召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

文字の大きさ
524 / 830
第二十五章 待ちわびる人達

マデラ

しおりを挟む
 いきなり、大きく呼ばれたノアの名前。
 誰だ?
 聞き覚えの無い声。
 どこから呼ばれたのかと、キョロキョロと辺りを見回していたら、少しだけ離れた場所にある館から一人の老婆が飛び出し、近づいてくる。
 老婆は、ノアしか見えていないかのように、一直線でこちらに走ってきた。
 ノアといえば、その老婆をずっと凝視して動かない。
 まるで蛇に睨まれたカエルのように。
 あまりの老婆の勢いに、とっさにノアの前にたち、手で老婆を制そうとした。

『バチン』

 だが、その手ははじかれてしまった。
 意外と力が強い。
 そして呆然とするノアの両手をガシッと掴み、顔を覗き込むように睨んだ。

「マデラ……」

 ノアが、かすれた声で老婆を呼ぶ。

「ノアサリーナ様。ノアサリーナ様。レイネアンナ様は、レイネアンナ様は何処に?」
「それは……」
「レイネアンナ様は、何処に?」
「母は……」
「もしかして、一緒では無いのですか? どうなされたのです? レイネアンナ様は?」
「それは……」
「もしや、見捨てたのですか? レイネアンナ様を? 母親を?」

 ノアが何かを言おうとする度に、被せるように問われる質問にノアは困惑しきりだ。

「ちょっと」

 あんなに詰められたら、話せることも話せない。
 二人の間に割って入って、手で2人を引き剥がそうとする。
 だが、老婆は手を離さない。

「無礼な!」

 その上、オレが怒られてしまった。
 無礼?
 無礼なのは、そっちだろ。いきなり、駆け寄ってきてノアに、掴みかかって。
 さっき、叩かれたオレの手の痛みも、お詫びして欲しいくらいだ。
 老婆とオレのにらみ合いが続く。

「どうしたのだ」

 膠着状態を打開したのは、さらに後ろからやってきた初老の男だった。
 灰色のコートを羽織った彼は、白髪まじりの赤毛で、身なりから貴族と一目でわかる格好だ。

「あぁ。カロンロダニア様。よい所においで下さいました。ノアサリーナが、ノアサリーナがいたのです」

 カロンロダニアと呼ばれた初老の男は、チラリとノアを見た。
 老婆は、そんな彼に何かをいいかけたが、結局何もいわず俯いた。
 カロンロダニアは、苦笑しノアと老婆を引き剥がす。
 オレの時とは違い、老婆は抵抗することなくゆっくりと下がった。

「レイネアンナの娘であろう? ノアサリーナ……様は」
「そうでございました。失礼いたしました、ノアサリーナ様」

 それからカロンロダニアに促されるような言葉をうけて、老婆は深くお辞儀した。

「失礼した。連れの者は、ノアサリーナ様に会って、やや興奮してしまったようだ」

 そして、老婆がノアに謝罪したのを見届けた後、彼はオレを見て言った。

「リーダ」

 さらに、その場にラングゲレイグが大股で近づいてくる。

「ラングゲレイグ様」
「何があった」
「すまない。私の知人が、ノアサリーナ様にお声をかけたのだ」

 オレを呼ぶラングゲレイグに対し、カロンロダニアがそう答えた。

「あなたは?」
「私はカロンロダニア。旅……いや、所用にてグラムバウム魔法王国よりこちらに来ている。そこの者はマデラ。私の従者だ。そちらのノアサリーナ様をお見かけし、つい話しかけてしまったことで、騒がせた」

 そう言って頭を下げたカロンロダニアを見て、厳しい表情をしていたラングゲレイグは、警戒を緩め片手をあげる。

「そうでしたか」
「ふむ。何やら、皆様、立て込んでいるご様子。我らは失礼するとしよう」

 カロンロダニアは、老婆……マデラを連れて、去って行った。
 しばらく柔やかな顔で、見送っていたラングゲレイグだったが、彼らが館へと入っていくと。クルリとオレの方を向いて睨みつけてきた。

「少し目を離した隙に、騒ぎを起こすな、馬鹿者」

 そして小声でオレに言った。

「いや、別に私が騒ぎを……」

 えん罪だ。オレは何もしていない。

「3日後には出発する。この村から出ることは許さぬが、自由にしていい。だが、騒ぎを起こすな」

 オレの反論は聞く耳をもたず、小声で好き勝手な事を言ったかと思うと、また先ほど入っていった館へと去って行った。
 聞く耳なしか。まるでオレがしょっちゅう騒ぎを起こしているかのような、言い方だ。
 まったく。

「ノアちゃん、あの人達……知り合いなの?」
「あの人は……お婆様は、マデラ様は……母の……乳母だった人……です」
「そっか」

 よく見るとノアは酷く痛々しい顔をしていた。
 先ほどの会話から、ノアよりも、ノアの母親が大事そうだったな。
 さて、どうしたものか……。
 同僚達も、考えあぐねているようだ。

「あの……」

 そんなオレ達に、また別の人間が声をかけてくる。
 今度は女の子だ。

「なにか?」
「この海亀を、厩舎にご案内しましょうかと」
「厩舎に?」
「はい。寡黙な蹄亭にお泊まりのご予定かと思いまして?」

 チラリと女の子が見た先には、ラングゲレイグが入っていった館があった。
 彼が入った館は宿だったのか。看板も何もないから分からなかった。

「そうでした。ごめんなさい。ずっと立ち話をしていました」

 とりあえず、適当に話を合わせることにした。
 よく見ると、村の入り口に陣取っていた。この馬鹿でかい海亀がこのままだと、邪魔になるよな。
 お願いとばかりに、チップとして銅貨を取り出しかけ、やはり多めにと銀貨を渡す。
 身なりがとてもいいので、高級な宿だと判断したのだ。

「ありがとうございます。では、こちらに」

 渡した金額は適正だったようで、小さく微笑んだ女の子は、オレ達を宿の裏へと案内する。
 裏は巨大な厩舎になっていた。
 海亀は大きすぎるので、厩舎のある建物そばにある空き地に留めることになった。
 宿の中も一種異様な雰囲気だ。
 中にある椅子も机も、全てがとても立派だ。床一面に、複雑な模様をした絨毯が敷かれている。
 だが、この世界にある高級な建物にしては天井が低い。元の世界と同じくらいの高さだ。
 そのためか、酷くアンバランスな印象を受けた。
 もっとも、建物自体はとても綺麗だ。そんな宿に入ってすぐの場所に、カウンターがあり、オレ達は奥にある大きな部屋へと通された。
 ラングゲレイグがすでに部屋を用意してくれていたらしい。

「扉がクソ厚いぞ」

 部屋に入る扉が分厚い。10センチはある分厚い扉がスルリと開く。
 まるで映画で見る金庫の扉にも似た扉の先は沢山の扉があり、さらに先には豪華な個室があしらえてあった。10人以上が軽く泊まることができる作りだ。

「豪華だよね」
「そうとう高いっスよね」
「破産しちゃうかも」

 皆、超豪華な宿にご機嫌だ。
 いろんな宿に泊まってきたけれど、この世界にある高級な宿はどれも違っていて楽しい。
 食事も期待できそうだ。
 と、思っていたが。

「お金無くなっちゃうの?」

 ノアは酷く心配していた。
 お金が無くなる?
 あぁ、さっきのミズキが言った冗談か。

「大丈夫。むしろ、これから大金持ちになる。王様の褒美が待っているからな」

 そう言って、ノアの心配を払拭する。
 そこから先は、快適な高級宿ライフだ。
 サイコロステーキに、野菜のスープ。入り口にあったベルを鳴らせば使用人が飛んできてくれる。頼めば、お酒でも何でも、食べ放題飲み放題だ。
 美味しい食事に舌鼓をうち、あらかじめ用意されていたお風呂に入ってさっぱりしてすごす。主であるノアだけでなくオレ達専用の大浴場があるなんて、どんだけ高級なんだろ、この宿。
 手配してくれたラングゲレイグに感謝だ。
 だが、高級宿生活で、すべて楽しくとはいかないらしい。
 翌日の朝、あれだけ騒ぎを起こすなと言われていたにも関わらず、同僚が騒ぎを起こしやがったのだ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜

山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。 息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。 壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。 茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。 そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。 明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。 しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。 仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。 そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...