアム様をご覧になって、カルロ伯爵はハハハ…と乾いた笑いとともに一歩一歩お二人の方へとゆっくりと近づいてきました。
「どうされましたか?思っていた通りの答えだったのではないのですか、陛下…」
「…」
「少しだけ昔の話をしましょうか…」
「は?」
「少しだけ聞いてはいただけませんか?そう長くはなりませんので」
「…いいだろう」
「ありがとうございます。…ではそうですね…今から遡ること200年前のことになります―――…。当時も今と変わらずグララスはとても鄙びた長閑な地域で…大きな事件も無く平和な街でした。ですがある事件を境にその平和は崩れ去ってしまったんです―――…」
屋敷の周りに植えられているたくさんのバラの香りが辺りを漂い、その香りを嗅いだヴィンセントは顔をしかめてその甘ったるい香りに嫌悪感を示しておりました。
まだ雨が降りしきる中、薄らとどこからともなく霧が出始めてどこか異様な雰囲気に辺りは包まれております。
「ウィリアム陛下、遠い所を御足労いただき誠にありがとうございます」
「いや、大したことはない。さぁ、行こうか」
「は…」
ウィリアム様が馬車から降りられると、警備をしていたグララスの警察官たちが入口の車止めに一列に並んでお出迎えのご挨拶を揃えました。その間をウィリアム様とヴィンセントは通り抜け、ワトソン署長に案内されてカルロ伯爵の屋敷の中へと入って行きます。
古めかしい薄暗い廊下を通り抜け、どんどんと屋敷の奥へと案内されて進んでいきます。一番奥にある繊細な模様が施された扉の前でワトソン署長は足を止めると、少し緊張しているのか冷や汗をかきながらウィリアム様の方に振り返りました。
「陛下…こちらの部屋にカルロ伯爵がおります」
ワトソン署長はコンコンコン…と素早くドアをノックし、素早く扉を開きました。するとその中にはふかふかの絨毯が一面に敷かれ、さらに豪華な装飾の施された金細工に縁どられた大きな窓や、真っ赤なバラが飾ってある大きな暖炉、そして部屋の真ん中には深い緑のビロード調の生地のクッションが引かれたソファーとそれに合わせた深めの色合いの木目調のティーテーブルが置かれ、古めかしい廊下とは打って変って豪華な作りの応接間が広がっておりました。
そして奥には、窓に手をつき外を眺めているカルロ伯爵がおり、お三方が部屋に入ってくるのに気付かれるとにっこりと微笑んで迎え入れました。
「これはこれはウィリアム陛下…遠路はるばるご足労いただき誠にありがとうございます」
「陛下を呼び出すなんて…良い御身分ですね、カルロ伯爵…」
「ヴィンセント殿もお越しいただきましてありがとうございます。どうしてもお二人にお会いしたかったんです」
「…出来れば美女に耳元で囁かれたい言葉ですね」
「あはははは…まぁそう仰らずに。さて署長殿、少し席を外していただけませんか?」
乾いた笑いでカルロ伯爵はヴィンセントの一言を一蹴すると、後ろに控えていたワトソン署長をチラッと見てまたまたニッコリと微笑みながら優しい口調で話しかけました。
「…伯爵殿それは致しかねますが―――…」
「…署長殿、少し…」
ワトソン署長がカルロ伯爵の言葉に反発して出てこようとしましたが、ウィリアム様はスッと手を出してそれを遮ってワトソン署長に席を外す様に促します。
さすがにワトソン署長もウィリアム様には逆らえるはずもないので、仕方ありませんなぁっ!と捨て台詞を吐き苦虫を潰したような顔をして部屋を出て行かれました。
ワトソン署長の足音が遠くなって完全に聞こえなくなったのを確認すると、カルロ伯爵は再びウィリアム様とヴィンセントの方に妖しい笑みを口元に浮かべて向き直りました。
「さてカルロ伯爵…。我々がここに来ることが事情聴取に応じる条件…でしたよね?」
「正確にはお話をすること…ですかね、ヴィンセント殿」
「…どちらでもいいですよそんなの。何の話があるというのですか?まぁちょっと私も伯爵、貴方にお聞きしたいこともあったのでちょうど良い機会ですが」
眉間に深い皺を寄せて睨みつけるかのようにヴィンセントは伯爵に敵意を隠さずに矢継ぎ早に申し立てます。伯爵はフフフ…と少し笑うと暖炉の上に飾ってある赤いバラを一輪花瓶から抜き取り、顔の近くに持ってくるとその甘い香りをスゥ…っと大きく息を吸いながら嗅ぎました。ふぅ…っと大きく息を吐いて満足げなお顔をされると、少し赤く高揚した頬でウィリアム様を見つめ妖しく微笑みます。
「おやそうですか…。気が合いますね」
「合いたくないですね」
「あははは…まぁそう睨まないでください。せっかくのいい男が台無しですよ」
「…御託はいらないんですよ。さっさと本題に入ってもらえませんか?我々は早くローザタニアに帰りたいんですよ」
「…えぇ、それがいい。危ないことに巻き込まれる前に早くご帰還いただくのが一番です」
「仰っていることとされていることが矛盾されておりますよ、伯爵殿」
「そうですね。でも…貴方方とは少しちゃんとお話ししておきたかったんです」
「…じゃあさっさと本題に入ってください」
「その前に…せっかくですしお茶でもいかがですか?」
伯爵がそう言い終わるやいなや、お茶のセットがされたワゴンを引いてきた栗毛色の少年がいつの間にか部屋の中に入ってきておりました。そして慣れていないのか緊張しているのか、おぼつかない手つきでお茶をセッティングしております。
「…甘い香りがする…」
フワッと湯気と共にお茶の香りが部屋に広がりました。ウィリアム様は鼻腔をくすぐる紅茶の、今まで嗅いだことの無い甘い香りに気が付かれたのかふと独り言のようにポソッと呟かれると、カルロ伯爵は嬉しそうにウィリアム様ににこやかに微笑まれました。
「おや陛下、気付いていただいて何よりです。こちらは私のオリジナルブレンドティーで、朝摘みのダージリンにこの庭のバラの花をブレンドしているんです」
「バラの…」
「えぇ…こちらのSainte Vierge《ヴィエルジュ》…またの名をSanglant Rose《・ロゼ》と言うバラです」
伯爵は手に持っているバラを二人に見せるように差し出しました。ヴィンセントはジッとバラの花を見つめておりましたが、そのままスーッと視線を上に持って行きカルロ伯爵のお顔を鋭い目つきのまま見つめております。
「…この香りは伯爵殿、貴方の香水の香りと似ておりますね」
「えぇ、私の香水にもこの花の成分を混ぜております。爽やかなのにどこか重厚で官能的で…とても良い香りでしょう?」
「えぇ、実に官能的な香りですね。そりゃあこのバラの香りには少し麻薬の成分に似た催淫効果がある…と言うデータが出ておりますからねぇ」
「おや…ご存知でしたか」
「以前ウチの姫様がここの森に迷い込んだ際、頭にくっ付けていた葉っぱと貴方の手に持っているそのバラの葉っぱ、同じですよね。珍しい形をしているからちょっと調べてもらったんですけどね。なるほど、この香りでたくさんの女性を誑かしてきたんですか?」
「香りはあくまでもオプションにしかすぎません。女性を口説くには…美貌、知性と教養、そして品と…まずは己を磨くことが一番でしょう?」
「…まぁそうですね。ですが…ウチの雛鳥にはまだ刺激が強すぎると思うのでこれ以上近づかないでいただけますかね」
「…おや」
「姫様の首筋のキスマーク…付けたの貴方でしょ、伯爵」
「!」
「私がお付けしたという明確な証拠は?…昨晩シャルロット様に愛をぶつけたのは貴方ではありませんか?ヴィンセント殿」
「!?」
カルロ伯爵とヴィンセントのいきなりの発言にウィリアム様は声も出ないような悲鳴をあげて目を真ん丸にして驚かれ、まずはカルロ伯爵のお顔を、そしてその次はヴィンセントの顔を交互に見ております。しかしそんなウィリアム様を無視して、カルロ伯爵とヴィンセントは静かな火花を散らすかのように見つめ合っております。
「生憎、私は女性にキスマークを付けて喜ぶような幼稚な趣味はないんです」
「あはは…そうでしたか」
「えぇ。まぁ姫様必死で隠そうとされててなんか面白かったですけどね。珍しく太目のチョーカーなんてされているし。それに…指輪なんかも渡しているなんて気が早いですね」
「もうご存知でしたか」
「姫様の変化の気付くのが私の仕事です」
「立派な臣下ですね」
「…姫様の教育係ではないんですけどね、何故か皆私に姫様のこと聞いて来たり言ってきたりするから仕方なしですよ」
「あんなにもシャルロット様のことを一番に気に掛けていらっしゃるんですから当然でしょう」
「めんどくさい仕事ですよ本当に」
「でも嫌いじゃないのでしょう?」
「…まぁ嫌いじゃないけれどそんなこと貴方には関係ないです」
「あははは…やはり手厳しい方だ」
「…って話がだいぶ逸れました。伯爵殿、貴方の目的はいったい何ですか?もし貴方が危険な人物だと分かったらこれ以上ウチの姫様に近づくのを止めていただかなくてはならない」
「…単刀直入に申し上げますと、私はシャルロット様が欲しい」
「…っ!」
ウィリアム様とヴィンセントは息を飲んで凄むような形でカルロ伯爵を見つめます。少し狼狽しているお二人の様子を見て、カルロ伯爵はフフフ…と微笑まれ手に持っていたバラの香りを再び嗅ぎはじめました。
「シャルロット様の無垢な美しさ…そして穢れなき気高い魂…。そんなシャルロット様を…傍に置いて一番近くでお守りしたい…」
「…伯爵、貴方はいったい何を…」
「シャルロット様のような気高く高貴なエネルギーは…きっと吸血鬼にとって極上の獲物となるでしょう。何としてでもお守りしなければならない」
「…吸血鬼は貴方じゃないのか、伯爵殿…」
伯爵はふぅ…と一つ息を吐くと、ジッとお二人を金色に光るアッシュグレーの瞳で見つめ返します。
ヴィンセントは冷静に努めようとしておりましたが苛立っているのか鋭い刃物のような瞳でカルロ伯爵を睨みつけ、そしていつでも攻撃できるように剣の鞘に手を当てて間合いを確かめます。ウィリアム様も同じくいつでも動けるように少し腰を落として身構えだしました。
伯爵はお二人を微笑みながらじっと見つめております。その態度にイラっと来たのか痺れを切らしたヴィンセントが何か言いだそうとしたところ、ウィリアム様は腕を出してヴィンセントを遮り少し前に出てカルロ伯爵と対峙しました。
「…カルロ伯爵…貴方はいったい何者なんだ…?」
「…」
「『カルロ・ジャン・モンテフェルロト』…200年前にグララスに実在した、行方不明となった伯爵と同じ名前を名乗る貴方は…一体誰なんだ?」
「おや…」
「200年前にも起こった謎の吸血鬼事件…そして今もグララスで起こっている吸血鬼事件…。当時犯人として疑われ行方不明になった伯爵の名を語る人物がいる…。偶然とは思えない」
「もうそこまで調べていらっしゃるんですね」
「貴方はいったい誰なんだ…?吸血鬼なのか…?それとも人間で…『カルロ・ジャン・モンテフェルロト』の名を語る詐欺師…殺人犯…?」
ジッとお二人を見ているカルロ伯爵はフフフ…と口元に笑みを浮かべだして微笑むと手に持っているバラをまた自分の口元に近づけて今度は大きく息を吸い込みました。するとキラキラとした光がバラの花から飛び出してきて伯爵の口元に集まったかと思うと、先ほどまで赤々と咲き誇っていたバラがみるみると萎れて枯れて行き、どす黒い色へと変化していきました。
「…っ!」
「これは…いったい…」
「貴方方のご想像通りですよ」
「…」
「今私は…このバラの花のエネルギーをいただいたんです。吸血鬼はバラの花の香りを嗅いでエネルギーを補給できるんですよ」
「…吸…血鬼…」
カルロ伯爵は枯れて黒くなってしまったバラをグシャッと手で潰しました。そしてアッシュグレーだった瞳がゆっくりと金色に光りだすと真っ直ぐにウィリアム様とヴィンセントに向けて妖しくにっこりと微笑みました。
「私の名前はカルロ・ジャン・モンテフェルロト。200年前グララスの地で起きた吸血鬼事件の犯人として疑われた後行方不明となった伯爵こそがこの私です―――…」
「やはり貴方は…200年前行方不明になったカルロ・ジャン・モンテフェルロト伯爵本人…」
「えぇ…」
「そして…吸血鬼…」
想定してであろう答えであったとしてもやはり驚いて少し後退りしたウィリアム様をご覧になって、カルロ伯爵はハハハ…と乾いた笑いとともに一歩一歩お二人の方へとゆっくりと近づいてきました。
「どうされましたか?思っていた通りの答えだったのではないのですか、陛下…」
「…」
「少しだけ昔の話をしましょうか…」
「は?」
「少しだけ聞いてはいただけませんか?そう長くはなりませんので」
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※小説家になろう様にも掲載しています。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
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「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
溺愛兄様との死亡ルート回避録
初昔 茶ノ介
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魔術と独自の技術を組み合わせることで各国が発展する中、純粋な魔法技術で国を繁栄させてきた魔術大国『アリスティア王国』。魔術の実力で貴族位が与えられるこの国で五つの公爵家のうちの一つ、ヴァルモンド公爵家の長女ウィスティリアは世界でも稀有な治癒魔法適正を持っていた。
そのため、国からは特別扱いを受け、学園のクラスメイトも、唯一の兄妹である兄も、ウィステリアに近づくことはなかった。
そして、二十歳の冬。アリスティア王国をエウラノス帝国が襲撃。
大量の怪我人が出たが、ウィステリアの治癒の魔法のおかげで被害は抑えられていた。
戦争が始まり、連日治療院で人々を救うウィステリアの元に連れてこられたのは、話すことも少なくなった兄ユーリであった。
血に染まるユーリを治療している時、久しぶりに会話を交わす兄妹の元に帝国の魔術が被弾し、二人は命の危機に陥った。
「ウィス……俺の最愛の……妹。どうか……来世は幸せに……」
命を落とす直前、ユーリの本心を知ったウィステリアはたくさんの人と、そして小さな頃に仲が良かったはずの兄と交流をして、楽しい日々を送りたかったと後悔した。
体が冷たくなり、目をゆっくり閉じたウィステリアが次に目を開けた時、見覚えのある部屋の中で体が幼くなっていた。
ウィステリアは幼い過去に時間が戻ってしまったと気がつき、できなかったことを思いっきりやり、あの最悪の未来を回避するために奮闘するのだった。
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