偽りの聖女にすべてを奪われたので、真実を見抜く『鑑定眼』で本物の逸材たちと逆襲します

希羽

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第四話:夜明けの奇跡と、断罪の剣

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 「竜の喉笛」は、その名の通り荒れ狂う獣だった。闇夜に轟く濁流の咆哮は、屈強な男たちの心を容易く折る。たいまつの炎が風に揺れ、濡れた岩肌に不気味な影を踊らせていた。

「次! 三本目の杭を打ち込むぞ! 角度を違えるな!」

 その混沌の中心で、ヴァレリウスの声だけが、揺るぎない道標のように響き渡っていた。彼はもはや、日銭を稼ぐただの石工ではなかった。何十年という経験に裏打ちされた、水の流れを読む大地の支配者。その姿は、私の『鑑定眼』に、いかなる濁流にも削り取られることのない、堂々たる花崗岩の輝きとして映っていた。

 私の役割は、後方支援に徹することだった。たいまつの配置を指示して作業場の明かりを確保し、焼いたパンと水を配って男たちの体力を支える。そして、何よりも重要なのが、私の瞳だけが持つ力を使うことだった。

「あなた、足元が危ないわ! 一歩右へ!」

 杭を支えていた一人の男に声をかける。私の言葉に、男は訝しみながらも足をずらした。その直後、彼が立っていた場所の岩盤が、ごっそりと川に崩れ落ちた。男は青ざめ、私に畏怖の視線を向ける。私の目には、岩のオーラに走っていた、微かな亀裂の色が見えていただけだ。

 夜が明け始める頃、最後の杭が、大地を揺るがすような音を立てて川底に打ち込まれた。その瞬間、信じられないことが起こる。あれほど岸辺を打ち付けていた激しい流れが、まるで巨大な手で導かれたかのように、するりと川の中央へと逸れていったのだ。岸を削る水の勢いは目に見えて弱まり、氾濫の危機は明らかに遠のいていた。

「お、おお……」
「流れが……変わったぞ!」

 泥と汗にまみれた男たちの顔に、疲労を忘れた歓喜の笑みが広がる。ヴァレリウスは、朝日を浴びる自らの仕事を見つめ、満足そうに深く頷いた。我々は、たった一夜で、神の気まぐれな奇跡ではなく、人間の知恵と意志による奇跡を成し遂げたのだ。

 しかし、その達成感を切り裂くように、硬質な蹄の音が響き渡った。

 見上げると、丘の上には一分の隙もなく整列した、十数騎の騎士たちの姿があった。朝日に煌めく銀の甲冑。掲げられた王家の旗。そして、その先頭で冷徹な蒼い瞳をこちらに向けているのは、私の元婚約者、騎士団長ギデオン・エアハルトだった。

 彼は、泥まみれの私と、その隣に立つヴァレリウス、そして武器も持たずにへたり込む労働者たちを、信じられないものでも見るかのように見下していた。その視線には、軽蔑と、理解を超えたものへの戸惑いが浮かんでいる。

「アニエス……!」

 丘の上からでも聞こえる、怒りに満ちた声が響く。

「一体どういうことだ! 国に仇なす罪人と共謀し、この神聖な地で何をしていた! これは国家への反逆に等しい!」

 彼の言葉に、男たちの顔から血の気が引いた。しかし、私は一歩も引かなかった。私は、震える男たちを守るように、ギデオンの前に進み出る。

「反逆ではありません、ギデオン様。これは、国を守るための仕事です」
「黙れ! 聖女様が、この地のために祈りを捧げておられるというのに、そのお心をかき乱す不敬な真似を!」
「祈っている間に、家が流され、人が死んでもよろしいと?」

 私は静かに、しかし、はっきりと告げた。

「首都の皆さんが、安全な場所で祈りを捧げている間、私たちは、この手で奇跡を起こしました。どうぞ、ご自分の目でご覧ください。この町は、もう大丈夫です」

 私の言葉に、ギデオンは視線を川岸へと移す。そして、言葉を失った。騎士としての彼にも、目の前で起きたことの意味は理解できたのだろう。一夜にして、荒れ狂う川の流れが制御されている。それは、軍事要塞の建築にも匹敵する、驚異的な土木技術の成果だった。

 だが、彼の表情から戸惑いが消え、再び冷たい鋼の色が戻ってくる。彼の忠誠心は、目の前の真実ではなく、彼が信じる「聖女」という権威に向けられていた。

「……詭弁を弄するな」

 ギデオンは、鞘からゆっくりと剣を抜き放った。朝日に照らされた切っ先が、私に向けられる。

「理由がどうであれ、許可なく国の土地に手を加えた罪は重い。聖女様の名を騙る詐欺師に与し、国法を乱した罪、万死に値する。大人しく投降せよ」

 彼の背後で、騎士たちが一斉に剣を抜く。その切っ先は、私と、私の後ろで立ち尽くすヴァレリウス、そして泥まみれの労働者たちに、容赦なく向けられていた。

「投降しなければ、力づくで排除する。アニエス、それが君への、最後の情けだ」
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