召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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後日談 その3 終章のあと、ミランダがノアと再開するまでのお話

その2

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 大平原の北、ヨラン王国と大平原をわかつ中央山脈のすそを狼が駆けていく。
 それは氷製の巨大な狼で、白い牙の目立つ口には氷の棺桶をくわえていた。
 狼は昼も夜も無く、ただ延々と駆けていく。

『ザザッ』

 ある日の朝方、狼は地面に爪を突き立て突如止まった。
 それからスッと座り込むと、口に力を入れ棺桶にヒビを入れる。
 伸びたヒビは、棺桶のみならず狼の身も包む。

『ガシャン』

 そして氷が砕ける音が響いた。
 狼と棺桶が砕け散ったのだ。
 破片は周囲に散らばり、冷気を伴った霧があたりを包む。
 そこに人影が浮き上がった。青い髪、青いドレスに身を包んだ女性。それはミランダだった。

「よく考えれば、もう少し景色を楽しめばよかった」

 彼女は大きなあくびをすると、狼であった氷の破片を踏み締め、中央山脈に向かって歩き始めた。
 それは迷いのない足取りだった。
 彼女の進む先には巨大な岩があった。中央山脈では珍しくない巨石。ミランダは迷いなくその巨石に向かって歩く。
 そして石に溶け込むように消えた。
 次の瞬間ミランダは冷たい洞窟にいた。
 巨大な石は幻で、さらにそれは洞窟の目印だった。
 彼女は洞窟の中を明かりもつけずに歩いて行く。

『コツコツ』

 ひんやりとした洞窟にミランダの足音が響く。
 洞窟は人の手が加えられていた。
 余裕をもって馬車が走れるであろう幅広い床面は、平らに整えられ、歩くに困らない道だった。
 だがそんな道もすぐに終わる。
 道は急に途切れ、自然の洞窟へと変わった。まるで舗装工事を途中でやめたように。
 その反面、洞窟には明かりが灯っていた。
 空が見えているわけではない。洞窟全体が輝いていた。
 実際に輝いていたのは、洞窟の床や天井をはじめとした壁面から飛び出す水晶の柱。
 つららのように先端の尖った水晶の柱は、壁面から中央に向かって伸びていた。
 天井からも、壁からも、床からも、通路の中心に向かって乱雑に伸びる水晶の柱。
 それはわずかばかりの隙間を残してはいたが、ミランダの行く手を阻む壁のようにも見えた。
 だがミランダはひるむことなかった。今までと同じように、速度は落とさず隙間を縫うように歩いていく。
 水晶の柱は鏡のようにミランダの姿を反射し、まるで彼女のために作られた舞台のようだった。
 彼女のあゆみは止まらない、リズミカルに進む。足場は不安定であっても彼女は怯まない。水晶の柱を軽く蹴り、フワリと軽やかに進む。それは慣れたダンスを踊るかのようだった。
 実際に、この洞窟に彼女は慣れていた。
 そこはある一族が共有する空間だった。
 一族とはクロイトスと呼ばれる知識の探求を目的に集まった者達。
 彼らは必要に応じて協力し、必要がなければバラバラに知識の探求を続ける集団。
 必要があれば協力する。
 そう協力する。たとえばこの洞窟。
 余裕がある時、この洞窟に一族の人間は触媒を残す。
 後日、自分が必要な時、あるいは一族の別の者が必要な時に触媒を使う。
 ある意味、この洞窟は一族が共有する倉庫のようなものだった。
 だから彼女はこの洞窟について熟知している。
 一見すれば歩きにくいこの洞窟。水晶の柱が乱立するこの場所も慣れれば大したことがない。
 なので彼女の歩みは軽やかで、その足取りは楽しげに見えた。
 ところが、いつまでも続くような足取りは不意に止まる。
 そしてミランダの顔が険しくなった。それと同時、彼女に向かって魔法の矢が襲い掛かる。
 もっとも矢は当たらない。

『ピキキ』

 氷にヒビが入る音が響く。結果として魔法の矢は凍り、パリンと音をたてて地面に落ちて割れた。

「どこの誰かは知らないけれど、ここはクロイトス一族の土地。私は一族の一人として利用が許されている。だから排除される気はないのだけれど」

 感情を込めない声で彼女は言った。その先にいるであろう魔法の使い手に語りかけたのだ。
 それから歩みを再開する。
 言葉による返答はない。代わりにあったのは攻撃。
 再び魔法の矢がミランダに向かって襲い掛かる。

「ふぅ」

 ミランダは、ため息とも取れる息を吐き、飛んでくる矢を次々と凍らせ歩み続ける。

「そこか」

 そして小さく呟き前方の1点を見つめた。
 それで勝負はついた。

「あぁぁ!」

 悲鳴が洞窟に響いた。
 それはミランダの声ではない。子供の声だった。
 絶望を含んだ悲鳴を聞いてミランダの顔が曇った。

「そこにいなさい。お前たちが攻撃しなければ私は何もしない」

 悲鳴の主に対し、ミランダは歩きながら優しく声をかける。
 ややあって、彼女は悲鳴の主と、そして彼女が凍らせた人物とまみえることになった。

「これは一体、どうしたものかしらね」

 ガタガタと震える少女と氷漬けになった少年を見下ろして、ミランダはつぶやいた。
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