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第4話 その頃、地上では聖女がパニックに。
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ハンナが奈落の塔で優雅なティータイムを楽しんでいた頃。
地上の王城は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
◇
「おい! これはどういうことだ! なぜ書類が終わらない!?」
王太子の執務室で、アルフレッドは机をバン! と叩いた。
彼の目の前には、天井に届きそうなほど積み上げられた書類の塔がそびえ立っている。
予算申請書、魔物討伐の計画書、神殿への寄付金の計算、さらには他国との貿易協定の確認書……。
次から次へと運び込まれる羊皮紙の山に、アルフレッドの目は血走っていた。
「殿下、決済をお願いします! 南の砦の補修予算が止まったままで、騎士団から苦情が来ています!」
「知らん! そんな細かいことまで俺が見なければならんのか!?」
「し、しかし……今まではハンナ様が全て処理してくださっていたので……」
文官の言葉に、アルフレッドは言葉を詰まらせた。
「ハンナだと……?」
そういえば、と思い出す。
以前は、自分が執務室に来る頃には、机の上は綺麗に片付いていた。
『殿下、面倒な計算と下調べは終わらせておきました。あとはここにサインをするだけですわ』。
地味な婚約者は、いつも涼しい顔でそう言っていた。
だからアルフレッドは、王太子の公務など「サインをするだけの簡単な仕事」だと思っていたのだ。
「あ、あの女……! こんな面倒な仕事を、さも簡単そうに見せかけおって!」
アルフレッドは歯噛みした。
自分の無能さを棚に上げ、ハンナが「苦労を報告しなかったこと」に腹を立てたのだ。
「ええい、もういい! リリアはどうした!? 彼女の『聖女の祈り』さえあれば、こんな書類仕事などせずとも国は守れるはずだ!」
アルフレッドは書類を放り出し、聖女の祈りの間へと向かった。
◇
一方、王城の最奥にある『祈りの間』。
そこでは、ピンク色の髪を振り乱したリリアが、ヒステリックな声を上げていた。
「もう嫌ぁぁぁっ! 何なのよこれぇぇぇっ!」
ガシャン!
リリアは聖水が入った瓶を壁に投げつけた。
「リ、リリア様!? お鎮まりください!」
「うるさい! なんなのよ『聖女の祈り』って! 朝から晩まで、こんな寒い部屋でずっと祈り続けなきゃいけないなんて聞いてないわ!」
リリアは祭壇の前で地団駄を踏んだ。
「お姉様は『ちょっとお祈りしてくるわ』って、毎日涼しい顔でやってたじゃない! なんで私がやると、何も起きないのよ!?」
リリアの目の前にある『国守りの宝珠』は、光を失い、どす黒く濁っていた。
本来ならば、聖女の魔力を注ぎ込み、国全体を覆う結界を維持しなければならない。
だが、リリアがいくら念じても、宝珠はうんともすんとも言わないのだ。
「私、ネイルが剥げちゃうわ! それに肌も乾燥するし……もう帰る! エステに行くの!」
「なりませぬ! 今、結界が消えかかっているのですぞ!?」
神官長が必死に止めるが、リリアは聞く耳を持たない。
彼女にとって聖女とは、綺麗なドレスを着て民衆に手を振り、チヤホヤされるだけの存在だったのだ。
地味で過酷な魔力供給の儀式など、やるつもりもなければ、やる能力もなかった。
その時。
ズズズズズ……ッ!
地響きと共に、城全体が激しく揺れた。
「きゃっ!? じ、地震!?」
扉が勢いよく開き、顔面蒼白の騎士団長が飛び込んでくる。
「報告します! 王都の上空に『亀裂』が発生! 結界の消失により、魔物の群れが侵入してきます!」
「なっ……!?」
遅れてやってきたアルフレッドが、その報告に絶句した。
「ば、馬鹿な……。リリアが祈っているはずだぞ!?」
「それが……リリア様の魔力では、結界の維持に必要な量の十分の一にも満たないようで……」
「嘘よ!」
リリアが叫ぶ。
「お姉様が何か呪いをかけたに決まってるわ! だって、あんな魔力のない出がらし女にできて、私にできないはずがないもの!」
まだ現実が見えていない二人に、騎士団長は冷酷な事実を突きつけた。
「……ハンナ様は、毎晩命を削って魔力を練り上げておられました。彼女の魔力操作技術は、歴代の聖女の中でも突出していたのです。我々は……彼女の献身に甘えすぎていたのです」
沈黙が落ちた。
窓の外を見ると、王都の空が赤黒く染まり始めている。
ワイバーンの群れが空を飛び、市民の悲鳴が微かに聞こえてくる。
このままでは、国が滅ぶ。
アルフレッドの顔から血の気が引いた。
父である国王は病床にあり、今の実権は自分にある。国を滅ぼしたとなれば、廃嫡どころか処刑は免れない。
「ど、どうすれば……」
震えるアルフレッドの袖を、リリアが引っ張った。
「……連れ戻しましょう」
「え?」
「お姉様よ! あの塔に行って、連れ戻せばいいじゃない!」
リリアは引きつった笑顔で提案した。
「きっとお姉様、塔の中で泣いて反省しているはずだわ。私たちが『許してあげるから戻ってきなさい』って言えば、尻尾を振って戻ってくるに決まってる!」
「そ、そうか! そうだな!」
アルフレッドはポンと手を打った。
彼の脳内でも、都合の良い妄想が展開される。
暗い塔で、寒さと飢えに震えながら「戻りたい」と泣くハンナの姿が。
「ハンナも今頃、自分の愚かさを噛み締めているだろう。俺たちが迎えに行けば、泣いて感謝するはずだ!」
「ええ、そうよ! ついでに溜まった書類仕事も全部やらせましょう!」
愚か者たちは顔を見合わせた。
それが、自ら虎の尾……いや、『魔帝の逆鱗』を踏みにいく行為だとも知らずに。
「騎士団、出撃だ! 目的地は奈落の塔! ハンナを回収しに行くぞ!」
こうして、彼らは最悪のタイミングで、最悪の場所へと足を踏み出すことになったのである。
地上の王城は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
◇
「おい! これはどういうことだ! なぜ書類が終わらない!?」
王太子の執務室で、アルフレッドは机をバン! と叩いた。
彼の目の前には、天井に届きそうなほど積み上げられた書類の塔がそびえ立っている。
予算申請書、魔物討伐の計画書、神殿への寄付金の計算、さらには他国との貿易協定の確認書……。
次から次へと運び込まれる羊皮紙の山に、アルフレッドの目は血走っていた。
「殿下、決済をお願いします! 南の砦の補修予算が止まったままで、騎士団から苦情が来ています!」
「知らん! そんな細かいことまで俺が見なければならんのか!?」
「し、しかし……今まではハンナ様が全て処理してくださっていたので……」
文官の言葉に、アルフレッドは言葉を詰まらせた。
「ハンナだと……?」
そういえば、と思い出す。
以前は、自分が執務室に来る頃には、机の上は綺麗に片付いていた。
『殿下、面倒な計算と下調べは終わらせておきました。あとはここにサインをするだけですわ』。
地味な婚約者は、いつも涼しい顔でそう言っていた。
だからアルフレッドは、王太子の公務など「サインをするだけの簡単な仕事」だと思っていたのだ。
「あ、あの女……! こんな面倒な仕事を、さも簡単そうに見せかけおって!」
アルフレッドは歯噛みした。
自分の無能さを棚に上げ、ハンナが「苦労を報告しなかったこと」に腹を立てたのだ。
「ええい、もういい! リリアはどうした!? 彼女の『聖女の祈り』さえあれば、こんな書類仕事などせずとも国は守れるはずだ!」
アルフレッドは書類を放り出し、聖女の祈りの間へと向かった。
◇
一方、王城の最奥にある『祈りの間』。
そこでは、ピンク色の髪を振り乱したリリアが、ヒステリックな声を上げていた。
「もう嫌ぁぁぁっ! 何なのよこれぇぇぇっ!」
ガシャン!
リリアは聖水が入った瓶を壁に投げつけた。
「リ、リリア様!? お鎮まりください!」
「うるさい! なんなのよ『聖女の祈り』って! 朝から晩まで、こんな寒い部屋でずっと祈り続けなきゃいけないなんて聞いてないわ!」
リリアは祭壇の前で地団駄を踏んだ。
「お姉様は『ちょっとお祈りしてくるわ』って、毎日涼しい顔でやってたじゃない! なんで私がやると、何も起きないのよ!?」
リリアの目の前にある『国守りの宝珠』は、光を失い、どす黒く濁っていた。
本来ならば、聖女の魔力を注ぎ込み、国全体を覆う結界を維持しなければならない。
だが、リリアがいくら念じても、宝珠はうんともすんとも言わないのだ。
「私、ネイルが剥げちゃうわ! それに肌も乾燥するし……もう帰る! エステに行くの!」
「なりませぬ! 今、結界が消えかかっているのですぞ!?」
神官長が必死に止めるが、リリアは聞く耳を持たない。
彼女にとって聖女とは、綺麗なドレスを着て民衆に手を振り、チヤホヤされるだけの存在だったのだ。
地味で過酷な魔力供給の儀式など、やるつもりもなければ、やる能力もなかった。
その時。
ズズズズズ……ッ!
地響きと共に、城全体が激しく揺れた。
「きゃっ!? じ、地震!?」
扉が勢いよく開き、顔面蒼白の騎士団長が飛び込んでくる。
「報告します! 王都の上空に『亀裂』が発生! 結界の消失により、魔物の群れが侵入してきます!」
「なっ……!?」
遅れてやってきたアルフレッドが、その報告に絶句した。
「ば、馬鹿な……。リリアが祈っているはずだぞ!?」
「それが……リリア様の魔力では、結界の維持に必要な量の十分の一にも満たないようで……」
「嘘よ!」
リリアが叫ぶ。
「お姉様が何か呪いをかけたに決まってるわ! だって、あんな魔力のない出がらし女にできて、私にできないはずがないもの!」
まだ現実が見えていない二人に、騎士団長は冷酷な事実を突きつけた。
「……ハンナ様は、毎晩命を削って魔力を練り上げておられました。彼女の魔力操作技術は、歴代の聖女の中でも突出していたのです。我々は……彼女の献身に甘えすぎていたのです」
沈黙が落ちた。
窓の外を見ると、王都の空が赤黒く染まり始めている。
ワイバーンの群れが空を飛び、市民の悲鳴が微かに聞こえてくる。
このままでは、国が滅ぶ。
アルフレッドの顔から血の気が引いた。
父である国王は病床にあり、今の実権は自分にある。国を滅ぼしたとなれば、廃嫡どころか処刑は免れない。
「ど、どうすれば……」
震えるアルフレッドの袖を、リリアが引っ張った。
「……連れ戻しましょう」
「え?」
「お姉様よ! あの塔に行って、連れ戻せばいいじゃない!」
リリアは引きつった笑顔で提案した。
「きっとお姉様、塔の中で泣いて反省しているはずだわ。私たちが『許してあげるから戻ってきなさい』って言えば、尻尾を振って戻ってくるに決まってる!」
「そ、そうか! そうだな!」
アルフレッドはポンと手を打った。
彼の脳内でも、都合の良い妄想が展開される。
暗い塔で、寒さと飢えに震えながら「戻りたい」と泣くハンナの姿が。
「ハンナも今頃、自分の愚かさを噛み締めているだろう。俺たちが迎えに行けば、泣いて感謝するはずだ!」
「ええ、そうよ! ついでに溜まった書類仕事も全部やらせましょう!」
愚か者たちは顔を見合わせた。
それが、自ら虎の尾……いや、『魔帝の逆鱗』を踏みにいく行為だとも知らずに。
「騎士団、出撃だ! 目的地は奈落の塔! ハンナを回収しに行くぞ!」
こうして、彼らは最悪のタイミングで、最悪の場所へと足を踏み出すことになったのである。
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