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6 ヨハン視点
しおりを挟む『私が間違ってました…っ!ヨハン様、どうかもう一度あなたの婚約者にしてくださいっ!』
涙目で懇願するアイシャは弱々しく、俺の機嫌を取ろうと必死にしがみついている。あの高飛車な女がこうも従順になるのか……いや、これはこれでアリだな。
アイシャもよく見れば可愛い顔してるじゃないか。
色気はそんなにないが、いつもつるんでいる女と違って品がある。これだけ俺に惚れ込んでいるなら、夜は仕込めばいいとして……
『ヨハン様』
語尾にハートがついてるかのような甘い声。
あぁ……最高だ、満たされていく。
「いつまで寝てやがるっ!さっさと起きろ!」
バシャンと水が顔にかかる。……いや、かかるどころの量じゃなく、バケツ1杯分の泥水が顔面に落とされた。
「ぶはっ?!」
「休憩は終わりだぁっ!さっさと持ち場に戻れや!」
目を開けると、小汚ない無精髭の男が唾を撒き散らし怒鳴っていた。
「ずいぶんといい夢見てたらしぃが現実は甘かねぇぞこの体たらくっ!今日中にこいつを上げなきゃ日給なしだ!」
男が指差す場所には丸太やレンガの山が。
あぁ……そうだった、俺は今、仕事中だったっけ。
夢の中では清潔だった自分の服も今は砂ぼこりで汚れている、水浴びも一週間ほどしていないせいか汗臭い。
親父は本当に俺を絶縁した。
スコールマン家を追い出された後、家に戻ると屋敷は既に売り払われていた。その日の朝まで置いてあった荷物は門の前に捨てられていて、中に入ることは警備についていた兵士たちに止められ叶わなかった。
通っていた学校も退学届けを出されていた。
元々成績も悪く出席日数も足りていないせいか、学校側は嬉々として追い出したらしい。
親父がここまでするなんて。
文句を言おうとわざわざ領地まで出向いたが、中に立ち入ることすら出来なかった。前回帰郷した時は恭しかった警備隊どもだが、マドレイ家からの絶縁書を見せつけニヤニヤしながら俺を追っ払った。
家族を、故郷を、居場所を失った俺に残された借金。
行きついた先は通い慣れた酒場とカジノ。
現実逃避するため安酒を浴びる。そして簡単に意識を飛ばし……気付けば、こんな底辺の職場で働かされていた。
「いいか?逃げ出そうなんて思うなよ?こっちはスコールマン家直々にお前の監視をしてやってるんだからな!」
「………はい」
「ちっ!てめぇみてぇなゴミ野郎、頼まれてなきゃとっくに放ってやったのによぉ」
親方と呼ばれる無精髭の男は、丸太を担ぐ俺の尻に蹴りをかます。
「うぐっ!」
「さっさと運べや!」
男はペッと唾を吐き捨てる。
くそ、くそくそくそくそくそくそくそっ!!
平民のくせに偉そうに!
声に出せない文句を腹に溜め、言われた場所まで丸太を担いでいく。
俺は貴族なんだぞ?侯爵家の女と結婚するはずだったんだ!なのに何故こんなクソみたいな仕事を……!
俯きながら進んでいると、目の前に派手なヒールが飛び込んできた。
「っ邪魔だ、どけよっ!」
「あ?アンタがどきなさいよ!」
顔を上げると派手な格好の女が5人ほど集まっていた。
どの女も化粧が濃く、肌着のように下品なドレスを着ている。心なしか酒の臭いまでしてくるぜ。
どうやら仕事終わりの娼婦たちが食堂から戻ってきたところに出くわしたらしい。
「ちっ!女は良いよな、楽に金稼げて……」
「はぁ?何よアンタ」
集団のボスらしき女がぐっと前に出てくる。
「私たちはね、アンタみたいに簡単に人を見下す男より必死に働いてんの!謝んなさいよ!」
「うるせぇな!まとめて全員犯すぞ」
「きゃははははっ!無理無理、アンタみたいな貧乏人がお相手できるような女じゃないっつーの!」
ハッと鼻にかけて笑う女ボスに賛同するように、周りの女たちもケラケラと笑い出す。
「てか何コイツ、今どきロン毛?気持ち悪い」
「それにオラオラ俺様系とかダサっ!」
「犯すとかやばくない?普通に犯罪じゃん」
は?何だよこの反応……今までの女たちと全然違う。
「あのねぇ、もう”悪い男”とか流行ってないから。アンタみたいな時代遅れのダサい男、どんなにお金積まれてもお断りなのよ。ねぇリサ」
女ボスが担いでいた丸太をぐっと押す。
後ろに荷重がかかったせいで呆気なく倒れた俺は、聞き慣れた名前に勢いよく顔を上げる。
「り、リサ……っ?!」
「なぁにリサ。知り合いなの?」
リサと呼ばれた女は、確かに俺が知っているあのリサだった。だが眩しかったあの金髪は黒く染められ、ヘラヘラしっぱなしの顔が、笑うどころか無表情に近いほど暗い。
俺の好みじゃなくなったがリサに会えたのは奇跡だ!
とりあえず金を借りて、すぐに酒場に連れ込んで……
「知らない」
「………………ぁ、へ?」
「もういいじゃん。さっさと戻ろう」
立ち去ろうとするリサに手を伸ばした時、襟元をぐいっと引っ張られた。
「お、親方……」
「てめぇは何サボってんだ!娼婦買うのは借金チャラにしてからにしろや!」
そして殴られ、蹴られ、放り投げられる。
何だよリサ、お前……俺のことが好きじゃなかったのか。あんなに愛してるって言ってたじゃんかよ。
「…………あー、そっか。もう飽きたのか」
”流行りなんて一時のものでしょう?”
アイシャのあの言葉、ようやく分かった気がする。
ようやく分かったが………
時既に遅し。
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