【完結】”悪い男”が流行りだとしても私、好みじゃないんで。

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「お嬢様」

珍しく顔が強張ったメイドが話しかけてきたのは、諸々のが済んだ3日後のこと。

「お嬢様に御客様が……」
「あら、こんな時間にどなた?」
「その……ヨハン=マドレイを名乗る男が、至急お嬢様に会わせろと門の前で騒いでおりまして」

あらあら。ずいぶんと非常識な方ですこと。
そろそろディナーが始める頃合いだというのに、事前連絡なしの来訪……やはり一般常識を知らない人間だったみたい。
読みかけの本をパタンと閉じ窓の外を見れば、門兵たちに捕らえられている派手な男がバタバタと暴れるのが見えた。

「いかがいたしましょう」
「そうねぇ……もう彼には用はないのだけれど、あのままにしても気分悪いわね。しょうがないから応接の間にお通しして」
「よろしいのですか?」

よろしくないわ、本当はね。
でもそろそろ別のお客人がやって来る。その時に鉢合わせでもしたらそれこそ厄介だ。

まぁ、これまでの非礼を詫びるというのなら慰謝料の減額を考えてあげても………




「アイシャ!さっさと婚約破棄を撤回しろ!」

………うん、やっぱなし。
まず人にものを頼むような態度じゃない。相変わらずの上から目線、早速招いたことを後悔した。

「……いきなり訪ねてきたかと思えば。もう済んだお話を蒸し返されても困りますわ」
「うるせぇ。第一俺は認めてない」
「認めるも何もそちらの有責ですから」

マドレイ子爵はまだ話の分かる人だった。でも息子は……ほんと残念。

「はっ!浮気したくらいでギャーギャーとうるせぇ女だ。恥ずかしくねぇのかよ!」
「恥ずかしい?私が?」
「女っつーのは淑やかに男が帰るのを待ってりゃ良いんだよ。そんなことも出来ねぇなんてダッセェな」

え、何これ。まだ私が悪いってことになってるの?

「むしろ感謝されたいくらいだ。お前みたいにパッとしない女の相手がこの俺なんだぞ?俺がどれだけ女にモテてんのか知らないだろ?!」
「………え、モテる?」

一体誰の話をしてるんだろうか。
絶句したまま固まっていると、ヨハン様は頼んでもいないのに自分のことをペラペラ喋りだした。

「酒場に出向きゃ踊り子たちがわんさか寄ってくるし、学校じゃ乳臭い令嬢どもが顔を赤くして見つめてくるんだ。まぁ俺の好みじゃねぇから手ぇ出すのは酒場で会った女だけって決めてんだけどな」

武勇伝のように語るヨハン様は私の反応など全く気にしていない。じゃなきゃ……こんな得意気に恥を晒すわけないか。

でも……そうか。最初から話が噛み合わないわけだ。

私の中に溜まっていた謎が解けて思わず笑ってしまう。

「あははっ!」
「なっ?!何がおかしいんだよ?!」
「はぁぁー…… 涙が出るほど笑ったのはいつぶりでしょうか。あースッキリした」

涙を指で拭い、ぽかんとしたヨハン様ににっこりと微笑んだ。

「ヨハン様、世の中の女性全員が貴方のような人間がお好きだと思ってるんですか?だとしたらすっっっごくうぬぼれていますよ」
「は………ハァッ?!」
「最初に申し上げましたでしょう?あなた、私のタイプじゃないんですよ」

最初こそ疑問だらけの発言が、今手に取るように分かってしまう。
彼は私が好いている前提で全て話を進めていた。だからこんなにも噛み合わなかったのね。

「た、タイプじゃないって……嘘だろ、」
「いやいや本当です。私のタイプは優しくて、一途で、勤勉な方です。ついでにいうとヨハン様みたいに細くてナヨナヨしてる見た目より、こうがっちりしてる方が好きです。熊みたいな」

でも令嬢として生まれたからにはそんな我が儘なんて言っていられない。こうして口に出して伝えたのも初めてだった。

「で、でもっ!今は俺みたいな”悪い男”が流行ってて……」
「流行りなんて一時のものでしょう?どうせすぐに飽きられますから」
「んなっ?!」

あらあら、ヨハン様ってば泣きそうな顔。
さっきまでの自信に満ちていた彼が今は子犬のようにプルプル震えていた。何それ、ちょっと可愛い。

「このまま”悪い男”を続けても続けなくてもどうでもいいですが、慰謝料はきっちり支払って下さいね」
「お、お、親父に……そ、相談、しねぇと」
「親父?もしかして……ご存知ないのですか?」

顔を上げたヨハン様は真っ青になりながら首を傾げた。

この様子じゃマドレイ子爵は実の息子に何も伝えずにいたらしい。それか伝えてあったにも関わらずここまで放置してきたのか。
どちらにしても種をまいたのは彼である。同情の余地は微塵もなかった。

「3日前、マドレイ子爵はあなたと絶縁したとわざわざ報告に来てくださいましたよ?」
「…………………え、?」
「そして慰謝料はマドレイ家からヨハン様本人へ請求することになりました。ですのでこちらの金額、きっちり耳を揃えて返済してください」

彼を地獄に叩き落とすように、満面の笑みを御見舞いしてやった。
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