召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第二十章 聖女の行進

こせんじょう

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「おはよう」
「リーダ。今日は早いんだな」
「なんとなくだよ」
「今日も、昨日と同じ微妙な天気だぞ」
「みたいだね。まぁ、雨が降りそうで降らないね」
「そうだな。もっとも、静かなのはいいな」
「あぁ。このまま何事もなく、静かに平和に帝国へいきたいな」
「帝国に行って、ノアちゃんのお父さんに会って……とりあえず、そこまでは静かに波風たてないようにしたいな」
「そうだね。もう騒ぎはモルトールの一件だけで十分だよ」

 モルトールを出発して3日目の朝。
 サムソンと会話しながら見る風景は、昨日の朝とほぼ同じ。
 曇り空から、差し込む朝日が延々と続く緑の丘を照らす。
 燃える屋根のあった宿で聞いた営業トークの中で、ここは幾たびも戦いが繰り広げられた場所だと聞いた。
 だが、そんな戦いの後など何処にもない。今は休戦中だからだろう。
 広大な丘陵地帯。
 緩やかな起伏のある台地は、背の低い草が生い茂っていて、緑豊かな丘だった。
 ここで争いがあったと思えないほど穏やかな土地だ。
 たまに野犬や馬などがいた。
 それ以外は何も見当たらない延々と続く丘。
 空を飛ぶ鳥も優雅に飛んでいて、魔物にも出会うことがなかった。
 最初の数日は、美しく広がる緩やかな起伏のある丘陵地帯を眺めていられた。
 だけれど、3日目ともなるとさすがに飽きる。
 まぁ、いつもの景色だよなといった感じだ。

「本当に何もないっスね」
「あのね。昨日、羊飼いさんを見たよ」

 ノアがノートに描いた羊飼いの絵を見せてくれる。
 大きな鐘がついた杖を持ったおじさんの絵だ。まわりには丸い羊がいる。
 ずいぶんと絵が上手くなったものだ。
 なんにでも一生懸命だな。ノア。

「へー、羊飼いか」
「それに、茶釜で走り回るととてもいい感じだと思います。思いません?」
「そうそう。もう、どこまでも広がる丘がすごく綺麗なんだよね」
「えぇ。昨日なんかは、野生の馬と競争しましたよ」
「いいなぁ、私も今度馬を見かけたら、やってみようかな」

 なんだか話を聞くと楽しそうだ。オレも、たまには茶釜に乗ってみようかな。

「明日ね。クローヴィスを呼んでいい?」
「いいよ。せっかくだから茶釜に乗ったオレと競争しようか?」
「うん!」

 大した事のない雑談。いつものようにのんびりした日常だった。

「リーダ様。誰かが立ってます!」

 ピッキーの声を聞くまでは。

「羊飼いかな?」
「違います。急に出てきました。なんか怖いです。じっとこちらを見ています」

 ピッキーが怖いと表現したことが気になって、すぐにピッキーの隣へと進む。
 確かに前方に、人が立っている。
 近いというわけではない、人がいるとわかる程度だ。
 身体強化で視力を強化して、前に立っている人を見る。
 見たことのある人物。
 パルパランが立っていた。
 初めて会った時と同じように、宝石をジャラジャラと身に纏いパルパランはたった1人で、丘の上に立っていた。
 まるでオレ達を待ち構えているように。
 先回りしたのだろうか。
 しばらく様子を窺うことにする。
 パルパランは微動だにしなかった。
 じっと立ったまま、オレ達を見ていた。
 ふと目が合う。
 その瞬間、パルパランは笑った。
 オレが身体強化で視力を強化し見ているように、パルパランも何らかの方法で視力を強化し、オレ達の方を見ているようだ。

「どうしますか?」
「突っ込む?」
「罠かもしれない。あまりも不気味だ」
「では、迂回します」

 ピッキーがそう言って、身を前に乗り出し海亀に指示を出す。

「かってこの地で戦いがありました」

 それとほぼ同時、パルパランの声が辺りに響いた。
 遠くにいるパルパランの声が、すぐそばで話しているように聞こえた。

「んーふふふふ」

 笑うパルパランの言葉はさらに続く。

「戦いは1000年を超える間、幾たびも続き、そして戦いに明け暮れた結果、この土地は血に染まりました。そこでは悲劇も喜劇もありました。人の夢、人の想い、いや人だけではなくあらゆる生き物の願いや想いを、この土地は記憶し、そして存在しております」

 演説するように言葉を続けながらパルパランは、近づいてくる。
 あくまでゆっくりと。

「何かおかしいぞ」
「おかしくはございません」

 サムソンがオレに向かって言った言葉に、パルパランが答える。
 まるでオレ達の側にいて、気軽に会話に参加するように。

「そんなに離れているのに、聞こえているのか。耳が良いな」
「聞こえている? 聞こえていない? 問われれば、聞こえていると答えましょう」
「そうか」
「思えば、貴方達はいつの頃からか、わたくしを警戒しておりました」
「あぁ」
「おそらく館の者が失態を犯したのでしょう」

 いや、違うよ。
 お前が失敗してオレに警戒心を抱かせたんだ。
 人のせいにするなと思う。

「やはり敵か」
「そうでございますね。敵かと問われれば敵と答えましょう。貴方方を殺すために、私は活動しているのですから」
「イ・アの仲間か?」
「王妃様の名前を! お前ごときが軽々しく口に出すな! ただの喋る家畜のくせに! ただの出来損ないのくせに!」

 先ほどまではまったく違う口調。
 ゆったりとして穏やかな口調ではなく、バルパランは怒りをあらわにして怒鳴り声を上げた。

「やはり、仲間だったのか」
「仲間ではございません。王妃イ・ア様が敬愛する王の下僕の1人でございます」
「そうか」
「本来であれば……もうしばらく時間があれば、最高の舞台を用意できました。なれど、急がれてしまうので、不完全な状態で迎えねばなりません」

 オレの予想は当たっていた。
 パルパランは敵で、なおかつ時間を稼ぎたかった。
 もしかしたら、チッキーの誘拐はおろか、報奨金を積み上げたのもパルパランだったのかもしれない。
 それにしても、イ・アの仲間か。
 パルパランの言動から推測すれば、やつは準備不足だ。
 今回は魔改造聖水も含めて、対策も出来ている。
 しかも、ここは見晴らしの良い丘陵地帯。
 いくらでも走って逃げることができそうだ。
 オレは自分の選択が正しかった事に、少しだけ安心し、次に備えた。
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