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16 アンナ視点
しおりを挟むプレジット家の侍女になりもうすぐ5年が経つ。
数年前まで住んでいた大旦那様と大奥様が郊外へ隠居され、今はそのご子息である旦那様と奥様であるクロエ様が住んでいる。
というか、1年前まで旦那様は愛人の元にすぐ行けるように近場の宿屋に居たから実質この屋敷の主人はクロエ様だけど。
「ちょっとアンナ!どうだった?!」
休憩室に戻れば同僚の侍女たちが私を囲う。
「どうって……」
「あの旦那様が奥様をお茶に誘ったのよ?!そんなの結婚以来なかったじゃない!」
興奮気味な彼女たちを宥めながらいつもの定位置に座る。
この屋敷で働いている人間なら旦那様とクロエ様の仲が悪い事は百も承知、そして旦那様が娼婦にメロメロなのも。
数年前、大旦那様たちに旦那様がその娼婦との結婚を認めて欲しいと懇願した時は最悪だったなぁ……大旦那様は旦那様を殴るし大奥様は泣き叫ぶし。
当の本人である旦那様は何で怒られているのか分からないって顔だったし。
屋敷の雰囲気は最悪だったけど、クロエ様が来てからは徐々に明るさを取り戻していった。
「旦那様……奥様とやり直そうとしてるのかな」
一人の侍女がポツリと呟き、それに周りの侍女たちは動揺する。
あの旦那様が?だとしたら随分都合のいい話だ。
クロエ様はいい人、私たちにも平等に優しくしてくれるし貴族だからと言って横柄な態度は取らない。そんなクロエ様がこの屋敷に残ってくれるのは嬉しいけど、あの旦那様と復縁はして欲しくない。
「それだったらカイと……」
「た、大変です!」
一人の侍女が部屋に飛び込んでくる。
走ってここまで来たのか息をゼェゼェ切らしながらも青ざめた顔で叫んだ。
「女性が……金髪の若い女性が旦那様に会わせろと!」
金髪、若い女性。
私たちはすぐにそれが旦那様の浮気相手だと分かった。
「どうしましょうか?!」
「え、旦那様って今どこにいる?」
「というか奥様には報告は……!」
休憩所は瞬時にパニックになる。
これまで浮気相手が乗り込んできた事は一度もない。
「……私、クロエ様にお伝えしに行ってくる!」
とにかくここは報告するしかない。
当主は旦那様かもしれないけど私たちは全員クロエ様の味方だもん。奥様が嫌がるような事はしたくないわ!
「じ、じゃあ私は旦那様に……」
「ダメ!奥様が良いと言うまでは絶対に屋敷の中に入れてはダメだよ!」
それだけ念押しで叫び部屋を出る。
クロエ様の部屋まで全力で走っていれば、廊下の向こう側から人影が見えた。
それは、クロエ様と一緒にいるはずの旦那様。
この時私が旦那様に声を掛けていれば、この後起こり得た最悪の事態を防げたのかも知れない。
旦那様を引き留め、来客の存在を知らせずにいれば……
この時の私は旦那様の存在を無視して走る。
今は気を遣っている場合じゃない。
荒い呼吸を何とかして整え小さくクロエ様の部屋のドアをノックする。いつものように帰ってきた声はどこか小さく元気がなかったけど。
「失礼します」
ゆっくり中に入れば疲れたように窓際のソファーに座るクロエ様。旦那様と何かあったのは一目瞭然だった。
「どうしたの…?」
「はい、えっと……たった今来客の方が参りまして」
何だか既に弱っているクロエ様にこんな事言っていいのかな?顔色を伺いながら離せば、全てお見通しとでも言うようにクロエ様は小さく鼻で笑った。
「知ってる、旦那様の愛するヘレン嬢が来たんでしょ?」
「!!!」
「全ては旦那様にお任せするわ」
酷く疲れた様子にそれ以上何も言うことが出来なかった。
「……畏まりました」
私は小さく頭を下げながら部屋を出て行こうとするも、弱り切った姿が心配になりなかなか部屋を出ようとはしなかった。
「……どうしたの、アンナ」
「奥様は、」
旦那様と離縁しないのですか?
寸前の所まで言いかかったが言葉には出来なかった。
こんなに辛い思いをしてまでこの家に囚われているのは何故なのか。私には分からない、でも何故かそれを問いただす事はしなかった。
「……いえ、失礼します」
静かに部屋を出る。
きっと頭の良いクロエ様のことだ、きっと何かを考えているに違いない。
私は、ただ彼女の為に動けばいい。
例えどんな結末が待っていようともこの屋敷の侍女であるからには最後まで静かに見届けようと心に決めた。
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