欠陥聖女の完璧な復讐

希羽

文字の大きさ
2 / 10

第二話:永遠という名の鎖

しおりを挟む
 私の予想外の申し出に、広間は再び静寂に包まれた。婚約を破棄され、追放される身でありながら、祝福を授けるという。常軌を逸したその言葉に、誰もが戸惑っていた。

 最初に沈黙を破ったのは、コンラート王子だった。彼は侮蔑と憐れみが入り混じったような笑みを浮かべ、尊大に頷いた。

「よかろう。追放される前に、自らの罪を悔い、我らに奉仕する機会を与えてやる。聖女としての、いや、偽聖女としての最後の務め、果たしてみせるがいい」
「ありがとうございます、殿下」

 私は静かに一礼し、ゆっくりと二人の前へ進み出た。フロリアは勝ち誇った表情を隠そうともせず、まるで施しを受けるかのように顎を上げて私を見下ろしている。

 私は目を閉じ、すぅっと息を吸い込んだ。

 私が両手を静かに掲げると、広間の空気が震え、厳かな魔力が渦のように満ちていく。それは、これまで私が起こしてきたどの奇跡よりも、濃密で、圧倒的な力だった。

「我が名はクラリス。聖なる力に誓って、お二人に祝福を授けます」

 私の唇から紡がれる言葉は、祈りであり、呪詛であり、そして宣告だった。

「コンラート様とフロリア様の真実の愛が、決して離れることなく、永遠に、永遠に、続きますように――」

 瞬間、天から光の柱が降り注いだかのような、神々しい金色の光が二人を包み込んだ。そのあまりの荘厳さに、コンラートもフロリアも恍惚の表情を浮かべる。広間の貴族たちも「おお…」と息をのみ、その奇跡的な光景に圧倒されていた。

 これぞ本物の聖女の力ではないか、と。

 やがて光が収まった時、私は静かに手を下ろし、表情一つ変えずに言った。

「お役目は、果たしました」

 そして踵を返し、衛兵に連れられて静かに広間を去った。

 ◇

 翌朝、夜明け前の薄闇の中、みすぼらしい荷馬車が王都の裏門から静かに出ていった。

 見送る者は、誰もいない。

 荷台に揺られながら、私は一度だけ、夜霧に霞む王城を振り返った。

 ◇

 その頃、王城の主寝室では、コンラート王子が心地よい目覚めを迎えていた。腕の中には愛するフロリアがいる。

 完璧な一日の始まりだ。

 彼は朝議に向かうため身支度を整え、部屋を出ようとした。すると、まだ眠っているはずのフロリアも、ふわりとベッドから体が浮き上がり、彼の後をついてくるではないか。

「まあ、コンラート様。そんなに私が恋しいのですね」

 目覚めたフロリアが、くすくすと笑う。

「ああ、どうやら私の心は、一瞬たりとも君を離したくないらしい」

 コンラートも満更ではない顔で答え、二人はそれを愛の奇跡として笑い合った。

 だが、その奇妙な現象はその日一日、続いた。

 コンラートが執務室で書類に目を通せば、フロリアもソファで読書をする。フロリアが侍女たちとお茶を楽しめば、その輪の中にコンラートも居合わせる。最初は「仲睦まじいこと」と微笑ましく見ていた周囲も、次第に首を傾げ始めた。

 そして、その夜。

 フロリアが湯浴みをしようと浴室へ向かうと、当然のようにコンラートも引きずられるように後をついてきた。

「お待ちください、コンラート様! ここからはさすがに…!」
「私とて入りたいわけではない! なぜだ、足が勝手に…!」

 二人はそこでようやく、これがただの「愛の奇跡」などではないことに気づき始めた。まるで目に見えない鎖で繋がれているかのように、互いの体が一定の距離以上、離れることができないのだ。

 浴室の扉の前で立ち尽くし、二人は初めて不安の色を浮かべて顔を見合わせた。

 その頃、私を乗せた荷馬車は、すでに国境近くの街道を走っていた。

 冷たい夜風が頬を撫でる。私は追放された悲しみよりも、全てを縛っていた鎖から解き放たれたような、不思議な解放感に包まれていた。

 自分の両手を見つめる。これまで憎み、恐れてきたこの力が、初めて、自分の意志のために使えた。

 後悔は、なかった。

「さようなら、私の愛した人。そして、私の愛した国」

 小さな呟きは風に消える。

 私の行く先に何が待っているのか、まだ知る由もない。

 ただ、荷台に揺られながら見上げた空には、夜明けを告げる星が、静かに輝いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

【完結】私が愛されるのを見ていなさい

芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定) 公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。 絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。 ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。 完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。  立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

こんな婚約者は貴女にあげる

如月圭
恋愛
アルカは十八才のローゼン伯爵家の長女として、この世に生を受ける。婚約者のステファン様は自分には興味がないらしい。妹のアメリアには、興味があるようだ。双子のはずなのにどうしてこんなに差があるのか、誰か教えて欲しい……。 初めての投稿なので温かい目で見てくださると幸いです。

親友に恋人を奪われた俺は、姉の様に思っていた親友の父親の後妻を貰う事にしました。傷ついた二人の恋愛物語

石のやっさん
恋愛
同世代の輪から浮いていた和也は、村の権力者の息子正一より、とうとう、その輪のなから外されてしまった。幼馴染もかっての婚約者芽瑠も全員正一の物ので、そこに居場所が無いと悟った和也はそれを受け入れる事にした。 本来なら絶望的な状況の筈だが……和也の顔は笑っていた。 『勇者からの追放物』を書く時にに集めた資料を基に異世界でなくどこかの日本にありそうな架空な場所での物語を書いてみました。 「25周年アニバーサリーカップ」出展にあたり 主人公の年齢を25歳 ヒロインの年齢を30歳にしました。 カクヨムでカクヨムコン10に応募して中間突破した作品を加筆修正した作品です。 大きく物語は変わりませんが、所々、加筆修正が入ります。

婚約破棄されましたが、今さら後悔されても困ります

有賀冬馬
恋愛
 復讐なんて興味ありません。でも、因果応報って本当にあるんですね。あなたのおかげで、私の幸せが始まりました。  ・・・ 政略結婚の駒として扱われ、冷酷非道な婚約者クラウスに一方的に婚約破棄を突きつけられた令嬢エマ・セルディ。 名誉も財産も地に堕とされ、愛も希望も奪われたはずの彼女だったが、その胸には消せない復讐と誇りが燃えていた。 そんな折、誠実で正義感あふれる高位貴族ディーン・グラスフィットと運命的に出会い、新たな愛と絆を育む。 ディーンの支えを受け、エマはクラウスの汚職の証拠を暴き、公の場で彼を徹底的に追い詰める──。

【完結済み】私達はあなたを決して許しません

asami
恋愛
婚約破棄された令嬢たちがそれぞれに彼女らなりの復讐していくオムニバスストーリーです

魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす

三谷朱花
恋愛
 ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。  ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。  伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。  そして、告げられた両親の死の真相。  家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。    絶望しかなかった。  涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。  雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。  そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。  ルーナは死を待つしか他になかった。  途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。  そして、ルーナがその温もりを感じた日。  ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。

処理中です...