召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第五章 空は近く、望は遠く

ないしょばなし

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「先に戻って、ノアに第一報伝えてくるね」

 そう言ってミズキは馬を走らせた。器用に木々の間をすり抜けて、すぐに見えなくなった。
 オレ達も遅れて帰宅する。
 ずっと小雨だったが、長い間さらされていたので帰宅したころにはずぶ濡れ状態だった。
 迎えてくれたカガミから、着替えてお風呂に入っておいでと促される。

「ノアちゃんは、ミズキの話を聞いて安心したみたい。お腹も痛くなくなったって」

 その一言で、随分と気が楽になったので、お言葉に甘え風呂に入る。
 着替えてノアの部屋の前にきたときには、雨は強くなっていた。
 帰るのが遅くなっていたら酷い目にあっていたところだ。

「じゃあね、ノアノアまたね」

 ミズキと入れ違いにノアの部屋に入る。
 ベッド脇に置いてあった椅子にすわって、ノアと目線を合わせる。

「大丈夫?」
「うん。ずっとね、皆が一緒にいてくれたの。カガミお姉ちゃんには、とっておきのお話をしてもらったの」
「それはよかった」
「これみて」

 ノアが枕元から、マスターキーを取り出す。見た目が少し変わっていた。
 マスターキーは穴の開いたメダルといった見た目だが、その穴に人形がはまっている。
 屋敷の門にいるガーゴイルをディフォルメした人形が、マスターキーの輪っかの中に入って、がっしり掴んでいた。

「少し変わってるね」
「あのね、ジラランドルがね。側に寄りそうガーゴイルっていうのを教えてくれたの。サムソンお兄ちゃんが、屋敷の力でガーゴイルをプレゼントしてくれたの。助けてくれるんだって」

 そんな権能があるのか。こうなることを想定してマスターキーは輪っかの形をしていたわけか。

「ジラランドルがね、いつでも呼んでねって言ってね。さっきまで一緒にいたんだよ。あとね、ミズキお姉ちゃんといろんなお話したの」
「そっか」

 ブラウニーは十把一絡で、酷い奴らと思っていたが、違うのかもしれない。
 少しだけオレの中で、あのコンパクトヒゲ親父共の評価を上方修正してやる。少しだけ。
 ミズキがどう伝えたのか、ほんの少し緊張して耳を傾ける。

「大きくなった私の夢みたんだって」
「へぇ」

 てっきり体調の事や、オレ達の帰還の話をしていたのかと思っていたが違うのかな。

「大きくなった私が、また牢屋に閉じ込められちゃったんだって」
「また?」

 ノアは牢屋に閉じ込められたことがあるのか。結構ハードな人生送っているなぁ。

「そうなの。前は、ミズキお姉ちゃんと一緒に閉じ込められてね。ふざけんじゃないわよって、牢屋壊しちゃったの」

 ミズキと一緒? いつのことだ? というより、めちゃくちゃ最近の話だろ、それ。

「ミズキお姉ちゃんが壊したの?」
「うん。それでね。悪者を倒して、お馬さんと一緒に脱出したの」

 あの時の馬か!
 何が内緒だ。かなりやばい状況にノアを放り込みやがって。まったく、どうしてくれよう。

「すごいね、ミズキ」

 とりあえずミズキの処分は後にして話を進める。

「うん。それで今度は大人になった私がね、牢屋に閉じ込められてたって。それでね、私が鍵が無いから出られないって言って、ミズキお姉ちゃんが鍵を開けて出してあげたんだって」
「夢の中で?」
「そうなの。私が困ってたら、いつだって助けてあげるよって教えてくれたの」

 最後はいい話にまとめたようだ。しかしながら、予想外の話を聞いて、肩の力が抜けたのは助かる。その点だけは、ミズキに感謝しよう。

「まったく、こまったもんだ」
「えへへ。でもね、ミズキお姉ちゃん、いつか帰るんだって」

 なんだ、帰還の話もしていたのか。
 うまく伝えられたようだ。
 ノアの落ち着きようから、それが見て取れる。

「あぁ。すぐにじゃないけどね。このままだと帰ることになる」
「リーダも帰っちゃうの?」

 ノアがオレから目を逸らして、自分の手元をジッと見つめて聞いてきた。
 グッと握られた小さい手が小刻みに震えていた。

「そうだね。命約ってのがあって、オレを呼び出した人のお願いを全部叶えたら、かえってしまうんだって。まだ、約束は100よりもっと沢山あるから、先なんだけどね」
「あのね、私、お願いがあるの」
「お願い?」
「喉がカラカラなの」

 あぁ。ずっと横になっていて何も飲んでいなかったのか。

「それじゃ、お水を用意しなきゃね」
「えとね。あのね。リーダにお水くんで欲しいけど。自分でやるの」
「そっか」
「私がお水くんだら、私のお願い叶わないね」

 そういうことか。願いが叶わなければ、ずっと一緒か。
 おそらく、そんな願いは、命約の中には含まれていない。
 でも、いまはそれでもいいかもしれない。

「じゃ、ずっと一緒だ」
「でもね、帰りたいって思ったら教えてね。お水くんでってお願いするから」
「了解。ノア。でもね、オレは帰りたくないから、お願い全部叶えても帰らない方法を探すよ。手はいつだって、方法はいくつでもあるはずだからね」
「うん」

 オレの言葉をきいて、ようやくこちらを向いて笑ってくれた。
 帰る気がないのは本心だ。だが同僚のことを考えると、帰還する、しないの2択について、自由に選択をできる方法は探さないといけない。

「それじゃ、明日、もし元気になったら。まずは、ハロルドを探そうか」
「どうやって探すの?」
「皆で考えるんだ。ブレストってやつだ」
「ぶれすと……でしたか。えへへ」
「元気になったら教えてあげよう」

 ノアは笑顔で頷いていた。先ほどのぎこちない笑顔でなく、本心からの笑顔だ。
 大丈夫だと感じ安心する。

「うん。すぐに元気になるね」
「そうだね、待ってるよ。それじゃ、おやすみ」

 席を立とうとしたら、ノアがオレの袖を掴もうとして、すぐに引っ込めてしまった。
 寂しいのかもしれない。今日は、いろいろあったしな。

「せっかくだ。ノアが寝るまで一緒にいてあげるよ」

 ニコリと笑って、椅子に座り直す。ノアは満面の笑顔で歓迎してくれた。
 しばらくして、部屋の片隅おいてあった長椅子を異動させて、足置きにした。

「椅子で寝るの?」
「そうだよ。椅子でねるのは得意だ」

 そんなことを言っていたら、コンコンとノックがあったあと、カガミが入ってきた。

「ノアちゃん、大丈夫?」
「うん。あのね、明日ハロルドを探すの」
「そう。よかったね。ひょっとして、リーダは、ここで寝るの?」
「あぁ。知らないかもしれなけど、オレは椅子で寝るのは得意なんだ」
「知ってる」

 ノアが元気になったのを確認して、満足そうにカガミは部屋をでていった。
 様子を見にきたのだろう。
 ウィルオーウィスプにお願いして、部屋を暗くしてもらう。
 ノアはベッドに潜ったあと、たまに「リーダ」と呼びかけてくる。
 そのたびに「なんだい?」と返事して、ノアは「なんでもないの」と返してきた。
 そんなことを繰り返して、そのうち寝るんだろうなと、オレもうつらうつらと眠りかけていた。

「リーダ」
「なんだい」
「あのね、リーダは秘密にしたいことあるの?」
「あるよ」
「どうやって、ずっと秘密にするの? 喋ってしまうかもしれないよ」

 ノアにも秘密にしたいことがあるのかな。
 そういえば、ノアのお願いを叶えると帰るって話をしていたな。

「そうだな、心の中に”箱”を思い浮かべるんだ」
「箱?」
「そう、箱。その中に秘密を入れて、ギューッと閉めちゃうんだ。開かないようにってね」
「ふぅん」

 ノアは分かったような分からないような、曖昧なリアクションをした。
 それから、また沈黙が続く。今度こそ、寝たのかなと思っていた。

「リーダ」

 消え入りそうな声で、再び名前を呼ばれる。

「なんだい?」
「……リーダは、リーダは……ママに会いたくないの? 帰ったら会えるよ」

 帰りたくないのは嘘だと考えたのか、そんなことを聞いてきた。
 どう答えたものか、しばらく考えていたが、正直に伝えることにする。

「オレの両親はいないんだよ。帰っても……ずっと前に……」

 ふと見ると、ノアは寝ていた。
 考えているうちに寝てしまったようだ。
 安心しきった寝顔をみて、ようやく本心から安心できたオレも、寝ることにした。
 こうして、異世界にきて一番長く感じた一日は終わった。
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