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第一話:偽聖女の最後の祈り
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王宮の大広間を満たすのは、煌びやかなシャンデリアの光と、貴族たちの楽しげな喧騒。今宵は先日、隣国との緊張状態が解消されたことを祝う祝賀会。
けれど、その中心にいるはずの私、クラリス・オーウェン伯爵令嬢は、壁の花のようにひっそりと佇んでいた。
「ご覧になって。またクラリス様の祝福が、とんだ騒ぎを起こしたそうよ」
「結果的に敵国が内乱で自滅したとか…けれど、そのせいで交易路が混乱したのでしょう? やはり『災いの聖女』様ね」
扇の影で交わされる囁き声が、私の耳を刺す。
そう、私は聖女でありながら、その祝福が常に皮肉で過激な形で発動してしまう『欠陥聖女』。干ばつを終わらせようと祈れば記録的な豪雨を呼び、疫病を鎮めようとすれば特効薬の発見と引き換えに小規模な地震が起きる。結果だけを見れば国益に繋がることも多いけれど、その過程で起こる混乱のせいで、私はいつしかそう呼ばれるようになっていた。
一番辛いのは、婚約者であるコンラート殿下の、あの失望に満ちた冷たい視線だった。彼に認められたい一心で祈りを捧げてきたというのに。
その時、広間の扉が大きく開かれ、喧騒がぴたりと止んだ。
視線が集まるその先に立っていたのは、私の婚約者であるコンラート王子。けれど、彼が優雅にエスコートしていたのは、私ではなかった。純白のドレスをふわりと揺らし、天使のような微笑みを浮かべているのは、もう一人の聖女、フロリア・ケイン男爵令嬢だった。
「コンラート様、素敵ですわ」
「君のためなら当然だ、私のフロリア」
甘い声で言葉を交わす二人。コンラート殿下は、私に向けることなど久しくない熱のこもった瞳で、フロリアを見つめている。フロリアは完璧な聖女。彼女の祝福は、泉を清め、花を咲かせ、病人を癒す…誰もが望む通りの、穏やかで美しい奇跡を起こす。
ふと、フロリアの視線がこちらを向いた。目が合った瞬間、彼女の唇は完璧な微笑みを保ったまま、その瞳の奥にだけ、蛇のような冷たい軽蔑の色が浮かんだ。私は息を呑み、そっと視線を伏せる。もう、この場所に私の居場所などないことは、分かりきっていた。
やがて、玉座の前に立ったコンラート殿下が、広間によく通る声で言った。
「皆、静粛に! 今宵、皆に伝えるべきことがある!」
音楽が止み、全ての注目が彼に集まる。彼は私をちらりと一瞥し、その瞳には何の感情も浮かんでいなかった。
「先日の隣国との一件、結果として和平は結ばれた。だが、その発端となったクラリスの祝福は、敵国の王を色恋沙汰で失脚させるという、あまりに醜聞に満ちたものだった! 我が国の聖女が、他国の内政にそのような形で干渉するなど、断じて許されることではない!」
違う。
私はただ、平和を祈っただけなのに。
彼の言葉は続く。
「それに引き換え、フロリアを見よ! 彼女の清らかな祈りは、荒れた土地に花を咲かせ、民の心を癒した! これこそが真の聖女の姿だ!」
民衆が「おお…」とどよめく。フロリアは王子の腕の中で、はにかむように微笑んでみせた。そして、コンラート殿下はまるで断頭台の罪人を見るかのように私をまっすぐ指さし、決定的な言葉を叩きつけた。
「国に不幸と混乱を振りまく偽聖女を、王太子妃にするわけにはいかない! クラリス・オーウェン! 貴様との婚約を、ただ今をもって破棄する! そして明朝、貴様を国外へ追放処分とすることを、ここに宣言する!」
シン、と広間が静まり返る。
ああ、やはり。ずっと前から、こうなることは分かっていた。
絶望が心臓を氷の矢で貫く。愛情も、忠誠も、国を想う祈りも、全てが目の前で踏みにじられていく。
けれど、その氷の矢が、心の奥底で張り詰めていた何かを、ぷつりと断ち切った。
私は俯いていた顔を、ゆっくりと上げた。涙は一滴も流れなかった。
「――謹んで、お受けいたします」
凍てつくように静かな声が、自分の口から発せられたことに驚く。コンラート殿下が、私の予想外の反応に眉をひそめた。
「ですが、コンラート殿下。聖女としての、本当に最後の務めをお許しくださいませ」
私はゆっくりとドレスの裾を翻し、彼らに向かって一歩踏み出した。
「お二人の輝かしい未来に、この私が、祝福を授けさせてはいただけませんでしょうか」
その申し出に、コンラートとフロリアが驚きの表情を浮かべる。私の瞳の奥に、静かで昏い光が宿っていることには、この広間の誰も気づいてはいなかった。
けれど、その中心にいるはずの私、クラリス・オーウェン伯爵令嬢は、壁の花のようにひっそりと佇んでいた。
「ご覧になって。またクラリス様の祝福が、とんだ騒ぎを起こしたそうよ」
「結果的に敵国が内乱で自滅したとか…けれど、そのせいで交易路が混乱したのでしょう? やはり『災いの聖女』様ね」
扇の影で交わされる囁き声が、私の耳を刺す。
そう、私は聖女でありながら、その祝福が常に皮肉で過激な形で発動してしまう『欠陥聖女』。干ばつを終わらせようと祈れば記録的な豪雨を呼び、疫病を鎮めようとすれば特効薬の発見と引き換えに小規模な地震が起きる。結果だけを見れば国益に繋がることも多いけれど、その過程で起こる混乱のせいで、私はいつしかそう呼ばれるようになっていた。
一番辛いのは、婚約者であるコンラート殿下の、あの失望に満ちた冷たい視線だった。彼に認められたい一心で祈りを捧げてきたというのに。
その時、広間の扉が大きく開かれ、喧騒がぴたりと止んだ。
視線が集まるその先に立っていたのは、私の婚約者であるコンラート王子。けれど、彼が優雅にエスコートしていたのは、私ではなかった。純白のドレスをふわりと揺らし、天使のような微笑みを浮かべているのは、もう一人の聖女、フロリア・ケイン男爵令嬢だった。
「コンラート様、素敵ですわ」
「君のためなら当然だ、私のフロリア」
甘い声で言葉を交わす二人。コンラート殿下は、私に向けることなど久しくない熱のこもった瞳で、フロリアを見つめている。フロリアは完璧な聖女。彼女の祝福は、泉を清め、花を咲かせ、病人を癒す…誰もが望む通りの、穏やかで美しい奇跡を起こす。
ふと、フロリアの視線がこちらを向いた。目が合った瞬間、彼女の唇は完璧な微笑みを保ったまま、その瞳の奥にだけ、蛇のような冷たい軽蔑の色が浮かんだ。私は息を呑み、そっと視線を伏せる。もう、この場所に私の居場所などないことは、分かりきっていた。
やがて、玉座の前に立ったコンラート殿下が、広間によく通る声で言った。
「皆、静粛に! 今宵、皆に伝えるべきことがある!」
音楽が止み、全ての注目が彼に集まる。彼は私をちらりと一瞥し、その瞳には何の感情も浮かんでいなかった。
「先日の隣国との一件、結果として和平は結ばれた。だが、その発端となったクラリスの祝福は、敵国の王を色恋沙汰で失脚させるという、あまりに醜聞に満ちたものだった! 我が国の聖女が、他国の内政にそのような形で干渉するなど、断じて許されることではない!」
違う。
私はただ、平和を祈っただけなのに。
彼の言葉は続く。
「それに引き換え、フロリアを見よ! 彼女の清らかな祈りは、荒れた土地に花を咲かせ、民の心を癒した! これこそが真の聖女の姿だ!」
民衆が「おお…」とどよめく。フロリアは王子の腕の中で、はにかむように微笑んでみせた。そして、コンラート殿下はまるで断頭台の罪人を見るかのように私をまっすぐ指さし、決定的な言葉を叩きつけた。
「国に不幸と混乱を振りまく偽聖女を、王太子妃にするわけにはいかない! クラリス・オーウェン! 貴様との婚約を、ただ今をもって破棄する! そして明朝、貴様を国外へ追放処分とすることを、ここに宣言する!」
シン、と広間が静まり返る。
ああ、やはり。ずっと前から、こうなることは分かっていた。
絶望が心臓を氷の矢で貫く。愛情も、忠誠も、国を想う祈りも、全てが目の前で踏みにじられていく。
けれど、その氷の矢が、心の奥底で張り詰めていた何かを、ぷつりと断ち切った。
私は俯いていた顔を、ゆっくりと上げた。涙は一滴も流れなかった。
「――謹んで、お受けいたします」
凍てつくように静かな声が、自分の口から発せられたことに驚く。コンラート殿下が、私の予想外の反応に眉をひそめた。
「ですが、コンラート殿下。聖女としての、本当に最後の務めをお許しくださいませ」
私はゆっくりとドレスの裾を翻し、彼らに向かって一歩踏み出した。
「お二人の輝かしい未来に、この私が、祝福を授けさせてはいただけませんでしょうか」
その申し出に、コンラートとフロリアが驚きの表情を浮かべる。私の瞳の奥に、静かで昏い光が宿っていることには、この広間の誰も気づいてはいなかった。
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