召還社畜と魔法の豪邸

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最終章 リーダと偽りの神

閑話 勇者の勇者(治癒術士カドゥルカ視点)その4

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 一瞬の事だった。
 エルシドラス様は船首に駆けていき聖剣を振るった。
 剣先から巨大で輝く光の刃が出現し、天帝ス・スを背後から斬った。
 天帝ス・スを覆っていた巨大な鎖を聖剣の一撃は次々と破壊していった。
 そして聖剣の一撃により大きく体勢を崩した天帝ス・スは、上を見上げその口から巨大で真っ白い雷を吐いた。
 雷は一瞬だけ辺りを照らし、空高く……まるで天を切り裂くような軌跡を残し消えた。

「ルシド!」

 コンサティアの声がした。

『バァン』

 エルシドラス様が甲板に大きな音を立てて倒れた。
 剣を振るい後によろめいたエルシドラス様は、まるで糸が切れた操り人形のように甲板へと倒れたのだ。
 すぐに、エルシドラス様に駆けつけたが、直後に私を恐怖が襲った。
 魂が傷ついている。
 長い経験が告げていた。聖剣の反動で、治癒術では修復不能な傷をエルシドラス様の魂は負っていた。

「エルシドラス様!」
「定め……だ」

 私の言葉に、エルシドラス様は満足げな笑みを浮かべ呟く。

「何をおっしゃられます」
「聖剣を……落として……しまった。回収を……。現状は……」
「我らにお任せを」

 私は気休めにしかならないと考えつつも、治癒術を唱える。
 余った右手で合図を助手に送り、追加の触媒を準備させつつ、エルシドラス様の肩を左手で掴んだ。

「どいて、カドゥルカ」

 そこにコンサティアが近づき私を押しのけた。
 エルシドラス様の側にしゃがみこんだ顔面蒼白な彼女は、震える手で小瓶の蓋を開ける。

「それは……リー……ダ様の」
「飲んで。責任は、全部、ボクが取るから」

 必死な様子でコンサティアは言いながらエルシドラス様に小瓶の中身を飲ませた。
 さきほど拾ったエリクサーの小瓶。確かにあれならば、魂の傷も癒やすだろう。

「ルシド!」
「あぁ、大丈夫のようだ。だが……」
「ボクが彼に謝罪するから。責任を取るから」

 困ったように笑うエルシドラス様に、コンサティアが涙ながらに語りかける。

「私も、リーダ……様に、連帯し申し開きします」

 考えるまでもない。私もコンサティアに続く。

「分かった。だが、まだ、警戒を……」
「いや。勇者様。警戒は、必要なさそうだ」

 警戒を口にしたエルシドラス様に対し、ぼんやりと外を見つめたままトルバントが言った。
 口調に焦りは無い。ただ困惑だけがあった。

「ここはどこだ?」

 トルバントの側に立つドトーケオが妙な事を口走る。
 どういうことだと、立ち上がり辺りをみると、天帝ス・スはいなかった。
 それどころか、先ほどと景色が一変していた。
 魔物の姿はなく、薄暗かった空は一転し青空になっていた。

「ここは、王都近くだ」

 私はドトーケオに応える。
 視線の先に、巨大な王城が見えた。パルテトーラが見えた。
 天帝ス・スはおらず、青空が広がっていた。

「どういうことだ」

 ゆっくりと立ち上がったエルシドラス様が呟く。

「わからね。今日は、徹頭徹尾わからねえ。勇者様が聖剣を振るって天帝ス・スを斬った所までだ……理解できるのは」
「ワシもだ。直後、青空がひろがっておった」

 トルバントが冗談ぽく言い、ドトーケオが笑いながらそれに続いた。

「では天帝ス・スは……」

 エルシドラス様が辺りを見ながら困惑の言葉を口にする。
 その時だった。

「終わったよ。全部、お仕舞い」

 やや離れた場所から声が聞こえた。声がしたほうをみやると杖をついた老婆が立っていた。
 それは星読みスターリオ様だった。
 王都の近くだ。スターリオ様が瞬間移動で近づいたとしても不思議では無い。

「スターリオ様」
「久しいねぇ。コンサティア」
「終わったというのは?」
「んん、あぁ。モルススの王……ス・スは消滅した。リーダ様がね、始末しなさったよ」

 スターリオ様は、リーダの事を知っている?
 その口調が含む様子から侮りは無い。

「リーダ様が……スターリオ様は詳細を知っておられるのですか?」

 エルシドラス様もスターリオ様の様子が気になったのか、彼女に近づきながら声をかける。

「さてね。仔細は私が語ることじゃない。後日、リーダ様と王が祝勝の場を開き、そこで語ることになるだろうよ」
「スターリオ様。もしリーダ……様と繋いで頂けるのであれば、私は謝罪しなくてはならないのです。お願いできますか?」
「おや、一体コンサティアは何を謝罪する気だい?」
「あの方のエリクサーを無断で使ったのです」
「それは私を癒やすため。謝罪ならば、このエルシドラスがする事です」
「謝罪……か。まぁ、気に病む事は無いだろうよ。それよりね、とりあえずパルテトーラへ行こうじゃあないか。怪我人もおろう? まずは休む事が先決だろうね」

 困ったようにスターリオ様は笑い、それから杖で王城を指した。
 続いて我らを見て、ニンマリと笑い言葉を続ける。

「せっかくの勝利だ。天の蓋が消えた青空の下で堪能しようじゃないか」

 何が何だかわからないが、私は従うことにした。
 とりあえず……とりあえず、勝利という言葉を信じ、休む事にした。
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