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12 ドレイク視点
しおりを挟むカトレアは昔から僕をイラつかせた。
初めて出会った時も、あいつは父親の背中に隠れモジモジとするばかり。まともに会話ができるようになったのはそれから半年後だ。
人見知りで口下手、性格は暗くてどんくさい。
遊び相手をさせられる度にずっとムカついていた。
でもこいつは伯爵令嬢で、子爵家の次男である僕よりも立場は上だ。こんなポンコツが僕よりも偉いわけがない。そんなのどう考えても理不尽だ!
(だから僕は決めたんだ。カティを操って、支配して、全部僕のモノにしてしまえばいいって)
そう決心すると、カティの人任せな性格もだんだん許せるようになってきた。全部僕の言うことを聞く人形だと思えばそれなりの愛着もわいた。
今じゃカティの暗い性格も可愛いとすら思える、そう成長したんだ。
なのに……どうして、こんなことになるんだよ!
「どうしたのドレイク、さっさと選んでちょうだい」
目の前に座るアヴェルティン伯爵夫人は、にっこりと笑いながら急かしてくる。
テーブルいっぱいに並べられたケーキ、これは全部さっき僕が買ってきたやつだ。
気のきく青年を演じるため用意しただけの手土産。店員に適当に見繕わせただけのケーキ。その中から僕は……カティの好きなものを選ばなくてはならない。
ショートケーキ、チーズケーキ、ガトーショコラ、ミルクレープ、カスタードタルト、プディング、シュークリーム、フルーツゼリー、ティラミスの10種類。
(この中で好きなもの、だと?!)
「す、好きなものって……そんなの答えが変わることだってあり得ますよね?僕が答えてから別の回答を用意することだって……」
「安心して、それはないわ」
「は?」
「この答えはもともと一つしかあり得ないのよ」
夫人がニヤッと笑う。
一つしかない……?
(どれだ?どれがカティの好きなケーキなんだ?!)
古い記憶も新しい記憶も、全部引っ張り出して思い出す。
カティの好きなもの……好きなもの………そうだっ!
「が、ガトーショコラだっ!」
「へぇ……それはどうして?」
「10年前、僕のバースデーにカティが送ってくれたのが手作りのガトーショコラでした。それにチョコレートが嫌いな女性と僕は出会ったことがない。カティは間違いなくこのケーキが好きです!」
そうだよね?と追って言えば、カティは困ったような顔で少しだけ笑った。
(ほ、ほら見ろ!僕に当てられてそんなに悔し……)
「ハァ……残念だわドレイク。貴方がここまでカトレアに無関心だったなんて」
「……へ?」
「この子はね、乳製品がダメなのよ。だからこの中で食べられるものはこのフルーツゼリーしかないわ」
夫人はキラキラと光るゼリーを手に取り、盛大なため息をついた。
「にゅ、乳製品……」
「……ガトーショコラは貴方が好きなケーキでしょう?だから私は誕生日にそれを送ったの。貴方が喜ぶと思って」
「で、でも一緒に食べてたじゃないかっ!!」
そうだ、思い出したぞ!
あのガトーショコラは確かにカティも食べていた。それなのに今になって好きじゃないと言うなんて詐欺じゃないか!
「食べたわよ、だって貴方が食べろと言ったんでしょ?」
「なっ!!」
「苦手だから食べられないと言ったのに、『僕を祝う気持ちがないのか?』って無理やり口に放り込んで来たんじゃない。それも忘れちゃったの?」
呆れたカティの顔を見てカッと血が上った。が、ここにはまだ夫人も侍女たちもいる。
(落ち着け……大丈夫だ、取り乱すなよ僕っ!!)
僕にはまだアヴェルティン伯爵夫人がいる。
夫人はカティとはまた違うタイプの簡単な女だった。
顔を合わせる度に贈り物や花を渡し、ニコニコと話を聞いてやれば上機嫌。買い物に荷物持ちとしてついて行ったこともある。
その努力の甲斐もあってか、夫人の中の僕は『気のきく優しい好青年』ってことになっていた。
(何のために媚びを売ってきたと思ってんだ!)
カティの結婚を決めるのはカティ自身じゃない。母親である夫人の意見がもっとも優遇される。
「あ、あの……夫人」
「ん?」
「その……少し緊張してしまっただけなんです。冷静に考えればカティがゼリー以外を選ぶはずがない。最近少しすれ違いが多くて上手く意志疎通が出来ていないだけなんです……っ」
きゅっと唇の端を噛み締める。
潤んだ瞳でカティを見つめる、でもそれはあくまで夫人に向けたパフォーマンスだ。
「カティ、愛してるよ。お願いだからユーフェリオなんかと結婚しないでくれ」
「……ドレイク。あのね、」
「僕がいない君に何が出来る?何も出来ないよ。人見知りな君がやっていけるはずがない。今までだってずっと僕の後ろに隠れてたんじゃないか」
「………」
「これからもそうだよ。でも大丈夫、僕が全部代わりにやってあげるから。伯爵の仕事も家のことも社交界のことも……」
ダンッ!!
「いい加減にしてちょうだい」
机を叩く大きな音に思わず口を閉じた。
下を向きながら小さく震える夫人。様子がおかしいのでその肩に触れようとした時、勢いよく立ち上がった夫人にバシャンと水をぶっかけられた。
「ドレイク、貴方カトレアを何だと思っているのよ!!なにもしなくていい?馬鹿にするのも大概になさい!!」
「お、おばさ……」
「何も出来ないですって?この子の何を知ってるの?!アンタこそこの子の好きなものすら知らなかったくせに!!」
激昂する姿に周りの侍女たちも焦り出す。
夫人は感情的な人だ、でもここまで怒り狂う姿はこれまで一度も見たことがない。
(な、なんだ……何か地雷を踏んだか?)
「お、おばさま……お、落ち着いて」
「えぇ落ち着いてるわ、むしろ冷静すぎるくらいよ。貴方の本性に今さら気づいた自分を殴ってやりたい。あぁもう本当にバカだったわ」
勝手に話を進める夫人。
訳がわからない。急に怒り出すなんて……!!
「二度とこの屋敷に足を踏み入れるんじゃないわよ!それからカトレアへの接近も禁じます!」
「へ……?ちょ、ちょっと待ってくださいっ!意味が分からない、説明して下さい!」
「このことは全部バーモン子爵に報告するわ!」
説明もないまま僕は屋敷から放り出された。
「……何なんだよ」
僕には落ち度はなかった。夫人にだってただ本当のことを教えてやっただけ。なのにどうして僕が怒られなきゃならないんだ?!
「くそっ!くそっ!くそっ!」
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