召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第二十四章 怒れる奴隷、東の大帝国を揺るがす

閑話 舞踏会の夜に

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 「ハァッ……ハァッ……」

 ナセルディオは、舞踏会場を後に走っていた。
 鼻からダラダラと流れる血を放置し、ひたすらに逃げるように走っていた。
 それは、リーダ達が立ち去ってから、しばらくしてのことだ。
 リーダから殴りつけられ、ノアサリーナの言葉を聞き。
 鼻からポタポタと血を流し呆然としていた。
 いつもであれば真っ先に駆けつけ、手を差し伸べてくれる女達は誰も近づかなかった。
 代わりに聞こえるようにクスクスと笑い侮る言葉ばかりだった。
 だが、何もしなかったわけではない。
 立ち上がることはしなかったが、左腕につけた腕輪に右手をまわしていた。
 ひたすらに。

「フッ」

 封印魔法の一つだろう。
 当初、ナセルディオはそう考え、苦笑した。
 魅了は解けてしまったが、封印された秘術を再度動かせばいい。
 いちから魅了をかけ直すのは面倒だが、諦めるほかない。
 力を取り戻し、リーダ達が捕らえられた後、仕返しすればいい。
 今まさに自分を嘲るクズ共と一緒に始末すればいい。
 そう考えていた。
 自らの力の弱点は知っている。
 魔法の封印に弱いことだ。
 だが、そのような弱点を放置するわけではない。
 帝国の皇子皇女は皆左手首に腕輪を付けている。
 この魔導具を使えば、自らに加えられた封印は破壊される。
 秘術は自らを魔導具化する。
 通常の魔法とは違う。一度魔法を封印されても、再度詠唱する必要はない。
 ただ、封印を破壊すればいいだけだ。
 だからこそナセルディオは、最初、余裕だった。
 おかしい。
 だが、その余裕と自信は程なくしてガラガラと音をたてて崩れていった。
 何度、魔導具を起動しても、自らの力が取り戻されなかったからだ。

「くそ。どういうことだ」

 誰に聞かれることも無く、小さく小さくナセルディオは悪態をつく。
 やがて自分の力が取り戻せないのではないかという恐怖感が彼を襲った。
 視界が涙で歪む、そんな彼の目の前に手が差しのべられた。
 ふと見ると、それはクシュハヤートだった。
 ほんの先程まで、自分と次期皇帝を争っていた男。
 近い将来、敗者として自分の前で頭を垂れるはずだった男。
 圧倒的に自分の方が立場が上だったにもかかわらず、微笑を浮かべるクシュハヤートを見ると、自分が惨めに思えた。

「怪我をしている。自室で治療し、服を着替えるがよかろう」

 クシュハヤートは、そう言ってナセルディオを立ち上がらせた。
 ナセルディオは、言われるがまま、大広間を出て……そして、走り出した。
 逃げるように。
 相談せねば……。
 彼の頭の中はそのことでいっぱいだった。
 未知の攻撃、自らの能力の封印。
 対処可能なのは、彼の側近マハーベハムだけだった。
 黒い鼻の道化師。
 誰よりも遙か以前より帝国に存在し、秘術の知識は帝国随一。
 魔力は宮廷にいるだれよりも高く、剣技ですら、多くの者を遙かに超える道化師。
 異常事態には、気づいているはず。
 なのに、なぜ姿を現さない。なぜ、私を放置する。
 いつもとは違う状況にナセルディオの頭は疑問でいっぱいだった。
 なぜ、どういう手段で、自分の能力が封じられたのか。
 なぜ、封印破壊の魔導具は機能しないのか。
 疑問は尽きなかった。
 ナセルディオは気づいていなかったが、封印破壊の魔導具は機能していた。
 起動する度に、一つ。
 たった一つの魔法陣を破壊していた。
 だが、破壊する度に、その衝撃で魔法陣は分裂していただけだった。
 自らを複製する魔法陣。
 そのような魔法陣は、この世界には無かった。
 カガミが作り出すまでは、存在しないタイプの魔法陣だった。
 だからこそ、ナセルディオには、魔導具が機能しているにも関わらず封印が解けないという事実には至れなかった。
 ナセルディオには、繰り返し使用したことで、すでに蓄えた魔力を失った魔導具を、握りしめ走り続けるしかなかった。

「おぉ、マハーベハム」

 自らの部屋から聞こえた頼りになる黒鼻の道化師マハーベハムの声を耳にし、ナセルディオは安堵の声をもらす。
 だが、彼が誰かと話をしていることに気がつき、部屋に入ることなく足を止めた。
 誰かがいる?
 それは、女性の声だった。
 ほんの少し前までであれば、彼は堂々と部屋に入っただろう。
 だが、先程の女性達の嘲笑する声が耳から離れなかった。
 それがナセルディオを躊躇させてしまった。

「では、私の考え方は間違っていたのですかっ?」

 部屋の中で、マハーベハムは声を荒げていた。

「そうねぇ。転生の魔法陣は、2人の人間を一つに融合ができない。片方の記憶の一部を残し、純粋な魔力に転じ消え去る。だから、かの土地から取り寄せた魔法陣は役立たずというわけ。2つの魂を1つの器に……そのような浅はかな考えは失敗しかしないわ」
「1つの器にできない……」
「だってねぇ。シンシニフォルの双子にもあるでしょ。神様が2人がかりでも失敗するような事、できるとは思えないわ」
「では、血塗られた聖女は……」
「あの屋敷にあった物は、私がいままで見たことがある魔法陣とは全く異質のものだった。あれはただの転生の魔法陣じゃない。もっと何か別の……」
「ダ、ダヤ様は、そ……そんなことは教えてくれなかった」
「知らないわ。まぁ、人の言いなりだったお前にはお似合いの失敗ね。自分で試してみればはっきりしたのに、残念……。ところで、外の貴方も入ってくれば?」

 震えるマハーベハムと、穏やかな女性の声。
 そして、穏やかな声は、気安い調子で、扉の前に立ちすくむナセルディオに声をかけてきた。
 穏やかだが、逆らえない言葉に観念し、部屋に入った時、ナセルディオが見た物は、信じ切れない惨状だった。
 ナセルディオが頼りにしていた黒鼻の道化師マハーベハム。
 彼は、頭を残して全身を氷漬けにされていた。
 道化という言葉が不気味と似合う、奇妙で滑稽なポーズで氷漬けにされていた。

「あら、怪我をしてるのね、大丈夫かしら」

 姿を見せたナセルディオに対し、テーブルに腰掛けていた女性……氷の女王ミランダは声をかける。

「皇子助けてください。助けて……」

 いつもとは違うマハーベハムの声。
 頬に凍らせた涙を張り付かせ、震える声で助けを求めるマハーベハムを見て、ナセルディオは震えた。

「お、お前は……ノアサリーナの仲間か?」
「うーん。あぁ、お前のそれ、ノアサリーナ達にやられたのね。リーダかしら」

 そう言って机からふわりと降りたミランダは、ナセルディオにゆっくりと近づく。
 対するナセルディオは、剣を取ろうと腰に手を回すが、そこには何も無かった。
 剣は、舞踏会場で落としたままだ……ナセルディオがそのことに気がついたと同時。
 ミランダの背後が白く光った。
 正確には、ミランダの背後……窓越しに見える空が白く光った。

「あれは、リーダ? 血? 怪我? ごめんなさいね、楽しいお喋りはもうおしまい。私は行かなくちゃいけなくなったわ」

 光に釣られて外を見たミランダは、除き込むように空を見上げた後、少しだけ早口で言った。

「質問に答えたのだ、わ……私を解放してくれる約束だな」
「そうね、そんな約束したわよね」

 ミランダは、マハーベハムの言葉を聞き、笑うと片手を軽く揚げた。

『ガラガラガラ』

 手を上げた瞬間、わずか凍らず残っていたマハーベハムの顔も氷りつき、音を立てて崩れ落ちる。

「ヒ……ヒィ……。な、なぜ」

 ナセルディオは悲鳴を上げ、へたり込む。
 震える体に、歯はガチガチと音を鳴らす。
 彼にとって頼みの綱であるマハーベハムを失ったショックからだった。

「あら。知らないのかしら。女王ミランダは、呪い子を殺して回っているのよ」

 ミランダは、へたり込むナセルディオに対して事も無げに言うと、窓から外へと飛び出していった。
 開け放たれた窓から、冷たい風が吹き込み、カタカタと音をたてカーテンが揺れた。
 一人、薄暗い自室で座り込んでいたナセルディオが、窓に顔を向ける。視線の先、白く輝く空を見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
 光り輝く空飛ぶ島が見えた。

「あれは予言の……ハイエルフの娘が献上すると言っていた……石の……靴?」

 だが、白い光を纏った空飛ぶ島は、それ以上帝都に近づく事は無かった。
 遠ざかっていく空飛ぶ島。
 それは、ナセルディオにとって、わずか残された希望が失われた瞬間だった。
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