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しおりを挟む『アンタ、ヒューゴにお礼言っときなさいよ。偶然店に来て酔い潰れたアンタ運んでくれたんだから』
次の日、目を覚ました私にマスターが呆れ顔で教えてくれた。
これまで生きてきて酒の失敗は一度もない。
取り乱した姿なんて弱みにしかならないし、何より自分の本心がバレてしまう可能性が怖い。ジェイクにだって見せたことがないのに、よりにもよってヒューゴさんに見せるなんて!
(絶対にからかわれる……)
あの人はそういう人だ。いい大人のくせに精神年齢はそこらのガキンチョと変わらないんだから。
更に運が悪いことに、一週間後にちょうど軍の定期検診が控えている。
忙しいくせに毎回受けに来るから、また今回も顔を合わせなきゃいけないのか……と思っていたのだが、
「何で来ないのよ……」
最後の一人の診察が終わりボソッと呟いた。
この定期検診は任意であり強制ではない。
でもヒューゴさんは毎回かかさず参加していて、だから今回も勝手に来るものだと思い込んでいた。
「あ、ちょっと!」
「?」
「……えっと、本日司令官殿はこちらに来ると言っていましたか?ほ、ほら!あの方いつもいらっしゃるから」
思わず引き留めてしまった。
しどろもどろになる私に、その青年はあっさりと答える。
「お忙しい方ですから」
「そう、ですよね」
「……でもまぁ必ずいらっしゃるかと」
時計をチラッと確認しニヤニヤ笑った。
「そうでしょうか。さすがにもうすぐ診察時間外になるし」
「絶対に来ますよ。なんなら賭けてもいいです」
「あら、どうして?」
「どんなに忙しくとも見たい顔があの人にはありますから。鬼のように恐ろしいハイアット司令官とてただの男、さすがに……おっと!」
そこまで話したところで青年はむぐっと口を押える。
「これ以上喋ったとバレればどんな目に合うか。先生、とにかく騙されたと思ってしばらく待ってみて下さい。絶対に来ますから」
「え、えぇ……?」
そう言い残し、青年は颯爽と帰っていった。
(……まぁ、今日は特別予定はないから良いけど)
青年の言っていた意味は分からないがもう少しだけ待ってみよう。それに、さすがにお礼くらいしないと。
リズを先に帰した後、雑用を片付けながら彼が来るのを待ってみる……が、やっぱりなかなか現れない。
(……帰ろう)
時計の長針が3周ほどした後カバンを手に取り部屋を出ようとしたときだった。
バタンっ!と大きな音を立てて扉が開く。
「間に合ったか?!」
飛び込んできた人影に思わず目を丸くさせた。
ヒューゴさんはゼーゼー息を切らし、近くにあった椅子に腰かける。
(本当に来た)
少し前まで青年にからかわれたのだと半分諦めていた。でもヒューゴさんは……本当に来てくれた。
「おい、聞いてんのかマリエル」
「え?あ……何でしょう」
「何でしょうじゃねぇよ。ギリギリ間に合ったんだから速攻で診察終わらせて飯食いに行こうぜ」
未だに上がる息遣いのまま、ヒューゴさんは乱暴に上着を脱ぎ出した。
さらけ出される上半身はどの軍人よりもたくましく、そして細かな傷が沢山刻まれている。その傷全てが、幾多の戦場を勝ち抜いてきた伝説の軍人を象徴しているようだった。
その中でもひときわ大きな傷跡が背面の左腰あたりにある。それが見えた瞬間、私は思わずその跡に優しく触れた。
「あ?何だよ、えっちな奴だなぁ」
「やっぱり目立ちますね、この傷跡」
その傷は、私にとっても忘れられない。
私がヒューゴさんと初めて出会い、そして魔法医師として初めて人を治したときの傷。未だに痛々しい傷跡に眉をひそめてしまう。
「跡、消しましょうか」
全てはこの傷から始まった。
当時は未熟だったこの力も今じゃ安定し精錬されているから、この程度の傷跡きれいさっぱり消せるだろう。
そう言うと、ヒューゴさんは何か考えた後ガシガシと頭をかきむしった。
「あー……いやいい。このままで」
「は?傷は軍人にとって勲章だ、なんてアホなこと言わないですよね?」
「そうじゃねぇけど」
気まずそうに視線を反らし、そっと傷に触れる。
「これ見るとお前が必死こいて治してくれたことを思い出して、なんか力が沸いてくるんだよ」
一瞬だけ見えたその眼差しはとても優しい。
(何、その顔……)
いつもとは違う生暖かい雰囲気に、ぶわっと体温が上がった。まるで私との思い出を慈しんでいるようで聞いているこっちが恥ずかしくなる。
『見たい顔がありますから』
(それって……)
青年が残していったあの言葉で変な想像をしてしまう。
そんなの自惚れ、というか勘違いだ。
「マリエル?」
「っ……!」
ハッとして顔をあげると、心配そうに顔を覗き込んできたヒューゴさんと目が合った。
今まで意識していなかった彼の顔が何故かちょっとだけかっこよく見えるのは、気のせいだろうか……?
「し、診察しましょう!早く!」
「お、おう……?」
色んな感情を振り払うように、私は聴診器をかけ診察を始めた。
「……ヒューゴさん」
「ん?」
「昨日は、ありがとうございました」
「おう」
短い返事を言っただけで、ヒューゴさんはからかうこともああなってしまった理由も聞かなかった。
(……勘違いしていたかも)
もっとちゃんとこの人を理解しなくちゃ。
今まで芽生えなかった不思議な気持ちに気付けないまま、私はまた自分の仕事を進めていった。
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