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第2章 雄飛の青少年期編

179 予想通りの投手戦と

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 旧神童改め復活の神童、瀬川正樹。
 新神童、磐城巧君。
 そして新星、大松勝次君。
 この3人の内のいずれかが大会No.1ピッチャーであることは間違いない。
 しかし、実際に誰がそうなのかは意見が分かれるところだ。
 正直、こればかりは俺にも分からない。

 いや、まあ。
 今この瞬間のステータス値なら、正樹がトップに来ることは分かってるけどな。
【生得スキル】【超早熟】の最大のデメリットたる体格補正への大き過ぎるマイナスも、【隠しスキル】【雲外蒼天】を取得させたことで解消することができた。
 加えて【衰え知らず】のおかげで時間経過によるステータスの減少がない。
 正にその分だけ、数字の上では正樹が他の2人よりも勝っている。
 それは確かなことだ。

 とは言え、誤差の範囲と言えば誤差の範囲でしかない。
 当人の性格や体調、配球、試合環境などに左右される程度のものだ。
 なので、どうにも優劣をつけがたく……。
 身も蓋もないが、勝った方が優れているとする以外ない。
 つまり、この試合の勝者こそが今大会における最優秀投手という訳だ。
 世間の認識も概ね似たようなものと言っていい。
 勿論、双方打ち崩されて降板みたいな何とも言いようのない微妙な結果に終わったりしなければ、の話ではあるけれども。

『3球三振! 3アウトチェンジ! 大松勝次君の立ち上がりは完璧! 1回の裏を3者凡退に切って取りました!』

 少なくとも彼らに限っては、この甲子園の舞台で炎上する姿など想像できない。
 そして実際に。
 全国高校生硬式野球選手権大会決勝戦は、投手戦の様相を呈し始めていた。

『山形県立向上冠高校、バントの構えで揺さ振ろうとするも、瀬川正樹君はストライクゾーンに淡々と投げ込んでいきます! この回、3者凡退!』

 正に大会No.1ピッチャーの座をかけて争うかの如く。
 両者一歩も譲らず、順調にアウトカウントを積み重ねていく。

「……互角?」

 その様を見て、あーちゃんが俺にくっついたまま問い気味に呟いた。
 まあ、まだ序盤も序盤なので評価を下すには早過ぎるだろうが……。
 現時点までの内容なら、そう感じる人がほとんどに違いない。
 事実ピッチャーは同格だし、チームとしても総合的に見れば同レベルだ。
 ただ、この試合に限定して言うなら――。

「俺は、向上冠高校が有利だと思う」

 ステータスを基にザックリと両チームの戦力の分析と比較をしてみると、打撃や走塁に関しては東京プレスギガンテスユースの方が明らかに秀でている。
 さすがはユースチームと言うべきか、平均してレベルが高い。
 一方、守備はポジション適正を正確に把握しているおかげもあり、山形県立向上冠高校の方が僅かに上というところ。
【経験ポイント】取得量増加系スキルを持つ人数が多いおかげで張り合うことができているが、進学校とユースチームの練習環境の格差はやはり如何ともしがたい。
 その上で、総合的に見て同レベルと判断した理由は偏にバッテリーにある。

 勿論、正樹と磐城君が同格という意見を翻した訳じゃない。
 にもかかわらず、バッテリーが理由とはどういうことかと言えば……。

「キャッチャーに決定的な差があるからな。それが後々響いてくるはずだ」

 キャッチングとか配球とか送球とか。
 そういった一般的な部分での優劣のみの話をしているのではなく。
 ある種の超常的な要素において、覆し得ない絶対的な差が存在しているのだ。
 どうあれ、長らく【成長タイプ:マニュアル】で培ってきたものは大きい。

「昇二は、いずれ俺の球を受ける男だからな」
「む。しゅー君の正捕手はわたし」

 と、脊髄反射のように主張するあーちゃん。
 そんな彼女の反応に思わず苦笑してしまう。

「勿論、それはそうだけど、将来的には――」
「……分かってる」

 諭そうとした俺の言葉を遮り、あーちゃんは微妙に不満げな顔で応じた。
 頭ではしっかりと理解している。
 ちゃんと納得もしている。
 それはそれとして面白くはないのもまた事実。
 相変わらず、この件についてはそんな気持ちを抱いているようだ。

「しゅー君との子供ができたら、わたしは引退だから」

 言いながら、あーちゃんはギュッと抱き着いてきた。

「うん」

 頷いて、しばらくなすがままに任せる。
 そうしていると。

「……ちょ、あの、あーちゃん?」

 やがて彼女は俺の頬に口をつけたり、更には耳たぶをハムハムしたりし始めた。
 もはやスリスリどころじゃなくなっている。
 やっぱり結婚してからと言うもの、日増しにタガが緩んでいっているようだ。
 前々から明け透けではあったけれども、どうやらあれでも自重していたらしい。
 まあ、夫婦になったのだから別に構わないのだけども……。
 さすがに控えて欲しい気持ちも少しばかりあった。
 むしろ人目がある状況よりも、こういう2人切りの時にこそ。

「しゅー君との子供……たくさん……たくさん……」

 己の発言で数年後の未来を想像してか、ちょっとトリップしてしまってる彼女。
 視界に映る肌が徐々に赤らんできているし、耳にかかる息が普段より大分荒い。
 子供から連想して、尾籠なことにまで思考がぶっ飛んでいってそうな雰囲気だ。
 ちょっとこれ以上はまずい。

 前々から野球チームを作れるぐらい子供が欲しいなどと大真面目に語っている愛すべき新妻が、隣でちょっと暴走しかけている。
 そんな彼女と遠征先のホテルという密室で2人、密着中。
 正に自制心が試される状況だ。
 まだまだ野球選手としてのあーちゃんの力も必要だし、お義母さんにも家族計画はしっかりするように言われているのに困る。
 雰囲気に流されては、節度ある営みに必要な諸々が間に合わなくなりかねない。
 とにもかくにも、今は正気を取り戻して貰わなければ。

「あーちゃんあーちゃん、お願いだから戻ってきて」
「はっ」

 ちょっと強めに揺すりながら呼びかけると、あーちゃんは我に返った様子。
 少し落ち着いたら自分の痴態が恥ずかしくなってしまったのか、顔が真っ赤だ。
 今の内に話を軌道修正しよう。

「何にしても、あーちゃんにはまずWBWで力になって欲しい」
「…………ん。まずはしゅー君と一緒に世界一を目指す。子供はそれから」

 そこに関しては、お互い納得して共有している考えだ。
 なので、あーちゃんも異論なく同意する。
 色々誤魔化すように無駄にキリッとした表情を浮かべていることには触れまい。
 互いに何事もなかったかのように、テレビに意識を戻す。
 画面の向こうで真剣に戦っている皆には本当に申し訳ない時間だった。

『2回裏。先頭打者の瀬川正樹君申告敬遠の後、3者連続三振。大松勝次君、強力東京プレスギガンテスユース打線を封じ込めています!』

 当然、俺達が横道に逸れている間にもイニングは進む。
 ええと、どこまで話したんだったか……。
 そうそう。キャッチャーの差の話だったな。

「昇二が受けてる以上、正樹以外のバッターは大松君の敵じゃないはずだ」
「その唯一敵いそうなバッターにはこっちも申告敬遠。……勝ちに徹していると言えば聞こえはいいけど、やっぱりつまらない」

 俺の言葉を受け、早口気味に前と同じような不平を口にするあーちゃん。
 それこそ大松君が初回申告敬遠を食らった時の繰り返しになってしまうが、これは無条件でバッターをアウトにできるような都合のいい仕組みじゃない。
 出塁というリスクを背負ってのもので、あくまでもルールの範疇にある策だ。
 だから、過度に悪く言うのも余りよろしくないとは思う。

 しかし、まあ。
 あーちゃんのように思う人間が増えれば、自ずとルールも変わっていくだろう。
 実際、大リーグで大暴れしたレジェンド達が申告敬遠地獄に陥ったせいで(おかげで)、あちらでは前世にはない新しいルールが加わってしまった訳だしな。

 ちなみに俺に対する四球攻めについては、あくまでも2部リーグや3部リーグでの話だからか余り燃え上がっていない。
 1部リーグで同じことが起こってからが本番だと思っている。
 来年には正樹や磐城君、大松君もプロ入りするし、彼らが似た状況に追い込まれて論争が巻き起こればシーズン中のルール変更もあり得る……かもしれない。
 大リーグという前例が既にある以上、難易度は低いはずだ。

 っと、また脱線してしまった。
 閑話休題。

『3回の表はマウンドの瀬川正樹君の弟、9番打者にしてキャッチャーの瀬川昇二君からの打順。兄弟対決が実現します!』

 お。丁度、話題に上った昇二の出番か。
 いや、話の本筋はバッティングではなく守備の方だけど。

 山形県立向上冠高校の正捕手たる彼は、【生得スキル】【超晩成】によって【経験ポイント】の取得量に最近までマイナス補正をかけられていた。
 まあ、現在はプラスマイナスゼロになっているが……。
 何にしても、今まで獲得した総【経験ポイント】は俺達の中では若干少ない。
 それでも小学校の頃からステータスの目減りが少ない範囲で調整して【経験ポイント】をやり繰りしてきたため、有用なスキルはしっかり網羅している。

 一方で東京プレスギガンテスユースのキャッチャー古谷健治君。
 チームメイトになった正樹に持たせた【経験ポイント】取得量増加スキルとユースチームの練習量のおかげで、ステータス自体は昇二とどっこいどっこい。
 しかし、スキルの取得量に致命的なまでの差があった。

 野球に限った話なのかは分からないが、今生の世界にはステータスがあり、前世の野球選手育成ゲームに近いシステムが働いている。
 野球に関わるスキルは多数存在し、中にはキャッチャー専用のスキルもある。
 キャッチング技術を向上させ、ストライクゾーンを気持ち広くするもの。
 盗塁された際の送球スピードやコントロールに補正をかけるもの。
 ピックオフプレーをスムーズにするもの等々。
 取り分け影響力が大きいのは、やはりピッチャーの制球を助けると共に最高球速を出しやすくし、スタミナの消耗を低減させる総合バフスキルだろう。
 村山マダーレッドサフフラワーズの勝敗を分ける一因にもなってるぐらいだ。
 そして残念ながら。
 東京プレスギガンテスユースの正捕手、古谷健治君はそのスキルは持ってない。
 昇二は持っている。
 この差は余りにも大き過ぎる。

「早い段階で正樹を援護できないと、東京プレスギガンテスユースは厳しいな」

 このまま両チーム共に0行進が続けば、どちらが先に降板するかの勝負になる。
 ピッチャーが代われば、得点は時間の問題だ。
 いくら山形県立向上冠高校が東京プレスギガンテスユースに比べて打撃力で劣ると言っても、正樹以外が相手なら十分打ち崩せるだけの能力はあるからな。
 またぞろ正樹がマウンドを降りにくい状況になってしまっている。

 対する大松君は、準々決勝戦の正樹よろしく行けるところまで行くだろう。
 キャッチャーの昇二のおかげで消耗は少ないし、何より今のところ2回21球。
 9回100球未満のペースだ。
 多少の延長など何の問題にもならない。
 東京プレスギガンテスユースとしては、9回までに勝負を決めたいところだ。
 だから――。

「あちらは大松君から先制してリードを保つこと。こちらは決して先制点を取られないこと。それが、九分九厘投手戦になるこの試合のポイントだな」
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