欠陥聖女の完璧な復讐

希羽

文字の大きさ
3 / 10

第三話:賢者の慧眼

 コンラートとフロリアにとって、地獄は翌朝から本格的に始まった。

 二人は昨夜の出来事以来、互いに距離を置こうと試みたが、それは物理的に不可能だった。まるで透明な鎖で繋がれているかのように、一方が動けばもう一方も引きずられる。気まずい沈黙が流れる朝食の席で、彼らは侍従たちの手前、無理に微笑み合い、仲睦まじい夫婦を演じなければならなかった。

 その日の午後、コンラートは騎士団の訓練に参加した。彼は愛馬に跨り、馬上槍試合の練習をしようとしたが、常に半径五メートル以内にいるフロリアが邪魔で、馬を全力で走らせることができない。

「危ないから下がっていろと言っているだろう!」
「下がれないのです! あなたこそ、私を振り回さないでくださいまし!」

 馬上で怒鳴る王子と、その傍でドレスの裾を抑えながら悲鳴を上げる聖女。その滑稽な光景に、屈強な騎士たちは必死に笑いをこらえていた。コンラートの権威は、面白いほどに失墜していく。

 一方のフロリアもまた、孤立を深めていた。彼女が友人たちと開いたお茶会では、令嬢だけの秘密の話に花を咲かせたいのに、常にコンラートが仏頂面で同席している。友人たちは気味悪がって早々に退散し、かつて彼女を囲んでいた華やかな輪は、もうどこにもなかった。

 その夜、二人はついに堪忍袋の緒が切れ、互いを罵り合った。

「全てお前のせいだ! あの偽聖女を挑発するから!」
「まあ、酷い! 悪いのは祝福を受け入れたコンラート様でしょう!?」

 醜い責任のなすりつけ合いの末、二人の意見は一つにまとまった。

「「あの偽聖女め…! 我らを呪ったな!!」」

 翌日、コンラートは国中から高名な魔術師や神官を緊急招集し、この忌まわしい「呪い」を解くよう厳命した。しかし、診断した者たちは誰もが青ざめた顔で首を横に振るばかり。

 代表の老神官が、震える声で告げた。

「王子、これは呪いなどではございません。あまりに強力で、あまりに純粋な『祝福』の魔力でございます」
「祝福だと!? ならば解けるだろう!」
「いえ…。これを人の手で解くことは、神の御業を否定するに等しい行い…。我々には、不可能です」

 祝福であるからこそ、解除できない。

 自分たちが民衆の前で歓喜して受け入れたものが、解除不能の呪いであったという事実に、コンラートとフロリアは血の気を失い、その場にへたり込んだ。

 ◇

 その頃、私を乗せた荷馬車は、数日かけて隣国との国境検問所に到着していた。追放者である私の身分では、入国は困難を極めるだろう。私が固唾をのんで待っていると、そこに一人の青年が穏やかな物腰で近づいてきた。

 柔らかな栗色の髪に、知性を感じさせる優しい瞳。彼は護衛もつけずに一人で現れると、私に向かって微笑んだ。

「お待ちしておりました、クラリス様。私はアシェルと申します」

 彼こそが、この国の王子でありながら、政治よりも研究を好む『賢者』として知られるアシェルだった。

 彼は私の追放の噂を聞き、私の起こしてきたという数々の「災い」の記録を古文書で調べていたのだという。

「あなたに深い興味がありまして。もしよろしければ、少しお話を伺えませんか?」

 アシェルは私を自身の研究塔へと案内した。そこは天井まで届くほどの本棚に囲まれた、静かで落ち着く場所だった。彼は私に、これまでの祝福が起こした「災い」について、一つ一つ丁寧に尋ねた。

 私が恐る恐る、干ばつを終わらせるために豪雨を呼んでしまったこと、敵国の王を失脚させて戦争を回避したことなどを語ると、アシェルは感嘆の声を漏らした。

「なるほど…! なんて素晴らしい。君の力は、願いの本質を最短ルートで、最も効率的に叶える力なのですね」
「え…? でも、それで多くの混乱が…」
「それは結果に至る過程が、常人の理解を超えていただけのこと。君の力は災いなどではない。ただ、誰もその本当の価値を理解していなかった。それだけです」

 初めてだった。自分の力を、誰かに肯定されたのは。
 戸惑う私に、アシェルは優しく手を差し伸べた。

「ここで一緒に、その素晴らしい力の使い方を学んでみませんか? 君ならきっと、この国を、いいえ、世界を救うことだってできる」

 その真っ直ぐな瞳と、温かい手に、私の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。それは絶望の淵から差し伸べられた、一筋の光だった。

 私は涙を拭うと、しっかりと頷いた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

売られたケンカは高く買いましょう《完結》

アーエル
恋愛
オーラシア・ルーブンバッハ。 それが今の私の名前です。 半年後には結婚して、オーラシア・リッツンとなる予定……はありません。 ケンカを売ってきたあなたがたには徹底的に仕返しさせていただくだけです。 他社でも公開中 結構グロいであろう内容があります。 ご注意ください。 ☆構成 本章:9話 (うん、性格と口が悪い。けど理由あり) 番外編1:4話 (まあまあ残酷。一部救いあり) 番外編2:5話 (めっちゃ残酷。めっちゃ胸くそ悪い。作者救う気一切なし)

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

愛を知った私は、もう二度と跪きません

阿里
恋愛
泥だらけのドレス、冷え切った食事、終わりのない書類仕事。 家族のために尽くしてきたエカテリーナに返されたのは、あまりにも残酷な追放宣告だった。 「呪われた男にでも喰われてこい」 そう笑って送り出した彼らは知らなかった。辺境伯ゼノスが、誰よりも強く、美しく、そして執着心が強い男だということを。 彼の手によって「価値ある女」へと生まれ変わったエカテリーナ。 その輝きに目が眩み、後悔して這いつくばる元家族たち。 「エカテリーナ様、どうかお助けを!」 かつて私を虐げた人たちの悲鳴を聞きながら、私は最愛の夫の腕の中で、静かに微笑む。

婚約破棄から始まる、私の愛され人生

阿里
恋愛
婚約者・エドに毎日いじめられていたマリアンヌ。結婚を望まれ、家のために耐える日々。だが、突如としてエドに婚約破棄され、絶望の淵に立たされる――。 そんな彼女の前に現れたのは、ずっと彼女を想い続けていた誠実な青年、クリス。彼はマリアンヌに優しく手を差し伸べ、彼女の心を温かく包み込む。 新しい恋人との幸せな日々が始まる中、マリアンヌは自分を愛してくれる人に出会い、真実の愛を知ることに――。 絶望の先に待っていたのは、心の傷を癒す「本当の幸せ」。

【完結】私が愛されるのを見ていなさい

芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定) 公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。 絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。 ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。 完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。  立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。

悪役令嬢のお母様

無色
恋愛
 魔法至上主義の王国で、魔法を持たない公爵令嬢メルリアーナは、第一王子ラインハルトから冤罪で婚約破棄され、聖女リスティルアの虚言により辱めを受ける。  悪役令嬢と誹られ絶望の淵に立たされる彼女を救ったのは、メルリアーナを最愛とする最強であった。