ローザタニア王国物語

月城美伶

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Jardin secret ~秘密の花園~

第25話

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 時は200年前のグララスです。
大きくそびえ立つ山々の裾野には大きな湖が青く煌めき、緑豊かな山々や畑や牧場といった農村の風景が広がります。
そして街の外れの小高い丘には教会と修道院が人々が行き交う街を守るかのようにポツンと建っておりました。
この修道院にはたくさんの若いシスターたちが在籍しております。そのほとんどはグララス近郊の貴族や良家の年頃の娘たちで、花嫁修業の一環として修道院での倹しく清く正しい生活を学び、そして貞淑な妻になれるように神の教えを勉強するために半年から1年ほどこの修道院で過ごすのが慣例となっております。

「今日のジャン神父様の講義面白くてよかったわねぇ」

数人の頭からグレーのベールを被った若いシスターの格好をした娘たちが、ワラワラと教会の奥にある講堂から出てきました。神父様からの神の教えを学ぶ講義があったようで、彼女たちは手に聖書やノートを持って思い思い感想を述べながら教会から修道院へと繋がる広い中庭を突っ切って修道院の方へと帰っていっております。
一人の三つ編みを垂らした丸顔の少女が、まん丸の頬を赤く染めながらて喜びの表情でため息をつく様に息を洩らしました。

「ホント!あの神話に出てくる彫刻のように美しい端正なお顔にあの心地よい低音のお声…。他の神父様だと眠たくて仕方のない講義でもジャン神父様だと全然眠たくないわ!一日中聞いていられるわ!」
「とか言ってるけど…神父様のお顔ばっかり見つめていて講義なんてちっとも聞いてないじゃない、テレーズは!」
「アガタ!そんなことないわ!ちゃんと私講義聞いていたわよ!聖書の165ページ、第4章の神の御子対悪魔の荒野での戦いの場面のお話でしょ?ちゃんと聞いていたわよ!」
「へぇ~」
「『悪よ…そなたの甘い誘惑の声になど私は決して負けたりしない…。私は神の御子である!光と共に私は歩いて行くのだっ!!』…って神父様の力強いお声で仰っていたのをちゃんと聞いていたわよっ!!」

少女たちは先ほどの講義でのジャン神父の口調をまねし、ケラケラとはじける笑顔で笑い合い足取りも軽く修道院へと戻っていきました。
少し遅れて、静かになった中庭をゆっくりとした足取りで何か考え事をしながらしている一人のヘーゼルナッツ色の瞳をした少女―――…ルチアは歩いております。

「ボーっとしていたら危ないわよ…」
「ッ!シスターマチルダ…っ!」

背後から肩をポンッと叩かれ、考え事をしていたルチアはビクッと驚いて後ろを振り返りました。
そこには切れ長の瞳に吸い付きたくなるほど瑞々しいぷっくりとした熟れた果実のような唇、ベールから覗く輝くような金色の麗しい髪にどこか甘い香りを漂わせ、制服の上からでもはっきりと分かる豊満なボディーのその女性―――…シスターマチルダがジッとルチアを見つめておりました。

「どうしたの?さっきから呼びかけていたんだけれど…上の空ね」
「も…申し訳ございませんシスターマチルダ…」
「何か考え事…?」
「あ…いえ…」
「…そう。顔色が悪いようだけれど大丈夫…?」

シスターマチルダはスッとルチアに近づき、ルチアの顎をクイッと上げてお顔を近くにして覗き込みました。

「…貴女…」
「え…?」
「とても甘い香りがするのね…」
「えっ!?シ…シスターマチルダの方が甘くていい香りされますけどっ!?」
「…お香の話じゃないのよルシア…。なんだかこう…身体の奥から湧き上がってくる香り…とでも言うのかしら。とても蠱惑的ね…」
「こ…蠱惑的っ!?」

マチルダはさらにルチアに近づき、クンクン…とルチアを嗅ぎまわります。そして首筋の辺りをじっくりと執拗なまでに嗅ぎまわるとベールを少しかき上げてルチアの白くて細いうなじに唇を這わせる様に近づけてきました。

「…っ!?」
「可愛いわね…貴女…」

フフフ…と微笑みながらマチルダはさらにルチアに近づいて行きます。ルチアは驚きのあまり目を大きく見開いて固まってしまい動くことが出来ずにおりました。
マチルダの唇がルチアの首筋をスーッとなぞり、そのままどんどん上に上がっていき、お顔の方まで上がって唇の近くまでやって来た時、後方から誰かが近づいてくる気配がしました。

「おやおや…何やらとても楽しそうなことをされておりますね」
「まぁカルロ伯爵…貴方もご一緒にお戯れなさります?」

マチルダはニコニコと満面の笑みでこちらに近づいてくるカルロ伯爵に妖しくにっこりと微笑んで振り返りました。カルロ伯爵はマチルダとルチアの手を取り両方の手に同時にキスをして挨拶をし、そのまま二人を抱き寄せるように腰に手を添えてきました。
ルチアはもの凄い勢いでカルロ伯爵の手をパチンっと叩き、腰に添えられて手をまるでゴミでも触るかのように素早い動きでどかしました。マチルダは動じることなくカルロ伯爵の手の上に自分の手を重ねて、そのまましっとりと見つめ合うような体勢を続けておりました。

「咲き誇る瑞々しいバラの花のようにお美しいお二人と是非ともご一緒に楽しませていただきたいんですが…あいにく今から院長シスターハンナと面会の約束があるんですよ」
「まぁ…それは残念ですわ…」
「またの機会に…是非貴女方とは官能的なめくるめく一夜を過ごしたいものですね」
「まぁ…背徳的ね」

フフフ…とマチルダは微笑み、腰に添えられているカルロ伯爵の手をスッと外しました。カルロ伯爵もマチルダに微笑んでそっと頬にキスをして返します。とそこへ、顔を真っ赤にしているルチアが二人の間に割って入りパッとカルロ伯爵の方を睨むように見上げて早口で捲し立て上げました。

「カ…カルロ伯爵っ!!でしたら早急に院長シスターハンナの所へ行かれてはっ!?お待ちではないのでしょうかっ!?」
「おっと…そうでした。このままここで花のような貴女方と戯れていたいのですが…名残惜しいですね」
「そう言えば私も同席するように院長シスターハンナ言われておりましたわ。参りましょうか、カルロ伯爵…」

まるで何事も無かったかのようにマチルダはそう言うと、スッと踵を返してカルロ伯爵に合図をして修道院の方へと歩き出しました。

「それではまた…愛しのルチア…」

再びルチアの手を取ってキスをさりげなくすると伯爵はフッと微笑んでマチルダの後に続いて修道院の方へと向かって行かれました。だんだんと遠くなっていく伯爵とマチルダの後姿が見えなくなると、ルチアはもぅっ!と大きな声を出して頭を抱えてヘナヘナと座り込みました。

「や…やっぱり昔と何一つ変わっていないじゃない…っ!女好きで…すぐにあんな軽々しく口説いてくるしっ!それにここをどこだと思っているのっ!?神聖なる教会の敷地の中よっ!!…もうっ!カルロなんてどうなろうと知らないんだから―――っ!!」

・・・・・・・・

 「フフフ…何だか一人で悶えているわね」
「えぇ。何とも言えない愛おしさでしょう?私は昔からルチアのああいう初心な反応がたまらなく大好きなんです」
「まぁ…伯爵ったら…酷い人ね」

遠くの方で聞こえるルチアの声を背後に、カルロ伯爵とマチルダは微笑みあいながら仲縄から続く修道院の真っ白な廊下を歩いております。ドンドンと進んで行くとまったく人気の無いだだっ広い廊下が広がります。

「サディスティックにしか愛せないんですよ」
「…そう。羨ましいわね」

マチルダはどこか愁いを帯びた切れ長の瞳をチラッとカルロ伯爵に向けました。ふと立ち度また伯爵はマチルダの手を取るとまた優しくその手に口づけをしてそっと細い腰に手を当てて抱き寄せます。

「…今晩…お部屋にお邪魔しても?」
「フフフ…そうね。いつものように裏口を開けておくわ」
「夜が待ちきれませんね」
「私もよ、伯爵…」

マチルダはスッと伯爵の首に手を回してにっこりと微笑みました。伯爵は微笑み返しながらマチルダの艶やかな唇にそっと自分の唇を重ねると、二人はそのまま何度も何度も唇を重ね合わせます。マチルダの唇からは熱を帯びた甘い吐息が漏れ聞こえだしました。

「んっ…相変わらず情熱的なキスだわ…。もっと楽しみたいけれど…今はここまで…。早く行かないと院長シスターハンナに怒られますわ」
「そうですね…」

ゆっくりと唇を離すとマチルダは指を伯爵の唇に手を当ててこれ以上ヒートアップするのを制止しました。伯爵はフッと口角を上げて艶やかに微笑み返すと、スッと二人は身体を離し、少し荒くなっていた呼吸を整えて何事も無かったかのように再び歩き始めました。
カツンカツンと静かな人気のない廊下には二人の足音だけが響き渡っていたのでした―――…。

…………………………
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