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第2章 雄飛の青少年期編

113 新旧神童対決2回目

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『2回の裏、東京プレスギガンテスジュニアユースの攻撃は、4番、ピッチャー、瀬川、君。ピッチャー、瀬川、君。背番号、1』

 ちょっと独特なイントネーションのアナウンスが球場に響く。
 プロ野球などにおけるいわゆるウグイス嬢とはまた少し異なる特徴的な発音だ。
 名前の後に君をつけることを前提とした抑揚のつけ方だからだろう。

 それはともかくとして。
 アナウンスに促されるように、正樹が右のバッターボックスに入ってくる。
 そして彼はバットを使って軽くストレッチしてから、ゆったりバットを構えた。
 どことなく動きに慣れが感じられる。
 昔は見なかった行動だが、ある種のルーティーンを作ったのだろうか。
 その正樹は視線をこちらに寄こすことなく、真っ直ぐマウンドを見据えている。
 磐城君を意識しているのか、バッティングに集中しているのか。
 その答えはこの打席の中で分かるだろう。

 ……そう言えば、こんな風に正樹をキャッチャースボックスから眺めるのは公式戦ではこれが初めてのことだな。
 うん。いい構えだ。以前と変わらず。
 さすがはステータスカンストと言ったところか。
 補正のおかげもあり、基本に忠実で無駄な力みも感じられない。
 勿論、映像で見て小学6年生の時から変わっていないことは分かってはいた。
 しかし、改めて近くから観察しても劣化らしい劣化は見受けられない。
【衰え知らず】によってステータスが完全に維持されているおかげだ。
 そのチート染みた効力を改めて客観的に知らしめられた形だ。
 まあ、代わりに、見た目だけでは進歩や成長も感じ取れないけどな。
 数値では表れてこない部分が勝負の中で見えてくることを期待したいところだ。

「プレイッ!」

 審判のコールと同時に磐城君にサインを送る。
 今回はインコース高めから。
 ボール1個から1個半外れるように、内角を抉るシュートを要求する。
 磐城君は小さく頷くと、間髪いれずに振りかぶって1球目を投じた。
 対する正樹はうまく腕を畳んでバットを振り抜いた。

――カアンッ!

 低く鋭いライナー性の打球が3塁のコーチャーズボックスを襲う。
 東京プレスギガンテスジュニアユースの3塁コーチャーが慌てて避ける。
 内角のボール球を引っ張ってのファウル。
 ストライクゾーンではなかったおかげで打球が上がらず、3塁線も切れた。
 こちらの思惑通りの結果だが、もう少し甘く入っていたらレフトスタンドに叩き込まれていたかもしれない。
 やはり正樹は一筋縄ではいかないな。さすがだ。

「プレイッ!」

 ファウルによるボールデッドからの試合再開。
 ボールは磐城君の手に戻っている。
 さて。次の球は……。
 サインを送り、キャッチャーミットを外角に構える。
 2球目。緩い球が投じられる。
 真ん中やや内寄りから大きく曲がっていくカーブ。

「くっ」

 正樹はバットを振りに行き、変化を追いかけるようにして体が泳ぐ。
 その途中で彼はハッとしたようにスイングをとめようとした。
 しかし――。

「スイングッ!」

 球審がそうコールし、ノーボール2ストライク。
 変化が大き過ぎてボールになる球だったが、対角線の投球+緩急によって思わず手が出てしまったようだ。
 うまくボール球を使っての2ストライク。
 次で仕留めるつもりでサインを出す。

 3球目はインコース低めに落ちる球。フォークボール。
 正樹はステップをしたものの、バットを出さなかった。

「ボールッ!」

 1ボール2ストライク。
 2球目でボール球だけで打ち取ろうとしていたことに気づいたようだ。
 以前の正樹だったら、まず間違いなく3球三振だった。
 3年間、ジュニアユースチームで強豪と勝負してきた経験のおかげだろう。

 さて。こうなるとボール球で攻める方針を変えるか変えないか迷ってしまうな。
 とは言え、相手は正樹。
 ストライクゾーンで勝負するのはなるべくなら避けたいところ。
 なので、再度ボール球を要求する。

「ボールツーッ!」

 内角高めの吊り球をピクリともせずに見逃し、2ボール2ストライク。
 最初の打席から超集中に近い状態に入ったのかもしれない。
 これ程のピッチャーと対峙するのは初めてのことだろうからな。
 今の磐城君は小学生の時の俺とは比べものならないレベルにあるし。
 正統派の強敵との鎬を削る戦いの中で自然と闘志が漲り、いわゆる没頭フロー状態にまで引き上げられたのだろう。
 選球眼も普段の比ではあるまい。
 ……こうなると、ストライクゾーンに1球は欲しいな。
 ならばと、内角低めにフロントドアのスライダーを投じさせる。

――キンッ!!

 僅かにバットに掠ったボールは背後のフェンスに直で当たる。
 ファウル。
 高低差のおかげで助かった、というところか。
 カウントは変わらず、平行カウントのまま。
 3球インコースを続けたことで、内角を意識づけることができたはずだ。
 構えの極僅かな変化からそれが分かる。
 ここまでしてこそアウトコースが活きるというものだ。
 今度こそ、次で決めよう。
 右手を上から下に振り下ろすジェスチャーをして思い切って投げるように磐城君に伝え、外角低めギリギリいっぱいにキャッチャーミットを構える。
 指示通り、よく腕を振ってリリースされたのは完璧な1球。
 スピンが十分利いた155km/hの糸を引くようなストレートだ。
 勝負の結果は――。

――カキンッ!

 鋭い音が球場に響く。
 だが、内角が頭に残っていたことで正樹はほんの僅かに振り遅れており、更にバットをボールの下に入れることができなかった。
 それでもほぼ芯に当たった打球は恐ろしい速度で飛ぶ。
 角度はほぼ水平。
 殺傷能力がありそうなライナーがフェアゾーンに線を描く。

 とは言え、その行方はファーストを守る昇二の真正面だった。
 正樹が走り出す前に到達したボールを、彼はしっかりと衝撃を殺して捕球した。
 1アウト。記録は一直。
 さすがに飛んだコースが悪過ぎた。
 まあ、そうなるように仕向けた訳だけれども、ちょっとヒヤッとしたな。

「くっ」

 悔しそうに相手ベンチへと戻っていく正樹。
 一先ず新旧神童対決の2回目は磐城君に軍配が上がった形だ。
 しかし、初回の勝負と同様に後続を打ち取らなければ痛み分けになってしまう。
 勝って兜の緒を締めよ、だ。

『5番、サード、小町、君。サード、小町、君。背番号、5』
「プレイッ!」

 アナウンスと審判のコールの後。
 ストライクゾーンを目いっぱい使うようにジェスチャーで指示しつつ、次のバッターへと意識を集中するように仕向ける。
 磐城君の表情に緩みはない。
 それこそ初回に正樹の失敗を見ているからな。
 しっかり反面教師とし、自戒しているようだ。
 比較的外角の緩い球に弱い5番打者の小町丈哉君には、敢えて内角の速い球で追い込んでからチェンジアップをアウトコース低めに投げて空振りの三振。
 コントロールに乱れも一切なく、注文通りで2アウト。

『6番、センター、麦田、君。センター、麦田、君。背番号、8』

 続くバッターは、速球系の球で見逃しの三振に切って取った。
 これで3者凡退。
 1回と同じだが、正樹と対戦した分だけ負担が段違いだったな。
 状況は、2回が終わって1-0と息詰まる投手戦の様相を呈し始めている。
 だが、次は再び1番バッターの俺から。
 1人塁に出れば、また磐城君にまで回る。
 ここらで追加点を取って突き放しておきたいところだ。
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