召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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最終章 リーダと偽りの神

神の力

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 首も体も対照的に魔神は両断された。
 月明かりが反射し、黒々と煌めいた体は一瞬でコンクリートを思わせる灰色に変化し、ボロボロと崩れていく。
 魔神が倒された場面を見て、オレは次の手を考える。
 ところが、最初に頭をよぎったのは、悪いケースだった。

「スライフ、勇者の軍にス・スの幻惑魔法がかかっていると思うか?」
「不明だ。だが幻惑により混乱状態にある可能性は高い」
「高いのか……」
「あの軍隊は、あれからス・スを攻撃していない。加えて、先ほどの幻惑魔法は強力なものだ」

 スライフが即答した言葉を聞いて、悪い予感が益々強くなる。
 勇者の軍が幻惑魔法にかかっている場合、ス・スを倒す味方とはなり得ない。
 むしろ敵になる可能性が出てきたのだ。
 超巨大ゴーレムも無い。

「サムソンに言われたな……最初に、ガバガバな計画だって」

 自嘲気味に呟く。
 勇者の軍が敵に回る可能性はオレの頭になかった。

「しかし、混乱状態であっても、その復帰も早いと推測される」

 オレの呟きを聞いたからなのか、スライフが少しして言葉を付け加えた。

「それは助かる」
「推測だ。混乱状態にあるかも確定ではない。しかし、あの飛空船群には、対精神干渉魔法が施されている、通常より自然回復する速度は速い」
「回復するとしたら、あとどれくらいの時間かわかる?」
「混乱状態にあるかも含めて、判断のため接近が必要だ。遠視妨害の結界が張られている」

 精神干渉にも、遠視にも、防御完備か。さすがは勇者の軍、魔神との対決に準備は万端というわけか。
 とはいっても、勇者の軍に近づく気になれない。もし敵認定されて攻撃されるのは辛い。

「仕方が無い。ス・スの行動を注視しつつ時間を稼ごう」

 勇者の軍を無視してス・スに戦いを挑むことも考えたが止めた。
 ノアの叶える願いの最後は、ス・スを倒して……だ。
 つまり時間を稼げば、それだけで倒せる可能性がある。だったら、リスクを無駄に冒す必要は無い。
 ス・スは勇者の軍を無視して月を見ていた。
 勇者の軍もス・スを無視していた。もっとも、勇者の軍は周りの魔物と戦っていたので、それどころでは無いのかもしれない。
 ちなみにオレに向かってくる魔物はいない。たまに襲いかかる魔物も、スライフが倒してくれるので、オレは何もする必要がなかった。
 ス・スがジッと動かない事に内心安堵していた。
 しかし、すぐにそれは焦りに変わった。

「身体修復が始まった」

 スライフの言葉。それは、すぐにオレにも理解できた。
 ス・スのローブがジワジワと直っていく。まだ片手も下半身も無い状態だが、頭蓋骨のヒビが治っている途中なので、時間の問題だろう。
 戦いを挑むか、待つか……それとも勇者の軍に近づくか。オレは選択を迫られる。
 そして、さらなる状況の変化が、オレを追い詰める。

「げっ。動き出しやがった」

 月を見ていたス・スが動き出した。
 勇者の軍から離れていく。

「方角的には、お前達の住む屋敷だ。先ほどまで月の所有者を調べていたと推察される」
「追うぞ!」

 オレは反射的に言った。月の所有者……コントロール権を持っているのは、ノアだ。
 計画通りにいけば、魔法の究極でノアがコントロール権を魔神から奪っている。
 ノアの元へ行かせるわけに行かない。
 しかしあの巨体で、ス・スは想像以上に早く動く。

「このペースで進むと10日以上かかるだろうな」

 もっとも早いと言っても来る時に乗った飛行島ほどではない。
 ギリアの屋敷に向かって進むと聞いたときは焦ったけれど、すぐ冷静になれた。

「世界改変。神へと至る存在だけはある。我が輩達は、わずかな時間で屋敷に到達する」

 ところが安堵するオレに対し、スライフは意外な答えを返した。

「わずかな時間?」
「下を見ろ」

 スライフに言われて下を見た。あらゆる物が小さく見えた。
 先ほどまで、森の木々が眼下に広がっていたのに、海岸線が視界にうつり、帆船がまるで豆粒のようだ。

「いつの間に上昇したんだ?」

 オレは高いところを飛んでいるため、地上の諸々が小さく見えるのだと思った。

「違う。世界が縮小している。ス・スが世界を縮小した」
「は?」
「ス・スはすでに神域……つまり神の力を持っている。それを行使したようだ」
「でも、オレ達は小さくなっていないぞ?」
「ス・スを中心に一定範囲の者は縮小化の影響が少ない。相違が確認できる」

 神様だから世界を小さく出来ます……て、洒落にならない。
 というか、あんなのに勝てるのか?
 いきなり圧倒的な力の差を目の当たりにすることになった。

「クソッ」

 思わず悪態をつく。
 やるしかない。ス・スがどれほど強大であっても、ノアの元に行かせるわけにいかない。

「スライフ、頼む……近づいてくれ」
「了解した」

 スライフが速度を増した。ス・スへとグングン近づいて行く。奴はオレ達を見ていない。
 ス・スの注意を引きつけよう。
 まずはそこから始めることにした。
 超巨大ゴーレムもなく、勇者の軍も期待できない。
 注意を引くことで時間を稼ぎ、魔導弓タイマーネタを撃つくらいしか手段が無いのだ。
 飛びながらマントをはためかせ影を大きく作る。そこから魔壁フエンバレアテをとりだし、さらに巨大な鉄板の集まりであるフエンバレアテの影からタイマーネタを取り出した。

「タイマーネタを! オレはフエンバレアテを操作する」
「理解している」

 打ち合わせどおりの分担で武装してス・スへと近づく。
 もっともタイマーネタは最終手段だ。
 最優先は、時間稼ぎだ。影から幻術を作る魔導具を取り出す。
 バズーカ砲に似たそれは、先端から幻術を発生させる玉を発射する。

『パシュッ』

 まるでコルク栓を抜いたときのような音がする。
 オレが放った球は煙の幻を作りながらス・スの周りを飛ぶ。
 思っていた以上に広い範囲を灰色にほんのり輝く煙が広がる。

『ゴオッ』

 一瞬だけ強い風が吹いた。
 幻術は簡単にかき消えた。続けて何度か魔導具を使うが結果は同じ。
 ス・スはオレを見てすらいない。
 幻術がダメなら言葉だ。
 メガホンの形をした……そのままメガホンの魔導具を取り出す。
 声量を上げて、ス・スを挑発するのだ。

「ス・ス!」
「こちらを向け!」
「お前の仲間……イ・アを倒したのはオレだ!」

 ところが何を言っても反応は無かった。ス・スはオレを見ようともせず進んでいた。
 何でも良いと、思いつく言葉を言う。

「セ・スを倒したのはオレ達だ」
「黄金郷も破壊したぞ!」

 しかし、反応が無い。
 他に何か無いのか、メガホンを握る手に力を込める。
 何か……何か……。

「何週目だ? ス・ス」

 それは無意識だった。いろいろ考えて、思わず口をついて出た言葉だった。
 口にした後で、何の事だと自問自答する。
 だけど、その言葉に、ス・スは反応する。
 巨大なしゃれこうべの目に灯る赤い光がグッと動きオレを見た。
 口がカタカタと動いた。

「反応があった。だが、何故だ」

 スライフが言った。

「さぁ、反応があった。それでいい。あとは進むのを止めてくれれば」
「そうではない。意図がわからない。何周目とは、何のことだ」
「あいつは、きっと、何度も人生……というか歴史を繰り返し生きてきたんだ」

 そうだ。夢の話。そして残り香による逆行現象。それだけでは無い、この世界での経験……それに何かがオレにあの一言を言わせた。それが何かは上手く言えない。
 でも、今はどうでもいい。
 この話を膨らませて……だけど、先が続かない。
 そしてス・スはオレを見ただけで、進路を変えていなかった。
 バッと後方上空にいる勇者の軍を見る。飛空船はほとんど動いていない。

「チッ。スライフ! もう少し接近してくれ!」

 舌打ちするオレには手段が無かった。

「ラルトリッシに囁き……」

 タイマーネタを連射する。
 轟音を響かせ発射される光線は、ス・スを確実に傷つける。だけれど、奴はそれを無視して進む。

「上空の船団群が動いた」

 焦るオレにスライフが言った。
 視線を動かすと、勇者の軍が速度をあげてス・スに向かっているのが分かった。
 ス・スはまるで逃げるように速度をあげた。

「スライフ! ス・スの前方に!」
「把握した。だが、その先はどうする。現状ではス・スをタイマーネタでは止められない」

 そんなことは分かっている。
 だけどノアの元へは行かせられない。

「まずは奴の前方に……」

 それはオレがスライフに答えようとした時だった。

「願いを……」

 声が聞こえた。

「何かいったか?」
「ぬ? 我が輩はタイマーネタではス・スを止められないと言った」

 スライフではない?

「ゲラリ……ゲラリ……」

 笑い声が聞こえる。
 辺りを見回すがそれらしいものは何も無い。

「願いを……」

 先ほどの声はさらに大きくなる。

「願いを……」

 声はどんどん大きくなって、顔をしかめるほどの大音声になる。
 願い?

「ス・スを倒せ!」

 オレはダメ元で願いを口にする。

「願いを……」

 だけど、何も起こらず、さらに声は大きくなる。
 一瞬だけ期待した分、苛つく。
 願いならさっき言っただろう。

「願いを……」
「何も出来ないなら黙ってろ!」
「ぬ?」

 スライフが声をあげる。ゴメン、スライフ、お前に向けて言ったんじゃ無いんだ。

「願いを叶える気があるのなら!」

 オレはもう一度だけ試すことにした。
 ずっと考えていた願い。オレだけでは無い、皆の願い。

「天の蓋だ!」
「止めろぉ!」

 オレが願いを口にする途中、ス・スがオレの方を向き絶叫した。
 これは成功する。
 直感的に確信する。
 オレは大きく右手を挙げて、空を指さす。

「願いを叶えるというのなら!」

 手応えを感じ、オレの声は次第に大きくなる。

「天の蓋を破壊して見せろ!」

 ス・スがこちらを見ていた。
 もう遅い。いいや、最初から何をされてもオレは言葉を止めない。
 オレの言葉は最後に、絶叫になった。

「オレの望みは天の蓋の破壊だ!」

 言い終えると同時、遙か頭上で音がした。

『ピキリ』

 ひび割れる音がした。
 見上げると、日蝕によってできた炎の輪にヒビが入っていた。
 ヒビはさらに大きくなり、空全体を覆っていく。

『ガッシャァァァ……ン』

 けたたましいガラスの割れる音。派手な音が鳴り響く。

「空が割れた! 空が、空が!」

 辺りに響く音の中、空から差し込む細い光を浴びて、オレは叫んだ。
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