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第6話 戻ってこい? 謝罪もなしに命令ですか?
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ドォォォン!!
塔の入り口から、耳障りな衝撃音が響く。
騎士たちが破城槌を使い、入り口の扉を破壊しようとしている音だ。もっとも、ゼノ様が張った『絶対物理無効結界』の前では、爪楊枝で鉄板を突いているようなものだが。
「……うるさいな」
ソファの上で私の膝に顔を埋めていたゼノ様が、不機嫌そうに低く唸った。
その美しい顔には、明確な殺意が浮かんでいる。
「なぁハンナ。やっぱり消していいか? 玄関先で騒ぐ害虫を駆除するのは、家の主として当然の権利だと思うんだが」
「ダメです。血が飛び散ると掃除が大変ですから」
私はなだめるように、黒髪を指で梳いた。
しかし、このまま騒音を放置するのも、せっかくの優雅なティータイムに障る。
「……仕方ありませんね。少しだけ、現実を教えて差し上げましょうか」
私はため息をつき、立ち上がった。
◇
塔の最下層、入り口前。
アルフレッドは焦りを感じていた。
騎士たちがどれだけ扉を叩いても、傷一つつかないのだ。
「ええい、何をしている! 早く開けろ!」
「む、無理です殿下! 魔法障壁が硬すぎて、これ以上は破城槌が壊れます!」
「役立たず共め!」
アルフレッドが地団駄を踏んだ、その時だった。
ギィィィ……。
頭上で重い音がした。
見上げると、塔の三階部分にあるバルコニーへの扉が開き、一人の女性が姿を現した。
風に揺れる栗色の髪。健康的な血色の良い肌。そして、以前よりも仕立ての良いドレスを身にまとった姿。
ハンナだった。
「おお……! ハンナ!」
アルフレッドは顔を輝かせた。
やつれているどころか、以前よりも艶やかになってはいるが、きっと強がっているだけに違いない。
「やっと出てきたか! さあ、早く降りてきて扉を開けろ! この俺が、直々に迎えに来てやったのだぞ!」
アルフレッドは両手を広げ、尊大な態度で叫んだ。
リリアも横から口を挟む。
「そうよお姉様! 私たち、お姉様のこれまでの無礼を『許してあげる』ことにしたの! 感謝なさい!」
二人は確信していた。
ハンナが泣いて喜び、「ありがとうございます!」と平伏する未来を。
しかし。
バルコニーから見下ろすハンナの瞳は、極北の氷河のように冷たかった。
「……『許してあげる』?」
彼女の声は、拡声魔法も使っていないのに、冷ややかな響きを持ってその場の全員の耳に届いた。
「婚約を一方的に破棄し、無実の罪を着せ、死地へと突き落とした相手に対して……謝罪の言葉の一つもなく、『許してあげる』?」
ハンナは小首を傾げた。その仕草は優雅だが、放たれた言葉は鋭利なナイフだった。
「アルフレッド様。貴方、頭の中にウジでも湧いていますの?」
「は……?」
アルフレッドは言葉を失った。
ハンナから罵倒されるなど、想像もしていなかったからだ。
「な、なんだその口の利き方は! 俺は王太子だぞ! 国のために戻ってこいと言っているんだ!」
「国のため? いいえ、貴方がたが楽をするためでしょう?」
ハンナは手すりに肘をつき、嘲るように笑った。
「書類仕事が溜まったのでしょう? 結界の維持が辛いのでしょう? 自分たちが無能だと露見するのが怖いのでしょう? だから、使い捨てた道具をもう一度拾いに来た。……違いますか?」
図星を突かれ、アルフレッドとリリアの顔が真っ赤になる。
「う、うるさいっ! お前には王国民としての義務があるはずだ!」
「義務などありません。私は一度、貴方たちに殺されたも同然の身です」
ハンナは扇子をパチリと閉じた。
「貴方たちが選んだ『真の聖女』様がいらっしゃるではありませんか。リリア、貴女がやりなさい。その可愛いお飾りのおつむで、必死に祈ればよろしいのではなくて?」
「きぃぃぃっ! なんですってぇ!?」
リリアが金切り声を上げる。
「生意気よ! 出がらしのくせに! いいから戻って私の代わりに働きなさいよ! お姉様なんて、一生私の踏み台になっていればいいのよ!」
リリアの本性が露わになる。
だが、ハンナは眉一つ動かさない。
「その言葉、そのままお返ししますわ。……さて、お茶が冷めますので、お引き取りください」
ハンナは背を向け、部屋の中へと戻ろうとする。
その拒絶の意思表示に、アルフレッドのプライドが完全に崩壊した。
「ま、待て! 逃がさんぞ!」
アルフレッドは腰の剣を抜き、殺気立って叫んだ。
「舐めるなよ! 戻らないと言うなら、手足を折ってでも連れ帰る! 魔導師隊、構えろ! あのバルコニーを吹き飛ばして、女を引きずり下ろせ!」
「「はっ!」」
王宮魔導師たちが杖を構え、バルコニーに向けて攻撃魔法の詠唱を始める。
話し合いが通じなければ暴力。
それが、この愚かな王太子のやり方だった。
「……本当に、救いようのない馬鹿ですわね」
ハンナは振り返りもせず、ため息をついた。
そして。
「――聞こえましたか、ゼノ様。『手足を折る』そうですわ」
彼女が虚空に話しかけた、その瞬間。
ドクンッ。
世界の色が変わった。
空気が凍りつき、鳥たちが囀りを止め、風さえも恐怖に怯えて止まった。
バルコニーの奥、ハンナの背後の闇から、ぬらりとした『漆黒』が溢れ出した。
「……ほう」
地獄の底から響くような、低く、甘美で、絶対的な死の気配を纏った声。
「俺の大事なハンナの手足を折る……? あの雑種どもが、そう言ったのか?」
闇の中から、一人の男がゆらりと現れた。
ハンナの腰に背後から手を回し、その肩に顎を乗せる。
まるで愛する恋人を守るように。
けれど、塔の下を見下ろすその紫色の瞳は、爬虫類のように細まり、愉悦と殺意に満ちていた。
「いい度胸だ。……褒美に、絶望を教えてやろう」
伝説の災厄。魔帝ゼノ・ディアボロスが、ついにその牙を剥いた。
塔の入り口から、耳障りな衝撃音が響く。
騎士たちが破城槌を使い、入り口の扉を破壊しようとしている音だ。もっとも、ゼノ様が張った『絶対物理無効結界』の前では、爪楊枝で鉄板を突いているようなものだが。
「……うるさいな」
ソファの上で私の膝に顔を埋めていたゼノ様が、不機嫌そうに低く唸った。
その美しい顔には、明確な殺意が浮かんでいる。
「なぁハンナ。やっぱり消していいか? 玄関先で騒ぐ害虫を駆除するのは、家の主として当然の権利だと思うんだが」
「ダメです。血が飛び散ると掃除が大変ですから」
私はなだめるように、黒髪を指で梳いた。
しかし、このまま騒音を放置するのも、せっかくの優雅なティータイムに障る。
「……仕方ありませんね。少しだけ、現実を教えて差し上げましょうか」
私はため息をつき、立ち上がった。
◇
塔の最下層、入り口前。
アルフレッドは焦りを感じていた。
騎士たちがどれだけ扉を叩いても、傷一つつかないのだ。
「ええい、何をしている! 早く開けろ!」
「む、無理です殿下! 魔法障壁が硬すぎて、これ以上は破城槌が壊れます!」
「役立たず共め!」
アルフレッドが地団駄を踏んだ、その時だった。
ギィィィ……。
頭上で重い音がした。
見上げると、塔の三階部分にあるバルコニーへの扉が開き、一人の女性が姿を現した。
風に揺れる栗色の髪。健康的な血色の良い肌。そして、以前よりも仕立ての良いドレスを身にまとった姿。
ハンナだった。
「おお……! ハンナ!」
アルフレッドは顔を輝かせた。
やつれているどころか、以前よりも艶やかになってはいるが、きっと強がっているだけに違いない。
「やっと出てきたか! さあ、早く降りてきて扉を開けろ! この俺が、直々に迎えに来てやったのだぞ!」
アルフレッドは両手を広げ、尊大な態度で叫んだ。
リリアも横から口を挟む。
「そうよお姉様! 私たち、お姉様のこれまでの無礼を『許してあげる』ことにしたの! 感謝なさい!」
二人は確信していた。
ハンナが泣いて喜び、「ありがとうございます!」と平伏する未来を。
しかし。
バルコニーから見下ろすハンナの瞳は、極北の氷河のように冷たかった。
「……『許してあげる』?」
彼女の声は、拡声魔法も使っていないのに、冷ややかな響きを持ってその場の全員の耳に届いた。
「婚約を一方的に破棄し、無実の罪を着せ、死地へと突き落とした相手に対して……謝罪の言葉の一つもなく、『許してあげる』?」
ハンナは小首を傾げた。その仕草は優雅だが、放たれた言葉は鋭利なナイフだった。
「アルフレッド様。貴方、頭の中にウジでも湧いていますの?」
「は……?」
アルフレッドは言葉を失った。
ハンナから罵倒されるなど、想像もしていなかったからだ。
「な、なんだその口の利き方は! 俺は王太子だぞ! 国のために戻ってこいと言っているんだ!」
「国のため? いいえ、貴方がたが楽をするためでしょう?」
ハンナは手すりに肘をつき、嘲るように笑った。
「書類仕事が溜まったのでしょう? 結界の維持が辛いのでしょう? 自分たちが無能だと露見するのが怖いのでしょう? だから、使い捨てた道具をもう一度拾いに来た。……違いますか?」
図星を突かれ、アルフレッドとリリアの顔が真っ赤になる。
「う、うるさいっ! お前には王国民としての義務があるはずだ!」
「義務などありません。私は一度、貴方たちに殺されたも同然の身です」
ハンナは扇子をパチリと閉じた。
「貴方たちが選んだ『真の聖女』様がいらっしゃるではありませんか。リリア、貴女がやりなさい。その可愛いお飾りのおつむで、必死に祈ればよろしいのではなくて?」
「きぃぃぃっ! なんですってぇ!?」
リリアが金切り声を上げる。
「生意気よ! 出がらしのくせに! いいから戻って私の代わりに働きなさいよ! お姉様なんて、一生私の踏み台になっていればいいのよ!」
リリアの本性が露わになる。
だが、ハンナは眉一つ動かさない。
「その言葉、そのままお返ししますわ。……さて、お茶が冷めますので、お引き取りください」
ハンナは背を向け、部屋の中へと戻ろうとする。
その拒絶の意思表示に、アルフレッドのプライドが完全に崩壊した。
「ま、待て! 逃がさんぞ!」
アルフレッドは腰の剣を抜き、殺気立って叫んだ。
「舐めるなよ! 戻らないと言うなら、手足を折ってでも連れ帰る! 魔導師隊、構えろ! あのバルコニーを吹き飛ばして、女を引きずり下ろせ!」
「「はっ!」」
王宮魔導師たちが杖を構え、バルコニーに向けて攻撃魔法の詠唱を始める。
話し合いが通じなければ暴力。
それが、この愚かな王太子のやり方だった。
「……本当に、救いようのない馬鹿ですわね」
ハンナは振り返りもせず、ため息をついた。
そして。
「――聞こえましたか、ゼノ様。『手足を折る』そうですわ」
彼女が虚空に話しかけた、その瞬間。
ドクンッ。
世界の色が変わった。
空気が凍りつき、鳥たちが囀りを止め、風さえも恐怖に怯えて止まった。
バルコニーの奥、ハンナの背後の闇から、ぬらりとした『漆黒』が溢れ出した。
「……ほう」
地獄の底から響くような、低く、甘美で、絶対的な死の気配を纏った声。
「俺の大事なハンナの手足を折る……? あの雑種どもが、そう言ったのか?」
闇の中から、一人の男がゆらりと現れた。
ハンナの腰に背後から手を回し、その肩に顎を乗せる。
まるで愛する恋人を守るように。
けれど、塔の下を見下ろすその紫色の瞳は、爬虫類のように細まり、愉悦と殺意に満ちていた。
「いい度胸だ。……褒美に、絶望を教えてやろう」
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