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第6章 終末を告げる音と最後のピース
275 妹の今後について
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ひとしきり母娘の繋がりを確かめ合った後の今。
ロナは俺の正面で畳の上に正座した母さんの膝に乗り、甘えるように背中を軽く押しつけながら嬉しそうに笑っていた。
そんな彼女の腰に手を回し、後ろから抱え込むようにしている母さんは、自分に無邪気に寄りかかってくる娘の姿に満足そうだ。
残念ながら、背丈の問題で子供が子供をあやしているようにしか見えないが。
まあ、それはともかくとして――。
「それで、これからロナをどうする? ロナは、どうしたい?」
仲睦まじい母娘の姿を眺めながら問いかけた父さんに皆の視線が一度集中し、次いでロナ一人を除いて彼女へと移動する。
「どう……?」
対してロナは、何を尋ねられているのか分からないのか、小さく首を傾げた。
それから膝の上に座ったまま振り向いて母さんの顔を見ようとしたり、また正面に向き直って俺の反応を窺ったりしていた。
「誰かと真性少女契約を結んだ訳ではない以上、補導されただけの少女化魔物はどこかの教育機関に入るのが普通だ。その場合、寮での生活になる」
父さんが意図を説明すると、ロナは不安そうな表情を浮かべて考え込む。
少しして結論が出たのか、彼女は母さんの膝から離れて立ち上がった。
「なら、兄様と真性少女契約を結びます!」
そして自身の考えを口にしながら俺に傍に来て、腕に抱き着いてくる。
ロナの好意の大きさを示すように、腕にかかる力はかなり強い。
俺はそんな妹に一旦目を向けてから、その格好のまま母さんに視線を移した。
そういうのもアリなのか、と問いかけるように。
「むう。兄妹で、なあ……」
対して、ロナの様子を見ながら悩ましげな顔をする母さん。
気持ちは分からなくもない。
真性少女契約は、ほとんどの場合において婚姻のようなものなのだから。
サユキなどはもう完全に混同しているし、俺も近しい感覚がなくもない。
加えて、この異世界でもホウゲツでは三親頭以内の婚姻は認められていない。
母さんがそんな反応をするのも理解できる。
だが、あくまでも近いものであって、そのものではないこともまた事実だ。
婚姻関係にまで至った人間と少女化魔物は確実に真性少女契約を結ぶが、真性少女契約を結んでいるからと言って必ず婚姻関係にあるとは限らないのだから。
聖女のような事例もあるし、死を厭わず目的を遂げるために第六位階を得ようと互いに利用する極めてドライな真性少女契約も世の中にはあると聞く。
だからこそ、母さんも即座に否定してはいない訳だ。
とは言え――。
「そうした事例は少な過ぎて、法的な規定もありませんね」
「じゃがなあ」
イリュファが補足したように法的にも特に問題がないにしても、やはり母さん的には即容認とはいかないようだ。
正直なところ、俺もさすがにロナの結論は短絡的過ぎると思う。
父さんの説明が足りなかったのもあるけれども、それを加味しても。
まあ、ロナの生まれ持った知識が大分偏っているせいで、結果として説明不足になってしまっている感もあるけれども……。
それはともかくとして。
「とりあえず、すぐに決める必要はないんじゃないかな」
ロナが分かっていないだろう部分も含めて総合的に判断し、俺は腕に抱き着いてきている彼女にそう諭すように言った。
「で、でも、兄様。そうしないと兄様達や母様達と離れ離れに……」
「いや、そうはならないよ。絶対に」
まだ不安げな妹に強く断言し、彼女の心配を解消するために続けて口を開く。
「大丈夫。教育機関と言ったら間違いなくホウゲツ学園だし、少女化魔物の寮は職員寮と割と近いところにある。俺達も母さん達も仕事があるからいつでもとは言えないだろうけど、ちゃんと会えるから」
「…………兄様は、私と真性少女契約を結びたくないんですか?」
ロナは何をどう飛躍させたのか、俺の言葉を受けて悲しげに問うてきた。
同時に、離すまいとするように俺の腕を抱く力を更に強めてくる。
置き去りにされそうな子供のようだ。
勘違いにせよ、可愛い妹にそんな反応をされると胸が酷く痛む。
「そんなことはないよ」
だから俺は、ロナの頭を柔らかく撫でながら即座に否定した。
彼女が多くを知って尚、それを望むのなら俺も真剣に考えるつもりだ。
しかし、ロナはまだ生まれて数日だし、知識もチグハグ。
三大特異思念集積体ジズの少女化魔物として、生まれながらに思想を含めて半ば完成してしまっていたアスカとは状況が全く違う。
ロナの場合、現状ではそれぐらいしか選択肢が頭にないだけだろう。
と言うか、真性少女契約について正確に把握しているかも正直怪しい。
一時の感情で、将来的に後悔することになってしまったら目も当てられない。
先達として、悔いのない道を選べるように導く必要がある。
「ロナはまだ知らないことがたくさんある。それを学んでからでも遅くはない。その気になれば、真性少女契約はいつでも結ぶことができるんだからさ」
「そうじゃな。教育機関で色々な者達と接し、色々な考えに触れ、それから結論を出すべきじゃろう。その上でイサクと、ということなら妾も否定はせん」
「兄様、母様…………分かりました」
俺と母さんの説得を受け、どうやら一定の理解はしてくれたらしい。
ロナは小さくもしっかりと頷いてくれた。
それでもまだ必要そうならば後で更に言葉を尽くすとして、とりあえずはそれが結論ということにしてしまってよさそうだ。
「まあ、今はトリリス様達も忙しいみたいだし、面会できる日が分かるまではここに泊まって貰って、諸々のことはそれからになるだろうけど……」
言いながら、ふと今後の妹の扱いについて一つの案が思い浮かぶ。
ロナの家族はここにいるだけではない。
「俺としては、できればロナには当面セトと少女契約を結んで欲しいんだよな」
「セト?」
「俺の弟。ロナのもう一人のお兄ちゃんだよ」
「セト、兄様?」
「そう」
過去のことがあって、少女化魔物という存在にトラウマのあるセト。
母さんから受け継いだ第五位階の複合発露だけで学園でも優秀な成績を収めているが、更なる高みを目指すために祈望之器を求めて冒険家になろうとしている。
当然、何かと危険がつきものなので、兄としては真性少女契約を結ぶことができるようなパートナーを得て欲しい気持ちもある。
とは言え、通常の少女契約すら結ぼうとしないので半ば諦めているが、母さんに顔立ちの似た血の繋がった妹なら、あるいは許容してくれるかもしれない。
加えてロナは特異思念集積体、魔炎竜の少女化魔物だ。
真性少女契約でなくとも、第六位階相当の力を扱うことができるようになる。
俺も常に傍にいられる訳ではないので、セトが彼女と少女契約を結んでくれると幾らか安心することができるのだが……。
「確かに。ロナがそうしてくれると妾としても多少気が楽になるな」
「そうだな」
俺の案に、母さんに続いて父さんも同意を示す。
真性少女契約とは異なり、単なる少女契約は大分ビジネスライクな感じが強い。
なので、母さん達も特に問題には感じないようだ。
「まあ、それも。お互いが納得しないと話にならないけどな」
「それはそうじゃろうが……いずれにせよ、セトにもロナを紹介してやらねばなるまい。家族なのじゃからな」
突然、妹が目の前に現れる訳だから、妹ができたかもしれないと告げられた時の俺以上の衝撃を受けること間違いないだろう。
正直、セトがどんなリアクションをするか早く見てみたいものだ。
「もう一人の兄様。会ってみたいです!」
ロナは家族が増えると捉えたのか、嬉しそうに声を大きくする。
更にもう一人、【ガラテア】に拉致されて行方不明のままのアロン兄さんもいるが……彼については追々話しておけばいいだろう。
「分かった。じゃあ、これから会いに行こうか」
「はい!」
元気よく返事をする妹に表情を和らげながら、掟の関係でまだセトに会う訳にはいかない両親に問題ないか視線で問う。
「ならば、妾達はここで夕飯の準備でもしていよう。行ってくるといい」
そうして、特に気にした様子のない母さんからの返答を受け、俺達はロナと共に寮を出てセトの下へと向かったのだった。
ロナは俺の正面で畳の上に正座した母さんの膝に乗り、甘えるように背中を軽く押しつけながら嬉しそうに笑っていた。
そんな彼女の腰に手を回し、後ろから抱え込むようにしている母さんは、自分に無邪気に寄りかかってくる娘の姿に満足そうだ。
残念ながら、背丈の問題で子供が子供をあやしているようにしか見えないが。
まあ、それはともかくとして――。
「それで、これからロナをどうする? ロナは、どうしたい?」
仲睦まじい母娘の姿を眺めながら問いかけた父さんに皆の視線が一度集中し、次いでロナ一人を除いて彼女へと移動する。
「どう……?」
対してロナは、何を尋ねられているのか分からないのか、小さく首を傾げた。
それから膝の上に座ったまま振り向いて母さんの顔を見ようとしたり、また正面に向き直って俺の反応を窺ったりしていた。
「誰かと真性少女契約を結んだ訳ではない以上、補導されただけの少女化魔物はどこかの教育機関に入るのが普通だ。その場合、寮での生活になる」
父さんが意図を説明すると、ロナは不安そうな表情を浮かべて考え込む。
少しして結論が出たのか、彼女は母さんの膝から離れて立ち上がった。
「なら、兄様と真性少女契約を結びます!」
そして自身の考えを口にしながら俺に傍に来て、腕に抱き着いてくる。
ロナの好意の大きさを示すように、腕にかかる力はかなり強い。
俺はそんな妹に一旦目を向けてから、その格好のまま母さんに視線を移した。
そういうのもアリなのか、と問いかけるように。
「むう。兄妹で、なあ……」
対して、ロナの様子を見ながら悩ましげな顔をする母さん。
気持ちは分からなくもない。
真性少女契約は、ほとんどの場合において婚姻のようなものなのだから。
サユキなどはもう完全に混同しているし、俺も近しい感覚がなくもない。
加えて、この異世界でもホウゲツでは三親頭以内の婚姻は認められていない。
母さんがそんな反応をするのも理解できる。
だが、あくまでも近いものであって、そのものではないこともまた事実だ。
婚姻関係にまで至った人間と少女化魔物は確実に真性少女契約を結ぶが、真性少女契約を結んでいるからと言って必ず婚姻関係にあるとは限らないのだから。
聖女のような事例もあるし、死を厭わず目的を遂げるために第六位階を得ようと互いに利用する極めてドライな真性少女契約も世の中にはあると聞く。
だからこそ、母さんも即座に否定してはいない訳だ。
とは言え――。
「そうした事例は少な過ぎて、法的な規定もありませんね」
「じゃがなあ」
イリュファが補足したように法的にも特に問題がないにしても、やはり母さん的には即容認とはいかないようだ。
正直なところ、俺もさすがにロナの結論は短絡的過ぎると思う。
父さんの説明が足りなかったのもあるけれども、それを加味しても。
まあ、ロナの生まれ持った知識が大分偏っているせいで、結果として説明不足になってしまっている感もあるけれども……。
それはともかくとして。
「とりあえず、すぐに決める必要はないんじゃないかな」
ロナが分かっていないだろう部分も含めて総合的に判断し、俺は腕に抱き着いてきている彼女にそう諭すように言った。
「で、でも、兄様。そうしないと兄様達や母様達と離れ離れに……」
「いや、そうはならないよ。絶対に」
まだ不安げな妹に強く断言し、彼女の心配を解消するために続けて口を開く。
「大丈夫。教育機関と言ったら間違いなくホウゲツ学園だし、少女化魔物の寮は職員寮と割と近いところにある。俺達も母さん達も仕事があるからいつでもとは言えないだろうけど、ちゃんと会えるから」
「…………兄様は、私と真性少女契約を結びたくないんですか?」
ロナは何をどう飛躍させたのか、俺の言葉を受けて悲しげに問うてきた。
同時に、離すまいとするように俺の腕を抱く力を更に強めてくる。
置き去りにされそうな子供のようだ。
勘違いにせよ、可愛い妹にそんな反応をされると胸が酷く痛む。
「そんなことはないよ」
だから俺は、ロナの頭を柔らかく撫でながら即座に否定した。
彼女が多くを知って尚、それを望むのなら俺も真剣に考えるつもりだ。
しかし、ロナはまだ生まれて数日だし、知識もチグハグ。
三大特異思念集積体ジズの少女化魔物として、生まれながらに思想を含めて半ば完成してしまっていたアスカとは状況が全く違う。
ロナの場合、現状ではそれぐらいしか選択肢が頭にないだけだろう。
と言うか、真性少女契約について正確に把握しているかも正直怪しい。
一時の感情で、将来的に後悔することになってしまったら目も当てられない。
先達として、悔いのない道を選べるように導く必要がある。
「ロナはまだ知らないことがたくさんある。それを学んでからでも遅くはない。その気になれば、真性少女契約はいつでも結ぶことができるんだからさ」
「そうじゃな。教育機関で色々な者達と接し、色々な考えに触れ、それから結論を出すべきじゃろう。その上でイサクと、ということなら妾も否定はせん」
「兄様、母様…………分かりました」
俺と母さんの説得を受け、どうやら一定の理解はしてくれたらしい。
ロナは小さくもしっかりと頷いてくれた。
それでもまだ必要そうならば後で更に言葉を尽くすとして、とりあえずはそれが結論ということにしてしまってよさそうだ。
「まあ、今はトリリス様達も忙しいみたいだし、面会できる日が分かるまではここに泊まって貰って、諸々のことはそれからになるだろうけど……」
言いながら、ふと今後の妹の扱いについて一つの案が思い浮かぶ。
ロナの家族はここにいるだけではない。
「俺としては、できればロナには当面セトと少女契約を結んで欲しいんだよな」
「セト?」
「俺の弟。ロナのもう一人のお兄ちゃんだよ」
「セト、兄様?」
「そう」
過去のことがあって、少女化魔物という存在にトラウマのあるセト。
母さんから受け継いだ第五位階の複合発露だけで学園でも優秀な成績を収めているが、更なる高みを目指すために祈望之器を求めて冒険家になろうとしている。
当然、何かと危険がつきものなので、兄としては真性少女契約を結ぶことができるようなパートナーを得て欲しい気持ちもある。
とは言え、通常の少女契約すら結ぼうとしないので半ば諦めているが、母さんに顔立ちの似た血の繋がった妹なら、あるいは許容してくれるかもしれない。
加えてロナは特異思念集積体、魔炎竜の少女化魔物だ。
真性少女契約でなくとも、第六位階相当の力を扱うことができるようになる。
俺も常に傍にいられる訳ではないので、セトが彼女と少女契約を結んでくれると幾らか安心することができるのだが……。
「確かに。ロナがそうしてくれると妾としても多少気が楽になるな」
「そうだな」
俺の案に、母さんに続いて父さんも同意を示す。
真性少女契約とは異なり、単なる少女契約は大分ビジネスライクな感じが強い。
なので、母さん達も特に問題には感じないようだ。
「まあ、それも。お互いが納得しないと話にならないけどな」
「それはそうじゃろうが……いずれにせよ、セトにもロナを紹介してやらねばなるまい。家族なのじゃからな」
突然、妹が目の前に現れる訳だから、妹ができたかもしれないと告げられた時の俺以上の衝撃を受けること間違いないだろう。
正直、セトがどんなリアクションをするか早く見てみたいものだ。
「もう一人の兄様。会ってみたいです!」
ロナは家族が増えると捉えたのか、嬉しそうに声を大きくする。
更にもう一人、【ガラテア】に拉致されて行方不明のままのアロン兄さんもいるが……彼については追々話しておけばいいだろう。
「分かった。じゃあ、これから会いに行こうか」
「はい!」
元気よく返事をする妹に表情を和らげながら、掟の関係でまだセトに会う訳にはいかない両親に問題ないか視線で問う。
「ならば、妾達はここで夕飯の準備でもしていよう。行ってくるといい」
そうして、特に気にした様子のない母さんからの返答を受け、俺達はロナと共に寮を出てセトの下へと向かったのだった。
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