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3 馬鹿な旦那様
しおりを挟むアルファという人間は、優秀な人材が多い分、人情味に欠ける人間も多い。特にアルファの愛する人間に対する行動には、異常なほどの執着が現れることが多々ある。相手がオメガである方が狂気の度合いは強い傾向にあるが、基本的には愛する相手であればベータであろうがアルファであろうが変わらず彼らは狂気的な執着を見せる。
今のアオと同じような環境になって、アルファに執着心を持たれたオメガやベータが相手のアルファに襲われるという事件は後を絶たなかった。同じアルファであれば多少抵抗できるが、オメガやベータは生まれつきアルファと比べると身体の大きさや力が劣っているので、ろくな反抗はできないのだ。しかし時の権力者はほとんどがアルファである為、そういった事件は起こっても目をつぶられてしまう。
アルファというのは生まれ持った身体能力や体格の良さを、愛する人を捕まえて逃がさないために躊躇いなく存分に利用する生き物だ。アオは今までそう思って生きてきた。
(けどハレタケは耐えた。ただでさえ若君という権力のある立場なのにそんなことができたのは、僕のことをちゃんと一人の人間として見ていて、意志を尊重しようとしたからだ)
アオは胸の奥が暖かくなるのを感じる。
(いやいや、あの男は僕を拒絶し、突き飛ばしたんだ。これは本能からくる心臓の誤作動に決まってる。)
アオはハレタケが嫌いだし、こんな事でアオの怒りは収まらない。
実際、愛する運命の番に拒絶されて苦しむハレタケを見ても可哀想だなんて思わなかったし、胸を締め付けられるような痛みに顔を歪めたハレタケの様子に、アオの胸は少しすっきりした。ハレタケが苦しもうとどうだって良い。とにかく、アオはハレタケが折れてこの婚姻を解消すると言うまで、この城で思いの儘に振る舞えば良いのだ。
この城の中で、アオは若君様であるハレタケと同じくらい立場の高い存在になった。つい先日まで泥だらけになりながら妖魔と戦うただの旅人剣士だったのに、今となっては籠の中の鳥のようだ。
そんなアオだけれど、この閉ざされた空間の中でできるだけハレタケを困らせようと、自由に過ごしている。ハレタケからは部屋を出る際は誰かを呼んで護衛をつけろと言われたが、アオはそんな言いつけはもちろん守らない。
気が向いたら誰にも声をかけず窓から外に出て街をぶらついたりもしたし、若君の伴侶という立場でありながら城の廊下を全力疾走した挙句、事故ってお高そうな壺を割ったりもした。壺に関してはハレタケは怒らず、ただアオの怪我の心配をしただけだった。脱走についてはくどくどと注意をされ、アオの部屋の見回りが前よりも強化されている。
アオのハレタケに対する嫌がらせはまだまだ続いたが、失敗した作戦もあった。それはハレタケの見えるところでわざと使用人にベタベタしたり、甘えるように喋りかけたりする事だ。その場面を見たハレタケがあからさまに顔をこわばらせて威嚇のフェロモンを放ったので、その使用人は腰を抜かしてしまう。アオは慌てて使用人を立ち上がらせてすぐにその場から立ち去らせた。ハレタケは走り去る使用人に威嚇を続けながら口を開く。
「あの者は解雇しなければならないか‥‥」
「そんな‥‥!」
アオはその低い呟きに驚き振り返る。使用人はアオに巻き込まれただけの被害者だ。こんな事で仕事を辞めさせられるなんて理不尽すぎる。
しかしアオがハレタケを見上げると、もうあの恐ろしい殺気は消えていた。
「冗談だ。」
「はっ‥‥、当たり前」
「だが、次は本当にそうするからな」
「‥‥それはやめろ」
ハレタケはアオに顔を向ける時はいつも優しい表情をしているが、この時は本気で目が笑っていなかった。
「ならば、あまり人とベタベタ接するな」
「もう他人を巻き込むことはしないよ」
ハレタケはとても嫉妬深い男だった。本当はアオの周りに他のアルファを置いておきたく無いのだが、アオの脱走癖が止まらないので、優秀なアルファの剣士でアオの警護を固めている。
アオは更にハレタケを苦しめるため、ころころと態度を変えてみることにした。
「ハレタケ、もっとこちらへ来いよ。一緒に茶を飲もう。お菓子を持ってきてくれ」
と突然とびっきりの笑顔で甘えるように言ってみる。ハレタケはアオが心を開いてくれたのかと目を輝かせて喜び、大量の和菓子を運んできた。この日は「若君様は若旦那にベタ惚れだ」と噂が回るほどハレタケはアオにつきっきりである。素直な犬のような反応にアオはなんとも言えぬむず痒さを感じたが、きっと気のせいだ。
また別の日には、あの時の笑顔は嘘だったかのような仏頂面を作ってみせた。
「それ以上僕に近寄るな。僕はお前とは一緒にいたく無い。手が空いているなら、僕の刀を修理にでも出しておいてくれ」
やはりアルファにとって一番辛いことは愛するオメガに拒絶されることだ。アオに頼られる幸せを感じた後にこの拒絶攻撃を喰らったハレタケは、かなり傷ついた顔をしていた。一緒にいたく無い、の時点で周りの使用人すら気の毒になるくらい絶望した顔をしていたので、刀の修理というお願いを付け足して見た。ハレタケは落ち込んでいたが、アオからのお願いはやはり嬉しいようで、すぐに刀が修理されて手元に戻ってきた。
ハレタケはアオがよく修理を頼んでいる鍛冶屋をちゃんと調べて修理を頼んでくれたようで、愛する霊刀(妖魔鬼塊を倒すために使う剣や刀は霊剣、霊刀という)が元通りぴかぴかになって帰ってきた。アオの刀は常に包帯でぐるぐる巻きになっていて、いつもの鍛冶屋は修理が終わり返す時にはまた包帯を巻いて返してくれる。何より、事情を知らない人がアオの刀を見たら何かしら騒ぎが起こっていたはずだ。ハレタケの反応からも、彼が包帯を解いてアオの刀を盗み見なかったことがわかる。
「ハレタケ、お前、ちゃんと僕のお気に入りの鍛冶屋を調べてくれたんだろう。そうに決まってる、そうじゃなければこの状態で帰ってくるのはありえない」
アオは美しい姿で帰ってきた刀を見て嬉しさのあまり作戦のことを忘れ、ハレタケに笑顔を向けてしまったが、アオ自身もそのことに気がついていなかった。
「良くやったぞ!最高だ!」
「っ‥‥!」
アオに喜んでもらえた嬉しさがハレタケ頬をほんのり赤く染める。アオはこの日一日ずっと機嫌が良かった。
そんな風に何度もハレタケの愛を弄ぶようなことをしていると、彼も次第にアオの気分屋なところに慣れてしまったようだ。
「君といると、なんだか私は警戒心の強い猫に気に入られようとしているみたいに感じるよ」
「はあ?」
学生時代には想像もできなかったにこにこ顔でこちらを見たハレタケは、食後なのにハレタケが持ってきたお菓子を頬張るアオを見てそんなことを言った。ハレタケは最近アオのわがままを聞くのが楽しいようで、隙があれば「何かして欲しいことはないか?」「何か欲しいものはないか?」と聞いてくる。
アオが優しく対応する時はキラキラした目で喜んで、アオが冷たくする日もにこにこして見守っているのだ。
「アオは本当に可愛いなあ」
アオが無愛想で冷たい言葉を返した日でさえ、機嫌を取ろうと和菓子を持って部屋へやってきて、そんなことを言うのだ。
(この人は馬鹿だ。馬鹿な旦那様。馬鹿な若君様。)
愛想を尽かされるためにやっている事も、ハレタケの愛に全て包み込まれてしまう。
(どんだけ僕のことが好きなんだよ!)
アオはハレタケに一度拒絶されただけでこんなに嫌いになったのに、ハレタケはどんなアオでさえ受け止めてしまうのだ。
(変な人‥‥)
誰もに愛されたいと、結婚したいと思われていた理想の男ハレタケはアオにぞっこんなのである。
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