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1 馬鹿な運命の人
しおりを挟むアオには運命の番がいる。魔法学舎に通っていた頃に出会った、書生服が似合う美青年。将軍の子息で若君様であるハレタケは身分の高い者であるにも関わらず、庶民の感覚を知る為にと一般学舎に通っていた。晴れやかな性格で素晴らしい剣術の才能があり、とんでもない美貌と厚い人望がある。加えてアルファ性であり、その中でもかなりの高位アルファであった。
一方で学生時代のアオはもっさりとした厚い前髪で顔を隠しており、誰もアオの美しさに気がつく者はいなかった。加えて卑屈な性格で、オメガの中でも可愛げの無い部類であったと思う。アオには剣術の才能があったが、今の情勢では〝オメガというのはか弱く守ってやらねばならぬもの。剣など持たせてはいけない〟という価値観が当たり前であったので、公に剣術を学ぶことができなかった。
ハレタケが才能溢れた完璧で美しいアルファだったのに対し、アオは愛想もない上に美しくも無い無能なオメガだった訳だ。この二人が運命の番だなんて、言ったところで信じた者はいなかったかもしれない。しかし、運命の番の相手であるハレタケでさえもアオを運命の番だと認識できないとは思わなかった。
「お前は私の運命の番などでは無い。立場を弁えよ。そのようにフェロモンを振り撒いて‥‥穢らわしい。これ以上私に近寄るな!」
ハレタケはそう言ってアオの肩を突き飛ばし、そのまま振り返らず歩き去ってしまった。突き飛ばされた拍子に背後の壁に背中を打ったアオはゲホゲホと咳き込むが、それだけの事がハレタケを立ち止まらせることは勿論なかった。
運命の番というのは出会った瞬間に本能で感じ取れる。実際アオもハレタケを見た瞬間に彼が運命の番であると理解したので、ハレタケも同じであると信じて疑わず、一直線に彼の元へ走っていってしまった。
後から知ったことだが、運命の番というのは例外があり、時折一度会っただけでは相手を運命の番だと認識できない者がいるという。ハレタケもそうだった。
確かに、見知らぬオメガにいきなり僕たちは運命の番なんだなどと言い寄られたら、ハレタケだってゾッとしただろう。フェロモンが溢れ出たのは仕方がない。だって運命の番に出会ったのだ。緊急でヒートにならなかっただけ褒めて欲しいくらいだ。
「そんな‥‥」
アオは初め、絶望した。せっかく出会えた運命の番。これから間違いなく幸せが待っていると信じて疑わなかったのに、こうもこっぴどく相手のアルファに突き放されたのだ。しかしその絶望と失望は、次第にハレタケに対する怒りに変わっていった。
なので、成人後に見知らぬ街で偶然会ったハレタケに見初められたことは、アオにとっては全く喜ばしいことではなかったのだ。
十八歳で学舎を卒業後、アオは剣術と呪術を極める為に旅に出た。アオは生来剣術や呪術の才能があったが、〝オメガ〟という生き物は、学舎でそれらについての教育を十分に詳しく受けられない。教えられるのは必要最低限の知識のみ。アオは旅人としてオメガであることは隠し、剣術を独学していった。
ある時、アオは同じ様に旅をしているという老人剣士と出会い、彼を守ろうとして妖魔と戦い負傷した事があった。しかし蓋を開けてみれば、その老人剣士は世界一の剣士だと言われていた天願トモヤスで、その腕は全く衰えてなどいない。老人は咄嗟に彼を庇ったアオをすぐに助けてくれたが、アオの勇気ある姿を気に入り、弟子にしてくださった。オメガであっても気にせずに、旅の合間合間に沢山のことを教えてくれたのだ。
トモヤスは世界一の剣士であったので、それはそれは沢山の弟子を抱えていたが、歳をとって旅を始めてからは人に剣を教えることをやめていた。トモヤスがアオに剣を教えていたことを知っている者は居なく、アオは彼の最後の弟子だった。
世界一の剣士は三年前に亡くなった。彼は寿命を全うし、穏やかな最後であった。
師匠の死を受け再び一人に戻ったアオは旅を続ける。
雲一つない晴天の日、アオはある鍛冶屋に刀の修理を頼むため、都市部に寄ることに決めた。今日は街が何やら騒がしい。人々の話を聞くと、この騒ぎは先日の戦に勝利したお祝いのために、宴が開かれているかららしかった。
アオが鍛冶屋の方に向かって歩くと、先へ向かえば向かうほど騒ぎが大きくなる。いくら何でも歓声が凄すぎだろ、と思った次の瞬間、大勢の護衛に囲まれている豪華な輿が、人に担がれてこちらに向かってくるのが目に入る。
「あれは‥‥」
誰が乗っているのか。先日の戦を率いていたのは、将軍子息の若君様———ハレタケだった。ならばあの輿に乗っている人は彼以外に考えられない。わざわざ嫌いな人間の面を拝みたくも無いので、そのことに気がついたとき、アオはこの場を立ち去ろうと考えた。
だが動き出すのが少し遅かったのだ。
風に靡いて輿の前簾がめくれる。それにより現れた隙間からハレタケの成長し洗練された美しさが目に入って、アオは一瞬、踵を返す足を止める。
その前簾が動いた一瞬で、ハレタケの目が遠くに立っているアオを捉えた。少なくとも数十メートルは離れている場所から、他の何も目に入らないというように、ハレタケは真っ直ぐにアオの目だけを見た。
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