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第二話:永遠という名の鎖
私の予想外の申し出に、広間は再び静寂に包まれた。婚約を破棄され、追放される身でありながら、祝福を授けるという。常軌を逸したその言葉に、誰もが戸惑っていた。
最初に沈黙を破ったのは、コンラート王子だった。彼は侮蔑と憐れみが入り混じったような笑みを浮かべ、尊大に頷いた。
「よかろう。追放される前に、自らの罪を悔い、我らに奉仕する機会を与えてやる。聖女としての、いや、偽聖女としての最後の務め、果たしてみせるがいい」
「ありがとうございます、殿下」
私は静かに一礼し、ゆっくりと二人の前へ進み出た。フロリアは勝ち誇った表情を隠そうともせず、まるで施しを受けるかのように顎を上げて私を見下ろしている。
私は目を閉じ、すぅっと息を吸い込んだ。
私が両手を静かに掲げると、広間の空気が震え、厳かな魔力が渦のように満ちていく。それは、これまで私が起こしてきたどの奇跡よりも、濃密で、圧倒的な力だった。
「我が名はクラリス。聖なる力に誓って、お二人に祝福を授けます」
私の唇から紡がれる言葉は、祈りであり、呪詛であり、そして宣告だった。
「コンラート様とフロリア様の真実の愛が、決して離れることなく、永遠に、永遠に、続きますように――」
瞬間、天から光の柱が降り注いだかのような、神々しい金色の光が二人を包み込んだ。そのあまりの荘厳さに、コンラートもフロリアも恍惚の表情を浮かべる。広間の貴族たちも「おお…」と息をのみ、その奇跡的な光景に圧倒されていた。
これぞ本物の聖女の力ではないか、と。
やがて光が収まった時、私は静かに手を下ろし、表情一つ変えずに言った。
「お役目は、果たしました」
そして踵を返し、衛兵に連れられて静かに広間を去った。
◇
翌朝、夜明け前の薄闇の中、みすぼらしい荷馬車が王都の裏門から静かに出ていった。
見送る者は、誰もいない。
荷台に揺られながら、私は一度だけ、夜霧に霞む王城を振り返った。
◇
その頃、王城の主寝室では、コンラート王子が心地よい目覚めを迎えていた。腕の中には愛するフロリアがいる。
完璧な一日の始まりだ。
彼は朝議に向かうため身支度を整え、部屋を出ようとした。すると、まだ眠っているはずのフロリアも、ふわりとベッドから体が浮き上がり、彼の後をついてくるではないか。
「まあ、コンラート様。そんなに私が恋しいのですね」
目覚めたフロリアが、くすくすと笑う。
「ああ、どうやら私の心は、一瞬たりとも君を離したくないらしい」
コンラートも満更ではない顔で答え、二人はそれを愛の奇跡として笑い合った。
だが、その奇妙な現象はその日一日、続いた。
コンラートが執務室で書類に目を通せば、フロリアもソファで読書をする。フロリアが侍女たちとお茶を楽しめば、その輪の中にコンラートも居合わせる。最初は「仲睦まじいこと」と微笑ましく見ていた周囲も、次第に首を傾げ始めた。
そして、その夜。
フロリアが湯浴みをしようと浴室へ向かうと、当然のようにコンラートも引きずられるように後をついてきた。
「お待ちください、コンラート様! ここからはさすがに…!」
「私とて入りたいわけではない! なぜだ、足が勝手に…!」
二人はそこでようやく、これがただの「愛の奇跡」などではないことに気づき始めた。まるで目に見えない鎖で繋がれているかのように、互いの体が一定の距離以上、離れることができないのだ。
浴室の扉の前で立ち尽くし、二人は初めて不安の色を浮かべて顔を見合わせた。
その頃、私を乗せた荷馬車は、すでに国境近くの街道を走っていた。
冷たい夜風が頬を撫でる。私は追放された悲しみよりも、全てを縛っていた鎖から解き放たれたような、不思議な解放感に包まれていた。
自分の両手を見つめる。これまで憎み、恐れてきたこの力が、初めて、自分の意志のために使えた。
後悔は、なかった。
「さようなら、私の愛した人。そして、私の愛した国」
小さな呟きは風に消える。
私の行く先に何が待っているのか、まだ知る由もない。
ただ、荷台に揺られながら見上げた空には、夜明けを告げる星が、静かに輝いていた。
最初に沈黙を破ったのは、コンラート王子だった。彼は侮蔑と憐れみが入り混じったような笑みを浮かべ、尊大に頷いた。
「よかろう。追放される前に、自らの罪を悔い、我らに奉仕する機会を与えてやる。聖女としての、いや、偽聖女としての最後の務め、果たしてみせるがいい」
「ありがとうございます、殿下」
私は静かに一礼し、ゆっくりと二人の前へ進み出た。フロリアは勝ち誇った表情を隠そうともせず、まるで施しを受けるかのように顎を上げて私を見下ろしている。
私は目を閉じ、すぅっと息を吸い込んだ。
私が両手を静かに掲げると、広間の空気が震え、厳かな魔力が渦のように満ちていく。それは、これまで私が起こしてきたどの奇跡よりも、濃密で、圧倒的な力だった。
「我が名はクラリス。聖なる力に誓って、お二人に祝福を授けます」
私の唇から紡がれる言葉は、祈りであり、呪詛であり、そして宣告だった。
「コンラート様とフロリア様の真実の愛が、決して離れることなく、永遠に、永遠に、続きますように――」
瞬間、天から光の柱が降り注いだかのような、神々しい金色の光が二人を包み込んだ。そのあまりの荘厳さに、コンラートもフロリアも恍惚の表情を浮かべる。広間の貴族たちも「おお…」と息をのみ、その奇跡的な光景に圧倒されていた。
これぞ本物の聖女の力ではないか、と。
やがて光が収まった時、私は静かに手を下ろし、表情一つ変えずに言った。
「お役目は、果たしました」
そして踵を返し、衛兵に連れられて静かに広間を去った。
◇
翌朝、夜明け前の薄闇の中、みすぼらしい荷馬車が王都の裏門から静かに出ていった。
見送る者は、誰もいない。
荷台に揺られながら、私は一度だけ、夜霧に霞む王城を振り返った。
◇
その頃、王城の主寝室では、コンラート王子が心地よい目覚めを迎えていた。腕の中には愛するフロリアがいる。
完璧な一日の始まりだ。
彼は朝議に向かうため身支度を整え、部屋を出ようとした。すると、まだ眠っているはずのフロリアも、ふわりとベッドから体が浮き上がり、彼の後をついてくるではないか。
「まあ、コンラート様。そんなに私が恋しいのですね」
目覚めたフロリアが、くすくすと笑う。
「ああ、どうやら私の心は、一瞬たりとも君を離したくないらしい」
コンラートも満更ではない顔で答え、二人はそれを愛の奇跡として笑い合った。
だが、その奇妙な現象はその日一日、続いた。
コンラートが執務室で書類に目を通せば、フロリアもソファで読書をする。フロリアが侍女たちとお茶を楽しめば、その輪の中にコンラートも居合わせる。最初は「仲睦まじいこと」と微笑ましく見ていた周囲も、次第に首を傾げ始めた。
そして、その夜。
フロリアが湯浴みをしようと浴室へ向かうと、当然のようにコンラートも引きずられるように後をついてきた。
「お待ちください、コンラート様! ここからはさすがに…!」
「私とて入りたいわけではない! なぜだ、足が勝手に…!」
二人はそこでようやく、これがただの「愛の奇跡」などではないことに気づき始めた。まるで目に見えない鎖で繋がれているかのように、互いの体が一定の距離以上、離れることができないのだ。
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自分の両手を見つめる。これまで憎み、恐れてきたこの力が、初めて、自分の意志のために使えた。
後悔は、なかった。
「さようなら、私の愛した人。そして、私の愛した国」
小さな呟きは風に消える。
私の行く先に何が待っているのか、まだ知る由もない。
ただ、荷台に揺られながら見上げた空には、夜明けを告げる星が、静かに輝いていた。
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