召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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終章 最強のお願い(ノア視点)

閑話 朝霧光る蜘蛛の巣のように(ハイエルフの里シューヌピア視点)

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 魔神が復活し、夜が来てからどれ程の時間が過ぎたのだろう。
 私は額に流れる汗を拭い、息を吐いた。
 もう何年も過ぎたかのように疲労している。腕が重い。

『ズン』

 鈍い音がした。ハッと音がした方を見ると、赤い体液をポタポタと垂らし、クワガタに似た赤い虫型の魔物が私を見ていた。
 だけど既に魔物は死体だ。魔法で生成したツタの大蛇により、魔物は体を噛み砕かれ絶命していた。
 もし、護衛として大蛇を作っていなければ……想像してからゾッとした。
 気付かなかった。
 頭を振り、自らを奮い立たせ、弓をつがえる。
 退路は無い。私の立つ世界樹は、故郷であり、守るべき家なのだ。

「リズムに乗って」

 私は背後から聞こえる音楽を聴きながら弓を放った。
 この音楽を聴いていると、少しだけ楽になる。
 ハーモニー。ノアサリーナがくれた、不思議な魔導具。神様の音楽を奏で、死に忘れを弱らせる。そして、私には勇気をくれる。ノアサリーナ達の優しさを思い出して、心が温かくなる。

「よし、もう少しだけ頑張れる」

 小さく呟き自分に言い聞かせる。それから重い腕をもう一度あげて、肩にさげた矢筒から矢を取った。

「ロケメケロアだ!」

 下の方から悲鳴のような声が聞こえた。世界樹の枝先まで走り、下を見る。
 確かに、第5魔王ロケメケロアがいた。横笛をもった華奢なダークエルフ。先が透けて見える昆虫の羽がなければ魔王とは思えないだろう姿。今日、2度目となる魔王の姿。同じ魔王が……生き返ったのか。それとも魔王は同じものが何体もいるのか。わからない。

「リスティネル様!」

 眼前を金龍リスティネル様が通る。再び出現した第5魔王と戦いにいくのだろう。
 リスティネル様はこれで魔王との戦闘は2度目だ。しかも、世界樹に施した守りの結界を維持しながらの戦いだ。負担も大きい。
 飛行島、リスティネル様。準備はしていたし、心強い仲間もいた。しかし状況は悪い。
 魔王が世界樹を狙うとは思わなかった。しかも複数の魔王が。

『ブォン、ブォン、ブォン』

 巨大な戦斧が回転して飛ぶ。斧は数体の魔物を粉々にして私の方へと飛んでくる。
 フッと人影が通りすぎて、斧はパッと消えた。

「シューヌピアや、少し休みなさい」

 背後から声が聞こえた。振り返ると、両手に戦斧を持ったフリユワーヒ様がいた。
 いつもの穏やかな長老としてではなく、ハイエルフの戦士としてのフリユワーヒ様だ。

「ですが、まだ始まったばかり……」
「それはそうだが。先ほど、第5魔王の横笛を聞いてしまっただろう? 目を閉じて、少しだけ休みなさい。その間、ワシがシューヌピアの代わりをしよう」
「でも」
「大丈夫。ワシでも多少は役にたつのじゃよ」

 諭すように穏やかにフリユワーヒ様が言った。
 どんなに強くなっても、まだまだ皆には敵わない。

「では、ほんの少しだ……」

 私が少しだけ休むと答えようとした時、信じられないものを見た。
 ピピトロッラ。そして2体のロケメケロア。眷属らしき魔物も沢山いる。
 即座に思い切り弓を引く。

「休めません!」

 そして答えた。
 信じられないが、見たことを信じるしかない。気配でわかる。あれは幻術の類いでは無い。

「ふむ。飛行島は……世界樹を登る虫の相手で手一杯か。アロンフェルは、少しはなれておるな。では、シューヌピアや。ワシが前に立とう。援護を頼まれてくれんか?」

 フリユワーヒ様が先ほどと変わらず静かに言った。
 そちらの方が良いかと考えて、小さく頷く。魔王3体。世界樹を守れるのか、チクリと不安が心を刺した。
 動悸がする。ドクドクとまるで音が聞こえるようだ。
 そんな時のことだ。

「ん? 何だ?」

 フリユワーヒ様が戦斧を構え視線を遠くにやった。
 何かが飛んできていることに遅れて気がつく。
 青い光?

 それは私達の頭上、そのほんの少しだけ上を飛んで、背後に進んだ。
 続けて、背後から強い光が差した。

「ハーモニーが!」

 振り返った私が見たのは、青く強く輝く魔導具ハーモニー。
 ノアサリーナを象徴する紋章が光り、そして青い光の柱を伸ばす。
 光はパッと弾けて複数の光となって飛び散る。
 1つは空へ、そして他は……。

「あれは……」
「こりゃなんと、次から次へと」

 光がどこへ飛ぶのかを目で追う。私とフリユワーヒ様はそろって声をあげた。
 青い光は地上へ落ちた。そして、あちこちで分裂していく。
 分裂した光の1つは空へ、残りは四方八方に、地上の何処かに。
 地上の至る所で次々と打ち上がる青い柱。

「まるで、これは、蜘蛛の巣のようじゃ」

 フリユワーヒ様がそう表した。
 地上を跳ね回る青い光が作る帯は、模様を描いた。
 それはまるで蜘蛛の巣のように地上へと広がっていた。
 あの分裂は、魔導具ハーモニーで起こっているのでは……。
 私は振り返り、音楽を奏でる魔導具ハーモニーを見る。

「今度は空とは!」

 再びフリユワーヒ様が声をあげる。
 空をみると、空は揺れていた。
 星が静かに尾を引いて動き出す。それも空に広がる多くの星が。
 私は体を回し、見える限りの空をみる。

「星降り!」

 星々が瞬き輝き落ちていく。

『キィィ……ン』

 大気を切り裂く風音と共に、それは私達の元へ。
 魔王が次々と打ち落とされていく。降り注ぐ星は魔王を狙っていた。
 爆発音を響かせ、眷属もろとも魔王達が落下する。

「ひょっとして、ノアサリーナが?」

 よく分からない状況で、星降りとハーモニーの2つに関わる友人の名前をだす。

「きっとそうじゃの。想像の及ばぬ奇跡は、大抵はノアサリーナ達じゃ」

 フリユワーヒ様も楽しそうに笑って答える。

「ここまでしていただいたのです。私も頑張らないと。綺麗な世界樹でもう一度、ノアサリーナ達と語れる日をつくるために」

 にやけた顔を真剣な表情に変えて、私は大きく深呼吸する。
 腕の重さは無くなって、力が湧き上がる。

「さて、シューヌピアや。ワシは呼ばれたので、ちと席を外す。でも、大丈夫よな?」

 そんな私にフリユワーヒ様が微笑み言った。
 背後にはこちらへと向かってくる虫の魔物がいたが、気にしない笑みだ。

「呼ばれた?」
「ファシーアとフラケーテアじゃ。どうやらノアサリーナ達に何かが起こったようじゃ。召喚の呼び声に応えねばのぉ。いやはや、この齢にして大活躍しそうじゃ」

 世界樹の枝先に立っていたフリユワーヒ様が高笑いして消えた。
 ギリアの屋敷に向かったのだろう。
 でも、心配はしていない。いつだって、ノアサリーナ達は私達の予想を遙かに超える活躍で問題を解決するのだから。フリユワーヒ様はその一助となられるだろう。
 私は世界樹から地上を見下ろして再び笑う。
 地上には青い光が走り続けていた。
 その様子は、まるで朝霧が光る蜘蛛の巣にも似ていて、青い光が帯を引いて天に駆け上がる様子は、雨の日に張った蜘蛛の巣を逆に向きに見ているようだった。

「まるで青い光が、天に滴る水滴のよう」

 私は微笑み呟き、向かってくる虫の魔物に矢を放った。
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