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第二十五章 待ちわびる人達
マデラ
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いきなり、大きく呼ばれたノアの名前。
誰だ?
聞き覚えの無い声。
どこから呼ばれたのかと、キョロキョロと辺りを見回していたら、少しだけ離れた場所にある館から一人の老婆が飛び出し、近づいてくる。
老婆は、ノアしか見えていないかのように、一直線でこちらに走ってきた。
ノアといえば、その老婆をずっと凝視して動かない。
まるで蛇に睨まれたカエルのように。
あまりの老婆の勢いに、とっさにノアの前にたち、手で老婆を制そうとした。
『バチン』
だが、その手ははじかれてしまった。
意外と力が強い。
そして呆然とするノアの両手をガシッと掴み、顔を覗き込むように睨んだ。
「マデラ……」
ノアが、かすれた声で老婆を呼ぶ。
「ノアサリーナ様。ノアサリーナ様。レイネアンナ様は、レイネアンナ様は何処に?」
「それは……」
「レイネアンナ様は、何処に?」
「母は……」
「もしかして、一緒では無いのですか? どうなされたのです? レイネアンナ様は?」
「それは……」
「もしや、見捨てたのですか? レイネアンナ様を? 母親を?」
ノアが何かを言おうとする度に、被せるように問われる質問にノアは困惑しきりだ。
「ちょっと」
あんなに詰められたら、話せることも話せない。
二人の間に割って入って、手で2人を引き剥がそうとする。
だが、老婆は手を離さない。
「無礼な!」
その上、オレが怒られてしまった。
無礼?
無礼なのは、そっちだろ。いきなり、駆け寄ってきてノアに、掴みかかって。
さっき、叩かれたオレの手の痛みも、お詫びして欲しいくらいだ。
老婆とオレのにらみ合いが続く。
「どうしたのだ」
膠着状態を打開したのは、さらに後ろからやってきた初老の男だった。
灰色のコートを羽織った彼は、白髪まじりの赤毛で、身なりから貴族と一目でわかる格好だ。
「あぁ。カロンロダニア様。よい所においで下さいました。ノアサリーナが、ノアサリーナがいたのです」
カロンロダニアと呼ばれた初老の男は、チラリとノアを見た。
老婆は、そんな彼に何かをいいかけたが、結局何もいわず俯いた。
カロンロダニアは、苦笑しノアと老婆を引き剥がす。
オレの時とは違い、老婆は抵抗することなくゆっくりと下がった。
「レイネアンナの娘であろう? ノアサリーナ……様は」
「そうでございました。失礼いたしました、ノアサリーナ様」
それからカロンロダニアに促されるような言葉をうけて、老婆は深くお辞儀した。
「失礼した。連れの者は、ノアサリーナ様に会って、やや興奮してしまったようだ」
そして、老婆がノアに謝罪したのを見届けた後、彼はオレを見て言った。
「リーダ」
さらに、その場にラングゲレイグが大股で近づいてくる。
「ラングゲレイグ様」
「何があった」
「すまない。私の知人が、ノアサリーナ様にお声をかけたのだ」
オレを呼ぶラングゲレイグに対し、カロンロダニアがそう答えた。
「あなたは?」
「私はカロンロダニア。旅……いや、所用にてグラムバウム魔法王国よりこちらに来ている。そこの者はマデラ。私の従者だ。そちらのノアサリーナ様をお見かけし、つい話しかけてしまったことで、騒がせた」
そう言って頭を下げたカロンロダニアを見て、厳しい表情をしていたラングゲレイグは、警戒を緩め片手をあげる。
「そうでしたか」
「ふむ。何やら、皆様、立て込んでいるご様子。我らは失礼するとしよう」
カロンロダニアは、老婆……マデラを連れて、去って行った。
しばらく柔やかな顔で、見送っていたラングゲレイグだったが、彼らが館へと入っていくと。クルリとオレの方を向いて睨みつけてきた。
「少し目を離した隙に、騒ぎを起こすな、馬鹿者」
そして小声でオレに言った。
「いや、別に私が騒ぎを……」
えん罪だ。オレは何もしていない。
「3日後には出発する。この村から出ることは許さぬが、自由にしていい。だが、騒ぎを起こすな」
オレの反論は聞く耳をもたず、小声で好き勝手な事を言ったかと思うと、また先ほど入っていった館へと去って行った。
聞く耳なしか。まるでオレがしょっちゅう騒ぎを起こしているかのような、言い方だ。
まったく。
「ノアちゃん、あの人達……知り合いなの?」
「あの人は……お婆様は、マデラ様は……母の……乳母だった人……です」
「そっか」
よく見るとノアは酷く痛々しい顔をしていた。
先ほどの会話から、ノアよりも、ノアの母親が大事そうだったな。
さて、どうしたものか……。
同僚達も、考えあぐねているようだ。
「あの……」
そんなオレ達に、また別の人間が声をかけてくる。
今度は女の子だ。
「なにか?」
「この海亀を、厩舎にご案内しましょうかと」
「厩舎に?」
「はい。寡黙な蹄亭にお泊まりのご予定かと思いまして?」
チラリと女の子が見た先には、ラングゲレイグが入っていった館があった。
彼が入った館は宿だったのか。看板も何もないから分からなかった。
「そうでした。ごめんなさい。ずっと立ち話をしていました」
とりあえず、適当に話を合わせることにした。
よく見ると、村の入り口に陣取っていた。この馬鹿でかい海亀がこのままだと、邪魔になるよな。
お願いとばかりに、チップとして銅貨を取り出しかけ、やはり多めにと銀貨を渡す。
身なりがとてもいいので、高級な宿だと判断したのだ。
「ありがとうございます。では、こちらに」
渡した金額は適正だったようで、小さく微笑んだ女の子は、オレ達を宿の裏へと案内する。
裏は巨大な厩舎になっていた。
海亀は大きすぎるので、厩舎のある建物そばにある空き地に留めることになった。
宿の中も一種異様な雰囲気だ。
中にある椅子も机も、全てがとても立派だ。床一面に、複雑な模様をした絨毯が敷かれている。
だが、この世界にある高級な建物にしては天井が低い。元の世界と同じくらいの高さだ。
そのためか、酷くアンバランスな印象を受けた。
もっとも、建物自体はとても綺麗だ。そんな宿に入ってすぐの場所に、カウンターがあり、オレ達は奥にある大きな部屋へと通された。
ラングゲレイグがすでに部屋を用意してくれていたらしい。
「扉がクソ厚いぞ」
部屋に入る扉が分厚い。10センチはある分厚い扉がスルリと開く。
まるで映画で見る金庫の扉にも似た扉の先は沢山の扉があり、さらに先には豪華な個室があしらえてあった。10人以上が軽く泊まることができる作りだ。
「豪華だよね」
「そうとう高いっスよね」
「破産しちゃうかも」
皆、超豪華な宿にご機嫌だ。
いろんな宿に泊まってきたけれど、この世界にある高級な宿はどれも違っていて楽しい。
食事も期待できそうだ。
と、思っていたが。
「お金無くなっちゃうの?」
ノアは酷く心配していた。
お金が無くなる?
あぁ、さっきのミズキが言った冗談か。
「大丈夫。むしろ、これから大金持ちになる。王様の褒美が待っているからな」
そう言って、ノアの心配を払拭する。
そこから先は、快適な高級宿ライフだ。
サイコロステーキに、野菜のスープ。入り口にあったベルを鳴らせば使用人が飛んできてくれる。頼めば、お酒でも何でも、食べ放題飲み放題だ。
美味しい食事に舌鼓をうち、あらかじめ用意されていたお風呂に入ってさっぱりしてすごす。主であるノアだけでなくオレ達専用の大浴場があるなんて、どんだけ高級なんだろ、この宿。
手配してくれたラングゲレイグに感謝だ。
だが、高級宿生活で、すべて楽しくとはいかないらしい。
翌日の朝、あれだけ騒ぎを起こすなと言われていたにも関わらず、同僚が騒ぎを起こしやがったのだ。
誰だ?
聞き覚えの無い声。
どこから呼ばれたのかと、キョロキョロと辺りを見回していたら、少しだけ離れた場所にある館から一人の老婆が飛び出し、近づいてくる。
老婆は、ノアしか見えていないかのように、一直線でこちらに走ってきた。
ノアといえば、その老婆をずっと凝視して動かない。
まるで蛇に睨まれたカエルのように。
あまりの老婆の勢いに、とっさにノアの前にたち、手で老婆を制そうとした。
『バチン』
だが、その手ははじかれてしまった。
意外と力が強い。
そして呆然とするノアの両手をガシッと掴み、顔を覗き込むように睨んだ。
「マデラ……」
ノアが、かすれた声で老婆を呼ぶ。
「ノアサリーナ様。ノアサリーナ様。レイネアンナ様は、レイネアンナ様は何処に?」
「それは……」
「レイネアンナ様は、何処に?」
「母は……」
「もしかして、一緒では無いのですか? どうなされたのです? レイネアンナ様は?」
「それは……」
「もしや、見捨てたのですか? レイネアンナ様を? 母親を?」
ノアが何かを言おうとする度に、被せるように問われる質問にノアは困惑しきりだ。
「ちょっと」
あんなに詰められたら、話せることも話せない。
二人の間に割って入って、手で2人を引き剥がそうとする。
だが、老婆は手を離さない。
「無礼な!」
その上、オレが怒られてしまった。
無礼?
無礼なのは、そっちだろ。いきなり、駆け寄ってきてノアに、掴みかかって。
さっき、叩かれたオレの手の痛みも、お詫びして欲しいくらいだ。
老婆とオレのにらみ合いが続く。
「どうしたのだ」
膠着状態を打開したのは、さらに後ろからやってきた初老の男だった。
灰色のコートを羽織った彼は、白髪まじりの赤毛で、身なりから貴族と一目でわかる格好だ。
「あぁ。カロンロダニア様。よい所においで下さいました。ノアサリーナが、ノアサリーナがいたのです」
カロンロダニアと呼ばれた初老の男は、チラリとノアを見た。
老婆は、そんな彼に何かをいいかけたが、結局何もいわず俯いた。
カロンロダニアは、苦笑しノアと老婆を引き剥がす。
オレの時とは違い、老婆は抵抗することなくゆっくりと下がった。
「レイネアンナの娘であろう? ノアサリーナ……様は」
「そうでございました。失礼いたしました、ノアサリーナ様」
それからカロンロダニアに促されるような言葉をうけて、老婆は深くお辞儀した。
「失礼した。連れの者は、ノアサリーナ様に会って、やや興奮してしまったようだ」
そして、老婆がノアに謝罪したのを見届けた後、彼はオレを見て言った。
「リーダ」
さらに、その場にラングゲレイグが大股で近づいてくる。
「ラングゲレイグ様」
「何があった」
「すまない。私の知人が、ノアサリーナ様にお声をかけたのだ」
オレを呼ぶラングゲレイグに対し、カロンロダニアがそう答えた。
「あなたは?」
「私はカロンロダニア。旅……いや、所用にてグラムバウム魔法王国よりこちらに来ている。そこの者はマデラ。私の従者だ。そちらのノアサリーナ様をお見かけし、つい話しかけてしまったことで、騒がせた」
そう言って頭を下げたカロンロダニアを見て、厳しい表情をしていたラングゲレイグは、警戒を緩め片手をあげる。
「そうでしたか」
「ふむ。何やら、皆様、立て込んでいるご様子。我らは失礼するとしよう」
カロンロダニアは、老婆……マデラを連れて、去って行った。
しばらく柔やかな顔で、見送っていたラングゲレイグだったが、彼らが館へと入っていくと。クルリとオレの方を向いて睨みつけてきた。
「少し目を離した隙に、騒ぎを起こすな、馬鹿者」
そして小声でオレに言った。
「いや、別に私が騒ぎを……」
えん罪だ。オレは何もしていない。
「3日後には出発する。この村から出ることは許さぬが、自由にしていい。だが、騒ぎを起こすな」
オレの反論は聞く耳をもたず、小声で好き勝手な事を言ったかと思うと、また先ほど入っていった館へと去って行った。
聞く耳なしか。まるでオレがしょっちゅう騒ぎを起こしているかのような、言い方だ。
まったく。
「ノアちゃん、あの人達……知り合いなの?」
「あの人は……お婆様は、マデラ様は……母の……乳母だった人……です」
「そっか」
よく見るとノアは酷く痛々しい顔をしていた。
先ほどの会話から、ノアよりも、ノアの母親が大事そうだったな。
さて、どうしたものか……。
同僚達も、考えあぐねているようだ。
「あの……」
そんなオレ達に、また別の人間が声をかけてくる。
今度は女の子だ。
「なにか?」
「この海亀を、厩舎にご案内しましょうかと」
「厩舎に?」
「はい。寡黙な蹄亭にお泊まりのご予定かと思いまして?」
チラリと女の子が見た先には、ラングゲレイグが入っていった館があった。
彼が入った館は宿だったのか。看板も何もないから分からなかった。
「そうでした。ごめんなさい。ずっと立ち話をしていました」
とりあえず、適当に話を合わせることにした。
よく見ると、村の入り口に陣取っていた。この馬鹿でかい海亀がこのままだと、邪魔になるよな。
お願いとばかりに、チップとして銅貨を取り出しかけ、やはり多めにと銀貨を渡す。
身なりがとてもいいので、高級な宿だと判断したのだ。
「ありがとうございます。では、こちらに」
渡した金額は適正だったようで、小さく微笑んだ女の子は、オレ達を宿の裏へと案内する。
裏は巨大な厩舎になっていた。
海亀は大きすぎるので、厩舎のある建物そばにある空き地に留めることになった。
宿の中も一種異様な雰囲気だ。
中にある椅子も机も、全てがとても立派だ。床一面に、複雑な模様をした絨毯が敷かれている。
だが、この世界にある高級な建物にしては天井が低い。元の世界と同じくらいの高さだ。
そのためか、酷くアンバランスな印象を受けた。
もっとも、建物自体はとても綺麗だ。そんな宿に入ってすぐの場所に、カウンターがあり、オレ達は奥にある大きな部屋へと通された。
ラングゲレイグがすでに部屋を用意してくれていたらしい。
「扉がクソ厚いぞ」
部屋に入る扉が分厚い。10センチはある分厚い扉がスルリと開く。
まるで映画で見る金庫の扉にも似た扉の先は沢山の扉があり、さらに先には豪華な個室があしらえてあった。10人以上が軽く泊まることができる作りだ。
「豪華だよね」
「そうとう高いっスよね」
「破産しちゃうかも」
皆、超豪華な宿にご機嫌だ。
いろんな宿に泊まってきたけれど、この世界にある高級な宿はどれも違っていて楽しい。
食事も期待できそうだ。
と、思っていたが。
「お金無くなっちゃうの?」
ノアは酷く心配していた。
お金が無くなる?
あぁ、さっきのミズキが言った冗談か。
「大丈夫。むしろ、これから大金持ちになる。王様の褒美が待っているからな」
そう言って、ノアの心配を払拭する。
そこから先は、快適な高級宿ライフだ。
サイコロステーキに、野菜のスープ。入り口にあったベルを鳴らせば使用人が飛んできてくれる。頼めば、お酒でも何でも、食べ放題飲み放題だ。
美味しい食事に舌鼓をうち、あらかじめ用意されていたお風呂に入ってさっぱりしてすごす。主であるノアだけでなくオレ達専用の大浴場があるなんて、どんだけ高級なんだろ、この宿。
手配してくれたラングゲレイグに感謝だ。
だが、高級宿生活で、すべて楽しくとはいかないらしい。
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