大嫌いな若君様は運命の番

花飛沫

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2 恨むべき婚姻

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 その宴では、街を歩く間はハレタケは輿に入って姿を現さないはずだった。だがアオを見た瞬間、ハレタケは目にも留まらぬ速さで輿から踏み出す。ふわりと一つ風が吹く間に、ハレタケはアオの目の前までやって来た。
 アオは突然飛んできた懐かしく美しい男に目を見開く。
 
(凄い速さだ。ハレタケは若君様でありながら、とても強い剣士なんだ。)

 普段は戦闘中でも平静で毅然としているハレタケがぎこちなく一歩を踏み出し、アオに向けて不自然な頬の紅潮を見せた。その瞬間、アオは理解した。ハレタケが自分を運命の番だと認識したことを。

(嘘だろ。今更‥‥!)

 ハレタケは震える手をアオに伸ばす。

「き、君は‥‥、私たちは運命の番なのか‥‥?」

 本人もまだ混乱している。アオを目にした瞬間に本能からそばまでやって来たが、急すぎる出会いに頭が追いついていないのだ。

「君、名前は‥‥?」

 ハレタケがよく通る風琴オルガンの様な声で言った言葉は、アオに大きな衝撃を与えた。

(こいつ、僕のことを覚えていないのか?)

 頬を染めて瞳を潤ませ、少し震える声で名前を尋ねる美貌の若君様。その光景の絵に描いたような美しさに周りの人々は呆然とし、ごくりと息を呑む者もいた。運命の番を見つけて感情が昂っていて、ハレタケは少しアルファのフェロモンが強くなりつつある。しかし彼らとは対照的に、アオの心中は冷め切っていた。

「僕はアオだ」

 アオはハレタケに対して敬語を使わなかった。若君様にそんな物言い、普通なら許されるはずがない。だがハレタケは運命の番に向かってそんな注意をできないだろうと分かっていたし、若君様がしない事を周りの人間は独断でできないので、アオを止められる者は居ないのだ。

「アオ‥‥綺麗な名前だね」

 ハレタケは優しく甘く溶けそうな笑みを向けてくる。
 この男、アオを突き飛ばしたくせに。咳き込むアオに見向きもしなかったくせに。それなのに、覚えていないだと?今更名前を聞いて愛おしむ様な笑みを向けられて、アオはぞわりと嫌悪の感情を膨らませた。アオに穢らわしいとまで言ったのに、ハレタケも運命の番に出会って、制御できずにフェロモンを漂わせている。
 募るは怒りのみ。アオはこの男が心底嫌いだ。



 ハレタケはアオが自身の運命の番である事を早々に宣言し、アオは直ぐにお城へ連れて行かれた。意志の確認はされなかった。ハレタケは運命の番を見つけた喜びで浮かれていて、アオも運命の番である自分に出会えて嬉しいのだと信じて疑わない。ハレタケの部下の様な者に連れられて、知らない輿に乗せられ移動する。

(あ、刀‥‥修理してもらおうと思っていたのに。)

 そんな事を考えながら、控えめに揺れる輿の中でアオは空虚を見つめた。アオはハレタケの番になるなんて死んでもごめんだと思っている。しかし国の者達に連れられている今、普通に嫌なんで解放してください、などと言えるわけもない。
 城に着いてから数日はハレタケには会わず、アオは沢山たくさんの使用人達にせっせと世話を焼かれながら過ごす。上等で動きずらい豪華な着物も、部屋に飾られている美しい調度品にも全く興味は湧かなかった。

 数日後には婚姻の儀式が行われた。本当に物事が進むのが早過ぎて、ハレタケはどれだけ自分と結婚したいんだ、とアオはまた冷めた気持ちになる。結婚が済んだという事は、その夜は初夜だという事だ。アオは一度も嫌と言う機会も与えられず、出会ってから次にハレタケに会ったのは今日、婚姻の儀式が始まる数時間前である。何とも勝手な結婚だ。
 寝る準備が整えられたアオは憂鬱な気持ちで戸を開き、部屋に入る。ハレタケはまだやって来ていなかった。これさいわいにと、アオは先に布団に潜り込み寝たふりをした。
 しばらく経って、部屋の戸が開けられる。

「失礼する。‥‥アオ、眠っているのか?」

 ハレタケは少し驚いた様な声で言いながら、そっとアオの寝転んでいる布団まで寄ってくる。

「っ‥‥!」

 油断して近づいて来たハレタケがアオに伸ばした腕を、飛び上がったアオは直ぐに掴んでぐるりと回転させ、あっという間にハレタケを身体の下に追い込んだ。押し倒した体制で懐からスッと短剣を取り出すと、アオは大きく振りかぶったその刃先を、ハレタケの首からわずか一センチのところに振り下ろした。
 普段のハレタケなら、これくらいの攻撃避けられないはずがない。しかし彼は運命の番であるアオが自身を襲うだなんて全く考えておらず、攻撃されることへの衝撃が大き過ぎて全く反応できていなかった。
 アオがわざと外していなかったらハレタケは死んでいただろう。しかし、アオは彼を殺したいわけではないのだ。

「どうしてこんな事を‥‥」

 ハレタケは傷ついた顔をしていて、絞り出すような声で聞いて来た。アオは嘲笑う強気な笑みで彼を見下ろし、布団に突き立てた短剣にグッと力を込める。

「どうしてだと?それは、僕があんたの事を心底嫌っているからだよ」
「私を、嫌っている‥‥?」

 運命の番なのに?という言葉は音にはならなかったが、アオはハレタケが考えている事を読み取れた。アオはハレタケに冷めた目を向ける。

「僕たちは運命の番だ。それは僕だって分かってる。だが僕はずっと前からあんたのことが嫌いだし、運命の番だと分かったところでその気持ちに変わりはない」
「しかし、運命の番というものは、自然と惹かれ合うものだと‥‥」

 アオはすっと目を細める。

(そうだよ。僕だってあんたに惹かれていたさ。あんたが僕を拒絶し、突き飛ばすまでは)

 アオは蠱惑こわく的で悪意の込められた笑みでぐっとハレタケに顔を近づけ、色素の薄いハレタケの瞳を見た。

「僕はあんたとなんか結婚したくなかった。あんたは婚姻の議を行うまでに、一度でも僕に自分と結婚したいかと意思を尋ねたか?」

 アオの問いかけで、ハレタケはハッとして目を見開く。全く、本当に一ミリも頭に浮かんでいなかったのか。

「この身分に物を言わせた強制的な結婚に、僕は納得していない」
「それは‥‥本当にすまなかった。君の意志を確認しなかった私が全面的に悪い。‥‥だが、私たちは運命の番だ。私はやっと見つけた君との婚姻を解消するつもりはない」

 ハレタケはアルファとして、運命の番であるオメガに対する執着を見せてきた。本能に引っ張られてアオをどうしようもなく愛おしく感じてしまう気持ちも、アオを逃したく無いと言う思いに拍車をかけている。

「まあ、結婚はそれとして、僕はとにかく月輪つきのわハレタケという男が嫌いなんだよ。僕はあなたと番になる気は無い」

 ハレタケはとてつもない痛みに耐える様な表情をしている。運命の番からの拒絶。アオが味わった苦しみを、ハレタケも味わえば良い。
 ハレタケの手が布団についているアオの腕を掴んだ。一瞬で形勢が逆転する。アオはハレタケに組み敷かれ、両手を彼のそれぞれの手に押さえつけられた。
 ハレタケは危機迫った表情をしている。本能の部分が、運命のオメガからの拒絶を受け入れられていない。アオを魅了しようと、ハレタケの身体からむせかえる様なアルファのフェロモンが湧き出した。
 
「何だよ。若君様を襲った罪で僕を殺すか?それとも、このまま無理矢理番にするのか?」
「そん、な‥‥」

 ハレタケのフェロモンに影響されて、アオの体温もぐんぐん上がっていく。このまま放っておくとヒートが誘発されそうだ。アオの荒い呼吸はアルファを狂わせようとせんばかりの甘さを持ち、息を吸うたびに本能から求めるハレタケのフェロモンが肺に入る。身体が感じるどうしようもない歓喜と、理性で感じる苦痛が頭の中でせめぎ合った。

「私は‥‥」

 ハレタケは苦しそうに眉間に皺を寄せる。彼だって今アオを襲わないように耐えているのが奇跡なくらいの状態だ。アオがヒートギリギリなのと同じように、ハレタケもラット状態に入りそうな不穏な雰囲気をまとっている。
 ハレタケは不意にぐっと布団についている両手に力を込めると、素早い動きでアオの上から避けて寝台を降りた。乱れた浴衣ゆかたえりを正し、アオから逃げるように部屋と扉の前まで移動する。

「私は‥‥今夜は隣室で眠る。君はゆっくり休むといい」
 
 苦しげな表情をこちらに向けないようにそう言うと、ハレタケは戸を引いて開け、部屋から出て行った。

(僕に触れるのを耐えた‥‥あんな状態だったのに)

 苦しかったに違いない。アオはハレタケを嫌っているが、ハレタケはあの日拒絶した男がアオであると気が付いていないのだ。やっと見つけた運命の番に惹かれて愛情を示そうとすれば相手からずっと前から嫌いだったと言われ、番になる気は無いとすら言われた。ラット直前まで発情していたはずなのに、アオを尊重してハレタケは部屋から出て行ったのだった。
 






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