「妹の方が聖女に相応しい」と婚約破棄され、魔の塔に捨てられましたが、住んでいた魔帝様の胃袋を掴んだので幸せです。

希羽

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第7話 魔帝顕現。「俺のハンナに触れるな」

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「撃てぇぇぇっ! その高慢な女をバルコニーから叩き落とせ!」

 アルフレッドの号令と共に、十数名の宮廷魔導師が一斉に杖を振るった。

火球ファイアボール
風刃ウィンドカッター
雷撃サンダーボルト

 色とりどりの攻撃魔法が、殺意の奔流となって塔のバルコニーへと殺到する。
 それは、生身の人間など跡形もなく消し飛ばすほどの火力だった。

「ひゃはは! 見たかお姉様! これが逆らった報いよ!」

 リリアが狂ったように笑い、アルフレッドが勝利を確信して口元を歪めた。
 ――しかし。
 着弾の瞬間、爆炎が上がるはずだったその場所で、あり得ない現象が起きた。

 ジュッ。

 まるで熱した鉄板に水滴を落としたかのように。
 あるいは、巨大な怪物が一口で獲物を飲み込んだかのように。
 全ての攻撃魔法が、バルコニーの手前で唐突に『消失』したのだ。

「……は?」

 アルフレッドの笑みが凍りつく。
 煙一つ上がらない。魔法の残滓さえ感じられない。ただ、そこには『絶対的な闇』が渦巻いていた。

「……騒々しいな」

 闇の中から、男の声が響いた。
 それは雷鳴のように大気を震わせ、聞く者すべての心臓を鷲掴みにするような、根源的な恐怖を孕んだ声だった。

「俺の庭で花火遊びとは。しつけのなっていない猿どもだ」

 黒い霧が晴れる。
 そこに立っていたのは、ハンナの腰を抱き寄せた黒衣の青年――ゼノ・ディアボロスだった。
 その紫色の瞳は、爬虫類のように細まり、愉悦と激怒がないまぜになった凄惨な光を放っている。

「な、なんだあの男は……!?」
「ハンナの新しい男か!? ええい、構わん! 次弾装填! まとめて殺せ!」

 状況が理解できないアルフレッドが再び叫ぶ。
 だが、魔導師たちはガタガタと震え、杖を取り落としていた。

「で、殿下……無理です……」
「あ、あれは……魔力の桁が……違いすぎます……っ」
「何を言っている! 撃てと言っているのが分からんのか!」

 喚き散らすアルフレッドを見下ろし、ゼノは「ふん」と鼻を鳴らした。

「撃つ? 誰に許可を得て口を聞いている」

 ゼノが、無造作に人差し指を彼らに向け、そして――。
 トン、と指先を下に向けた。

「ひれ伏せ」

 ドォォォォォンッ!!!!
 直後、局所的な超重力が発生した。

「ぐべっ!?」
「ぎゃあああっ!?」

 アルフレッド、リリア、そして騎士たちが、見えない巨人の手で押し潰されたように地面に叩きつけられる。
 立っていることなど不可能だった。
 彼らは泥に顔を埋め、カエルのように手足を広げて地面に這いつくばらされた。

「な、な……ぐぅぅ……!」
「体が……動かな……っ!」

 全身の骨が軋む音。
 アルフレッドは必死に顔だけを上げようとしたが、まるで山を背負わされたかのような重圧に、指一本動かすことができない。

「さて」

 ゼノはハンナを抱き寄せたまま、ふわりと宙に浮いた。
 そのままゆっくりと降下し、泥にまみれたアルフレッドたちの目の前に降り立つ。
 間近で見るその姿に、アルフレッドの記憶の奥底にあった恐怖が蘇った。
 王家の歴史書に記された、かつて世界を滅亡寸前まで追い込んだ災厄の姿。

「く、黒髪に……紫の瞳……まさか……」
「ま、魔帝……ゼノ・ディアボロス……!?」

 その名が出た瞬間、騎士たちの顔から完全に血の気が引いた。

「正解だ。褒美に、もう少し重くしてやろう」

 バキボキッ!
 さらに重力が増し、アルフレッドの豪華な鎧がひしゃげた。

「ぎゃああああ! い、痛い! 痛いぃぃぃ!」
「やだぁぁぁ! ドレスが汚れるぅぅ! お姉様助けてぇぇ!」

 無様な悲鳴を上げる二人を見下ろし、ゼノは冷酷に言い放つ。

「先ほど、お前たちは言ったな。『手足を折って連れ戻す』と」

 ゼノの周囲に、漆黒の魔力球が無数に出現する。
 その一つ一つが、国を一つ消せるほどのエネルギーを秘めていた。

「俺の大事な飼い主ハンナの手足を折る? ……俺ですら、まだ指一本触れるのに許可を得ているというのに?」

 そこですか、とハンナは心の中でツッコミを入れたが、黙っていた。

「分をわきまえろ、雑種。お前たちが触れていいのは泥と絶望だけだ」

 ゼノの殺気が膨れ上がり、空がどす黒く染まる。
 もはや生物としての格が違った。
 王太子という地位も、聖女という肩書きも、圧倒的な暴力の前には紙屑同然だった。

「た、助け……!」
「ハンナ! ハンナ止めろ! この化け物を止めろぉぉ!」

 アルフレッドが、なりふり構わずハンナに助けを求める。
 ハンナはゼノの腕の中で、冷ややかに元婚約者を見下ろした。

「化け物とは失礼ですわね。彼は私の大事なパートナーですわ」
「そ、そんな……! 頼む、俺が悪かった! 謝るから! 死にたくない!」

 鼻水を垂らして命乞いをする王太子。
 その姿に、かつての威厳は欠片もない。
 ハンナは小さく息を吐き、ゼノの袖を軽く引いた。

「ゼノ様」
「なんだ。まだ殺し足りないが」
「これ以上潰すと、後始末が面倒です。それに、彼らにはまだ聞くべきことがあります」

 ハンナの言葉に、ゼノはチッ、と舌打ちをした。

「……ハンナがそう言うなら仕方ない」

 フッ、と重圧が緩む。
 アルフレッドたちは「げほっ、ごほっ」と咳き込みながら、なんとか体を起こした。
 だが、逃げようとする者はいなかった。
 目の前の魔帝が指を鳴らせば、今度こそ確実に死ぬと理解してしまったからだ。
 ゼノはスッと表情を変え、ハンナの方を向いた。
 さっきまでの地獄の支配者の顔はどこへやら、子犬のように目を輝かせている。

「なぁハンナ。今の俺、かっこよかったか?」
「ええ、とても頼もしかったですわ」
「そうか! へへっ、じゃあ今夜のデザートは大盛りにしてくれよな!」

 そのあまりのギャップに、アルフレッドたちはポカンと口を開けたまま固まっていた。
 最強の魔帝が、追放したはずの令嬢に尻尾を振っている。
 その光景は、彼らにとって死の恐怖以上に理解不能な現実だった。

「さて」

 ハンナは優雅に微笑み、泥だらけの元婚約者たちに告げた。

「少し、話し合いをしましょうか。もっとも、選択権は貴方たちにはありませんけれど」
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