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第2章 雄飛の青少年期編

144 フォローと隠し条件

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 都内某所。
 暑さが和らぐ気配など欠片もない9月某日。
 もとい、村山マダーレッドサフフラワーズが都市対抗野球本戦トーナメントを圧倒的なスコアで勝ち抜いて見事優勝を果たした翌日のこと。
 俺はあーちゃんと一緒に人を待っていた。

「……遅い」
「まあまあ。まだ時間にはなってないから」

 隣で不満そうにしている彼女に苦笑しつつ、その手を恋人繋ぎで握って宥める。
 それでちょっとだけ機嫌を直してくれたようだ。
 あーちゃんは俺の手を握り返しつつ、若干寄りかかるようにくっついてくる。
 ちなみにここは室内で、一応空調が効いているので暑苦しくはならない。

「折角の休みなのに」

 本日は都市対抗野球優勝のご褒美的な完全休養日。
 と言うことで、俺達以外のチームの面々は東京観光に繰り出していた。
 折角山形から東京に来たのだからと俺達も本当は遊びに行くつもりだった。
 しかし、所用ができてしまい、急遽予定を変更することに。
 あーちゃんの機嫌が悪かったのはそのせいだ。
 彼とアポが取れるまでは、見て分かるぐらい楽しみにしてた様子だったからな。
 ……さすがに申し訳ないので、改めて謝っておこう。

「ごめん、あーちゃん」
「……いい。今は2人きりだから」

 お互い余所行きの服。
 俺は半袖のシャツにチノパンという無難オブ無難な服装。
 あーちゃんはカテゴライズするならフェミニンカジュアルといったところ。
 上は半袖のフリルつきブラウス。
 下は普段余り穿かないロングフレアのスカートという出で立ちだ。
 彼女がおめかししているので、格好だけ見るとデートに見えるだろう。
 しかし、背景まで含めると場違い過ぎて頭が混乱するかもしれない。
 何せ俺達は今、ガチ目の屋内野球練習場にいるのだから。

「っと、来たか」
「む」

 待ち人の登場にまた不機嫌そうな声を上げながら、気持ち体を離すあーちゃん。
 今回は割と真面目な用事なので、空気を読んでくれたようだ。
 尚、空いた距離は僅か数センチだけの模様。

「……相変わらずだな、お前ら」

 そんな俺達にかけられた呆れ気味の声は約束の相手のもの。
 顔を合わせるのは随分と久し振りだ。
 中学3年生の時以来だが、彼の外見はほぼ変わっていない。
【生得スキル】【超早熟】の影響だろう。

「来てくれたか、正樹」
「そりゃ、あんな嫌がらせかってレベルでメッセージを送られればな」

 聞いての通り、約束の相手は昇二の兄の瀬川正樹。
 今年の夏に靭帯をやってしまい、靱帯再建手術を受けた彼だ。
 ようやく呼び出しに応じてくれたので、東京プレスギガンテスユースの寮の近くにあったここで待ち合わせしていたのだ。
 アフターケアをしていなかったばかりに怪我をさせてしまった負い目もあったので、あーちゃんとのお出かけは後回しにさせて貰った。

「ギプス、外れたみたいだな」
「手術から1ヶ月以上経ったからな。ただ、まだまともには動かせない」
「……そうか」

 表情が暗い。
 既に大分ストレスを感じているようだ。
 しかし、靱帯再建手術のリハビリはここからが長い。
 まずは腕の可動域を少しずつ広げていき、落ちた筋力をつけていく。
 キャッチボールできるようになるのはそれから。
 まだまだ先のことだ。

 タイミングの見極めも非常に重要になる。
 焦ってスローイングを始めてしまうと、また靱帯がやられかねない。
 恐らく彼の場合、その危険性は他の手術明けの投手よりも高い。
 何せ【衰え知らず】で出力自体は全く変わっていないのだ。
 しっかり自制しないと一発アウトもあり得る。

 今回こうなってしまったのも、逸って投げたせいなのは大前提として、靱帯損傷の痛みを庇うような無理のあるフォームで投げ続けたせいというのもあるだろう。
 程度の差はあるが、俺の切り札である無茶苦茶なフォームでステータス上の理論値を捻り出す投法を【怪我しない】もなしにやったようなものだ。
 そんなことをすれば、壊れるのは当たり前だ。

「正樹。これからはちゃんと医者やコーチの指示に従うんだぞ」
「分かってるよ」

 耳にタコといった雰囲気だけど、正樹には前科があるからな。
 今度こそ慎重に、確実に復帰を目指さなければならない。

 ……念のため、最初の内は抑え目に投げるようにスローイングを開始する辺りで改めて忠告するとしよう。

「それより秀治郎。随分と派手にやらかしたな」
「やらかしたって何だよ」

 強引に話題を変えてきた正樹の物言いに、思わず突っ込みを入れる。
 酷い言われようだ。

「都市対抗野球。俺の周りでも大騒ぎだったぞ」
「計画は正樹にも事前に伝えてただろ? こんなの序の口。まだまだこれからだ」
「…………ああ。そうだったな」

 俺の返答に、そう呟きながら顔を曇らせてしまう正樹。
 自分で振った話でダメージを食らってしまったようだ。
 明らかに情緒も不安定だな。
 高校生が手術をして長期的なリハビリをするとなったら当然だろうけれども。

「正樹?」
「ようやくお前が表舞台に上がってきたってのに、俺は……」

 1度目よりも遥かに大きな怪我。
 己の逸る気持ちが招いた自業自得の結果だとも正樹自身は思っているのだろう。
 俺のフォローが十分だったらこんなことにはならなかったはずだから、本来なら彼が自分を責める必要などありはしない。
 しかし、その辺りはどうにも説明のしようがない。

 荒唐無稽なのもそうだけど、何より【マニュアル操作】の存在を知ってしまうと自分自身の努力を信じられなくなりかねないからな。

 何にせよ、この瞬間に彼の心のシコリを全て解消してやることは不可能だろう。
 今できることと言えば精々当たり障りのない励ましを口にするぐらいだが……。
 まずは、その前にやるべきことをやってしまおう。

「正樹、ちょっと体に触るぞ」
「はあ?」

 空気を変えるために、怪しい笑顔と共にわざとらしく手をワキワキさせる。
 すると、正樹は嫌そうな表情で後退りした。
 さすがに気持ち悪かったか。

「全身の筋肉のバランスを確認するだけだ」
「だったら、紛らわしい動きをするな!」
「悪い悪い」

 文句を言いながら元の立ち位置に戻った正樹に謝り、俺から彼の傍に寄る。
 ちなみに、あーちゃんは今度こそ空気を読んで離れてくれたようだ。
 さて、ステータスを操作させて貰うとしようか。

「……ふーむ。大きな衰えは、なさそうだな」

 軽くマッサージをするようにしながら、まず肩から背中にかけて正樹に触れる。
 合わせてそれっぽいことも言っておく。
 昔バッティングやピッチングのフォームをチェックする時に似たようなことをしていたからか、正樹は特に不審を抱いたりはしていないようだ。
 あるいは藁にも縋る心持なのか。

 ともあれ、今の内に。
【マニュアル操作】の画面を見ながら主に変化球を増やし、当時【経験ポイント】の関係で取りこぼしていたスキルも手当たり次第に取得していく。

「よしよし」

 これで基礎ステータス上は磐城君達と同等になった。
 まあ、【生得スキル】【超早熟】のデメリットで他に比べて体格補正のマイナス値が大きいので、どうしても最終ステータスは劣ってしまうけれども。
 それでも、同じ舞台に立てるだけの数字にはなる。
 ちゃんとリハビリを乗り越えれば、1流の選手として球界に名を残せるはずだ。

 そう思いながら操作を終えようとした時。

「……ん?」

 画面の端に見慣れないものがあり、俺は思わず声を出してしまった。

「何だ?」
「ああ、いや、何でもない。ゴミがついてただけだ」
「そうか」

 今はデリケートな時期なので、正樹を不安にさせないように誤魔化す。
 どっちみち【マニュアル操作】なしには分からない内容ではあるけれども。
【スキル習得画面】の隅に【隠しスキル】という項目が追加されたなんて話はな。

 とりあえず、これについては後回しだ。
 正樹から離れ、あーちゃんの隣に戻る。

「完全に腕だけの問題だな。そこさえ治れば、間違いなく前以上に活躍できる」
「…………本当かよ」
「俺がこういうことに関して嘘を言ったことがあるか?」
「……そう言えば、小学校の卒業式で成長が頭打ちになるみたいなことを言いやがったっけな。悔しいけど、それは本当のことだった」

【成長タイプ:マニュアル】の上に【超早熟】だからな。
 中学高校の彼は、小学校の頃の財産だけでやってきたようなものだ。

「なのに、前以上に活躍できるって?」
「ああ。当時と今とじゃ状況が全然違うからな。前にはなかった伸び代がある」

 詐欺師を見るような目を向けられるが、確かな事実だ。
 信じられない気持ちは分かるけれども。

 と、ここでずっと黙っていたあーちゃんが冷たい声で一言。

「黙って信じて喜べばいい」
「無茶苦茶言うな。俺はお前じゃない」

 何だか、凄い嫌そうに言う正樹。
 あーちゃんが辛辣なのはいつものこととして、彼も彼で苦手意識があるようだ。

「まあ、リハビリが終われば、俺が正しかったことが分かるさ」
「…………お前がそこまで言うなら、楽しみにしておいてやる。何人もの才能を見出してきた実績があるのも、事実だからな」

 うむ。
 可能なら、これをリハビリのモチベーションとして欲しい。
 復帰の成否は最終的に正樹次第のことなのだから。

「けど、もしリハビリが思うようにいかなくても腐るなよ。どう転んでも、少なくとも村山マダーレッドサフフラワーズはドラフトでお前を指名するからな」
「……それは同情――」
「な訳ないだろ」

 言葉に被せるように強く否定する。
 あり得ない話だ。

「単に戦力になると確信してるから。それ以上でもそれ以下でもない。そうでもなきゃ、いくら俺でもゴリ押しなんてできやしないさ。信用問題になる」
「そう、か……」
「そんなの当たり前のこと。しゅー君を馬鹿にしないで欲しい」

 不愉快そうに横から口を挟むあーちゃん。
 一応、正樹が信じやすいように俺の言葉を保証してくれたと思っておこう。
 俺からも更にフォローを加えるか。

「言っておくけど、俺がこの人生で全力の真剣勝負をしたのはお前だけだからな」
「そうか。……そうか」

 ここに現れた時から常に彼の眉間に寄っていたシワが薄くなる。
 少しは気が和らいでくれたようだ。

「俺達は来年のドラフトまでに1部リーグに昇格する。つまり、お前はどうあれ再来年からプロだ。たとえ来年試合に出てなくても関係ない。だから絶対に焦るな」
「分かった」
「約束だぞ」
「ああ。約束する」

 大分雰囲気が落ち着いた正樹を見て一安心する。
 少なくとも、俺達と会う以前よりはリスクが小さくなっただろう。
 まあ、そうなると順当に東京プレスギガンテスに入団する可能性が高くなるだろうけれども、それはそれで構わない。
 彼のWBWへと繋がる道さえ途絶えなければ。

「じゃあ、またな」
「ああ」

 そうして正樹と別れ、あーちゃんと共に屋内野球練習場を後にする。
 未成年が密会するにはいい場所だったな。
 そう思っていると、隣からあーちゃんが俺の顔を覗き込んでくる。

「ね。伸び代、本当にあったの?」
「ああ。本当だ。俺も驚いた」

 基礎ステータス的には磐城君達と同じ。
【超早熟】によって早い段階で成長は頭打ち。
 後は戦術とか読みとかそういう側面を伸ばすしかない。
 そう思っていたが、先程見た【隠しスキル】なるもの。

「【マニュアル操作】にも未知の部分がまだあったんだな……」

 俺の呟きに意味が分からないと首を傾げるあーちゃん。
 俺はそんな彼女に「何でもない」と笑って誤魔化した。

 正樹の【スキル取得画面】には【隠しスキル】【雲外蒼天】が追加されていた。
 発生条件は、選手生命に関わるレベルの怪我を繰り返すこと。
 恐らく前回の靱帯損傷と今回の靱帯断裂で条件が満たされ、それによって【スキル取得画面】に現れたのだろう。

 そして、その効果は『過去経験した怪我の程度と回数に応じてステータスにプラスの補正がかかる』というものだった。
 つまり、これがあれば【超早熟】によるマイナス補正を相殺できるということ。
 それどころか、やりようによっては上回ることだって可能だろう。

 ……とは言え。
 だからと積極的に怪我をさせるような真似などできるはずもない。
 そんな邪な考えは、さっさと頭の中から追い出すに限る。
 気分を変えよう。

「予定より大分短い時間になるけど、これから遊びに行こうか。あーちゃん」
「ん!」
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